草原の剣戟
「待たせちまってすまないね、そろそろ始めようか」
「ん、わかった」
ドミニクの声に、レティが立ち上がる。
……ちょっとだけ不満そうなエリーに、内心で詫びながら。
行ってくるねと声をかけ、ドミニクの元へ向かう。
その後を、やっぱり気になるのかエリーもついてきた。
「んじゃ今日は軽く、お互いの力量を見るための手合わせにしようかね。
あんたはこいつを使いな」
軽く言いながらドミニクが放り投げてきた木剣を空中で掴む。
その時にはもう、背筋が震えていた。
確認するようにまじまじと木剣を見やり、手に取り、握り、具合を確かめて。
「……これ、あなたが作ったの?」
「ああ、こないだあんたの小剣は見たからね、ざっくりと作ってみたんだけどさ。
重さはさすがに無理だったが、長さは大体あってるんじゃないかい?」
「大体、どころか……寸分違わず、なのだけれど」
「そうかい、そいつぁ大したもんだ、さすがあたしだねぇ」
からからと楽しそうに笑うドミニクを見て、小さくため息を吐く。
本当にそんなに簡単に作ってしまったのかはわからないが、この木剣が自分にとてもしっくり来ているのは事実だ。
長さはもちろんだが、重量バランスまで自分の使っている小剣に最大限寄せてきている。
軽く振って、具合を確かめる。
……ほぼ違和感なく使える、それは間違いなく。
「本当に、大したものだと思う、よ。
木剣の職人にでもなってみたら?」
「お、言うねぇ。
ああでも、道場でも構えて、師範代に任せて道場収入だけで楽隠居できたら、木剣だけ作るのもありだねぇ」
「……私は師範代とかやらないし無理だからね?」
笑いながら意味ありげに向けられる視線に、断固拒否の姿勢を見せる。
最近、言われないことでもくみ取れることが多くなってきた。
まあ、ドミニクの場合、わざとあからさまに向けてきているから、なおのことかも知れないが。
「そいつは残念だね、あんたならいい看板娘になりそうなんだが」
「……あなたの眼は節穴? 私が看板娘とか……間違いなく道場つぶれると思う」
「そんなことないですよ! レティさんが看板娘の道場なら、私全財産つぎ込みます!」
「うん、エリー、ありがとう。だけど、ごめん、それはちょっと遠慮させて」
予想外の方向から食いつかれ、困惑した表情を浮かべてしまう。
看板娘、という言葉に、乏しい自分のイメージから浮かんだ姿を考えて。
……これはない、絶対にありえない、と首を振る。
「ま、そいつはいずれの話さね。今はとりあえず、こいつで話をしようか」
「いや、いずれも何も、絶対やらないから。……まあ、こちらについては、同意する」
ドミニクが木剣を持ち上げたのを見て、こくりと頷くとレティ自身も木剣を手に構える。
レティは、右足と右手を前に出した、相手に対して斜めに立つ構え。
対するドミニクは、同じく右足と右手を前に出しているが、完全に身体の側面を向けた半身の構え。
相手に向ける面積を最小にした、どちらかと言えば防御的な構えだ。
「……なるほど、打ってこい、と?」
「そりゃね、どっちかって言えばあたしが見る方だろ?
もちろん、あんたにも確認してもらうけどさ」
気楽そうに笑うドミニクだが、レティから見てもまるで隙が無い。
意識の分離でもしているのか、これが余裕というものなのか。
ともあれ、そうとあれば。
「なるほど、わかった」
言い終えた瞬間に、乾いた音が響いた。
は? と言いたげに、見物していた周囲が固まる。
突きを放った姿勢のレティと、それを木剣で捌いたドミニクの姿がそこにあった。
「ちょっとちょっと、本気で殺りにくるのは、流石にどうなんだい?」
「あなたなら大丈夫でしょう。実際、捌かれたし」
少しだけ悔しさを滲ませて、レティがつぶやく。
先程の瞬間。
互いに構えて、さあ始め、という瞬間。
全く予備動作を見せずに、レティが全速の突きを放った。
全身に力を入れることなく、重力を利用した重心移動による全く力みのない神速のそれを、ドミニクはあっさりと払ってみせた。
まるで、そう来ると予測していたかのように。
「いやまあ、捌けたけどさ? あたしじゃなかったら無理だよ、あれはっ」
払いながら手首を返し、レティの木剣を抑え込む。
制される、と感じてそれを嫌い、木剣が、レティの体そのものが引かれる。
反撃を放棄した後退を感じ取り、踏み込み、手首を返し、背筋の力を利用して横薙ぎの一撃を放つが、一歩届かない。
「おやまあ、随分と素早いことで」
「まあ、これくらいは、ね」
ドミニクの一振りは、振り抜かれることなく止まる。
ぴたり、横に構えた木剣がレティの顔面へと牽制するように向けられ、その圧に、すぐには踏み込めない。
とはいえ、稽古で躊躇していても仕方がない。
右へと、相手から見れば左側面へと、円を描くように距離を保ちながら回り込む。
当然、ドミニクもそれに合わせて木剣を向け、体を入れ替えてくる。
一秒ほど、だろうか。そうやって円を描いて。
急激に、相手の右側面……半身の構えのドミニクの背後を狙って方向転換し、飛び込んで切りつける。
「いいねぇ、その動き。若さってやつだねぇ」
レティが方向転換した瞬間に、ドミニクは右足の位置を踏みかえていた。
その右足を軸にくるりと体を回転させれば、縦の振りも横の振りも届かない位置。
縦に振り下ろした一撃がかわされたと見れば、勢いを殺さずに地面を打ち、その反動で木剣を持ち上げ、踏み込みながら横薙ぎの一撃。
だが、既に体勢を整えていたドミニクにあっさりと受け止められる。
今度はその反動を利用して振り上げ、逆袈裟に斬ろうとフェイントを入れ、身体のひねりを使って袈裟斬りに切り替える。
それすらも読まれていたのか、あっさりと受け止められて。
「わかっちゃいたけど、ほんとに速いねぇ。
あたしでも一苦労だよ、こりゃ」
と、涼しい顔で。
どう考えても、読まれている。
なぜ読まれているかはわからないし、今は考えても仕方がない。
受け止められた木剣を、ぐ、と体重を乗せて押し込む。
当たり前のように受け止められるのは計算の内。
ふ、といきなり力を力を抜くと、触れた木剣に沿わせるように流して、脚を狙って振り下ろす。
だが、既にそこに脚は残っていなかった。
レティが力を抜いた瞬間、ドミニクは滑るように後退していて。
空振りした木剣が地面を打ち、またその反動で持ち上げようとした矢先に、がし、と踏みしめられる。
「ほい、一本」
ぴたり、額の直前に振り下ろされた木剣が止められていて。
「……まいった」
一瞬、悔し気な表情を浮かべると。
レティは潔く負けを認めた。
数秒後。
固唾を飲んで見守っていた周囲から、盛大な歓声があがった。
その中で一人、エリーが自分のことのように悔しそうに見つめていたりしたが。
年老いて、初めて人生を振り返る。
足跡は、過ぎ去りし時間と共に薄れていて。
しかし、消えることなく誰かの人生に刻まれる。
次回:人生は上々か
悪くはない。その実感とともに。
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