結実した、翌朝
そしてまた、朝日が昇る前にレティは目を覚ました。
目を開ければ、間近に見えるエリーの顔。
少し遠い気がして、それが不満で。もぞもぞ、起こさないように身じろぎしながら身体を、顔を寄せた。
抱き合ったいつもの姿勢、ついでとばかりに足を絡める。
触れ合う温もりに、くすぐったいものを感じながら、エリーを見つめる。
寝息がかかる程の距離、くすぐったくて、でも嬉しくて。
でも、昨夜はもっと近いところに居た。
それこそ、直接吐息を飲み込む程の距離に。
思い出してしまえば、また顔が赤くなってしまうけれども。
いや、身体の奥が熱くなってしまうけれども。
それは、とても幸せなことだと心の底から思ってしまう。
いつもと同じ距離。……ちょっとだけいつもより近いけれど。
いつもと違うように感じる距離。もっと近づきたいと思ってしまうけれど。
でもさすがに、無理矢理はだめだろう。
エリーなら受け入れてくれるだろうけれども。
むしろ、だからこそだめだろうと思ってしまうのは自分の頑迷さだろうか。
でも。
大事に、したいのだ。
こうして抱き合っていると伝わってくる、その体の柔らかさ。
ふわふわで、ところどころ弾けるようで。
ちょっと無茶をしたら壊れてしまいそうな儚さで。
でも。
触れたりしたいのだ。
こうして抱き合っていると、もっと、もっと、と思ってしまう。
柔らかな唇に、あるいはもっと柔らかいかも知れない場所に。
ちょっと無茶をして、壊してしまいたいくらいに。
「だめだめ……何を考えているの、私……」
ぼそりと、つぶやく。
昨夜、確かに自分の中の何かは満たされた。
確かに、間違いなく、満たされたのだ。
なのに、こうして目覚めてしまえば、もっと、と望む自分がいる。
自分がこんなに欲深かったとは、思いもよらなかった。
「……全部、エリーのせいなんだからね……」
小さな声で、八つ当たり。
わかっている。八つ当たりなのだと。エリーに非はないのだと。
それでも、そう言ってしまいたくなるくらいに、出会う前と後では劇的に違ってしまった。
人間関係もそうだけれど、何よりも、自分自身が。
楽しいと思った。嬉しいと思った。
悲しいこともあった。怒りに我を忘れることもあった。
美しいと思った。鮮やかだと思った。世界はこんなにも綺麗なのだと、初めて知った。
それらは全て、エリーと出会ってからだ。
エリーがくれたものだ、とすら思っている。
「……ねえ、私は、何かあげられてるかな……?」
心の底から感謝しているからこそ、自分がそれに釣りあっているか不安になる。
ペンダントは贈った。
できる限りの、自分の素直な心を言葉にもした。
心の底から喜んでくれたことは、間違いないと思っている。
……それでも、まだ自分がもらったものには到底釣り合っていないとも思っている。
「もっとね、もっと、あげたい、の」
呟く。ふぅ、とため息。
息を吸う。吐く。吸う。
それだけで胸を埋め尽くす、甘くて蕩けるような香り。
大好きな、エリーの、匂い。
こうして呼吸をするだけでも、エリーからまたもらってしまっている。
それを返すには、どうしたらいいというのか。
「エリーも、もっとちょうだいって言ってくれたらいいのに……」
そう、ぼやく。
こうして一緒に寝るようになったのは、エリーからの要望だ。
抱き合うのも、大体エリーからの要求だ。
そんなことは、記憶の彼方だ。
キスをしたいと、自分から求めた。
それが全てを塗りつぶした。
今のレティにとっては、求めたのは自分、になっている。
だから、現状がもどかしい。
与えたい。求められたい。そんな感情が、胸の中でぐるぐると渦巻いている。
「私は、どんなことだって応えるつもりはあるんだけどな……」
エリーが望みそうなことは大体。
そう、思うけれども。
ふと、あることに思い至り、途端に顔が赤くなる。
いや、知識としては知っているけれども。
お湯を借りて身体を拭く際に見えたりした時に、ふと思い浮かんだりしていたけれども。
意識した途端、自覚してしまった。
むしろ自分自身がそれを求めているのではないか、と。
「いやいや、そんな、それは……。
でも、夫婦ならそれは普通というし……」
では、自分たちは?
女同士ではあるが、結婚にも等しい誓いをしてしまった自分たちは。
「なしでは、ない、よね……?」
そう、小さく小さく、聞こえないように呟く。
聞こえてしまったら、恥ずかしさできっと死んでしまう。
真っ赤な顔で、真剣にそう思う。
「もう……全部エリーのせいだ……」
自分がおかしくなってしまうのも。
もっと、と欲しくなってしまうのも。
それは全て、エリーだから。
だから、そんな八つ当たりをしてしまう。
心の中でもやもやと、八つ当たりを交えながら考えていると。
窓の向こうが明るくなり始めた。
「朝、か……エリーを起こさないと」
起こしたくない。
朝なんてこなければいいのに。
ずっとこうしていたいのに。
それでも、朝はやってくる。
一つ、ため息。
「エリー、起きて。そろそろ時間だよ」
「んっ……あふぅ……あ、レティ、さん……おはようございますぅ……」
可愛い。そう思ったら、既に抱きしめていた。
「ふぇっ、あ、レ、レティさん!?」
「ごめん……エリーがあんまりにも可愛いから、つい……」
「え、や、ちょっと、そのっ!
また、そんなこと言って……そういうところですよ、この女たらし……」
拗ねたような、照れたような。
隠しきれない嬉しさを滲ませたエリーの微笑みに、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。
「ほんとなんだもの。
今から、証明してもいい?」
そう言いながら、顔を寄せた。
それだけで意味が伝わったのだろう、エリーがこれ以上なく真っ赤になる。
しばらく硬直して。
ゆっくりと、身体から力を抜いていく。
「は、はい……証明、してください……」
そういうと、エリーは目を閉じて。
そしてレティは証明した。
何度も、何度も。
互いの呼吸が荒くなるほどまでに、何度も唇を重ねて。
遅刻ギリギリで止めたのは、僅かに残っていた職業意識のなせる業だった。
そして始まる新しい日々は何事もなく思えた。
だが突如として到来する嵐のような事態に人は翻弄され。
草原を渡る風には血の匂いが混じる。
次回:不穏な風
風雲、急を告げるか。
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「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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