見え過ぎた
何時の間にやら、ホラー〔文芸〕で6位になっている。ありがたや。
これは、俺がAさん宅へ遊びに行った時の話です。
俺とAさんは歳も近く、同じオタクだし仲も良かったので、夜二人で自転車に乗って、よく街をブラブラしていた。
大抵は、地元のゲーセンや古本屋などを廻ったり、独り暮らしの俺の部屋で深夜までダベっていた。
俺が学校から戻って来るのが夕方で、直ぐに店のバイトをしなければならないから、必然とAさんと遊ぶのは夜の9時以降になってしまう。
だから、家族と一緒に住んでいるAさんとしては、自分の家に俺を呼ぶのを憚られたというのがあった。
また、Aさんは家族関係が余り良く無かったというのも有る。
それと、もう1つ。余り部屋と言うか、自宅そのものに人を呼びたくない隠された理由もあった。
故に、俺がAさん宅に入ったのは数える程しか無い。
ある日、何時も通り夜二人で自転車をこいで街を廻っていたら、Aさんが「ウチ来るか?」と尋ねて来た。
その日は家族が出掛けているので、俺を部屋へ入れる事が出来るのだとか。
更に、Aさんとしては、俺に全く霊感が無いから大丈夫だろうと思ったんで部屋へと招待したと後から聞いた。
オタク文化の乏しかった地方育ちで上京したての俺と違い、Aさんは東京生まれ東京育ちのオタクなので、当時幕張や晴海で開催されていたコミケで売られている有名サークルのエロ同人誌をわんさかと持っていると話には聞いていた。
それが見たくて、俺は喜んで招待された。
実は、この時が初めてAさん宅に入ったのだった。
Aさん宅は、テレビでたまに見掛けるビルの形をした極小物件。
先ず、外に取り付けられている鉄の階段で自分の部屋の有る階まで登る。
確かAさんの部屋は三階だったと思うが、次に登った先の玄関の扉を開けると目の前に短い廊下が出てくる。
その廊下の右側にある扉の向こうがAさんの部屋だった。
ベランダとの扉
外 ↓↓
┏━━━━━━━──┳━┓
┃本棚本棚本棚 ┃外┃ 多分3F
┃テ ┃の┃
外 ┃レ A 俺 ┃階┃ 外
┃ビ ┃段┃
┣━━━━━━━──┫ ┃
┃荷物 廊下 ↑↑│←玄関の扉
┗━━━━━━廊下との扉┛
外
雑で申し訳無いが、上の図がザックリとしたフロアの見取図だ。
廊下にも部屋にも窓は一切無く(見当たらなかっただけで、本棚の裏や大量の荷物が置かれていた廊下の先の壁に隠れてたかもしれない)部屋だけの広さは六畳程だったと思う。
部屋の中へと入った俺達は、やはり上記の通りに座った。
因みに、上半分が磨りガラスになっているベランダへ続くステンレスの扉を開いた事は無いので、ベランダがどうなっているのかは知らない。
早速Aさんはお目当てのエロ同人誌を本棚から出して来てくれた。
と言っても、当時は俺も若かったし普通の漫画じゃない他人のエロ同人誌を他人の部屋で熟読するのは流石の勇者近藤パーリーでも尻込みしてしまう(今なら全然出来るが)
それでもある程度読んでエロ絵を目に焼き付けた後、何時も一緒に俺のアパートでダベっていると同じく、オタク話に花を咲かせていた。
俺とAさんは対面を向いていて、二人の間には何も遮る物は無い。
にも関わらず、暫くしたある瞬間からAさんは俺と会話をしていてもチラチラと目線を外し、外した目線をある一定の場所へと向け始めた。
ここで少しAさんの性格を説明したい。
Aさんは子供の頃、厳しいお爺さんに仕付けられたらしく、その仕付けはそのままAさんの性格に反映されている。
当たり前の事なのだが、食事は残さず食えや人と喋る時はしっかりと相手の目を見て話せといった事だ。
ただ、Aさんのお爺さんの場合、これ等の事が守られないと相手が孫であろうが手が出て来たので、お爺さんの教えはそのままAさんにとって鉄則となってしまった。
また、Aさんは空手もやっていたので、その優しそうな外見やオタクに似合わず、軽く体育会系で古風な思考も入っていた。
それ故に、流石に手は出ないが、お爺さんの鉄則を友達にも守らせようとしてしまう人だった。
まぁ、鉄則と言っても人としてのマナーみたいなモノなので、相手も普通にしていれば何の問題も無いし、マナーの範疇外なら平気で心霊写真ツーリングという荒業もやってのけるような人なのだが(ある意味、マナー違反のような気もするが)
当然、これ等の事を俺はAさん自身から聞かされていたし、会話からも軽く体育会系で古風な人格の片鱗には気付いていた。
だから俺もAさんと会話する時は、しっかりとAさんの目を見て会話するようにしていた。
Aさん自身も出来るだけ、他人の嫌がる事を無理矢理強制しないようには気を付けているとは言っていたけど。
そんなAさんが、俺との会話の最中に目線を外したり合わさないのは変なのだ。
一度や二度なら、そんな事ぐらいあるかもと思うし些細な行為なので気付かないかも知れない。
だが、何度も何度もあからさまに外すので、それだけやられると気付かない訳が無い。
しかも、部屋に入った最初の時は、あれだけオタク話が弾んでいたのに、今では俺が一方的に話を振るばかりで、Aさんは素っ気なく返事をするだけ。
ずっと続くAさん自ら自身の鉄則を破る異常な行為と、無口になり心ここに有らずといった態度によって、俺は気付いた。
俺との目線を外して、本当にAさんが気に掛けているその先は、俺の右斜め後ろ。Aさんの左斜め前。
そこには、上半分が磨りガラスになっているベランダへと続くステンレスの扉が有る。
間違い無く、そこに霊的なモノが居るのであろうと。
そこまで分かった俺は、Aさんに心配掛けるのも悪いと思い、わざと後ろを振り向かなかった。
そうこうしていたら、どんどんと会話が無くなってくるし、沈黙の間も多くなってしまう。
するとAさんは、その間を利用してここぞとばかりに「じゃあ、またチャリで外を彷徨くか」と言って来た。
俺としてもAさんが俺を部屋から出したがっているのが分かっていたので「ええ、そうっスね」と返事をし、立ち上がってもベランダの方を向かずに廊下へと出た。
そのまま外へ出て階段を降りた俺達は自転車に乗り、二人揃ってAさんの自宅から走り去って行った。
暫くは二人とも無言のまま走ってたのだが、Aさんが溜め息をついてホッとしたような感じになったところで、俺の方から声を掛けた。
「居ました?」
「気付いた?」
「そりゃ気付きますよ。あれだけ俺から目線を外してキョロキョロしてたら。ベランダの扉のところですか?」
「そう。いや~あれは強烈だった」
ただでさえ霊感が強くてしょっちゅう見ているAさんが、そこまで言うとは思わなかった。
でも、今になって考えてみると、そんなAさんが気にする程の霊だったのだと理解した。
しかしAさんが次に説明した内容は予想以上だった。
「あれはヤバいよ。磨りガラスなのにハッキリと女の顔が分かったもん。いくら俺でも見え過ぎたよ。あんなの稀だ。俺が今まで見た中でもベスト3に入るよ。あそこまでって事は、多分殺されたばっかだと思う」
「えっ、殺されてるんですか?」
「うん。しかも怨念の塊だったね。だから、部屋に入って来たらどうしようかとハラハラしたよ」
俺達は、殺された女の怨念の塊が見詰めているところでオタク話をしていたのである。と言っても、俺が一方的に捲し立てていたのだが。
「いざとなったら、どうやって近藤パーリー君を逃がそうかとずっと考えてた」
「そんなに凄かったんですか?」
「俺一人だったら、どうとでもなるんだけどね」
ここまで言われたら、例え見えなくてもベランダの方を向かなくて良かったという思いと、向けば見えたのかなという思いが半分づつ沸き上がって来た。
「油断したな~。近藤パーリー君は霊感無いから大丈夫だと思ってたんだけど、これならちゃんとお清めしておけば良かった」
このAさんの言葉の意味を解説しよう。
実は、Aさん宅のビルは、Aさん、Bさん、Cさんの全員が認めるぐらい霊的に酷い場所なのだ。
彼等が言うには、地脈的に最悪の場所に立っているらしく、近寄るのも嫌だと言っていた。
そんな理由があって、Aさんの部屋に置いてある当時ブラウン管だったテレビの上にも、お清めの塩や徐霊グッズが何個も並べられていた程だ。
Aさんの家族関係が余り良くないのも、それが原因の一つなのだとか。
これこそAさんが、余り人を自宅に入れたくない隠された理由だ。
でも、全く霊感の無い俺なら問題無いだろうと思ってたら、偶然にもトンでもないのが引き寄せられたのだった。
なら、今になって『Dさんを何故自宅に入れたの?』とも思うのだが、そこは当時聞いて無かったので分からない。
この日以降、俺がAさん宅を訪ねるにも、悪い日取りを避けたりお清めをする為の事前の了承が必要となった。