阿修羅像の腕
これにて一旦完結
これはAさんとBさんから聞いた話です。
俺が働いてたレンタルビデオ店で、オーナーの店長に次いで古株の店員だったのはBさんだ。
高校を卒業してプー太郎(今の言葉に置き換えるなら自宅警備員)をしていたAさんが店員として入った時も、既にBさんは店で働いていた。
AさんとBさんは見える人同士で格闘技を嗜む者同士なので、話が合ったし仲良くなるのに然程時間は掛からなかった。
そんな二人がある日の夜、二人だけで地元の居酒屋へ飲みに行った。
でも、当時のAさんは高校を卒業したと言ってもまだ二十歳前の未成年。今でこそ普通に考えれば、飲食店は客が未成年者だと絶対にアルコール類は提供しない。
しかし、中学生ならいざ知らず、当時は高校を卒業したのならルックスからは客の年齢を判断出来ないし身分証明書提出の要求もしてなかったので、飲食店側も未成年だと薄々感付いていても平気で酒を出してくれた。
また、俺が高校生だった頃は、仲間達と一緒に居酒屋へ行って酒を飲むというのを誰もが平気でやっていたし、俺と同年代なら殆んどの者が当たり前に経験していると思う。
一応、生まれ年や干支で年齢を確かめるというのも有ったのだが、そんな確認をしてくる店は稀だったし、皆嘘の生年月日を昭和でも西暦でも丸暗記して干支も二十歳設定にしていた。
そうなると、自己申告なので身分証明書を持っていないと言ってしまえば、疑わしくとも飲食店側は客として俺達を入店させなければならないし、注文されれば酒も出さないといけなかった。
まぁ、未成年だと疑われたら店を変えれば良いだけだったし、態々警察を呼ぶなんて無粋な真似をする従業員も居なかったので、古き良きおおらかな時代だったと思う。
そして二人は、居酒屋で強か飲んで、そこそこ酔いも回り、まあまあ出来上がっていった。
そのまま飲み終えて店を出た二人だったが、まだ夜は然程深くなかった。
さあ、次はどうするか、それとももう帰るかとなった時、Aさんが「俺の部屋で飲み直しましょうよ」と提案した。
だが既に、BさんはAさん宅が、あの極小ビルだと知っていた。
実は、BさんはAさんと出逢う前からAさん宅の存在に気付いていて、例え遠回りになったとしてもAさん宅と隣接する道は通らなかったし近寄らなかった。
当然Bさんは「お前ん家、呪いのビルだろ~。やだよ、そんな所行くの」と言って拒否した。
それでもAさんは「良いじゃないっスか。大丈夫っスよ~」と言って酔いに任せ、Bさんの腕を引っ張った。
BさんもBさんでそこそこ酔っているので、嫌々言いながらも強引に腕を引かれるままAさん宅へと足を運んでしまった。
無理矢理Bさんを自分の部屋へと押し込んだAさんは、元々持っていた自前の高級ウイスキーだかブランデーだかを出し(この酒は親戚から貰ったとか言っていた)Bさんに振る舞った。
そうなると、Bさんとしては今までの酔いも有ったので自分が今居る場所が曰く付きの場所だと頭からフッ飛んでいってしまった。
それからまた二人で再び酒を飲みながら、あーでもない、こーでもない(稲川淳二風)と語り合い始めた。
暫く経っても二人はずっと酒を飲んでいるので、酔っ払い同士のくだらない話は全く尽きなかった。
だが、そんなバカ話をしている最中、変化は急に訪れた。
Aさんの部屋の中が一瞬にしてメチャクチャヤバい空気に包まれたのだ。
その室内の雰囲気を、やはり一瞬にして二人も悟り、余りのヤバさに酔いも一気に覚め、金縛りにあったように全く動けなくなり喋れなくなってしまった。
いや、厳密には動けたし喋れたのだが、この時は二人とも『動いたら殺られる!』という思いだったという。
俺の時のように強烈な霊や怨念が見えていた訳でも無いのだが、それでも二人には今がかなり危険な状態だというのがハッキリと分かっていた。
部屋の中はAさんとBさんが向かい合って座ったまま、ひたすら沈黙が支配した。
一応二人はアイコンタクトをしていたらしいのだが、やはりどうする事も出来ないので、お互いがこのままじっとして、ヤバい空気が薄れていくまで待つしかないと思っていたそうだ。
そして、これといった解決策も無いまま二人ともひたすら固まっていたら、また急に、パキッ!というラップ音が室内に鳴り響いた。
その途端、部屋の中に充満していたヤバい空気が今度は一気に消えてしまったので、二人はこぞとばかりに立ち上がり、速攻で外へと逃げ出した。
外へ出て、鉄の階段を駆け降りた二人は、お互いの無事を確認しあったがBさんは「ヤッパお前ん家、来るんじゃなかった!」とも愚痴った。
そのまま暫く外からAさんの部屋の有る階を眺めていた二人だったが、その後その階からは霊的なモノが一切感じられなかった。
それでも一人で部屋に戻るのが恐いAさんは、今度は本気で嫌がるBさんをまた無理矢理部屋へと連れて入った。
室内には、さっきのヤバい空気はもう微塵も無くなっていたし、別段これといった変化も無いように見えた。
でも、Aさんはテレビの上に置かれている“ある物”の変化に気付いた。
そのある物とは、Aさんのお清め徐霊グッズの一つ。
Aさんは「レプリカでも安物でも何でも良いから、部屋に仏像を置いてた方が良い」と言っていた。
それはAさんの部屋に置いてある仏像。旅行先の土産物屋か骨董品屋で買ったと言っていた30センチ程の“阿修羅像”だった。
皆も、有名な国宝の阿修羅像なら知っていると思うので、それを思い浮かべて欲しい。
阿修羅像の左右対称六本ある腕の内の左右対称ニ本は何かを持ち上げているような形を取っている。
その右腕の一本が、肩の所からポッキリと折れて無くなっていたのだ。
と言っても、無くなった右腕はちゃんとテレビの上に落ちてたので有ったのだが。
ヤバい空気が一気に消えたあの時、部屋に響いたラップ音はこの阿修羅像の腕が折れた音だったのだ。
右腕が一本無くなった阿修羅像を目にした二人の結論は言わずもがな。
『阿修羅像が身代りになってくれた』である。
BさんがAさん宅を訪れたのは、その一度きりとなった。
その後、折れた腕は瞬間接着剤で本体とくっ付けてちゃんと修理しました。
更にその後、ある日Aさんは事故ってしまったが、全く怪我をしなかった。
だが、自宅に帰ると、くっ付けて修理した腕の手の甲が抉れていたという。
俺は実際にこの阿修羅像をAさん宅で見せて貰ったし、修理箇所も抉れた手の甲も自分の目で確認した。
まぁ、確かに穿った見方をすれば、当時世間知らずの純情BOYだった俺を嵌める目的でAさんとBさんが話をでっち上げたとも考えられるが。
そうであったとしても、BさんはAさん本人を前にしても第三者が居ても、ずっとAさん宅を呪いのビルと言って憚らなかった。