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ほぼリアルな出産の日の短編小説

作者: さうおん

赤ちゃんを産んだ。それは、私にとっては幸せを感じる時間に他ならない。



陣痛がきてはいたけど、いつ産科に行こうか悩むくらいの緩やかな痛みだった。

そういえば一人目の出産の時は、なにも役に立たないなら買い物にいってくると私から離れて逃げようとしていた旦那に、腰をさすってもらっていた事を思い出した。

よし、腰をさすってもらうくらいに痛くなったら病院にいこう。


休みだった旦那と娘を連れ、漠然と次は何時になるかわからない豪華なホテルビュッフェを堪能しながら思っていた。


‥‥トイレに行きたい。

豪華なデザートが並んでいるのに!

憧れのデート場で、大人な雰囲気の場所なのに!!

食べ物よりも、トイレにこもりたいなんて!!


「トイレに行く」


自分の感覚や体にありえないと文句を垂れながらも、重い足取りで必死にトイレに向かった。


「ママ!私もついてくの!」


あ、2歳の娘の方が先にトイレについた。

私のトイレよ!娘よ、どいて下さいね。

ついていくと言いながら、ママを置いていかないで。


心の中は突っ込みで忙しくしているのに、体は鈍い痛みで言うことを聞いてはくれない。だが、負けてなるものか!

デザートを食べるためにお腹のぎゅるぴーはトイレで解消だ!!


やっとの事で、トイレにたどり着いた私は、トイレを探検する娘と一緒にトイレにこもる。


「ママー、パパの所に行きたい」


いや、行かせてあげたいけど、今やっとトイレに座った所でね。もうたちたくないのよ。トイレの鍵は遠いのよ!!

泣きたくなる気持ちをこらえて、私は娘に行っておいでと言った。


娘を追い出すのを必死でこなして、静かになったトイレで踏ん張る。

‥‥すっきりしない。

あれ?あ、そういえば、陣痛って下痢みたいな不快感をともなうんだっけ。


うをぉ。。。私のデザートがぁ。。。

これじゃ、美味しく楽しく頂けない!

でも、せっかくのデザートだ。

陣痛なんぞに負けるものか。

産科も豪華なご飯で選んだけれど、見た目は華やかでもヘルシーなご飯やデザートしか出てこないのは目に見えている!

砂糖の甘味が命なのだよ!


お腹がましになるまでトイレで踏ん張ること十数分、さすがに旦那がおかしいと思ったのか、女子トイレをノックしながら嫁はいるかーと声をかけてくる。


「大丈夫ー、お腹がおさまったら行くー」


ドアの向こうで、娘と旦那の気配が遠ざかっていくのを感じながら、深呼吸する。

さて、日常生活では気が利くのに、知らないことになるととたんに逃げ腰になる旦那の顔を拝みにいきますか。


お腹を押さえながら、精神統一をして呼吸を意識し、不快感を排除しながら重い体をゆっくりと動かす。

デザートまであと少し。あと少し。

いつもなら30秒とかからない移動だろうに、たっぷりと時間をかけてテーブルに向かう。


‥‥必死の思いで自分でとってきてたデザートは、しかし、無惨にもぐちゃぐちゃに食べ散らかした後が残っていただけだった。


娘か!


私の眼力が強まり、娘を捉える。


「娘よ、私のデザート美味しかった?」

「美味しかった!」


満面の笑顔で返事をする娘を見て、衝撃の行き先は、怒りにならずに、娘を愛でるバカ親のラブリーハートに変換された。


しかし、私のデザートの執着はわずかに強かった。


「で、パパちゃんは、それを見てただけなのね?」

にっこり笑って、私は言う。


「さっそくケーキをとらさせていただきます」

そそくさと旦那はケーキを取りに行った。

用意してもらったお皿には、娘が食べたケーキの種類を旦那が覚えていたのか、私が食べたかったケーキは全てとってきてあった。プラス、私がトイレにこもっている間に追加されたケーキも。

旦那、やりおる。


「お腹いたい。ちょっとゆっくりさせてね。」


「いいよ。今日は東京までいかなきゃいけないけれど、16時までならいられるから、のんびり食べるといい。」


明日から会社で一週間の東京出張が入っている旦那と、一週間後に出産予定日を控えている私。

次に顔を会わせるのは確実に産科になりそうだから、旦那の顔を堪能しておこう。


「念願のホテルビュッフェでケーキを食べながら、旦那と娘に囲まれる。幸せだ。しかも時間が無制限のビュッフェ!!」


旦那は特に返事をしてくれず、携帯と仲良しだ。娘は娘で歌を歌って楽しそう。

二人とも、自重してくれや。


まぁ、これが私の日常だ。はたからみたら、夫婦の会話がない上に、子供のしつけが出来ていない家族と見られるのだろう。


でも、いい。私なりに幸せで、他人に迷惑をかけない範囲なら、しつけもなくていい。

欲をいえば、携帯より私を見てほしいけれど。

旦那だって、自分の時間をとれていないことは知っている。身重の私の変わりに家事育児をこなして残業もしているのだ。文句は言えまい。


そんなこんなを感じていたら、ケーキの味を感じるどころか、余計にお腹の不快感が辛くなってきた。喉元まで我慢してるような辛さだ。

でもケーキは食べるんだ。

気合いだ!

根性だ!

完食だ!!!



‥‥‥‥‥‥!


一口!


もう一口!!


‥‥美味しい。苦しい。


辛いけどもう一口!


‥‥美味しい、気持ち悪い‥‥



「パパちゃん、水!」


「はい、今ね。」


あうんの呼吸で水を渡される。

結婚5年目にして勝ち得たタイミングだ。


一息ついた。


パパの顔を見る。こんなに尽くしてくれてるけど、パパの顔を見てイライラしてきてしまった。何故だ。お腹が苦しい。辛い。叫びたい。走りたい。うねりたい!もうワケわからない!!


時がとまる。




ああ、これはあれだ、出産間際の痛いやつだ。



「産科に連れてってーーー!!!」


多分、ホテルマンも客もよく響く叫びに驚いたことだろう。


‥‥ケーキに意識を持ってかれて、のんびりしてた私は、背中をさすってもらいたくなる痛みが来たらという自分で決めたルールに一安心して、病院にいきどきを間違えた。そう、痛みを意識から排除した時点で、痛みのレベルなんて意識しないからね!

人生最大の汚点だ。忘れるべし。


なんとか生まれる前に産科に間に合った。腕に点滴の穴を確保し、せかせかと助産師さんが私を分娩台に固定してく。

私はケーキという麻薬をなくし、痛みのあまり、怒鳴り、うなり、人生ではじめてあげる低い声に驚いた。

第一子より恥じらいや遠慮がない分、酷くなっていた。

‥‥旦那や娘が買い物に行っていて良かった。

そう、旦那は性懲りもなくまた出産に立ち会うようでいて水を買ってきてあげるといって逃げ出したのだ。


「旦那のばかやろぉー!」


普段は絶対に言わない言葉を、普段は意識したって出せない野太い声とともに、部屋中に響かせた。


30分しただろうか。

頭が出てきたタイミングで、旦那達が買い物から帰って来た。

すんなり出産が終わった。


「生まれましたよ」


そういって、寝てる私に助産師さんは赤ちゃんを抱っこさせてくれた。

旦那への怒りがなくなり、慈愛しかのこらない状態の私を確認してから、ちゃっかりとそばに近づいてきた旦那が、無表情で私と赤ちゃんを見る。


私は旦那に、産んだよ、と伝える。


やりきって力が抜けた。

抱っこしてる赤ちゃんの顔を見るだけで、なぜだかとても泣きたくなって、笑いかけたくなって、弱々しくて抱くのも恐ろしくて、でも抱き寄せたくて。


二人目なのに、この生んですぐの気持ちは、やっぱり複雑で幸せな宝物だと思った。娘も、上の娘と下の娘の二人になった。引き合わせる時はどうしようか。わくわく幸せな気持ちに包まれる。


うん、私は、また一人、産んだんだ!


‥‥

‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥旦那よ。

私への返事をそっちのけで、なに携帯さわってんの!

あんまり嬉しいからって、携帯で産まれたって連絡まわすより、私に何か言って欲しかったよ!愛しのヘタレ旦那様よ!

短編小説ですが、続きも書くかもしれません。

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