剣の声を聴くごとく
「さて、歩法の説明が終わったところで、もう一つ。
組打ち稽古みたいなもん、っていったやつさ。こっちは剣をメインで使うよ」
「……剣を、メイン?
剣を使う、ではなく?」
ドミニクの言葉にレティは、おや、と小首を傾げる。
その反応に、ドミニクは呆れたような苦笑をこぼした。
「あんたのその耳聡さはなんなんだい。よっぽど良く仕込まれたのかねぇ。
まあいいや。
そう、使うのは剣だけじゃないが、主軸は剣だ。
おまちかねの、ってところだが、悪いけど多分想像とは違うよ」
「もうすでに、私の想像からは大分遠いところなんですけど……。
剣術ってもっとこう、派手なものかと思ってました」
そうこぼすエリーへと、ドミニクはけらけら笑ってみせた。
「ま、そう思われがちだし、実際望まれるのはそういう派手で華やかな技さ。
だが、あたしのは生き抜くための技だし、イグレット、あんたが望むのもそういうやつだろ?」
それは、質問ではなく確認。
確信めいた表情のドミニクに、レティもまた、こくりと頷いた。
「うん、確かにそれはそう。
私は、目的を達成するための手段として剣術を学びたい」
「いい返事だ。
つまり、あたしにとってもイグレットにとっても、剣術ってのは手段であり道具ってことさ。
ま、そうじゃない、剣術を人生の目的にしてるやつももちろんいるし、それを馬鹿にするつもりもないよ。
その辺りは考えの違いってやつだしね。
で、実用的な道具ってのは、往々にして地味なもんだろ? もちろん、機能美ってやつこそあれ、さ」
「そう言われたら、納得しそうになるんですけど……。
ドミニクさんの場合、何かこう、丸め込まれそうな何かを感じるんですよねぇ」
良くわかる理屈としゃべり方、その口の滑らかさに、だからこそ身構える。
もちろんドミニクから悪意などは感じないのだが。
万が一彼女が騙そうとしていた場合、見抜ける自信など全くないのだから。
「はは、酷い言われようだねぇ。
ま、割と言われることだし、おいおい信頼ってやつを勝ち取っていくさ。
ってことで、さっそく何をするか、だがね。
イグレット、ちょいと木剣を普通に構えてみな」
「ん、わかった。こう?」
他愛もない話を打ち切って出された指示に、素直に従って構える。
ぴんと背筋を伸ばしたまま右足を前に出した斜めの姿勢、右手を前に出し、手にした木剣の剣先はぴたりとドミニクの喉元に向けられている。
重心の偏りもなく、いつでも前後左右に動き出せる力みのない構え。
それを見て、うん、とドミニクは一つ頷いた。
「うん、さすがに良いバランスの構えじゃないか。
で、あたしもこう構えて、だね。これからゆっくりあんたの胸を突くから、そのまま受けとくれ」
「え? わかった」
対するドミニクは、相手に右側面を見せる真半身の構え。
同じく木剣はレティの喉元へと向けられていて。
互いの木剣の左側面をすり合わせるような態勢になった。
そのままゆっくりとドミニクが剣を突き出していくと、それはそのまま、すとん、とレティの胸の真ん中を突いた。
「と、何もしなきゃこうなるよね。
じゃあイグレット、あんただったら、こうやって突き出されてきたら、どうする?」
「え、それは、もちろん、こう逸らすけど」
一度戻って、また同じように突き出されてきた木剣を、左方向へと摺り上げるように逸らしていく。
当然、そのまま今度はレティの胸を逸れて、外れた。
「うん、そうくるだろうね。
当然あたしは、こう返すわけだ」
同じようにもう一度、突きを入れて、レティが逸らし。
するり、刀身に沿って回り込むようにドミニクの木剣がレティの木剣の右側面に流れ、すとん、と右小手に落とされる。
「……何がやりたいか、わかってきた。
そう来られたら、私も当然こう返すから」
右小手に落とされてきた木剣を、今度は手首を返して逸らし、今度は抉りこむようにしてドミニクの胸を突こうとする。
「そうそう、そうきたら今度は、こう返すわけだ」
レティの反撃を、腕を捻って抑え込むように逸らし、かわし切ったところで跳ね上げるように刀身で切り上げ、崩れた体勢のレティの右肩を捉えた。
そうやってああだこうだと言いあいながら動き続ける二人へと、声がかかる。
「あの、お二人とも。
完全に二人の世界に入ってますけど、なんですかその、当たり前のように繰り出される気持ち悪いくらいに滑らかな動き」
「え、気持ち悪い?」
「ごめんなさいレティさん、正直、なんでそんなに淀みなく動き続けられるのか、私の頭が理解を拒否してます」
「はは、酷い言われようだね。
だがまあ、ある程度は理解できてるからこその感想でもあるかねぇ。
こうやってお互いの動き、呼吸を読みながら相手を崩して一太刀入れようというのがこの稽古の目標さ」
へらり、と笑いながら解説するドミニクに、エリーが何かを考えて。
それから、口を開いた。
「目標がそれってことは、目的や狙いはなんです?」
「おやおや、こっちまで聡いのかい。
イグレット、狙いはなんだと思う?」
エリーの質問に、嬉しそうに笑いながら。
敢えて答えずにレティに振ると、レティはしばし考えて。
「わかりやすいところで言えば、相手の呼吸や動きを読んでの防御技術の習得。
もう少し進めば、防いだ上で相手を崩して、こちらの攻撃を当てる攻撃技術にも繋がっていると思う」
「その通りすぎて、笑いそうになるねぇ、ここまでくると。
ま、つまりはそういうことさ。
当たっても怪我をしないようなスピードでだって、十分に駆け引きってやつはできる。
むしろその方が技量の差が出るようにも思うねぇ。
で、相手をコントロールする能力や駆け引き、崩しを感覚として覚えていく訓練ってわけさ」
「なるほど。感覚、つまり考えなくても理解して動けるように、と」
「そういうこった。こればっかりは、回数こなして身に着けていくしかないからねぇ」
とはいえ、レティの理解力の高さはそれはそれで意味を持つはずだ。
少なくとも、ここまでの話を理屈と感覚の両方で理解しているようにも見えることだし。
「で、歩法も身について、こっちにも慣れてきたら、今度はこういう風に」
と言ったかと思えば、レティの木剣を巻き取るようにしながら側面に回り込み、とん、とん、と小手、肩、と軽く叩いていく。
「ってな稽古をするのが第二段階ってとこだね」
「え。え、それで、まだ第二段階、なんですか……?」
どこがゴールか、全く見えない。
エリーには、そうとしか思えなかった。
「なるほど、当面の目標はわかった。
……ところで、その稽古だと、私、相当不利じゃない?
この剣の長さの差はかなり大きいと思うのだけど」
そう言いながら木剣をさし伸ばし、互いのそれの長さを比べる。
レティの小剣の長さに合わせたものに比べて、片手持ちとはいえ長剣に分類されるドミニクの木剣は、軽く20㎝以上は長い。
その間合いの差は、ただでさえある技量の差を、さらに広げているように思われた。
「ああ、もちろんそうさ?
だからこそ修行になるってもんだろ」
「それは否定できないけど、なんだかこう……はめられたような悔しさが……」
「ま、ちょいと意地悪したのは事実だがね。
だが、あんたがその小剣を使っていくってんなら、避けて通れるもんでもないわけだ。
だったら、怪我しない稽古のうちに慣れちまった方がましってもんだろ」
「むぅ……確かに、それは、そう、だね」
まだ若干不服はあるものの、おおむね納得したレティは、こくりと頷いた。
それを見ていたエリーがぽつりとつぶやく。
「なんていうか、ドミニクさんのイケイケな性格からは想像もつかないくらい、防御重視の稽古なんですね」
「こらこら、その通りだけどもうちょい言い方ってもんはないのかい?
あたしもイグレットも扱うのは剣だからね。
剣なんざ、当たらなければどうってこたぁない。
だが、当ててしまえば、あたしらの力でも怪我をさせられるし命を奪える。
で、当てるだけの技術ならとっくにイグレットも持っているからね。
だったら後は、当たらないようにしながら、どれだけ効率よく当てるか、になるわけさ」
その言葉に、エリーもレティも感心したような表情になった。
「それは、そうですよね……すみませんドミニクさん、今初めて尊敬しました」
「うん、当面の目指す方向性がより詳しく見えた」
「エリー、それは誉めてないよね? いや、いいんだけどさ」
造られたようなわざとらしい真面目な顔。
真面目な顔。
明るく笑い飛ばす顔。
三者三様の顔を見せながら談笑し、そしてまた、稽古へと戻っていった。
唐突に。あまりにも唐突にそれは訪れる。
それは腕の差か、あるいは経験の差か。
そしてそれは、防ぐこともできず。
次回:痛恨の一撃
時にそれは、甘く。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
下にリンクが出ているはずです!
1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




