金と鋏は使い様
出発の声がかかり、二人は商隊に合流した。
先程と同じように馬に乗り、左右に分かれる。
分かれて互いの姿が場所の向こうに消える瞬間に、ふと、視線が絡んだ。
しばし見つめあい、小さく笑って手を振って、互いのいるべき配置につく。
色々思うこと。
色々言いたいこと。
抱えたそれらは、無事に今夜の宿場に着いてこそ。
そう自分に言い聞かせ、まずは呪文を唱えて探知魔術を行使して周囲の警戒にあたった。
残念ながらというのもおかしいが、その警戒は今度は空振りに終わり。
夕暮れが迫る頃には何事もなく宿場町へとたどり着く。
まずは商会の倉庫へと荷物を馬車ごと運び入れ、馬は併設の厩舎へと移動させ、休ませる。
護衛達は数人が倉庫に泊まり込みで番をし、残りは提携の宿へと移動する。
ちなみに、泊まり込み組にはその分の手当も出しているので、不満は出ていない。
「金の使い方を知ってる男だねぇ、あいつは」
などとドミニクが笑いながら商人を褒めていたのを、レティは、そんなものか、と聞いていた。
金にも有効な使い方とそうでない使い方があるのはわかる。
だが、必要経費のようなものでない、自分や誰かのために金を使うことはこの旅に出てからが初めてのことだ。
「金の使い方……良い使い方って、どんなもの?」
「あん? そうさねぇ……今回の場合なら、自分の目的を達成するために効果的に使ってるってとこかね。
使うことによって回避できるリスクと使う金額を秤にかけて、損が無い、得になるようバランスを取ってる。
ああ、ついでに、泊まりの連中が気分良く番ができるように、ってのも考えてるね」
「自分の損得だけじゃない、ってこと?」
「そういうこった。あたしの知る限り、できた商人連中はお互い様ってのを大事にしてるのが多い。
商売ってのは一回こっきりじゃない、続けていかないといけないもんだからさ。
敵を作らず味方を増やすってのは、時に儲けよりも大事なんだろうよ」
「なるほど……わかる気はする」
もちろん、商売などしたことはないが。それでも、この旅の間に幾度も商人達は見た。
彼らがどんな表情をして、どんな言葉で物を売っているのか。
今まで何度も見たことがあるはずなのに、初めて認識したような感覚を覚えている。
「反対に、儲けのために敵を作りまくってた男を知ってるけど、酷い嫌われようだった」
「ははっ、そいつは碌な死に方しないんじゃないかね。因果ってのは巡るもんだ」
「……うん、そう、だね」
実際に碌な死に方をさせなかった側としては、曖昧な返事をするしかなく。
一瞬だけ目を細めたドミニクは、それについては何も言わなかった。
「ま、金の使い方は商人じゃなくても大事なもんさ。
あんただって心当たりはあるだろ?」
「うん、それは、ある」
「後はそれを、他の奴ならどう考えてるかって当てはめてみると、より良い使い方が見えてくるだろうね」
「他の人なら、どう考えるか、か……」
言われて思い浮かべたのは、良く知っている背中。
けれど、必死で師匠の思考を追っていた、一回り大きく見えた背中。
そして、彼女が筆を加えた後の絵。
「そう、だね……それが大事だろうっていうことは、わかる。
……私にも、わかるかな?」
「全部が全部、とは言わないがね。
少なくともエリーの考えることは一番わかるんじゃないかい?
ってか、あんたがわかんなかったら誰にもわかんないよ」
「ち、違う、そういうことじゃなくて……」
にやりとしたドミニクの言葉に、覿面に慌てながら、手を振って否定する。
それでも、顔が赤くなるのは抑えられなくて。
じとり、恨みがましい視線を向けてしまう。
「そんな顔しなさんなって。
あんたがあの子のことを考えてやったことなら、そうそう間違いはないさ。
間違ってても素直に謝りゃ、あの子なら許してくれるだろ」
「それは、そうなのだけれど。
……それに甘えるのも違うかな、って」
どうにもそんな真面目な反応が可愛くてしかたないと、ドミニクは見られないように頬を緩ませる。
あるいは気配で気付かれるかも知れないが、それはもう、察しが良すぎる弟子が悪いのだと無責任に。
幸か不幸か、レティは気づかないまま、拗ねたような視線を向けていて。
それを見れば、得意げな顔を作って見せる。
「なら、甘えなきゃいいさ」
「え? どういうこと?」
不思議そうなレティの声に、ドミニクは珍しく優しい笑顔を見せる。
「まず、あんたの思う所をぶつける。それが失敗だったら、その後責任を持って事態の収拾を図る。
その覚悟を持ってあたりゃあいい。
当然、失敗の度合いによっちゃあ信頼回復は大事さ。
それを乗り越えてでもやろうっていう覚悟を持てるかどうかじゃないかねぇ」
「ああ、なるほど……」
納得したように頷くレティを、しばし見つめて。
ふ、と唇を緩めながら、問いかける。
「それくらい、大事なことかい?」
「うん、大事。とても、大事」
すると、迷うことなく即座に、答えが返ってきた。
若干、面食らって。すぐに、にやりと笑ってみせる。
「なら、あの子にとってもそんだけ大事さ。
なぁに、ちょっとやそっとの失敗じゃ、無碍にはしないでくれるよ」
「ああ、それは確かに、そう、だね……。
そうか、これも相手がどう考えるかを考えるってことか……」
「そういうこった。
どうだい、勉強になったろ?」
得意げな笑みを浮かべるドミニクに。
全く裏なく、レティはこくんと頷いて見せた。
「うん、とても勉強になった。
ありがとう、おかげで、今私がどうしたいか、よくわかった」
「お、おう、そりゃぁ良かったよ。
んじゃ、悔いのないように、どーんと一発かましておいで!」
「いや、そこまで勢い込むのはちょっと……。
でも、うん、ちょっと、頑張ってくる」
あまりに素直過ぎる返答に、むしろドミニクの方がうろたえてしまう。
そんなドミニクへと軽く頭を下げると、レティはそこから離れてエリーの元へと向かった。
「エリー、ごめん、ちょっと先に行ってて」
「え、あ、はい?
わかりました、場所はわかりますよね?」
「うん、大丈夫。
万が一の時は探せるし」
「そっか、レティさんはそれがありますし、心配ないですね。
……私の居る場所は、すぐわかるでしょうから」
悪戯に、自信たっぷりに。
穏やかな微笑みとともに言われれば、こくんと素直に頷くしかできない。
「……うん。
どこに居たって、絶対探し出してみせるから」
「……うん、レティさん、ちょっとこっち来てください?」
直球で返されたエリーは笑顔のままそう言いつつレティの腕を掴み、ずりずりと倉庫の影に引っ張っていく。
はて、と小首を傾げながら、抵抗することなく引っ張られていき。
影に隠れたところで、ずい、とエリーに詰め寄られた。
「人前でああいうこと言うとか、そういうところですよ、この女たらし!
私、どんな顔したらいいかわからなかったですよ、流石に!!」
「え……いや、割とエリーも同じくらいのこと言ってたと思うのだけれど……」
理不尽だ。
そう、心の中でぼやきながら。
それでも、こうして目の前で、顔を真っ赤にしながら怒ってるようでありながら、嬉しさを隠しきれていないエリーの顔を見て。
これもいいかな、などと思ってしまう自分がおかしくもあり、楽しくもあった。
想いという目に見えぬもの。そして軽くないもの。
故に人は形を与えようと手を尽くす。
時に贅を尽くして躍起になり。
それでもそれは、手をすり抜けていく。
次回:想いの形
時に言葉は、金に勝る。
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