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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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草原の剣戟

「待たせちまってすまないね、そろそろ始めようか」

「ん、わかった」


 ドミニクの声に、レティが立ち上がる。

 ……ちょっとだけ不満そうなエリーに、内心で詫びながら。

 行ってくるねと声をかけ、ドミニクの元へ向かう。

 その後を、やっぱり気になるのかエリーもついてきた。


「んじゃ今日は軽く、お互いの力量を見るための手合わせにしようかね。

 あんたはこいつを使いな」


 軽く言いながらドミニクが放り投げてきた木剣を空中で掴む。

 その時にはもう、背筋が震えていた。

 確認するようにまじまじと木剣を見やり、手に取り、握り、具合を確かめて。


「……これ、あなたが作ったの?」

「ああ、こないだあんたの小剣ショートソードは見たからね、ざっくりと作ってみたんだけどさ。

 重さはさすがに無理だったが、長さは大体あってるんじゃないかい?」

「大体、どころか……寸分違わず、なのだけれど」

「そうかい、そいつぁ大したもんだ、さすがあたしだねぇ」


 からからと楽しそうに笑うドミニクを見て、小さくため息を吐く。

 本当にそんなに簡単に作ってしまったのかはわからないが、この木剣が自分にとてもしっくり来ているのは事実だ。

 長さはもちろんだが、重量バランスまで自分の使っている小剣に最大限寄せてきている。

 軽く振って、具合を確かめる。

 ……ほぼ違和感なく使える、それは間違いなく。


「本当に、大したものだと思う、よ。

 木剣の職人にでもなってみたら?」

「お、言うねぇ。

 ああでも、道場でも構えて、師範代に任せて道場収入だけで楽隠居できたら、木剣だけ作るのもありだねぇ」

「……私は師範代とかやらないし無理だからね?」


 笑いながら意味ありげに向けられる視線に、断固拒否の姿勢を見せる。

 最近、言われないことでもくみ取れることが多くなってきた。

 まあ、ドミニクの場合、わざとあからさまに向けてきているから、なおのことかも知れないが。


「そいつは残念だね、あんたならいい看板娘になりそうなんだが」

「……あなたの眼は節穴? 私が看板娘とか……間違いなく道場つぶれると思う」

「そんなことないですよ! レティさんが看板娘の道場なら、私全財産つぎ込みます!」

「うん、エリー、ありがとう。だけど、ごめん、それはちょっと遠慮させて」


 予想外の方向から食いつかれ、困惑した表情を浮かべてしまう。

 看板娘、という言葉に、乏しい自分のイメージから浮かんだ姿を考えて。

 ……これはない、絶対にありえない、と首を振る。


「ま、そいつはいずれの話さね。今はとりあえず、こいつで話をしようか」

「いや、いずれも何も、絶対やらないから。……まあ、こちらについては、同意する」


 ドミニクが木剣を持ち上げたのを見て、こくりと頷くとレティ自身も木剣を手に構える。

 

 レティは、右足と右手を前に出した、相手に対して斜めに立つ構え。

 対するドミニクは、同じく右足と右手を前に出しているが、完全に身体の側面を向けた半身の構え。

 相手に向ける面積を最小にした、どちらかと言えば防御的な構えだ。


「……なるほど、打ってこい、と?」

「そりゃね、どっちかって言えばあたしが見る方だろ?

 もちろん、あんたにも確認してもらうけどさ」


 気楽そうに笑うドミニクだが、レティから見てもまるで隙が無い。

 意識の分離でもしているのか、これが余裕というものなのか。

 ともあれ、そうとあれば。


「なるほど、わかった」


 言い終えた瞬間に、乾いた音が響いた。

 は? と言いたげに、見物していた周囲が固まる。

 突きを放った姿勢のレティと、それを木剣で捌いたドミニクの姿がそこにあった。


「ちょっとちょっと、本気で殺りにくるのは、流石にどうなんだい?」

「あなたなら大丈夫でしょう。実際、捌かれたし」


 少しだけ悔しさを滲ませて、レティがつぶやく。


 先程の瞬間。

 互いに構えて、さあ始め、という瞬間。

 全く予備動作を見せずに、レティが全速の突きを放った。

 全身に力を入れることなく、重力を利用した重心移動による全く力みのない神速のそれを、ドミニクはあっさりと払ってみせた。

 まるで、そう来ると予測していたかのように。


「いやまあ、捌けたけどさ? あたしじゃなかったら無理だよ、あれはっ」


 払いながら手首を返し、レティの木剣を抑え込む。

 制される、と感じてそれを嫌い、木剣が、レティの体そのものが引かれる。

 反撃を放棄した後退を感じ取り、踏み込み、手首を返し、背筋の力を利用して横薙ぎの一撃を放つが、一歩届かない。


「おやまあ、随分と素早いことで」

「まあ、これくらいは、ね」


 ドミニクの一振りは、振り抜かれることなく止まる。

 ぴたり、横に構えた木剣がレティの顔面へと牽制するように向けられ、その圧に、すぐには踏み込めない。


 とはいえ、稽古で躊躇していても仕方がない。

 右へと、相手から見れば左側面へと、円を描くように距離を保ちながら回り込む。

 当然、ドミニクもそれに合わせて木剣を向け、体を入れ替えてくる。

 一秒ほど、だろうか。そうやって円を描いて。

 急激に、相手の右側面……半身の構えのドミニクの背後を狙って方向転換し、飛び込んで切りつける。


「いいねぇ、その動き。若さってやつだねぇ」

 

 レティが方向転換した瞬間に、ドミニクは右足の位置を踏みかえていた。

 その右足を軸にくるりと体を回転させれば、縦の振りも横の振りも届かない位置。

 縦に振り下ろした一撃がかわされたと見れば、勢いを殺さずに地面を打ち、その反動で木剣を持ち上げ、踏み込みながら横薙ぎの一撃。

 だが、既に体勢を整えていたドミニクにあっさりと受け止められる。


 今度はその反動を利用して振り上げ、逆袈裟に斬ろうとフェイントを入れ、身体のひねりを使って袈裟斬りに切り替える。

 それすらも読まれていたのか、あっさりと受け止められて。


「わかっちゃいたけど、ほんとに速いねぇ。

 あたしでも一苦労だよ、こりゃ」


 と、涼しい顔で。

 どう考えても、読まれている。

 なぜ読まれているかはわからないし、今は考えても仕方がない。


 受け止められた木剣を、ぐ、と体重を乗せて押し込む。

 当たり前のように受け止められるのは計算の内。

 ふ、といきなり力を力を抜くと、触れた木剣に沿わせるように流して、脚を狙って振り下ろす。


 だが、既にそこに脚は残っていなかった。

 レティが力を抜いた瞬間、ドミニクは滑るように後退していて。

 空振りした木剣が地面を打ち、またその反動で持ち上げようとした矢先に、がし、と踏みしめられる。


「ほい、一本」

 

 ぴたり、額の直前に振り下ろされた木剣が止められていて。


「……まいった」


 一瞬、悔し気な表情を浮かべると。

 レティは潔く負けを認めた。


 数秒後。

 固唾を飲んで見守っていた周囲から、盛大な歓声があがった。

 その中で一人、エリーが自分のことのように悔しそうに見つめていたりしたが。

年老いて、初めて人生を振り返る。

足跡は、過ぎ去りし時間と共に薄れていて。

しかし、消えることなく誰かの人生に刻まれる。


次回:人生は上々か


悪くはない。その実感とともに。



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「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」

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