表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人肉嗜好症  作者: 京介
8/8

8.結末

 警察により津田村の家が徹底的に捜索された。庭の一斗缶に詰められた少女の衣服など、数えきれないほどの証拠が彼の家から押収された。浴室で見つかった少女の死体も検死にまわされた。死体には肉を切り取った跡があった。しかし、その切り取られた肉はどこにも見つからなかった。

 そして、僕と真理亜さんを驚かせたことがひとつあった。少女の死体は青崎塔子のものではなかった。

 少女は塔子さんとはまったく関係のない別人で、青崎塔子はただ単に家出していただけだった。青崎さんが真理亜さんに依頼をしたその日の真夜中に、ひょっこりと帰ってきたそうだ。

 真理亜さんはその日は目を覚まさずに翌日の朝に布団から出てきたのだが、服を着替えたところで青崎さんが事務所を訪れた。

 青崎さんは、娘が昨日の夜に家に帰ってきたことと、単なる家出であったことを真理亜さんに伝えると、「灰谷さんの手を煩わせてしまって」とひどく恐縮していた。

「塔子さんが無事だったのですから、良かったではないですか」

 青崎さんには、僕たちが見聞きしたことは一切伝えていない。津田村の家で見つかった死体が塔子さんじゃないかと考えていたことも、もちろん秘密だ。

「娘はきつく叱っておきますから」

「あのくらいの年齢の女の子は色々と難しいですから。ねえ、純」

 真理亜さんが僕に言う。その後、青崎さんを見る。

「純も難しい年頃でしてね。私には理解できないことで不機嫌になったりして、色々と大変なんですよ。女の子なのに自分のことを僕って言うし」

「余計なお世話です。僕が自分のことを僕って言うのも僕の勝手です」

 人間の一人称なんて自由に使えばいい。僕は確かに女だが、僕と言う一人称の方がしっくりくるのだ。

「本人が反省しているようでしたら、あまり叱らないでくださいね」

 真理亜さんが諭すように言った。僕も塔子さんと同い年なので、家出したくなる気持ちは何となくわかった。

 その後、しばらく話をして青崎さんは帰って行った。僕は真理亜さんにインスタントコーヒーを出した。

「ありがとう。でも、昨日はひどい目にあったね」

「本当ですね。もうあんなのは二度と御免です」

「同感ね。死にかけたもの」

「でも、殺されたのが塔子さんでなくて良かったですね」

「たしかに塔子ちゃんに何事も無かったのは良かったけど、犠牲者があれだけ出てるから、あまり素直に喜べないわ」

 それは、そうなのだろう。あの殺人鬼が殺した人間は、浴槽で発見された遺体も含めて四人。これは殺されていることが判明した人数だから、本当はもっとたくさんの人が殺されているのかもしれない。

 人を殺すとき、どのような気持ちになるのだろう。僕には分からないし分かりたくもない。いや、きっと理解できる日は来ないだろう。

「浴槽で見つかった死体、真理亜さんは見てませんよね」

 当然だが僕も見ていない。警察が死体を発見してからは封鎖されてしまったし、もし見てくれと言われても拒否しただろう。

「見てないよ。っていうか死体が見つかったって聞いて私、気絶したし」

「僕も見てないんですけど、警察の人たちが話しているのが聞こえたんですよ」

「へえ」真理亜さんが興味深そうに乗り出した。

「発見された死体、あちこち肉が切り取られていたみたいなんですよ」

 細かいことは聞こえなかった。しかし、死体を見た警察官の顔がひどく青ざめているのを覚えている。

「なぜ、犯人は遺体の肉を切り取ったんでしょう」

 真理亜さんは少し考えていたが、僕を見ると言った。

「たぶんだけど、死体を解体して処分するつもりだったんじゃない? あの辺、家が少なかったでしょう。きっと死体を細かくして燃やそうとしたのよ」

「真理亜さんもそう思いますか」

 一番可能性が高いのは、やっぱり死体の隠蔽だろう。人間の死体が果たしてきれいに燃えるのかは分からないが。

 僕の中に一瞬だけある考えが浮かんだが、すぐに否定した。そんなことがあるわけがなかった。

 もしかして、津田村は殺した少女の肉を食べたのではないだろうか。

 いや。

 そんなことがあるわけがない。

 あっていいわけがないのだ。

 僕は窓際に行くと窓を開ける。季節は夏で既に気温は高くなりつつあるが、少し空気を入れ替えたかった。

「純~、暑い~」

 真理亜さんが愚痴る。

「少しだけです。それに今日はこれから警察の事情調査ですよ」

「えー何それ。私は聞いてないよ」

「気絶してたからでしょ」

「そういえば昨日から寝てたからお腹すいたなあ。ねえ純、警察に行く前にどこかでご飯食べましょう」

「良いですね。僕も少しお腹が空きました」

 僕は窓から外を見る。この辺りは高い建物が少ないので、三階でもけっこう眺めが良い。青空がきれいだった。今日も暑くなりそうだ。

 犯人が死体の肉を食べていたなどと言う想像を一瞬でもしていたことが馬鹿らしくなった。

 事件に関して、僕と真理亜さんは当事者になってしまった。特に真理亜さんなどは殺されかけた。しばらくは警察から事情を聞かれることが多くなるだろう。はっきり言って営業妨害みたいなものなのだが、どうせ事情聴取がなくても開店休業状態なのだからあまり関係ない。

 まあ貴重な体験になるのだろう、とは思うので難しく考えるのはやめた。

 僕は大きく伸びをして、空気を肺いっぱいに吸い込んだ。とても気持ちが良い。生きていることが素晴らしく感じられる。

 いつまでもこんな気持ちでいることができればいいな、と僕は思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ