セールストーク
とりあえず、ここで押し問答をしていても仕方ない、と説得して一旦荷馬車の方へと戻ることにした。
戻れば、涙を浮かべた商人が出迎えにきて。
「ありがとうございます、ありがとうございます!
本当に助かりました、この積み荷を奪われたら、私は、私はっ」
よほどの事情があったのだろう、言葉を詰まらせ男泣きに泣くその姿を見て、良かった、と心の中でつぶやく。
そして、そんな自分に驚いて。
そして、そんな自分が嫌いではなくて。
なんとも、落ち着かない気分になってしまう。
「ううん、その、通りすがりだし、お互い様というか……。
不意を打てたから、だと思うし」
いかなレティとは言え、正面から20人を相手にすると荷が重い。
これが、万全なエリーの支援を受けながらであれば、全く問題はないのだが。
だが、あまりにもあっさりと片付けたように見えた商人には、謙遜にしか見えなかったらしい。
「いやいや、何をおっしゃいますか、あんな見事な手際で……私、感動すら覚えました!」
「あの、言いすぎ、だから……」
「感動はともかく、見事な手際だったのは間違いないぜ、おかげで助かった。
そっちの嬢ちゃんの魔術も凄かったしなぁ」
「私ですか? ありがとうございます♪」
助けられた形の護衛も素直に称賛してきて、エリーもにこやかに応じている。
これは、素直に応じてしまっていいのだろうか。
オロオロとしながらそんなことを考えてしまう。
「そちらのご婦人も、私、何が起こったかまるで理解できない程でしたよ!」
「ははっ、中々口が達者だね、そんなに褒めても何も出やしないよ」
おべっかではない心からの賛辞に、ドミニクも上機嫌で応じている。
なるほど、こう応じていいものなのか、とは思いながら。
まだまだ自分にはできなさそうだ、と軽くため息をつく。
「ところで、ですね。
そんなお強いお三方にお願いがあるのですが……どうでしょう、次の街までで結構です、私どもの護衛をしていただけませんか?
もちろん、依頼料はお支払いいたします」
愛想よく笑いながら、若干窺うような顔色で。
そんな依頼に、レティとエリーは思わず顔を見合わせる。
「あっちに向かうんだよね?
だったら私達は同じ方向だからいいけれど……そちらのドミニクは」
「何言ってんだい、あんたらがあっちに向かうってんなら、あたしも付き合うさ。
なんせ、あたしを買ってもらわないといけないんだからねぇ」
「それ、本気なんだ、やっぱり……」
冗談めかした口調でそんなことを言うドミニクに、いつの間にか肩を組まれていた。
そのことに、もう一つため息がこぼれる。
確かに戦闘の時ほど気を張っていないとはいえ、油断をしていたつもりもないというのに、いつの間にか踏み込まれていた。
こんな些細なことで、一枚も二枚もあちらが上だと思い知らされ、なんだかもやもやとした気分になってしまう。
そんな複雑な気持ちを抱えていると。
「ちょっと、レティさん?
その人を買うってどういうことですか?」
ひんやりとしたエリーの声が聞こえる。
びく、と思わず身をすくませて。恐る恐る、エリーを振り返った。
「いや、その、向こうが押し売りしてきてるだけで……」
「なんですか、だったら断ればいいじゃないですか?
それともできない理由でもあるんですか?」
「待って、エリー、待って。何か勘違いしてるから、待って……」
じり、じり、とエリーが距離を詰めてくる。
それにあわせて、たじ、たじ、と後ずさる。
後ろめたいことなどしていないのに、なぜこんな目に。
理不尽だ、と心の中で噛み締める。
「なんだい焼きもちかい、お嬢ちゃん。
なぁに、心配しなくても、買ってもらうのはこっちの方さね」
二人のやりとりをにやにや笑いながら見ていたドミニクが割り込んできた。
こっちの方、と言いながら、自分の腕をぽん、と叩いて見せる。
その仕草に、はて、とエリーは小首を傾げて。
「腕、ですか?
……あ、剣の腕? でも、私たち護衛だとかそういうのは不要なんですけど」
「ああ、そっちじゃないよ、この子にちょいとあたしの剣を教えてやろうって思ってね?
中々煮え切らないから押しかけたって寸法さ。
あたしの腕前はお嬢ちゃんからも見えたんじゃないかい、我ながら見事なもんだったろ?」
「そ、それはまあ、そうなんですけど……」
力関係を見てとったのか、今度はエリーへぐいぐいと。
確かに遠目にも見事な腕には見えたものだが。
ちらり、視線でレティの方を伺う。
「確かに、この人の方が腕は上。
なんだけど……なんでだろう、素直にうなずけない胡散臭さが……」
「ええ、わかります」
「おいおい、二人してなんだい、本人目の前にして随分と言ってくれるじゃないか。
まあいいさ、確かにお互いを良く知るってのも大事なもんだ。
どうだい、次の街まで道連れに。ついでに小遣い稼ぎにもなるってんだから損はないだろう?」
すらりすらりと淀みなく流れてくる言葉に流されそうになりながら、踏みとどまる。
ちらり、ちらり、お互いに視線を交わして頷いて。
「わかった、とりあえず次の街まで」
「よぉっし話は決まりだ、そこまでに口説き落としてやろうじゃないのさ。
さ、ご主人、話はまとまったよ。あたしら三人、揃って次の街までご同道、だ」
側で笑みを崩さずに待っていた商人へと、ドミニクがにっかり、笑って見せた。
その調子の良さ、さらりと三人一組のように扱う物言いの巧みさ。
……流される。
このままだと確実に流される。
遠からず押し切られる未来図しか見えないと、確信めいたものをレティは感じていた。
人が手に持てるものなど限られている。
それが肉体的なものであればなおのこと。
だが、それに少しでも抗うことができるのだとすれば。
次回:足りないものの埋め方は
先達はあらまほしき事なり、と人の言う。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家のメイドとなってご令嬢付きになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
下にリンクが出ているはずです!
1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




