その勇者、飲食店で料理をチャージする
「君は魔人だよね? 何でコッチにいるの?」
普通魔人は魔境に住む。いくらこの町が近いからと言って人間の町に魔人がいるのはおかしいと魔人の女の子にここで働く理由も含めて聞いてみると魔人の女の子は涙ぐみながら訳を話した。
「私……逃げて来たんです……村に神聖軍が侵攻してきて村を焼いて、それで……うぅ」
「そうか……」
酷い目にあったのだろう、自分の今に至った経緯を少しと話し始めないうちに涙を浮かべる魔人の女の子から窺がえた。
「君の名前は? なんていう名前なんだ?」
「ミクトランテクウトリ・アフ・プチです」
「ごめん、なんて?」
泣きじゃくったまま名前を言ったから少し聞き取りずらかったのかもしれないと名前を聞き返す。
「ミクトランテクウトリ・アフ・プチです」
「ミクトランてう……アフプチ?」
「ミクトランテクウトリ・アフ・プチです」
なるほど聞き取れた。しかし、わからん。発音できない。
魔人の名前は面倒な名前が多いのか。
修練時代には習わなかった新知識の発見に感心する。
(あと僕、普通に魔人の子と話してるな……)
修練時代の魔王を倒して平和を取り戻すと言った青臭い決意に燃えていた昔の自分だったら目の前のこの子を魔人であるというだけで切り捨てていたかもしれないが状況が変わって自分の考え方も変わってきたことに今更ながら気づいた。
「お客様?」
「ッ! ああ、なんでもない」
自分の心境の変化に驚き気持ちを整理したところに再び魔人の子、ミクトランテ……なんとかアフプチが覗き込んできてハッと我に返った。
にしてもこの子も距離が近い、人間に抵抗が無いのだろうか。
さっきからここを離れないし。
目の前でニコニコと笑う魔人の女の子は目の前で座るエルド・ネントを少しも警戒していない。むしろ猫のようにすり寄ってきそうな感じまでした。
「君は人間が怖くないのか?」
魔人なら人間を怖がるはずとエルド・ネントは自分の座る席の前から動かない魔人の女の子に問うが魔人の女の子の返答はエルド・ネントの予想していないものだった。
「怖いですよ……今ここにいるのも人間のせいですし。でも、お父さんから教わりました。”魔人にも悪い人はいるだろう? それと同じで人間にも悪い人間がいる。その逆もある。だから全てを初めから決めつけてはいけない”と、だから私は自分で判断してあなたは良い人間だと決めました」
「……」
エルド・ネントは目の前の魔人の女の子の言葉に何も言えなかった。
エルド・ネントが勇者になるために鍛錬した修練時代の魔人に関する授業では「魔人はずる賢く巧妙で皆、醜悪だ」と教えられてきたがこの子の言っている事は”自分の眼で見て確かめろ”という事だ。
「本当にどっちが正解なんだろうね」
自分の浅はかさに笑いを漏らす。
決めつけられた概念を常識、当たり前と考えていた自分が井の中の蛙であるとわかり己の矮小さを認識した。
「プチ! 料理出来たよ! ……ってあれ? なんか客少なくない?」
ウェイトレスをしていた魔人の女の子の他に厨房からニョキッと顔を出してエルド・ネントの座る席にいるミクトランテなんとかアフプチをプチと呼ぶその子は褐色の肌に青い眼をした人間だった。
「他のお客様は帰ったの、色々あってこの人が何とかしてくれて。この人……えっと、お名前はなんでしたっけ?」
そういえば名乗ってなかったな。
昔は「僕の名前? 僕は勇者、エルド・ネント。魔王を射ち滅ぼし平和をもたらす者だ」なんて今では黒歴史のセリフがあったが今は絶対に使わない、使えない。
「僕の名前はエルド・ネント。よろしく」
黒歴史のセリフを思い出して顔を赤くしながら普通に自己紹介をすませるエルド・ネントは傍から見たら恥ずかしがり屋に見えたかもしれない。
「その人、童○?」
「どどっどど! ○貞ちゃうわ!!」
やはり何か勘違いされたのか厨房の女の子にあらぬ疑いをかけられ必死で否定する。
「あやしい~」
女の子はまだ疑っているようだ。
「エルド・ネントさんですか? 難しい名前ですね」
「そうかい?」
僕からしたら君の名前の方が難しいけれど。ミクトランテクなんとかアフプチさん。
「アタシはアンチャチョ。よろしく、エルネン」
「よろしく。エルネンは僕の名前かな?」
「エルド・ネントってなんか呼びにくいのよ。だからエルネン」
いやいや、アンチャチョの方が難しいよ。
アンチャチョ、ミクトランテクなんとかアフプチ。二人とも変わった名前だ。
「彼女の事はアンチと呼んであげてくださいエルネンさん」
「わかった、君はプチでいいのかな?」
「はい、プチです」
犬の名前に反応したように笑顔で返すミクトランテクなんとかアフプチ改めプチ。
なにかいい事でもあったのか浮ついた姿は犬そのものだった。
「はいはい! プチ。料理運んで!」
「は~い」
もういいだろうと作られた料理をアンチがウェイトレスのプチに運ばせる。
「はい! お待たせいたしました! 豚肉の生姜焼きと野菜の炒め、白米……――」
どんどんと目の前に置かれていく料理はエルド・ネントの注文していない物まで運ばれてきていた。
「僕こんなに沢山頼んでないしお金を持っていないんだけど」
「気持ちだって。それ他のお客さんの分だけど帰っちゃったし食べなよ」
「それはありがたい、いただきます」
それならばこの料理を全て貰ってもいいだろう。
エルド・ネントは手をあわせて箸に手を伸ばした。
「まずは豚肉の生姜焼きから……うまい!」
「へへっ、美味しいでしょ?」
エルド・ネントが思わず口にした歓喜の声にアンチが料理人冥利につきると喜んだ。
「うまい! うまい! うまい!」
正直ろくに食べていなかったからどんな料理でも美味しく感じられたが提供した料理にがっつくエルド・ネントを見ている二人にはエルド・ネントがこの店の料理を気に入ってくれたと思っていた。
「アンチ……アンチはなんで厨房から出てこなかったんだい?」
初めて呼ぶ名前に少しの抵抗感が邪魔をして言葉に詰まるが再びアンチの名前を呼んで先の揉め事に顔を出さなかったのか別に責めるわけではないが尋ねた。
「アンチは一つの事にすごく集中して周りが見えなくなるんです」
それに応えたのはアンチではなく席の近くにいたプチだった。
「さっきの騒ぎの時に来なかったのは料理を作るのに集中していて音も聞こえなかったからです。アンチは悪くないんです……」
「いや、責めたわけじゃなくて普通、騒ぎが起きたら店長なり他の誰かが来るはずなのに来ないのは何故かな~と思って」
今まで思ってきていた疑問を全て吐き出して伝える。
「それは……」
エルド・ネントの疑問に何か思うところがあるのかプチの顔が曇る。
(これは聞いてはいけない質問だったかな……)
プチの顔色を見て察したエルド・ネントは提供された料理の消費に勤しむことにした。
「ごめん、やっぱりいいや、何でもない」
黙々と山のように置かれた料理を食べていく。置かれた料理は机の端から端までビッシリ詰められて置いてあり机の表面が見えなかった。
「ごめん、もうお腹いっぱい……」
いくら美味しい料理でもたくさん食べれば飽きる。
エルド・ネントのお腹は限界まで膨れていた。
「まだあるんですけれど……」
「えっ」
エルド・ネントのギブアップ宣言に追い打ちをかける様に隠れていた料理が顔を出す。
もうだめだ……
エルド・ネントの頭の中で諦めの言葉が浮かぶ。
が! 彼の元勇者としての意地がそれを許さない。
この無駄な意地も修練時代の癖だ。勇者はいかなる時でもあきらめてはいけないとメンタル訓練を積んできた。それが今、この飲食店で功を奏す。
「では、いただきます!」
意を決して目の前に積まれた山を見据える。
そして……
「チャージ」
右手を料理にかざす。
すると料理が跡片も無く消えた。
「「ええっ!?」」
それを見ていたアンチとプチが声を上げる。
声を上げてしまうのは無理も無い事だった、いきなり皿の上の料理が消えたのだから。
「チャージ! チャージ! チャ――ジ!」
それを気にせずエルド・ネントは吸引力の変わらないただ一つの力で目の前の料理を消失させていった。