その勇者、他の勇者をチャージする
「で? 羽目外し過ぎたわけかな?」
「すみませんでした」
取り調べを受けているエルド・ネントは衛兵から渡された布で体を覆い椅子に座っている。
外は既に日が昇り大地に暖かな光を燦々と降り注いでいた。
「まあ羽目を外したくなる気持ちはわかるけど全裸はちょっとね……」
「すみませんでした……」
深く頭を下げ反省する。
(いつの間に裸になっていたんだ……確か空を見上げていたところまでは覚えてるけど)
そこまでは覚えているとまだ酒で朧気な記憶を探るが思い出せない。
気が付いたらこの取調室にいたとしか言えない。
「今回は調書で許すけど今度は気を付けてくださいよ」
「ありがとうございます!」
衛兵の情けで釈放されたエルド・ネントは布きれ一枚だけを羽織り早足に自宅へと帰還する。
「あの人……」
「そうよね?」
「?」
そそくさとなるべく人の眼につかないように身を縮めていたエルド・ネントに町人が好奇の目を向けていた。
「なんだ?」
ひそひそと二人で耳打ち合う婦人の声を視線は前に向けたまま耳だけを傾けてキャッチしようとする。
婦人達は小さな声で会話していたが女性らしい高い声のおかげで何とか話の内容が聞き取れた。
「あの人昨日勇者になった人よね?」
「そうそう、だけどもう魔王はいないから意味がないわよね……」
婦人達はお話に夢中になり声のトーンが段々と上がっていく。
(そうですよ、もう勇者なんて意味がないんですよ)
婦人の言葉に現実を突きつけられ酒で忘れていた先息の見えない不安がこみ上げてくる。
だが婦人はエルド・ネントに更に追い打ちをかける。
「それに昨日全裸で女性を襲ったとか」
「うそっ! ありえない!」
「ええっ!?」
あまりの驚きで声を上げて婦人たちを見てしまい、婦人達と眼が合う。
「ひいいいいいい!」
婦人達は町中で凶悪犯に出会ってしまったと表情をこわばらせた後に全速力でエルド・ネントの進行方向の反対に走って行ってしまった。
「僕は……女性を襲ったのか?」
逃げ出した婦人たちの背中を見ながら自分が酔いに任せて女性を襲ってしまったのではないかと推測するが真実は闇の中。
もう二度と酒におぼれまいと決意し自宅へと帰宅した。
「どうなってんだ……」
自宅に戻るとその家は赤いペンキでむちゃくちゃに彩られていて奇抜なデザインかと思わせる家が建っていた。
だがこの家はもともとこのような奇抜なデザインをしていた訳ではない。
それに壁にはしっかりと文字が書かれている。
変態勇者!
スキル返せ!
○○○ーーー!!
そこには自分の知る限りの罵詈雑言、知らない中傷の言葉まで書かれていた。
「中は……」
派手に塗りたくられたドアノブを握り家に入る。
案の定、家の中のレイアウトも勝手に変えられていた。
椅子は脚を折られベットからは中身が見える。
壁紙もナイフで切られズタズタだった。
「あーあ、窓が割れてる」
肌に風を感じ窓を見やると見事なまでにガラスだけがくりぬかれ、そこから風が家の中に入ってきていた。
(ここから侵入されたのか)
ズタズタにされたベットに腰かけ部屋の中を見回しため息をつく。
「噂になっているんだな……もう普通の生活は出来ないのか」
ポツと漏らし再び大きなため息をついたその時、家の外から怒声が飛んでくる。
「おい! クソ野郎! 出てこい! この○○○野郎!!」
またも知らない中傷の言葉を使い挑発してくる。
「誰だろう……」
やれやれとまずは相手と対話をして相手をなだめようとベットから立ち上がりドアに手をかけようとしたその時エルド・ネントが手をかけるより早くドアが乱暴に開いた。
「おうおう! お前女性を襲ったんだと? この卑怯者が!」
「いや、それは……その」
ドアの先には筋骨隆々の上半身裸の無精髭を生やした男が立っていた。
だが下半身には鎧を装備している。見た目は山賊とも言えなくも無いが多分勇者だろう。
「魔王が倒されて平和になったと思ったがやっぱりどこにも悪はいるようだな! まったく! 聞けばお前勇者なんだろ? 何でそんな事をした?」
「え、えっと……」
女性を襲ったことが事実無根であると自分で立証できず、かといって自分が女性を襲ったのではないかという事に受け入れられずエルド・ネントは口をつぐんだ。
「おうおう、これから勇者は要らなくなって大変なのは分かるがよ、それはねえだろ? あ?」
自分が相手より優位に立っていると思ってかエルド・ネントの前に立つ男は舐め腐ったような態度で説教をかます。
「おい、なあ? 分かってんのか? お前が何をしたか。 おお?」
勇者とは勇猛果敢に魔王軍と戦う者、誰もが聖人のようなイメージをするが実際はそうではない。
目の前の男のように好戦的な奴もいる。
だがそれにはエルド・ネントも含まれる。
「あの、すみません。ちょっと今日はお帰り頂けないでしょうか? 見た通り家の中が少し散らかってまして」
ニコニコと笑顔を作り男に接するがエルド・ネントの心の中は穏やかではなかった。
いつ爆発してもおかしくはないエルド・ネントに男はまだエルド・ネントを舐めた態度で上から見下す。
「はあ? 何言ってんだ? 土下座も何もなしに許してくださいってか? この○○○野郎」
「あ?」
もういいや、エルド・ネントの堪忍袋の緒が切れた。
彼は中性的な容姿に加えその華奢な身体からとても細く見えるが彼の身体は意外と筋肉質で性格ははバリバリの好戦的性格。
普段の彼の作る笑顔はこれ以上相手を間合いに入らせないための処世術だ。
その処世術に騙されたのはこの男だけでなく町人も騙されている。
「早速ですが人に使わせてもらいます」
手を拳にして男の腹筋に正拳を叩きこむ。
「うっ」
そして接着面からスキル、チャージを発動する。
「チャージ!」
昨日貰ったスキルを初めて人に使用する。
チャージが人にどの様な作用を引き起こすのかわずかながらの好奇心もあった。
「あ、あああああああああああああ」
スキルチャージは男の腹筋を見る見るうちに吸い込んでいく。
(あ、大変だ)
少し焦りで額に汗がにじんだが汗がエルド・ネントの高い鼻を走る頃にはエルド・ネントの目の前に男の姿は影も形もなく消えていた。
「このスキル……もしかしてチート能力?」
自分の手のひらを見つめ呟く。
このスキルは物だけでなく人さえもチャージしてしまうようだ。
「殺してしまった……僕は……人を……」
頭を抱え後悔の念に駆られ床に崩れ落ちるがエルド・ネントはチャージしたものを再び出せることを忘れている。
「どうしよう、もうこの町にはいれない……勇者としても生きていけない……だったら」
暫し時間をおいた後、何かを決意し立ち上がる。
「夜逃げしよう!」
夜逃げして新しい町で生きていくことにした。
エルド・ネントはすぐさま部屋の中に残っている最低限必要な物を布袋に詰めて出発の準備を始めた。