大人の貫禄
「ってことで、最悪じゃないが、いいとも言えない状況ってわけだ。
だがまあ、ツェレン様をほっとくなんて選択肢は当然ないわけだし、大将にも覚悟決めてもらいたいとこなんだが、どうだい?」
軽く告げるドミニクの言葉に、当のツェレンが目を丸くし何も言えないでいるというのに、商隊のリーダーを務める商人は、あっさり頷いてみせた。
「当然ですな、ここでツェレン様を見捨てるなど、できるわけもありません」
「さすが、思い切りがいいねぇ」
「何しろ、首尾よく行けばコルドール王家にパイプができるんですよ?
見逃す手などあるわけがないではありませんか」
「さすが、抜け目がないねぇ」
カラカラと事も無げに笑いながら繰り広げられる二人の漫才じみた会話に、レティやエリーは苦笑し、ツェレンは幾度も瞬きをして見つめている。
ややあって、おずおずと申し訳なさそうに口を開いた。
「あ、あの、お二人とも……いえ、皆様、よろしいのですか?
私のせいで危険な事に巻き込んでしまうことになってしまうのでは……」
「まあ、それであたしらは飯食ってますからねぇ、気にしても仕方のないこってすし」
「ちげぇねぇ、むしろ美味しいかもしれねぇしなぁ」
肩を竦めながら答えるドミニクに、護衛の戦士たちが笑いながら呼応する。
あまりにあっさりと返ってきた答えに、言われたツェレンの方が困惑を隠せない。
「で、ですがこちらの商人の皆様は」
そう言いながら、周囲を見回した。
旅の多い商人達は相応のたくましさはあれど、もちろん荒事とは無縁の顔、体つきをしている。
だというのに、彼らは一様に怯んだ様子もなく、むしろ笑っている者すらいた。
「こんな商売です、危ない目に遭うこともございましたから。
それに、先程申し上げましたように、私どもにも利が無いわけではないのです。
何よりも」
そこで言葉を切った商人は器用に片目をつぶり、悪戯な笑みを見せた。
「私、こう見えて神経が細いものですから。
お見捨てなどしてしまっては、夜も眠れなくなってしまいます」
その言葉に、ツェレンは呆気に取られたような顔をし、周囲の者はあるいは吹き出し、あるいは楽し気に笑い、あるいは同意するように頷いて見せる。
中でもドミニクは抑えることなく大笑いし、それが少し収まるや、にやにやとした笑みを見せて。
「よく言うよ、そんな熟睡しまくってる顔色しといてさぁ」
「いえいえ、本当なんですよ? ちょっとしたことで、食事も三度しか取れなくなりますし」
「それが普通だよ! なにかい、普段四度食べてるってのかい?」
「間食も入れれば五度ばかり」
「だからそんな腹してんじゃないのかい、ちったぁ絞りなよ」
丁々発止としたやりとりに、ゲラゲラと遠慮のない笑いが起こる。
一しきりそんな漫才を繰り広げることしばし。
存分に周囲を笑わせたドミニクが、ツェレンへと向き直った。
「ってなわけでね、ツェレン様。ここにいる野郎どもはそれなりに腹の据わった連中です。
お気持ちはありがたいんですがね、野暮は言いっこなしですよ」
にやりと見せたのは、実に不敵な笑み。
ツェレンが驚いたように目を見開いたのを見れば、不意に優しい笑みを見せて。
「それにね、まだ十五かそこらの御年でしょ?
だったら、あたしらみたいな年のいってる連中に気を遣うなんざ10年早いってもんです。
王族の方だと色々あるのもわかりますがね、こんな時くらい甘えときなさいって」
ぽんぽん、とその頭を撫でた。
ツェレンはしばらくドミニクの顔を茫然と眺め。
数秒して、くしゃり、顔を歪ませ、涙を滲ませた。
「いいんですよ、こんな場所で、こんな時なんです。
大体のことはお互い様、だから甘えたって構やしないんですよ」
「い、いいんですか? 私、甘えさせていただいて、いいんですか?」
「そりゃもう、あたし何かで良ければ、どーんとね」
「うう……ドミニク様ぁ!」
涙声になりながら、ツェレンがドミニクに抱き着くと、それを優しく受け止める。
抱き留めたまま、ぽん、ぽん、とその肩を何度も優しく叩き。
「あんな目に遭ったんだ、しんどくないはずがない。
今のうちに吐き出しちまってくださいな、ここで」
ここから王都まで、弱音を吐く暇もない強行軍になることも予想される。
で、あるならば。
今ここで吐き出させてしまって、落ち着かせた方がいい。
という計算と。
不安や辛さを表に出すまいとしていたツェレンの健気さに絆されたのと。
それらが相まったゆえの行動だった。
あたしもまだまだ甘いねぇ、なんて、内心でつぶやいたりしながら。
それでも、この状況をどこか楽しんでもいるドミニクだった。
どれくらい時間が経っただろうか、ようやっとツェレンが落ち着いてきたころに、レティが声をかけた。
「ねぇ、ドミニク。私もエリーも、野郎どもでもなければ、年もいってないのだけれど。
一緒くたにされるのは、ちょっと不満」
「あはは、私もちょっと思いました、それ」
珍しく若干不満そうな声に、エリーが笑いながら同調する。
意に介した様子もなく、ドミニクは軽く笑い返し。
「いいじゃないさ、どうせ考えてることは同じだろ?」
「まあ、そうなのだけど……なんだか、解せない……」
あしらわれ、なお若干不満げなレティに、ツェレンが申し訳なさそうに頭を下げた。
「も、申し訳ありません、イグレット様、不愉快な思いをさせてしまいまして……」
「あ、いや、その、ツェレン様が謝ることじゃない、から……ええと……」
「ええ、私もレティさんも、一緒です。ツェレン様をお守りすることに異議はありませんから」
しどろもどろなレティの助け舟に入ったのだろうエリーの言葉は、一緒、という言葉が妙に強調されていた。
そんな二人の様子に、ツェレンがくすりと笑みをこぼす。
「ふふ、お二人ともありがとうございます。
本当に、仲がよろしいのですね~」
まだ涙ぐみながらも笑顔を見せるツェレンに、少しほっとした。
レティやエリーも。ドミニクも。
そして。
この健気なお姫様を無事に王都に送り届けてやろう。
全員が、そう思っていた。
草原を渡り行く暮らしは、危険と常に隣り合わせ。
自らの足で走れなければ置いてきぼりだ。
それはさながら、友とする馬にも似て。
次回:遊牧民の嗜み
歴史を背負い、軽やかに。
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