7.発見
僕は津田村さんの家には入らなかった。理由が自分でもよく分からない。なんとなく、不吉な予感がしたのだ。
でもその予感はおぼろげなものだった。だから真理亜さんを止めなかった。津田村さんを危険視しているようで、気が引けたというのもある。
少しのあいだだが、暇になった。
とっさの言いわけだったのだが、散歩したいなどと言ってしまった。仕方がないので少しだけその辺を歩くことにする。とはいえ、あまりあちこちを歩くのもためらわれた。結局、僕は津田村さんの家の周囲を歩くことにする。津田村さんの家の裏手は森になっていて、木々が密集している。自然豊かなところだった。周りに家も少ないようだし快適だろうな、と思う。将来、大人になって自分の家を持つことができるのなら、こんな感じの家に住みたい。
津田村さんの家の裏手にまわる。ゆっくりと土を踏みしめながら歩いた。庭と森の境界線があいまいだった。もしかして森も庭の一部なのだろうか。
周囲を見回した。少し離れたところに一斗缶が置いてあった。茶色く変色していた。中に何か入っているようだった。
きっと落ち葉やごみなんかを燃やしているに違いない。近所に家が少ないからこそできるのだろう。僕は何気なく一斗缶に近づいた。
しかし僕の予想に反して、落ち葉やごみなどは入っていなかった。そのかわり、衣服が入っていた。なんだろう、と思いその服をつまみ上げた。
背筋が凍りついた。なぜなら一斗缶に詰めらていたのは血まみれのセーラー服だったからだ。
これはどういうことなのだろう。なぜこんなものが一斗缶に捨てられているのか。一斗缶に詰められていたのだから当然、燃やすつもりだったのだろう。
彼は何者なのだろう。血にまみれたセーラー服を見て僕は真っ先にあの少女連続殺人事件を思い出す。もしかして、あの連続殺人鬼の正体は彼なのだろうか。津田村さんは公園にうずくまっていたのだ。そして僕たちが人を探していることを伝えると、彼は「あなたたちの探している少女の、その手帳を拾った」と言った。
「あっ」と僕は声を上げた。今まで感じていた違和感の正体が分かったのだ。
なぜ津田村さんは僕たちが探しているのが少女だと分かったのだろう。
僕は真理亜さんと津田村さんの会話を思い出していた。
真理亜さんはあの時、一度も「少女を探している」なんて言わなかった。彼女は「人を探している」と言っただけだ。
では、なぜ津田村さんは僕たちが探しているのが少女だと分かったのだろう。
それは、彼こそが青崎塔子をさらった本人だからではないか? だから人を探しているという真理亜さんの話を聞いて、塔子さんを探しているのだと考えた。そして、塔子さんの手帳を拾ったと言った。
でも、どうして手帳を拾ったなどと言ったのだろう。本当に彼が犯人なら、できるだけ僕たちとは関わり合いたくないはずだ。なぜ、僕たちに事件の証拠品となる手帳を見せる?
きっと手帳のことは嘘なのだ。彼は僕たちをこの家におびき寄せたかった。だからあんな嘘をついて……。
僕たちを家におびき寄せた理由。そんなの一つしかない。
津田村さんは、僕たちのことを殺そうとしている。真里亜さんが危ない。
その時、家の中で音がした。ガタンと何かが倒れる音、続いてダンッと音がした。何かが床に落ちたような音に聞こえた。
僕は玄関へと走った。嫌な映像が脳裏に浮かぶ。血にまみれて床に倒れている真理亜さん。側に立ち、酷薄な笑みを浮かべて真理亜さんの死体を見下ろす津田村。
ドアを引き千切らんばかりにして、家の中に駆け込んだ。血の匂いが充満していた。廊下の先、扉の向こうで物音がした。怖かったが、そんなことを言っている場合ではなかった。
扉を開き、中に転がり込んだ。僕はそこで信じられないものを見た。
「あ、純。ちょうど良かった。ちょっとこれ、手伝ってよ」
真理亜さんが僕を見て言った。
「……何やってるんですか?」
僕は絶句していた。
真理亜さんは津田村を押し倒した状態で、その上に馬乗りになっていた。津田村は気を失っているようだった。真理亜さんは彼の腕を押さえつけていた。
「何かさ、こいつの腕を縛り上げるものを探してくれない? 紐でもロープでもコードでも良いからさ」
まだ状況が呑み込めなかったが、とりあえず言われたとおりに紐を探した。けれども居間にそのようなものは見つからなかったので、とりあえずコンセントから延長コードを引き抜いて真理亜さんに渡す。
「これで良いですか? で、何やっているんですか?」
僕が再び聞くと、真理亜さんは顔をしかめて見せた。
「この男が急に私に襲い掛かってきたんだよ。まったく失礼な話よね」
返り討ちにしてやったわ、と元気よく真理亜さんが言った。そう言えば真理亜さんは護身術を習っていたとか言っていた。しかし少し離れたところに包丁が転がっている。包丁を持った相手によくそんなことができる、と僕は感心してしまった。
「とりあえず警察に電話して。このまま放っておくわけにもいかないし。あーあ。じゃあ手帳の話は私たちを家に誘うための嘘ってことよね。来て損した」
真理亜さんが呑気に言った。その様子は命を狙われた人間の態度ではなく、僕は呆れてしまった。なんというか強い人だ。いや、ただ単に鈍いのかもしれない。
僕は携帯を取り出すと警察に電話した。連続殺人鬼を捕まえたのだ。なんにせよお手柄だ。
そして警察がこの家に来て犯人と犯人を拘束した僕たちと浴槽の少女の惨殺死体を見つける。死体が見つかったことと、その死体が切り刻まれており悲惨な状態であることを知った真理亜さんの顔が青ざめる。あっヤバイ、と思った時にはすでに遅く、真理亜さんは意識を失い派手に倒れた。
真理亜さんは残酷な話題でも平気でするが、実際には虫もろくに殺せない人間なのだ。同じ家の中に惨殺死体が見つかったとなれば、当然といえる反応だった。
パトカーに乗せられ、真理亜さんと僕は灰谷探偵事務所へと運ばれた。
事務所に戻った僕は真理亜さんのために布団を敷いて寝かせた。その後、事務所のソファに身を沈めて、深く息を吐いた。
散々だった。まさか連続殺人鬼の家に招かれるとは思わなかった。しかもその家から無残な少女の他殺体が見つかった。もしかしたら、僕や真理亜さんも殺されていた可能性もあったのだ。
警察は僕たちに死体を見せてくれなかったし、別に見たくもなかったが、あの死体は青崎塔子なのだろう。真理亜さんの依頼は、最もひどい形で幕を下ろしてしまった。
塔子さんの母親に、どう説明したらいいのだろう。説明するのは真理亜さんの仕事なのだが、青崎さんの反応を考えるだけで気が滅入ってくる。
駄目だ、寝よう。こんな時は寝るに限る。真理亜さんもさっさと気絶してしまったし。僕はソファに寝転がった。まだ昼間だったが、すぐに眠気がやってきた。やはり疲れていたらしい。




