4.遭遇
少女の肉は想像を絶するおいしさだった。おかげで少し食べ過ぎてしまった。
私は最初の人肉ステーキを完食した後、ステーキのおかわりをした。浴室で少女の身体に再び刃物を挿入し、肉を切り取る。最初の肉は腹の部分からとった。次は違うところが良いだろうと考え、臀部から肉を切り取る。
やはり絶品だった。
結局、私はその後も何度もおかわりを繰り返した。少女の死体は浴槽で虫食い状態になっている。これだけ食べてもまだまだ何十キロもの肉が残っている。考えるだけで嬉しくなった。
私は散歩に出ることにした。普段、必要がなければ私は外出したりはしない。それが今は、自ら進んで散歩に行こうと考えている。
少なくとも人の肉は、私にとっては向精神薬のような効果があるようだった。鼻歌でも歌いたいような気分で靴を履き、外に出た。
外に出ると、なにもかもが輝いて見えた。鳥のさえずりや蝉の鳴き声が心地よく身体に染み込んできた。太陽光に皮膚を焼かれる感覚すら気持ちが良かった。
世界がこれほど素晴らしいものだと、私は今まで知らなかった。
人肉を食べることで、私は本当の世界の姿を知ることができたのだ。
私は、私が食した少女の肉に最大限の感謝を捧げた。
しかし、しばらく歩くうちに腹痛が私を襲った。ちょうど目の前には針根公園と書かれた公園があった。昨日、私が例の少女を捕獲した場所だった。たしかここにはベンチがあったはずだ。そこで少し休憩しようと思った。
人の肉が人体に悪影響を及ぼしているのではないかと心配になったが、単なる食べすぎだと気が付いた。無我夢中で食べていたから正確には分からないが、おそらくキロ単位の肉を食べていたはずだった。
公園にベンチを見つけたが、すでに腹痛がひどくなっていた。私はベンチにたどり着く前にその場に座り込んでしまった。
しばらくその場から動くことができなかった。
どのくらいそうしていただろうか。不意に声をかけられた。
「大丈夫ですか? 気分が良くないんですか?」
女性の声だった。顔を上げると、若い女性が私を覗きこんでいた。女性の後ろには高校生くらいと思われる子供もいて、少し興味深そうに私を見ている。
「いえ、大丈夫です。ちょっと具合が悪いだけですから」
人肉の食べすぎです、とは当然言えない。
「救急車、呼びましょうか?」
女性は私を心配そうな表情で見ている。私が殺人を犯し、なおかつ死体の肉をむさぼるような人間だと、この女性は知らない。しかし近くに来られると心の奥底を暴かれるような気がして、嫌だった。
「いいえ、本当に大丈夫ですから。ちょっと食べすぎてしまったみたいでして」
私はなんとか立ち上がった。早く彼女たちから離れたかった。女性はなおも心配そうだったが、少し笑顔になった。
「そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「……なんでしょう?」
思わず身構えた。なんだか嫌な予感がしたのだ。
「私は灰谷と言って、探偵業を営んでいるんですが、いま人探しをしてるんですよ」
「人探し、ですか」
「ええ、昨日の夜ごろから家に帰っていないとのことで。つまり行方不明になっているんです。依頼を受けたので探しているところでして」
私の嫌な予感は強くなっていく。私の脳裏に、無残な死体になった少女が浮かぶ。まさか、あの少女を探しているのか。
「行方が分からないですか?」
「そうなんです。事件に巻き込まれた可能性も考えられるので、できるだけ早く見つける必要があるんですよ。写真があるんですけどね、見ますか?」
女性はそう言うとポケットに手を入れた。
「やめろ!」
思わず叫んでしまってから、すぐに後悔した。こんな態度を取ってしまえば、感づかれるかもしれない。しかし、叫ばずにはいられなかったのだ。私が殺した少女の生きている頃の姿など、見たくなかった。
「……なんでもありません。気にしないでください」
なんとかそれだけ言ったが、心臓は激しく鼓動していた。良くないことが起きていた。この女性は私が殺した少女を探している。野放しにしていると、この女性は私の正体にたどり着くかもしれなかった。
可能性は決して高くはない。しかし無視できるほど低いとも思えなかった。
口を封じる必要がある。そう思った。
殺す必要があるのは目の前にいるこの二人。できるかどうかを考えた。不可能ではない。
もちろんこんなところで殺すわけにはいかない。私の家に誘うことができれば、確実に殺す自信があった。
私は彼女たちを私の家へと誘うことにした。
「人を探しているんですよね。そう言うことでしたら、お役に立てるかもしれません」
「本当ですか」
女性は驚いたようだった。
「実は、その行方不明になっている少女のものと思われる手帳を、昨日の夜にここで拾いました」
「それで、その手帳はどうしたんですか?」
女性は見事に私の罠に喰いついてきた。手帳を拾ったなんて嘘だ。少女の持ち物もチェックして、携帯などは早急に処分したが、手帳なんて少女は持っていなかった。
「家に置いてあります。警察に持って行くつもりだったのですが、つい忘れてしまって」
「その手帳、見せていただくことはできますか」
「ええ、いいですよ。私の家はすぐ近くですので。それでは行きましょうか」
私は自分ができる最大限の笑顔で言った。




