その勇者、一日にして勇者の職を失う
「スキル! チャージ!」
煌びやかな祭壇で白髪の長い見事な白髭を生やした老人が目の前の少年に言い渡す。
白塗りの壁に大きなステンドグラス。
ここはこの町、セントレールで唯一の教会であった。
「では新たな勇者よ、その力を持って魔王を射ち滅ぼすのだ!」
「仰せのままに」
祭壇から命ずる白髪の白髭の司祭に青年は礼儀正しく司祭の命を受ける。
体格は中肉中背。容姿端麗。頭脳明晰。対人格闘はお手の物。
完璧超人がそこに片膝を立てて跪いていた。
青年は女性にも負けない綺麗なブロンドの髪を持ち、そのブロンドに隠れた青い瞳には正義感と使命感にあふれている。
(長かった……僕はやっと勇者になった。これから僕は人の為、世の為に悪を、魔王を滅ぼす!)
青年の決意の炎は人知れず心の中で轟々と燃えていた。
(チャージスキルか、この能力なら戦闘中の仲間に水を与えたり疲弊した兵士に力を分け与えたりできるかもしれない)
青年は与えられた能力をどのような善行に使用するか既に考えていた。
愚直と言える性格とお人好しの性格は最強の善人を作り上げた。
「スキル! ビースト!」
スキルビースト、いい能力だ。戦闘に特化した能力に違いない。彼はこれからの戦力として大きく活躍するだろう。
隣でスキルを授かった男を傍目で見やり彼のスキルの考察をした。
この男はレイト・ハミルトン、僕の同期だ。
性格は正義感にあふれる熱血漢。少し熱すぎる所があるがそれは彼の正義感からくるものと周りのみんなは理解している。
「新たな勇者よ、その力を持って魔王を射ち滅ぼすのだ!」
先程の自分にかけた言葉をそのまま使い回しして司祭が新たなもう一人の勇者に期待を示す。
「仰せのままに」
先程と同じ模範解答。
そしてその後は祭事のテンプレといった堅苦しい長い話で締めに入る。
「ではこれにてスキル授与を終わらせる。最後にこの町から旅立つ勇気ある勇者の二人から何かないかな?」
最後の最後に主役に締めさせるようだ。
「私はこのスキルを活かして神聖軍の力となり、この町や魔王軍に脅かされる者の盾となることを誓います!」
おおおおっ!
よく言った!
素晴らしい!
レイトの熱い宣言に拍手喝采が湧き上がる。
湧き上がった拍手はいつまで経っても止まない。
「おほんっ 静かに、静かに。次にもう一人の新たな勇者よ何か一言」
いつまでも続きそうな拍手を司祭が仕切り、止める。
最後に僕の番だ。
僕の言いたいことはただ一つ! それは……
「僕は! 魔王を射ち滅ぼします!」
高らかに宣言した。
民衆は驚きに目を見開きながらもその真っ直ぐな淀みない目を見てこの青年が本気であると悟った。
パチっ、パチっパチっ
驚きで止めた手を思い出したように叩き始める。
その音が段々と大きくなってきたその時。
「司祭! 魔王が、魔王が勇者によって倒されました!」
えっ?
教会に飛び込んできた町人の言葉に一同が口を大きく開いた。
ほ、本当か……?
魔王が倒された!?
おいおいおい! 本当かよ!
小さな波紋は大きく全体に広がり民衆の気持ちは爆発した。
「やったぞおおおおお!!! 平和が戻ったあああ!!」
うおおおおおおお!!
教会の中で雄叫び、喜びによる嗚咽が響く。
「やったぜ! 神聖軍が……人間が勝ったんだ!! うおおおおおおおおおお!!」
熱血漢のレイトは大粒の涙を流し泣きながら喜んでいる。
「えっと……僕は……」
その中で取り残された一人の青年はその場で崩れ落ちた。
「えっ? えっ? ええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」
喜びに混じる一つだけ違う種類の声が教会内で一番大きく響いた。
勇者になった青年はその日をもって勇者としての役割を終えてしまったのである。
「ははっ、ははははははははは!!!!」
祭壇の前で狂うように笑うその青年は他の人の眼には平和の訪れに己の喜びの感情を隠せないようにしか見えていなかった。
「はは、僕これからどうしよう……」
これは一日にして勇者の役割を失った青年、エルド・ネントが魔王となる英雄譚である。