第4話 輝石の都
第3章は、紀伊、紗江、傘音、瑞樹、そしてその周りの人たちの、『5年間』をなぞる物語。
紀伊たちがファンタジー世界に来て、ゴブリンの姿をしたランと出会うまでの5年間を、綴ります。
もっともっと詳しい過去の物語とかは第3章の後にも出てくるかもですが、ほとんど書いちゃいます。
「じゃあ、紀伊。俺はそこの洞穴で寝て待ってるからな」
「うん、わかった」
「なるべく早く帰れよ、万が一もある」
「うん、ありがと。じゃあ、行ってきます」
山道を駆け下りる。この山と、向かい側に聳える山の間──つまりは谷底に位置する街『輝石の都』が近づいてきた。
ある程度離れたこの場所からでも、昼間の太陽を浴びて、それこそ宝石が如く輝く街を見下ろして、足も早まる。楽しみだ。
サンタクロースみたく、大きな袋にお金を手に入れるための交換品(貴重素材)を入れている。
おそらくこれらを全て売り払ったなら、私の欲しいものやフロガのおじいちゃんに頼まれた高級なお肉を買ってもお釣りがくる。しかし少量ならまだしも、大量のお金を持ち歩くのは、山を越えたり川を越えたりする旅の中では邪魔になる。
お釣りで何か宝石を買ってもいいかも。ネックレスとかイヤリングは邪魔だからなぁ、どうしよう。
「おぉ……あれが混血獣人……」
街に繋がる道に下り、息を整える。行き交う商人も、遊びまわる子供達も、まさしく“犬人間”という感じ。優しそうなおじさんもいれば、狼男という言葉を想起させる強面の若者も。
やはり千差万別十人十色。そんな彼らを包む煌びやかな街並みもまた、色鮮やかな個性を放っている。
宝石産業で有名かつ街並み自体が観光地として扱われるのもあり、クティノス以外の種族の人も多く見えた。これなら私も変に目立ったりしないはず。
まずは質屋とか、動物の素材を買ってくれるお店を探す。
今は午前10時過ぎくらいで、フロガのおじいちゃんが軍部を襲うのがお昼。あと2時間ほど時間があるので、買い物もそこそこに観光を楽しまないと損だ。
「えーっと、あれは武器屋さんかな?」
円状に並べられた木々が彩る広場を抜けた先、人通りの多い大通りの両脇には露店が並んでいた。その中でも目にとまったのが武器や防具を扱う露店。いくつか同じような店を見たが、どうせなら高く買い取って貰いたいので、規模の大きな店に注目した。
旅する戦士という雰囲気の男たちが大声を張り上げている。同じく屈強な肉体を有した店主も怒鳴っている。
子供1人ならすぐに迷子になってしまいそうな人混みを掻き分け、店先へ。女性には優しいのか、鎧を着た男たちは怒鳴りあうのをやめて場所を譲ってくれた。まだ睨み合ってはいるけれど。
私は、怒鳴り疲れたとでも言わんばかりに葉巻を吸って椅子にドスンと座る店主の目の前に、大きな袋を置いた。
「あの、素材を買い取って貰いたいんですけど……」
「交渉するなら中身見せてからだろ、嬢ちゃん」
「あ、はい。すみません」
運が悪かったというか、私のタイミングがよくなかった。店主の機嫌が悪いのと良いのとでは、買い取ってくれる値段も上下するだろう。もう少し落ち着いたのを見計らってから話を持ちかければよかった。私も時間はあるのだし。
後悔もそこそこに、私は袋から貴重素材を取り出していく。ざわめきが波のように広がった。周りの鎧を着た男たちも、目を見開いている。
確かに、15歳の女の子が──背が低く幼児体型だからもっと幼く見られているかもしれないが、それほどの女の子が、普通に珍しい素材や伝説級の素材を持ってきたのだから、周りも驚くというもの。
虫の居所が悪かった店主も立ち上がり、その太い腕を組んで素材を凝視した。
「えっと、生意気なこと言いますと、もっと高く買って下さるお店があればそちらを探します、私」
「……本当に生意気なこと言いやがって……ここらじゃ俺の店より金持ってる武器屋はねぇよ。これは本当だ」
「そうですか、安心しました」
一般人には、私の持ち寄った素材の数々の貴重さや、その価値がわかるわけもないので、この光景に開いた口が塞がらなくなっているのは、その道に精通した人たちと、立ち寄った戦士たちのみ。人通りの多いここでも、別段、混乱や過度の注目を集めてはいない。
変に目立つのもよくない。早く終わらせて買い物へ行こう。
「……それにしても嬢ちゃん、こんなの普通、専門家たちがチームを作って緻密な作戦を立ててまで採りに行く素材だぜ? 道端歩いてたら落ちてるようなもんじゃねぇんだよ」
「へぇ、そうなんですか。まぁ落ちてたわけではないですけど」
「何か怪しいことをやってるんじゃねぇかって疑っちまうのも仕方ねぇんだ。こっちも商売やってるからな、違法なルートを経由してきてたりしたらたまったもんじゃねぇ」
「ちゃんと自分でとってきましたよ」
「こんな10歳かそこらの金髪の嬢ちゃんに言われてもねぇ」
15歳だよ私は。高校生。……まぁ、専門家たちが軍や国と協力して、危険な秘境に赴き、さらに運が良くて初めてお目にかかれる代物を並べてるわけだから、疑われるのも当たり前だ。
では私がどうしてそれほどの素材を手に入れたか。それはフロガのおじいちゃんが深く関わっている。
──フロガのおじいちゃんは、おそらく世界でも五本の指に入るほどに有名な人なので、どこかで野宿しようにも人に見つかってはいけない。というのも、フロガのおじいちゃん自身は、どこで寝ても誰に見つかっても構わないと言うが、目撃情報が流れれば、敵軍に待ち伏せされたり、作戦を組まれて、余計な手間がかかる可能性がある。
そんなの関係なく燃やし尽くせば良いと彼は言うが、1ミリでも安全な戦いができるに越したことはないと、私が言って聞かせ、それ以来、人が寄り付かないような秘境で夜を明かすようになった。
無論毎晩、どこかの秘境に行っているわけではない。普通の人が立ち入れない危険な場所はそれほど多くない。昨日も普通の森の中で夜を明かしたわけだし。秘境の近くにいた時のみ、貴重素材集めがてら、そこで寝泊まりしようというわけだ。
そんな生活をしていれば無論、いやでも伝説級の動物や植物に出会う。それらは往往にして、価値が高い代わりに非常に危険ではあるが、そんなのと比べ物にならないほど危険なおじいちゃんがこちらにはいる。
そんなわけで手に入れた貴重素材たちなのだ。ここの店主の言うような違法なルートを通って入手したものではない。そして改めて言うが私は15歳だ!
「……まぁこんな嬢ちゃんが裏社会の奴らと関係を持つってのはそもそも無理か。違法ってわけじゃなさそうだな」
「法外な額も要求しません。相応の対価だけいただければ」
「その相応の値段が馬鹿高いんだよ……ったく、本当に俺の店くらいしか買えねぇぞこんなの」
ぽりぽりと頭を掻きながら、店主は嫌そうに言うが、しかしその目は少年のように輝いて見えた。やはり心踊るものだろう、これらに造詣の深い者ならば尚更に。素人目にも価値の高さを伺える素材もある。私も思わず自慢げだ。
さすがにここまで男たちが集まっていると、道行く一般人も気になってくるらしく、当初、避けようと思っていたはずの注目の的になってしまった。あまり人が集まるのは良くない。これだけ人通りの多い大通りが渋滞してしまうのもあるが、やはり1番の理由は──
「──お、おい! あれ、あの金髪の女!」
そして、最も恐れていたことが──否、私自身は大丈夫だろうと油断し、フロガのおじいちゃんが最も警戒していたことが、起こる。
私を指差して大声を出したのは通りがかった普通の男。武器や防具に興味があるわけでも、私の持ち寄った素材たちを見に立ち止まったわけでもない。やけに騒がしい武器屋が気になって足を止めた一般人。
しかしその手には、昨晩、私とフロガのおじいちゃんが一緒に読んでいた“世界新聞”が握られていた。
そう。瑞樹っちが一面を飾ったあの世界新聞。
「え、あの……」
「何だ嬢ちゃん、有名人なのか?」
「いえ、そんな……」
「みんな離れろ! そいつは、その女は──」
不思議そうに私を見た店主と、集まった戦士たち、そして新聞を持った男の大声に振り向いた人たちの前で、男はとある記事を見せつけながら、叫んだ。
「──龍皇の、龍皇フロガの仲間だ!」
『龍皇フロガまさかの女連れ』。そう書かれた、わりと大きな記事。
一瞬の静寂。状況理解が追いつかない。ゆっくり私を見下ろした店主に、私は何とか誤魔化そうとする。
「いや、私は──」
「うわぁぁぁあああッ!」
「逃げろぉおお!」
「龍皇が攻めてくるぞ! 軍に連絡を! 早くしろ!」
「違っ、私はただ……素材を売りに……!」
「非戦闘員の方は速やかに逃げてください! この女も危険かもしれない!」
「拘束しろ! 複数人で取りかかれ!」
店主だけは別段、眉ひとつ動かさなかったが、他の人々が悲鳴をあげた。
阿鼻叫喚の嵐が大通りで巻き起こり、『輝石の都』と呼ばれた美しい街並みも、逃げ行く人の波に崩され、長閑な広場までも混乱と恐怖の渦に飲まれた。
最悪のパターン。たかが新聞に載った程度で、身元がバレるなんて思っていなかったが、その考えが浅はか過ぎだのだ。そもそも、普段お目にかかれない貴重素材を売りに来た少女というだけで目立つのだから、万が一新聞の記事の写真と見比べて、気がつく人が現れてもおかしくないのだ。
そんなことも想像できない私が、迂闊にも素材を売りに来たのだから、笑えない。
「ちょ、やめっ」
「ぎゃぁあああッ!」
腕を掴まれ、私は思わず男の手を叩いた。
私自身、少し叩いた程度だが、男は手を押さえてうずくまる。一拍おいて、近くの男たちが叫び出した。
「この女も危険だぁ!」
「くそ! 早く軍の兵士を! 俺たちじゃ止められない!」
完全にやばい。逃げねば。
──私はうずくまる男の背中を踏み台に、逃げ惑う人々で溢れる大通りのど真ん中へ飛び降りた。さらなる混乱と悲鳴に耳を痛めつつ、美しいタイルの地面を蹴って、近くの建物の壁へ。駆け上り、屋根の上へ。街中を逃げるなら屋根の上だと相場は決まっている。
信じられないほどの速度で屋根上を走り抜けながら、心の中で先ほど手を叩いてしまった男に謝った。
──何故かこの世界に来てから、私は身体がおかしい。
異常な身体能力、そして単純な力の強さ。リンゴを握り潰せた時は自分でも笑ってしまうほど驚いた。この世界に来た日、尿意の限界の末に漏らしてしまった紗江っちを背負いながら、太った男を蹴り飛ばした時も不思議に思ったが、あの巨体を壁に叩きつけるほどのキック力など私にはなかったはずなのだ。
まぁ確かに、この身体に宿った謎の“強さ”がなければ、フロガのおじいちゃんの旅について行くことなどできなかったけれど。人が通るような道なんて進まない、過酷な旅を続けられているのも、偏にこの生命力のおかげである。
その力を今、逃亡という形で利用しているのは、心苦しいというか、使い方を間違えているというか。
いずれにせよ、もう私は買い物どころではなくなった。さらに言えば、フロガのおじいちゃんの仕事も邪魔してしまった。フロガのおじいちゃんの仲間である私の存在により、この街は龍皇フロガの襲撃に備え始めてしまった。
街と、軍部の距離が近いこの『輝石の都』ならではの情報伝達力。敵の襲撃情報が、市民からでも軍に繋がる。この街の特徴をもって、今まさに私という危険分子、そしてその先の龍皇フロガという大爆弾の存在が軍にも伝わっていることだろう。
このことをフロガのおじいちゃんは心配していた。それなのに大丈夫だと言った私は結局こうして逃げる羽目になったし、この後の仕事にも支障を来した。謝っても許してもらえなさそうだ。
「うわ、嘘でしょ!?」
なんとなく振り向くと、屋根の上にはもう既に兵士たちがいた。私を追って走ってきている。情報伝達力が凄いと言っても早すぎる。私が騒ぎを起こしてから数分しか経っていないのに、もう軍の兵士に私の存在と居場所がバレているなんて。
足は私の方が速いけれど、この街には初めて来たため土地勘がない。下手なルートで逃げれば挟み撃ちや囲まれたりするかもしれない。兵士が集まる前に街を出よう。
民家と民家の隙間を飛び越える。追いかけられるスリルは確かに、非日常的で若干楽しいが、フロガのおじいちゃんへの罪悪感で胸がいっぱいだ。
──街の外目指し、適当に屋根上から屋根上へと飛び乗っていると。
「……誰だあの人たち」
見下ろした大通りに、杖や棒を持った人たちが並んでいた。ここからだと聞こえないが、何かブツブツと言っている。
初めはわからなかったが、フロガのおじいちゃんとの旅を──彼の仕事を思い返して、気がついた。あれはいわゆる『神法』というやつだ。
この世界には、瑞樹っちとかを除けば、魔法は存在せず、神法というものが存在する。私には魔法との区別がつかないが、その神法とやらを扱う『神託者』という人たちは、これまで何人も見てきた。
その神法ごと『神託者』を焼き尽くすフロガのおじいちゃんならばまだしも、私はちょっと身体能力と力がずば抜けた、ただの女の子。対処法なんて知りもしない。
故に、あいつらはやばい。十中八九私を捕らえるために、あるいは仕留めるために出てきたんだろうが、あれから逃げ切れる可能性は……。
「ゼロ……かなぁ」
「──『加護神ベータの名の下に』──!」
神法を発動するための詠唱の最後に必ず含まれる言葉とともに、強い衝撃波が、上下左右、私を囲うように放たれ、全身が軋む。
一瞬の圧力。心臓が止まるほどの衝撃と、痛みの中、屋根上から落ちる。
着地も受け身も取れそうにない。近づく地面のタイル。薄れゆく意識の中で、そっと呟いた。
──ごめん、おじいちゃん。
鈍い音と流血の寒気が、直後、私の意識を奪い去った。
ありがとうございました。
ネタバレではないですが、紀伊の話がひと段落したら、次は紗江か傘音のどっちかの視点で話を進めます。
つまり、ヒロイン3人それぞれの視点で『5年間』を振り返ります。
瑞樹視点は…………諸事情により、ございません。
来週もまた読みに来てくださると嬉しいです。




