その勇者、職が見つからない
「少しだけ寒いかな」
夜、人目をはばかり町を出たエルド・ネントは空を見上げる。
季節は春だがまだ少し肌寒さが残っていた。
「さらばセントレール。もうここには戻ってこれない」
幼少から育った町に別れを告げる。
「鍛錬、辛かったな」
町を眺め町で過ごした今までを思い返す。
エルド・ネントはもともと捨て子で孤児院で育った、そして修練場に入り厳しい鍛錬、鍛錬、鍛錬を重ねてようやく勇者に……
「はは、さよなら僕の青春」
意外といい思い出が無かったことに気づき町を背にして旅立った。
――「とりあえずこの町で働き場所を探すかな」
二晩歩きようやく町に着き町の入り口で一息ついて町に入る。
この町は魔境に近かったため、しばし魔人の襲来があったが魔王の倒された今は魔人の襲来におびえる町人は居ない。
「へえ、意外と活気があるなぁ」
セントレールほどにぎやかではない露店を歩きながら職を探すために練り歩く。
が、少し歩いて目にした光景に目を疑う。
「ん? サルトールでは魔人もいるのか? 普通に働いている……」
魔境に近いこの町ではすんなりと受け入れられているのか真面目に働いている女の子は頭に羊の角を生やしている魔人だった。
サルトールは神聖軍と魔王軍、人間側と魔人側に分けられた境の少し人間側に存在する町であるため人は活気はそれほど良くなかったが魔王が倒されたことで少し賑やいでいる。
魔人は只の労働力としてなのか捕虜なのか分からないがそれでも魔人を働かせるとはこの店の店主は懐が広いな。
エルド・ネントは感心しながら掲げられている看板を見る。
リーリルエールと書かれたその店はどうやら飲食店の様で魔人の女の子が大きなビールジョッキをせっせかと運んでいた。
「おいっ! 早くしろ!」
「は、はいいいっ~すぐに~っ」
魔人の女の子は気弱そうな返事で客に応えて店の奥のテーブルに向かっていった。
「傭兵の仕事でもあればいいけどな」
他人よりも自分の心配とエルド・ネントはサルトールの中心に位置する職業紹介所へと歩き始めた。
◇
「なんでですか!?」
木造の広い室内の受付で思わず大きな声を出してしまい周りからの視線が集まる。
「あ、すみません。 もう一度聞きたいのですが何故傭兵の仕事も僕には紹介できないのですか?」
深呼吸して落ち着き、声のトーンを落としてなぜ自分に職を紹介できないか再度問う。
「だから、あなたは勇者としての実務経験なし。これといった学問も学んでいない。これでは紹介できません」
「いや、でも傭兵ぐらいは就けるはずです」
「今は魔王が倒されて傭兵なんて本当は必要ないんです。それに元勇者の方がもうすでに殆どの希望職に就いてもう飽和状態なんです」
淡々と説明する受付嬢に懇願するように頼み込むが現実は厳しいものだ。
実務経験ありの優秀な元勇者にほとんどの職を取られていたようで実務経験なしのひよっこ元勇者のエルド・ネントには職の空きが一つも無かった。
「はあ……他を探します」
これ以上かけあっても希望する職は見つからないだろうと諦め、紹介所を後にしようとした時二つ隣の受付から怒鳴り声が聞こえてきた。
「なんでよ! 私勇者よ! なんでこんな職にしか就けないのよ!!」
何だと声の方向に首をひねると長い金髪を腰まで垂らした自分と同じほどもしくは少し下ぐらいの女の子が受付の机をバンバン叩いていた。
「くわばらくわばら」
きっと彼女も自分と同じで勇者になりたてで職を失ったのだろう。それが受付で怒鳴りながら焦る表情と真新しい装備から見て取れる。
(生きるとは意外と大変なんだな……)
他人事のように彼女の動向を観察していると視線に気づいてか彼女がこちらを向いた。
(あ、眼が合っちゃった)
分からないが咄嗟に目を反らして顔を見られないようにした。
(早く行こう)
彼女と目を合わせ無いように俯きながら早く何でもいいから職を探そうとエルド・ネントは町に繰り出た。
「見つからない……」
夕暮れ時の町はオレンジ色に染められ、エルド・ネントはオレンジに染められた砂利道の真ん中で途方に暮れていた。
「まさか一つも見つからないとは」
今日の成果を振り返り大きくため息をつく。
一件目、修練場。もう勇者は必要ないから閉鎖すると門前払い。
二件目、傭兵団。要らないと門前払い。
三件目、動物などを狩る狩り人。足手まといは要らないと門前払い。
四件目、よくわからない店。店に入った瞬間ゴツイ男達がその身に合わぬドレスを着てすり寄って「合格!」と言ってきたが逃走。
思い返してまた大きくため息をつく。
「今日はどうするか……」
お金の入った軽い布袋を覗き所持金を確認する。
四千イ―リス。
これじゃあ一晩どこかで泊まれるぐらいだ。
「はあ~!!」
わざと大きなため息をつく。
ここまで短期間でため息をついたのは初めてだ不幸が降りかかりそうだと思いながら黄昏るが今がまさに不幸のど真ん中だ。
グゥ~
「お腹すいた」
お腹をさすりセントレールを出発してからちゃんとした食事を摂っていなかった事に気づく。
食事は戦う者、勇者の基本。身体を作るために大切な作業と修練場で鍛錬終わりに何気なく食べていた豪勢な食事を思い出しさらに腹が鳴る。
「今晩だけは腹いっぱいに食べて明日は必ず職を見つけよう」
空腹で鳴き止まない腹を抱え所持金のほとんどを使って夕食を取ることにした。
「どこで夕食を摂ろうか……」
辺りの露店を見回すが露店ではリンゴなどの果物類しか売っておらず大した腹の足しになりそうにも無かった。
もう少し歩くか、と道を真っ直ぐに進むとすぐに見慣れた看板が目に入る。
「リーリルエール、ここにしてみるか」
昼に前を通った飲食店のリーリルエールは店内から男達の笑い声が聞こえて賑やかを越して少しうるさかったがエルド・ネントは迷わず店に入った。
別に魔人の働く店が気になったとかではない、ただ腹をすかせて町を歩きたくなかっただけだ。
「いらっしゃいませっ」
軽い木製ドアを開けるとカランとベルが鳴りエルド・ネントの入店を知らせる。
そこに昼に見た魔人の女の子が席の案内に来る。
「魔人……なんですね」
「はい?」
案内に来た魔人の女の子を見て思ったことを口にしてしまう。
身長は自分より頭一つ小さいから160ぐらい、髪は栗毛色のショートカットで頭から羊の角が生えているがそれ以外は普通の人間の女の子だった。
「あの……? お客様?」
栗毛色の前髪から覗く緑色の瞳が上目づかいでこちらを窺がう。
「あ、すみません。一名で」
「かしこまりました」
近くで見るとますます普通の女の子にしか見えない魔人の女の子は小さな背中を見せてエルド・ネントを席へと案内した。