真紅の輪舞
「前から二人、突っ込んできます!」
「なんだと!?」
報告の声に、指揮官の男は思わずそんな声を上げてしまう。
ただでさえ予想外な威力の攻撃魔術で半数近くを失ってしまったというのに、そんな高位魔術師の仲間が、この人数を見てなお突っ込んでくるというのだ。
その行動、何より彼自身の眼から見た二人の動き。
危険だ。この二人は掛け値なしに危険だ。
彼の戦士としての直感が、最大級の警報を鳴らしている。
片手の不自由な馬に乗ったままでは馬ごとやられる。手も足も出ず。そのまま、蹂躙される。
そう、直感した。
「両端二人ずつ残し、総員下馬!
お前ら四人はそのまま追え!
俺たちであの二人の相手をするぞ!」
少女があの商隊に逃げ込むまでに掴まえられるだろうか。……いや、恐らく無理、だが。
なんとかあの四人が足止めしている間に、突っ込んで来る二人を倒して追い付けば。
いかな腕利きであろうと、十人余りでかかれば。
その算段自体は、決して間違いではなかった。
ただし、相手が普通の人間であれば、だが。
「ドミニク、四人に抜けられる」
「それくらいなら構やしないよ。
エリーで二人、他の連中で残りをやれるだろ」
走りながら状況を確認して、そんな会話を交わす。
……二人とも、まるで息の乱れもなく。
相手がさらに散開、回避するような暇を与えることのない速さであるというのに。
「奴さん、やる気だねぇ。……ああ、真ん中少し後ろの奴が多分指揮官だ」
「じゃあ、そいつは絶対生け捕り。後のもできる限り、だね」
「なんなら、生け捕りにした数の競争でもするかい?」
「……やめとく。まだ勝てる気がしない」
にやりと唇を歪めたドミニクに、困ったように眉を寄せながら返す。
身体能力だけは若い自分が勝っていると思っていたのだが、なぜこうも余裕で、同じ速さで走れるのか。
理不尽だ、などと少し思う。
「はは、謙虚なこった。
ま、よくわかってる、とも言っておこうかね。
そんじゃ、冗談はここまでだ。いくよ」
「……とても喜ぶ気になれないのだけれど。
……了解」
そんな軽口を交わしながら。
馬から降りてそれぞれに剣を構えた男達に、接敵した。
そして。
草原を紅く彩る二つの嵐が舞い踊る。
躊躇することなく突撃してくる二人の勢いに戸惑いながらも男達は剣を構え……間合いに入った瞬間に、斬りかかった。
そこに居たはずの人影に向かって。
「……は?」
居たはずだった。なのに、もうそこに居ない。
まだ、受け止められる、かわされる、だったら話はわかる。
だが、居ない、とは?
それは、一秒にも満たぬ疑問。
それは、あまりに致命的な時間。
自身の手首が斬り飛ばされた感覚で、意識が現実に引き戻された。
「うがぁぁぁ!?」
意識が己の絶叫と共に戻ってくる。
その叫び声が消えぬうちに、かくん、と膝が落ちた。
膝の裏を斬られた、と自覚できたのは、数秒後。
何もできぬまま地面に転がり、痛みに声を上げることしかできない。
何があった。
何だあれは。
人間、なのか?
その恐怖と混乱は、男から完全に戦闘意欲を奪い去った。
動く。動く。動く。
体が、自分の思うがままに。
いや、体が、自分の意志を引き出していく。
見える。見える。動く。
相手の動きが、ゆっくりなくらい鮮明に見える。
そして、こう動けばいい、と勝手に思考が引き出され、気が付いたら動いていた。
相手の右側面に踏み込んで、身体を回転させる。
その回転を利用して、手首を斬り飛ばす。
もう一回転、くるりと回りながら、膝裏を切り裂いて。
崩れ落ちるのを目の端で捉えながら、次。
回転の勢いを利用して跳び、次の標的へ。
いきなり間合いに飛び込んできたレティに驚いたのか、一瞬動きが止まる。
「甘い」
ぽそり、そんなことを呟きながら。
呆気に取られている男の長剣に小剣をするりと沿わせ、巻き取るように絡め取って。
力が緩んだ瞬間に巻き落とし、その勢いで膝を叩き割る。
離れ際、小剣を返して峰で後頭部を殴り飛ばした。
簡単に気絶させられるわけではないが、しばらく行動不能にはできるだろうか。
そして、次の相手へと向かいながら、内心で舌を巻く。
なるほど、だから突っ込んだのか、と。
いかな腕利きの二人と言えど、密集している集団に突撃すれば、あっという間に四方八方から攻撃されて終わってしまったところだ。
だが、エリーの攻撃を警戒して、薙ぎ払われないように散開した集団。
一太刀二太刀で終わらせれば、同時に接敵する相手はそれこそ一人、二人。
レティとドミニクの真価が発揮させやすい状況だ。
「こういう所も学ばないといけないの、かな」
そんな独り言を口の中で呟きながら、斬りかかってきた男の剣を受け止める、ように見せて、受け流しながらまた側面へと滑り込み、回り込みながら剣を横薙ぎに振って上腕へと斬りつけた。
その手ごたえに感じる、違和感。
こんなに、軽く斬れるものだっただろうか?
先程もそうだったが、自分の剣にここまでの威力はなかったと思う。
軽く斬れる、だから動きを止めることなく、次に行ける。
どこか非現実的なほどに。
そのまま流れるようにもう一人へと接敵すれば、突き出された剣を紙一重でかわしながら、その剣を持つ手首を斬り落とした。
リーチの差があるからこそ、体中心付近の急所をいきなり狙うのではなく、手首などを狙う。
ドミニクとの手合わせで言われたことが、そのまま出来ていた。
斬り落とした切っ先を返して男の膝頭を切り裂けば、さらにもう一人。
……これは、ドミニクが多分指揮官だと言った男だ。
「なんだ、お前は一体なんなんだ!」
声を上げ狼狽えながらも、構えた姿は隙の無いもの。
ただ、今のレティであれば、それに脅威も威圧も感じない程度のもので。
無雑作に見える動きで、さらに踏み込んだ。
相手の目配り、動きから、ぎりぎり届かない距離まで。
構えこそ隙がなかったものの、動揺はしていたらしい。
わずかに間合いを見誤り、届く、と思った指揮官は剣を振り上げ、振り下ろした。
しかし余裕を持って捌かれる様子に、見誤ったことに気づく。
だが、リーチの差の分、まだ相手の攻撃は届かない。
そう思えば、踏みとどまって横薙ぎに払って。
その先に誰もいないことに、愕然とする。
指揮官が右に払う気配を感じ取ったレティは、すぐに踏み込んだ。
相手の左側面へと回るように。
彼からすれば、急に消えたようにも見えたのだろう。
それでも、一瞬にも満たない時間で気付き、こちらへと振り向こうとしたのは大したものだが。
細かなステップを刻み、さらに地面を滑るレティは、男の背後に回り込み。
「これで、5人目」
そう言いながら、男が剣を持つ右腕の、その肩口を袈裟斬りに深々と切り裂く。
切り裂く勢いのままにしゃがみ込み、回転しながら、もう一閃。
左足、右足、と膝裏を切り裂けば、男は崩れ落ち。
ついで、左肩も突き、動きの自由を奪う。
「次……あれ?」
次なる相手を探そうと周囲を見回すが、立っている人間は、いない。
いや、ドミニク一人を除いて。
「はは、大したもんだよ、ほんと。実戦でも使いこなしてるじゃないか。
ま、勝負はあたしの勝ちだがね」
気楽そうに言いながら、ドミニクがのんびりとこちらへ向かって歩いてきていた。
その向こうでは、斬り倒された男たちが6人転がっているのが見える。
「勝負、するとは言ってないし。
それに、指揮官を確保したのは私」
そう負け惜しみを言いながら、指揮官の背中に座り込み、押さえつけながら取り出した手ぬぐいを口に噛ませた。
万が一の自殺防止だ。
「ま、じゃあ引き分けってことにしてあげますかね。
確保の仕方もまあ、及第点だ」
そう軽く笑う姿に。
敵わないな、とレティはなんとなしに思ってしまったのだった。
「うわぁ。ほんとに二人で制圧しちゃいましたよ……」
駆け込んできた少女を確保した後、向かってきた男たちのうちドミニクの予言通り二人打ち倒したエリーが、そうぼやく。
残りの二人は護衛達が弓で落とし、生きているものは確保した。
その騒動の間に、たった二人で10人からの集団を制圧してしまったのだから。
「わかってはいましたけど、ドミニクさんもとんでもないですねぇ」
遠目でも、二人は凄まじかった。
そのなかでも、ドミニクの動きの流麗さと苛烈さは目を引くものがあった。
それが、ちょっと悔しい。
とは思いつつも、それはそれ、これはこれ。
大事なく収まったからにはやるべきことをせねば、と少女へと向き直る。
「これでもう大丈夫ですよ。怪我とかはありませんか?」
そう声をかけても、返事がなかった。
おや? と思いながら少女の顔を見れば。
「……素敵……」
目をキラキラと輝かせながら二人の方を見やっていた。
もしかして。
こっちの方が一大事なのでは?
そんな考えが、エリーの脳裏をよぎった。
乾いた風の吹き渡る草原にも花は咲く。
大地に根差し、たおやかに慎ましく。
柔らかな薄紫に彩られたその花の名は。
次回:コルドールの草原藤
手折られぬ程にはたくましく。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
下にリンクが出ているはずです!
1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




