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人肉嗜好症  作者: 京介
3/8

3.人探し

「それにしても、どこに行っちゃったんだろうね」

 近所のファミレスで焼鮭定食をもぐもぐやりながら真理亜さんは言った。

「事件に巻き込まれた可能性って本当に無いんですか?」

 僕も牛ステーキ定食を食べながら、真理亜さんに返事をした。

「もちろん、その可能性も考えた上で探すけどね。でも、もし連続少女殺人事件の四人目の被害者になっているなら、私たちの出番はないし」

 そういうのは警察の仕事、と言いながら真理亜さんは鮭の身と骨を器用に選り分けていた。精密に動く真理亜さんの箸をぼんやりと眺めながら、僕も自分の頼んだ定食に手を付ける。牛の肉から染み出てくる脂がとてもおいしかった。真理亜さんはあまり肉を食べない。好きではあるらしいのだが、脂が多くて食べきることができないのだそうだ。だから外食したときは、主に魚を食べることが多い。

「それにしても、犯人はどうして少女を殺しているんでしょうね」

「趣味じゃない?」

 真理亜さんは興味無さそうに言った。

「趣味って……」

「そんな嫌そうな顔しないでよ。半分くらいは冗談よ」

「半分ですか」

 残りの半分は本気と言うことか。

「犯人の動機なんてどうとでも理屈はつけられるんだから、考えるだけ無駄ってことよ。犯人自身が動機をきちんと説明できないことも多い。でも、動機はありませんじゃあ世間は納得しない。だから、もっともらしい動機づけが必要になってくるのよ」

「……例の連続殺人鬼も、自分の殺しの動機が分かっていない可能性があるんですか?」

「そうね、ありえると思うわ。もし犯人が捕まったときは、警察の方で適当に動機を考えるでしょうね。子供の時にこんなつらい思いをしたからだ、とか」

「そんなことで、殺人鬼が生まれたりするものですか」

「分からないわ」

 真理亜さんは答える。

「でも、連続殺人鬼が子供の時に虐待を受けているケースは多い。具体的に虐待が殺人鬼の人格形成にどのように作用するのかは分からないけれど、大きな影響があるのは明らかね」

 焼鮭から骨を完全に分離させた真里亜さんは笑顔でそれを食べ始める。殺人鬼や虐待についての話をした直後なのに食欲は落ちていないようだ。僕はというと少々、食欲を削がれてしまった。真里亜さんは少し鈍いんじゃないか、と思う。

 真理亜さんが食事に集中し始めていたので、僕も食べることに意識を向けた。



 食後、真理亜さんはコーヒーを飲みながら、ぼんやりと何事かを考えていた。支払いは当然のことながら大人であり上司である真理亜さんが持つことになっているので、真理亜さんが席を立つまでは正直ヒマだった。仕方がないから僕もコーラをちびちび飲みつつ、真理亜さんを眺めていた。

 真理亜さんは世間一般の基準に照らせば美人と言える範疇には入っていると思う。しかし、真理亜さんが誰かと交際している様子は無かった。

 まあ、真理亜さんは家庭に入るような女性には正直見えない。かといって労働に精を出すタイプでもない。

 たぶん、人と関わるのが苦手な人なのだ。このことは僕が真理亜さんの探偵事務所で働き始めてから常々感じていた。決して人見知りと言うわけではない。どちらかと言えば、社交的な方だと思う。ただ、人付き合いが、いちいち面倒くさそうなのだ。

 一人が好きなのだろう。真理亜さんは、自分の行動や考えを他人に制限されるのを極端に嫌っている。従業員がまだ十六歳になったばかりの僕一人と言うのも、経済的な事情もあるのかもしれないが、誰にも自分の邪魔をされたくないせいだ。

 よく言えばマイペース。悪く言えば自己中心的といったところか。

 そんなマイペースな真理亜さんはふと僕の顔を見ると「ちょっと思いついたことがあるんだけど」と言った。

「なんですか?」

「連続少女殺人事件の犯人は、遺体を食べたりはしなかったのかな」

 僕はコーラを思わず吹きだした。

「なに言ってるんですか。そんなことあるわけないですよ!」

 僕は強い口調で真理亜さんに言った。僕の剣幕を見て真理亜さんが慌てた。

「いや、ちょっと思いついただけよ。ごめんね、忘れて」

「当たり前ですよ」

 真理亜さんは時々、突拍子もないことを言う。殺した少女の肉を食べるなんて、想像しただけで吐き気がした。そんなことが人間にできるわけがない。それに、もしできるとするならば、少女の肉を食べるために人を殺している人間が、僕たちの近くに潜んでいることになる。

 そんなこと、あってたまるか。

 連続殺人事件が発生している以上、凶悪な人間が僕たちの周辺に潜んでいることは間違いないだろう。しかし、人の肉を食べる人間がいるなんて、いくらなんでも凶悪すぎる。

 僕たちはあくまで一人の少女を探しているだけなのだ。殺人鬼なんか関係ない。



「よし! お昼ごはんも食べたし、青崎塔子さんを探しましょうか」

 昼食をすましてすっかりご機嫌な真理亜さんが元気よく言った。

「でも、どうやって探すんですか?」

「とりあえず、彼女が歩いていた通学路を通ってみましょう。なにか分かることがあるかもしれないよ」

 真理亜さんは歩き出した。青崎さんの話によれば、このまま歩き続ければ塔子さんの通っている高校に到着するはずだった。

 高校か。

 思わずため息が出た。

 僕は高校は三ヶ月でやめてしまった。退学したことを後悔しているわけではないが、なんとなく、学校の類には近寄りたくなかった。

 でも仕事なので仕方がない。それに塔子さんが通っていた高校は僕がいた学校とは違う。知り合いに会うこともないだろう。

 しばらく歩くと校舎が見えてきた。きれいな校舎だった。できてから数年くらいしか経っていないように見えた。

「よし、じゃあここ」

 真理亜さんは正門に立つと、僕を見た。

「ここから塔子ちゃんの家まで、歩くわよ。だいたい三〇分ってところかしらね。ああ、そうだ」

 真理亜さんは携帯を取り出すと、校舎を何枚か写真におさめた。

「一応ね。さあ、行くよ」

 真理亜さんが歩き出し、僕はその後について行った。前もって真理亜さんから、周囲の状況を観察するように言われていたので、視線を右へ左へと移しながらだ。

 でも、なにか変ったところがあるわけではない。ごく普通の通学路。どこにでもある景色だった。

 少し歩くと公園が見えてきた。平日の昼間だというのに、子供が遊んでいる様子はない。遊具も一通り揃っているようだったが、使う人間がいないのでは仕方がない。少子化が進んでいるせいかとも思うが、自分が小さかった時に公園で遊んだ記憶がないので、たんに公園で遊ぶ子供が少ないだけなのかもしれない。

 入り口に公園の名前が刻まれている。針根公園。はりね? よく分からない。

 要するに閑散としているただの公園だった。しかし僕は公園に奇妙な人を見つけた。地面にかがみこんでいるようだ。男性のようだったが少し距離があったので正確には分からなかった。

「あれ、なんだろ?」

 真理亜さんも気が付いたようだった。その人に向かって真っすぐ歩いて行く。近くに行って、やはり男性であることが分かった。一人の男性がうずくまっていた。

 近くで見てみると、想像していたよりも身体が大きい。ちょっとした大男だった。その大男が地面に座り込んでなにやら気持ち悪そうにしている。真理亜さんが近づき、僕は後ろから男性の顔を覗きこんだ。

「大丈夫ですか? 気分が良くないんですか?」

 男性は冷や汗をかいている。息も少々荒れているようだった。

「いえ、大丈夫です。ちょっと具合が悪いだけですから」

「救急車、呼びましょうか?」

「いいえ、本当に大丈夫ですから。ちょっと食べすぎてしまったみたいでして」

 男性は小さく笑うとふらつきながら立ち上がった。真理亜さんはまだ心配そうにしていたが、当の本人が大丈夫だと言っているので、それ以上なにも言わなかった。

「そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんですが」

「……なんでしょう?」

 男性は怪訝そうな表情になる。初対面なのに何を聞きたいのだろう、と疑問に思っているようだ。

「私は灰谷と言って、探偵業を営んでいるんですが、いま人探しをしてるんですよ」

「人探し、ですか」

「ええ、昨日の夜ごろから家に帰っていないとのことで。つまり行方不明になっているんです。依頼を受けたので探しているところでして」

 男性の眼になにか暗い光が差した、ような気がした。でも光は一瞬で消えてしまったので、僕の気のせいなのかもしれない。

「行方が分からないですか?」

「そうなんです。事件に巻き込まれた可能性も考えられるので、できるだけ早く見つける必要があるんですよ。写真があるんですけどね、見ますか?」

「やめろ!」

 ポケットから写真を取り出そうとした真理亜さんに向かって男性が大声を出した。真理亜さんはぽかんとしている。彼女は写真を見せようとしただけなんだから当然の反応だ。

「……なんでもありません。気にしないでください」

 男性は僕たちから顔をそらすと、何かを思案していた。こちらを見ると、笑顔になった。

「人を探しているんですよね。そう言うことでしたら、お役に立てるかもしれません」

「本当ですか」真理亜さんが驚いたように言った。

「実は、その行方不明になっている少女のものと思われる手帳を、昨日の夜にここで拾いました」

 真理亜さんが驚きの声を上げた。僕も驚いた。青崎塔子の手帳がここに落ちていたのなら、彼女を探すのに役立つはずだ。

「それで、その手帳はどうしたんですか?」

「家に置いてあります。警察に持って行くつもりだったのですが、つい忘れてしまって」

「その手帳、見せていただくことはできますか」

「ええ、いいですよ。私の家はすぐ近くですので。それでは行きましょうか」

 気分が悪かった私を気遣っていただいたお礼もしたいですから。

 男性はそう言うと笑顔を見せた。

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