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ライトノベルじゃあるまいし  作者: ASK
第三章【ミミル・追憶】
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第6話 紗江と傘音

 こんにちは。週末に熱が出て学校を休み、小説どころか何1つできなかったASKです。


 タイトルで察した方もいるかもしれませんが、紀伊ちゃんのお話は一旦お休みです。


 ここからは菊里紗江の視点です。



 その光は突然現れて、私たちを包むように広がった。別段、悪い予感とか直感とかが働いた訳ではなかったけれど、私は思わず、1番近くにいた傘音かさねちゃんの手を握った。


 不安や恐怖からではなく、突然の光に驚いて思わず、といったところ。同年代より少し小さくて、柔らかい手を握って、私は目が眩む光の爆発に飲み込まれ──



「……紗江さえ、紗江!」



 少しの涼しさを感じ、直後にかけられた声。目を開ける。より強く握られた手に少しどきりとした。辺りを見渡す。


 右隣には不安そうな表情の傘音ちゃん。丸眼鏡の奥、瞳が震えている。足元は背の低い草と土。若干積もる枯葉と枝。故にふかふかの地面。手の届く距離には何もないが、周りには痩せた木々がポツポツと並ぶ。


 山の中、だろうか。だいぶ枯れているが。冬の山にしてはそれほど肌寒くはない。少し離れた所の地面が見えないので、そこは恐らく斜面か崖だろう。


 改めて私の手を握りなおした傘音ちゃんが言う。



「ここ、どこなの? 僕たちさっきまで大聖堂にいたのに……」


「確か、瑞樹みずきちゃんがあの鏡の前に立って……鏡が割れて、それで」



 気がつけばここにいた。枯れかけの森の中。



紀伊きいも瑞樹もいない……僕たち、2人だけみたいだ」


「そうですね……2人きり」


「うーん……とりあえずここにいても始まらない。川を探そう」



 こういうとき、意外にも冷静な傘音ちゃんの判断に任せ、私たちは足場に気をつけながら森を歩いた。


 ぱりぱり、パキパキ。軽い音を立てて足下の枝葉が折れる。斜面を登るのは体力を無駄に消耗しかねないので、今いる高さの道を進んだ。道なんてないけれど。


 代わり映えのない風景が続く。微かに残った緑が散りばめられた灰色の森の中、私たちは手を離さずに歩く。しっとりと滲む手汗に恥ずかしさを覚えつつ、時折、傘音ちゃんの横顔を眺めた。



「……どうしたの、紗江。足とか痛い? それとも疲れた? 少し休もうか」


「え、あ、いや。見てただけです」


「僕の顔、何か付いてる?」


「いやそんなことなくて、綺麗というか、可愛いというかですね……」


「ふふ、変なの」



 目が合うとその度に私を気遣ってくれて、正直かなり疲れていたけれど、頑張れた。


 ──2時間以上歩いた頃、枯れかけの森の中では特に、してはいけない類の匂いがして、私は立ち止まる。この匂いはダメだろう。森の中なのに。



「……傘音ちゃん」


「ん?」


「──焦げ臭くありません?」


「……まじで?」



 乾燥している上に枯葉の積もるこの森の中、それはまぁ香ばしい煙の匂い。しかし、もしも山火事なんてことになっていたら、一大事だ。


 山の中で危険に遭った際の対処法なんて1ミリも知らない私にとっては、もしもこの匂いが本当に何かが焼ける匂いだとすれば、絶望の二文字に顔をぶん殴られたような気分。


 すんすん、と。目を閉じて、鼻を鳴らす傘音ちゃん。そして苦笑い。どうやら同じ匂いを感じたらしい。



「川も見つからないし、食べられそうなものもない……これだけで辛いのにまさか何か燃えてるのかな……」


「あ、でもあそこ、煙が見えますけど……」


「どこどこ?」



 私は木と木の間を指差した。葉がほとんどないこの森において、空を見上げるのは容易だ。しかし灰色の森、灰色の空。その中で立ち昇る灰色の煙を見つけるのは難しいように思えるが、煙の匂いがしていればさすがに気づく。


 丸眼鏡のフレームを摘みながら、傘音ちゃんは目を細める。私自身、目が良いので視力の低い人は世界がどんな風に見えるのか不思議に思うが、どうやら傘音ちゃんにはあの煙は見えないらしい。



「……まぁ、かなり細い煙ですし、山火事とかではなさそうです」


「……行ってみる? その煙のところ」


「煙の下の場所に、ですか?」


「うん。火が勝手につくなんて不思議だし、何かあるのかも」



 どうだろう。私は頭が悪いのに勉強を怠ってきた人間なので、火がつく原理をイマイチ理解していない。誰かがやらずとも、勝手に何かが燃えることはあり得るのだろうか。……何かが燃えるのに非常に適した環境下で、特定の事態が連続すると火がつく、なんてことはあり得そうなものだけれど。


 見つかりそうもない川を探すのは一旦中止。気分転換のつもりで私は見上げた煙の柱の下へ。傘音ちゃんの手を引いた。




❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 思ったよりも煙の下は近かったらしく、歩き出して少ししたらすぐに匂いは強くなった。


 思わず眉をひそめる傘音ちゃんを見てくすりと笑う。鼻をつまむ仕草をしてみせた傘音ちゃんが少し照れつつ、ニヤリ。お茶目な傘音ちゃん、可愛い。


 背の低い木の枝を避けて進む。やがて自然的な力ではなく、何者かによって伐採されたかのような、ひらけた場所に出る。


 その真ん中で、1人。誰かが小さな火を眺めて、しゃがんでいた。



「……どうする、話しかける?」


「ちょっと怖いですけど、私たちも命の危機ですし、ここは幸運にも出会えた人に頼りましょう」



 小走りのその人の元へ。小さく燃える枯葉の上、枝で固定した金網には何かが乗せられていた。焼いているのだろうか。わざわざ金網の上で焼くくらいだ、食べ物かもしれない。


 私たちが近くに寄っても、ただ炎をぼんやりと眺めているその人。恐る恐る声をかけた。



「あの、すみません。私たち森で迷ってしまって……」



 何も言わず、その人はゆっくりとこちらに振り向いた。



「……えっと、その。安全に下山できる道とか、教えてくれませんか?」



 痩せこけた頬。灰色の空、灰色の森、灰色の煙に負けないほどに、灰色に近い顔色をしていた。服の上からでも痩せ細っているのがわかるほどに、骨張った様子が見て取れる。


 不健康が目に見えるこの人は、恐らく男性。雑に切られた髪と髭。ぱっと見、あまりに人として“枯れて”いたため、年配の方かと思ったが、近くで見ると意外にも若い。もしかすれば20歳くらいかもしれない。


 目の下のクマも酷く、乾いた唇は痛々しい。列挙するに足りないほどの不摂生。明らかにおかしい。私たち自身の心配をすべき時ではあるけれど、この人、今にも死んでしまいそうな様子だ。



「あの、大丈夫ですか? もしかしてあなたも森で迷って……?」


「何を焼いてるの?」



 さすがに気になったらしい傘音ちゃんが聞いた。傘音ちゃんは、今自分たちも命の危機だと弁えているが故に、目の前の男性から1つでも情報を多く得て、活用しようとしている。


 この場合、下手にこの人を心配して自分のことを棚にあげる私は、お人好しでもなく、馬鹿なだけだろう。


 傘音ちゃんの質問に、男は初めて口を開いた。



「……キノコだよ。キノコ」


「へぇー……これは食べられるの? この森にも生えてる?」


「……今から食べるんだ」


「一口だけ貰ってもいい?」


「…………まぁいいけど、これは──」


「ありがとう、いただきまーす」



 やたらと距離感の近い傘音ちゃんにも臆することなく、男は無表情で返答していた。金網の上で焼かれた、この、男曰くキノコを傘音ちゃんは摘み取り、その端を食べようとする。



「ちょ、傘音ちゃん、この人のですし……」


「許可は貰えたし、この森にも食料があると分かれば重畳だよ」



 そう言って一口、傘音ちゃんはキノコを齧った。


 首を傾げながら咀嚼。ゆっくりと飲み込んで、残ったキノコを金網の上へ戻す。そして傘音ちゃんは、一口分、欠けたキノコを眺める男に言う。



「あの、このキノコ、何か変な──」



 ──直後。



「傘音ちゃん!?」


「ぅぶぉえぇえええッ……!」



 顔色が変わった傘音ちゃんは膝をつき、あらん限りに目を見開いて嘔吐する。すぐに駆け寄る私の横で、男はそれでもまだキノコを眺めている。


 もう内臓とか出てしまいそうなほどの勢いで吐き続ける傘音ちゃんの背中に手を置き、私は男に怒鳴った。



「何ですかこれッ! ふざけないでください! 」


「その女が勝手に食べたんだ」


「あなたがいいと言ったからでしょう!? ……か、傘音ちゃん、大丈夫ですか!? 尋常じゃなく吐いてますけど、もしかしてコレ、毒キノコですか!?」



 金網の上で焦げ始めたキノコを指差す。傘音ちゃんの体が熱い、汗も凄いうえに息も苦しそうだ。私は男を睨みつける。



「……毒キノコと言えば、まぁ毒キノコだ。即効性のな」


「どうしてそんなものを……! わざわざ焼いてまで、何のために!?」


「だって俺」



 会話中もずっとキノコを眺めていた男は、ぐるりと私を振り向いて、零れ落ちそうなほどに目を見開き、言った。



「──自殺しに来たんだ」



 その言葉に全身が震えた。気色の悪い感覚が迸る。しかし私が最も恐ろしく感じたのは、男の表情でも、今も私の目を見て離さない男の目でもない。


 即効性の、自殺可能・・・・なキノコを、傘音ちゃんが食べてしまったということに、酷く慄いた。



「傘音ちゃん、横になって……! ど、どうすればっ」



 私は男から視線を外す。男はつまらなそうに、再びキノコを眺める。私はゆっくりその場に、膝枕で寝かせた傘音ちゃんの額に手を当て、その熱さと真っ青な顔色に混乱する。


 傘音ちゃんの、青みがかった紺色の髪が汗で顔に張り付く。それを払って、傘音ちゃんに呼びかけた。



「聞こえますか!? 傘音ちゃん! 大丈夫ですか!?」



 聞くまでもなく、大丈夫ではない。でも混乱しているし、何より焦っている。このままだと傘音ちゃんが死んでしまう。


 あの、月明かりのような笑顔も、照れくさそうな表情も、握り返してくれる手の柔らかさも、温かさも。もう見れなく、感じられなく、なってしまう。



 ──そう思った、刹那。静電気のような痛みが、頭の奥で声をあげた。


 気がつけばこの灰色の森にいたことや、紀伊ちゃん、瑞樹ちゃんが近くにいないことなど、色んなことで頭が一杯になったために、傘音ちゃんにも言い忘れていた、私の不思議な体験。


 記憶の底から産声をあげたあの“言葉”が、再び。



神託者ウィザードとは、神の言葉を聞く者。神の教えを聞く者』



 あの時。私が鏡の前に立った、あの時。鏡に映る私の後ろには、誰かが立っていた。ローブを羽織り、深くかぶったフードの、誰か。それが“神様”であると、なぜだか私は理解した。


 鏡の前、緩慢になった時の中で、神様は私の肩に手を置いて、優しく言ったのだ。



『何かを成し遂げたいなら、何かを救いたいなら。わたしの力を使えばいい。これは悪しき力ではない。しかし聖なる力でもない』



 言葉を聞きつつ、ただ鏡の中の私自身と目を合わせる私。



『この力は使う者によって色を変える。誰だっていいわけではない。君が望めば、何だってできるかもしれない』



 光の粒が舞って、背後の神様はそれに包まれる。



『しかし選択肢を、使い道を、誤るな。この力は君自身であり、そして君以外の全てを写しだす』



 神様は、溶けるように、うっすらと消えていく。光の残滓が星のように降る。



『願いは叶う。何もかもが君次第だ。強く望むがいい──加護神ベータの名の下に』



 ──あの言葉。神様の存在。とても驚いて、後でみんなに話そうと思っていたが、この森に来た瞬間に忘れてしまっていた。


 今しがた、再び脳内に響いた記憶の断片。私は深くは考えず、両手を傘音ちゃんにかざす。


 何ができるのか。今、何をしようとしているのか、わからない。けれど神様は言った。『強く望むがいい』と。ならば最後まで望んで見せる。叫んで見せる。


 私は──『神託者ウィザード』だ。



「今助けるよ……傘音ちゃん」



 呼吸すら辛そうな傘音ちゃんが、薄く目を開けた。目が合う。私は微笑んだ。


 ──光の粒が、両手を包んだ。


 どうやっているのかはわからない。けれど、脳の奥、心の奥で何かが勝手に動き出すような、不思議な感覚に身を任せ、私はただひたすらに願う。


 傘音ちゃんを、どうか、助けて。


 念じるように、記憶の端にあった言葉を、叫んだ。



「──加護神ベータの……名の下にッ!」



 爆ぜる光。淡い温かさ。全身を巡る血液が踊り出す。鳥肌が立つような、全身の寒気を通り越し、私は体から何かが出ていく感覚に震えた。


 そして傘音ちゃんが光に包まれる。私から出た光の大群は、吸い込まれるように傘音ちゃんの体へ。肌に付着し、馴染むように溶け込んだ。


 非現実、非日常。そんな言葉を想起させる神秘的かつ幻想的な光景。


 キノコだけを眺めていた男が、凄まじい勢いで私を見た。



「……げほ、げほっ」



 気がつけば、傘音ちゃんの顔色はいつもの肌色に。少し紅い頬、薄い色の唇。宇宙みたいな紺色の瞳。


 目をパチパチさせる私を見上げ、傘音ちゃんは、ふにゃりと笑った。



「ありがとう、紗江。助かった」


「──傘音ちゃぁぁああんッ!」



 体を起こそうとする傘音ちゃんに覆い被さり、枯葉の積もる地面に押し倒す。強く、ひたすらに強く抱きしめた。


 首筋から感じる女の子らしい匂いも、痛いよー、と呟く綺麗な声も。全部、全部が元どおり。


 現状も、この先どうするかも、何もかも忘れて、ただがむしゃらに抱きついて離さなかった。



「おい、お前……『神託者ウィザード』だったのか!?」



 今この瞬間、らんくんより遥かに愛おしく感じる傘音ちゃんを抱きしめている幸福の時間を邪魔したのは、元凶となった男の声。



「……ウィザード?」



 傘音ちゃんが首を傾げた。



「“神法使い”のことだよ……おい、お前! 回復神法が使えるんだな!?」



 男は私の背中を強く叩く。イラっと来たが、直後。



「ちょっと、僕の紗江にあんまり気安く触らないでよ」



 冗談半分の言葉ではあっただろうが、かなり嬉しい言葉とともに、傘音ちゃんが男の手を払ってくれた。



「村を、俺の村を救ってくれねぇか!? 頼む! できることなら何でもする! お前のその神法で、村を救ってくれぇ!」



 村を救う? 何の話だ。こっちは大事な大事な傘音ちゃんを殺されかけたというのに、今更そんな虫のいい言葉に耳を傾ける価値は──



「いいよ。助けてあげる。まぁ僕には何もできないけど……いいよね、紗江」


「え?」


「僕もさっきの現象に頭がついていかないし、今は助かった喜びしか頭にないけど、とりあえず、僕たちがこの森から出て、紀伊や瑞樹、そして蘭と会うためには、人の力を借りないと」


「で、でもこの人のせいで傘音ちゃんが死んじゃうところだったんですよ?」


「紗江が助けてくれたじゃないか。どういう仕組みか、多分紗江にもわかってないのかもしれないけど、その力でまた、誰かを救ってよ。その結果私たちが助かると思ってさ」



 あくまで私たちのため、と言っているのは、私を説得したいからなのだろうけれど。頭では大体わかっているつもりだ。傘音ちゃんの言うこと。


 ここでこの男の村を救えば、少なくとも報酬は手に入るし、場合によっては、みんなと離れ離れになる直前の場所──確か、人間領ミミルに、帰れるかもしれない。


 しかし、頭で理解できていても心が反対してくる。傘音ちゃんに辛い思いをさせたこんな男のためにどうして、と。



「……お願い、紗江」


「うっ」



 上目遣いは反則だ。ただでさえそんな可愛い顔をしているのに、仕草や表情まで極めたら、神の領域に達してしまうかもしれない。男の神様はもういるから、女神かな。加護神ベータ、愛玩神傘音ちゃん。何だそれ。


 結局、傘音ちゃんに押し切られて私は渋々、男の頼みを聞いた。


 毒キノコを投げ捨て、焚き火を足で踏み消した男は、深刻そうな面持ちで口を開く。



「俺の村で、“正体不明の病”が流行ってるんだ。そのせいで沢山の人が死んだ」


「……それで、もうダメだってことで自殺しに来たの? ここまで?」


「家族もみんな死んじまったからな、生き残りの村のみんなももうすぐ死ぬに決まってる」


「まぁそれは私が何とかしますけど……できるかはともかく」


「あぁ、頼む」


「で、村はどこなの? 僕たちも疲れててさ、そんなに遠くまでは歩いていけないよ」


「この山を降りたらすぐそこだ。麓の村だからな」


「なんて言う村なんですか?」


不治ふじむらって言うんだ。急ごう、ついて来てくれ」



 ……村の名前、縁起悪すぎでしょうに。



 ありがとうございました。


 これで、1人なのは紀伊と瑞樹、2人行動なのは紗江と傘音。と言うことがわかりました。


 バトル展開の多かった第2章で飽きてしまった方もいると思いますが、紗江の物語は、恋に恋する恋の物語。


 次話もお楽しみに!

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