第3話 旅
こんにちは。
千葉蘭こと、この物語の主人公(だった人)のその先はどうなったのか、アマルティアたちパトリダのみんなはどうしたのかなど、気になる点はあると思いますが、第3章はもう少し続きます。
ぱちぱちっ。
夜の森を照らす優しい火が、時折、火花を散らす。ぱちぱち、ぱちぱちっ。いつか見たような線香花火を想起させる。……いつ、見たんだっけ。思い出せない。
闇にじんわりと溶ける火の端が、揺らめいては消え、燃え返しては消える。こんな何の変哲もない光景こそ、ひどく美しいことには、最近気がついた。……格好つけた言い方しても意味ないな。率直に言うと。
火が、炎が、好きになった。
誰のおかげ──否、誰のせいかなんて、言うまでもない。
「おじいちゃん、そろそろ起きて。もう出来上がるから」
燃える枝と枯葉の上。少し前に買ってもらった鉄製の鍋の中、泡が湧き立つ濃厚なスープが、その芳醇な湯気で私たちを包む。今日は道中で見つけた香辛料と、見たこともない動物のお肉をメインに、単純なステーキと、そしてピリ辛のスープを作った。
そもそも料理は好きだったし、意外と得意なものだけれど、ここ数週間で飛躍的に料理の腕が上がった気がする。まぁ、毎日三食作ってるからだろう。
雑に切り揃えた野菜を、皿代わりの大きな貝殻の上に並べた。
放っておくとこのおじいちゃん、焼いた肉しか食べないから、こうして野菜を入れないと早死にしてしまう。もう200年も生きてるのに早いも遅いも今更だとは思うけれど。
「……おい、霜降り草は美味くないからやめろと、この俺が何度言ったらわかるんだ」
「その歳で好き嫌いとか言ってないで、ほら。最強の男なんでしょ? 龍皇なんでしょ? こんなのパクッと食べちゃって」
「……母親感が凄いな」
「そっちの子供感が凄いんだってば」
気怠そうに起き上がったのは無論──フロガのおじいちゃん。
私がこの世界に来たあの日。私が砂漠に飛ばされたあの日。私がフロガのおじいちゃんに出会ったあの日。全て同じ日ではあるけれど、あの日から。
──2ヶ月と半月ほどが経過した。
当初、砂漠で出会った私たちは、砂漠の外までは共に行動して、そこから私は人間領ミミルへ、フロガのおじいちゃんはまた誰かを殺しにどこかの領土へ。そんな話だったけれど、基本的に動じない男の顔から感じた“何か”のせいで、私は共に行動することを決めたのだ。
その“何か”は、わからない。私には、何だか彼は、今の自分を後悔しているように見えて、悲しんでいるように見えて、放って置けなくなったけれど。彼にとってみれば、別段、そんな感情は微塵も残っていないのかもしれない。でも、私の身勝手だけれど、もう少しくらい、一緒にいたいと思った。
実際には、私はミミルに着いたらフロガのおじいちゃんとはお別れだ。またいつか会えるだろうとは思うが、事実だけを簡潔に言えば、私がミミルに帰るためにフロガのおじいちゃんを利用した、ということになる。それなのに私が目的地に着けばそこでお別れ、なんて、身勝手どころか、都合が良すぎる話だ。
そんなことは百も承知なはずなのに、フロガのおじいちゃんは私がついてくるのを許してくれたのだから、やはり200年も生きていれば懐も器も広いというものだなぁと、しみじみ思う。
だからせめて、いや勿論、割りにあっていないけれど、食事くらいは、私が頑張ってフロガのおじいちゃんを喜ばせてあげたい。
「また食べたふりして野菜燃やしたら怒るからね」
「あれだけうるさく叱られるのはもう、うんざりだからな……どうせ味もしないし、喰うさ、普通に」
「味はするよ、よく噛んでないからわかんないのさ」
「雑草なんてよく噛んでられるか。この俺は肉が好きなんだ」
「雑草なんて名前の植物はありません」
「逆だ。野菜は全て名前の付いた雑草だ」
「いいから食べて」
ジト目で睨むと、フロガのおじいちゃんは嫌々、野菜のサラダを掻き込んだ。お肉と合わせて食べるのが美味しいのに。いつも野菜だけ無理やり喉を通すんだから……そういうところが子供だ。200歳超えてるのに。
しかし、今さっき言っていたけれど、私に叱られるのが嫌だから野菜を食べるというのも、土台、おかしな話だ。
私がフロガのおじいちゃんと過ごして来たこの2ヶ月以上の中で、彼は毎日、誰かを殺した。その全てを私は見て来た。悪魔だ死神だと罵倒されても、泣いて命乞いをされても、何人も、何十人も、何百人も。彼は殺した。
それが善か悪かなんて判断も、殺されゆく人々の悲しみも、考えることは、私はしない。何にせよ、こうして行動を共にしている時点で同罪だ。
そして、そんな日々を送り、様々な死を見て来て、私は思った。
──大量の死者と私は、何が違うのだろう?
フロガのおじいちゃんは、200年もこんなことを続けてきたせいでもあるが、殺すことに躊躇はしない。相手が女や子供でも関係ない。全て等しく、虫けらのように──否、それ以下とみなし、そして殺す。
一応、人間と戦争している敵種族の軍部や街を襲っているらしいが、多分、敵対していない誰かであろうと、普通に殺すはずだ。
彼からすれば、この世界に住む他人は、命乞いを聞く価値も、同等の人間としてみなす価値もない。
だとしたら、どうして。どうして私は、こうして隣に居られるのだろうか。
私に叱られるから野菜を食べる? 何だそれは。そんなうるさい女、殺してしまえばいいじゃないか、これまでみたいに。
私が同行したいと言った時も、殺すか、断るか、何でもよかったはずだ。敵対する種族の兵士を殺して回るのに、こんな役立たずの小娘、足手まといどころか邪魔だろうに。どうして連れて歩くのだろう。
というかそもそも、どうして私を助けたんだ。巨大な白蜥蜴を、昼飯として殺しただけとは言っていたけれど、その後、疲労と空腹で気絶した私をオアシスの近くまで連れていき、寝かせ、起きたら水と肉を食べさせたのはどうしてだ?
何度か聞いたけど、その度に下手に誤魔化して、本当のことを話してくれない。
ミミルに戻るため、放って置けないなんて理由を付けてフロガのおじいちゃんを利用する私ごときが、何を偉そうにとは思うけれど、それでも不思議に思う。気まぐれにしては度が過ぎてやしないだろうか。
「そういや、今日の世界新聞」
スープをすすりながら、フロガのおじいちゃんは足元の世界新聞に目を移す。
──毎朝、世界のどこにいても、フード付きの外套を着た謎の男が朝刊を届けてくれる。世界新聞社自体が謎に包まれているけれど、配達員も謎だ。
ともかく、そうして今日も届いた世界新聞の一面、大きな見出しと写真。私もつられて見てみる。
「紀伊、お前の友人、また一面を飾ってるぞ」
「あひゃー、またか。すごいな瑞樹っち」
広げた紙面には、相変わらず整った顔立ちの瑞樹っちの横顔と、その横には全身の写真。瑞樹っちは、こうして先月から、連日紙面を飾っている。私も一度だけ世界新聞に載ったことがあるが、すごく小さな記事だった。
比べて瑞樹っちは今日も一面。世界からの注目の的だし、何よりその美貌から、人気もあるようだ。
「『再び新魔法開発──常識を覆す魔女の発明』……魔女って呼ばれ方も耳に慣れてきたな」
「今この世界で魔法が使えるのって、瑞樹っちだけだもんね。そりゃ逐一ニュースになるよね」
「まぁ正確にはもう1人いるがな」
「え、そうなの!?」
「だが今は真っ黒な肌のゴブリン野郎とかと仲良くスタヴロス監獄でお寝んねしてるがな」
真っ黒な肌のゴブリン野郎って誰だ。というかスタヴロス監獄って何?
「よくわかんないけど、まぁいいや。でも、人の役に立つ魔法を開発して、そうしてたくさんの人を喜ばせてるんだから、牢屋に捕まってる魔法使いより瑞樹っちの方がいいね」
「そうだな」
「……あれ、これ」
肉を頬張りながら、ペラペラめくっていると、1つの記事が、というか写真が、目に止まった。
瑞樹っちほどではないが、割と大きく掲載されている。
「私……?」
「紀伊……だな。この俺もいるが、見切れてやがる」
以前、私は立ち寄った街で、その街の1番偉い人をぶん殴ってしまって、小さな記事で報じられたことがあったが、こんな大々的に私が載るなんて。
……ちなみに過度なセクハラに怒った結果です。
「えーと、『龍皇フロガまさかの女連れ』……えぇ」
「──『誘拐されたのではと推測する者もいるが、各地での目撃情報によれば、その美少女と親しげに会話する姿も。約200年、1人きりで世界を回ってきた龍皇フロガも寂しさに耐えられなくなったか。』……ふざけたこと書きやがる」
「まぁ200年も1人で殺し回ってた世界最強の男が、急に女の子連れて歩いてたらそりゃ驚く人もいるかもね」
「これで紀伊も有名人だな」
「何で私の名前が掲載されてるの!? 世界新聞の情報源って何なの本当に!」
私の名前とか、フロガのおじいちゃんくらいにしか名乗ってないんだけど……まぁ謎が謎を呼ぶ世界新聞のことだ、不可能なんてないのかもしれない。
「しかし、紀伊。お前『美少女』って書かれてるが……」
「なんだい! 文句あるのかい!」
「肉うめぇ」
「明日は野菜大盛り決定」
何にせよ、瑞樹っちや、紗江っちと傘音っちに、私が無事でいることが伝わればいいけど。……いや、龍皇と一緒にいるのに無事だとは思わないか。
瑞樹っちは、ミミルの町でめちゃめちゃ良い暮らしをしてるらしいけど、未だに紗江っちと傘音っちの安否についてはわからない。あの2人の記事は見ていない。まぁそんな簡単に載れるわけではないだろうけど、世界新聞も。
無事だと信じてる。天然の紗江っちは心配だが、傘音っちは意外と冷静だし頭いいから、うまく立ち回ってそうだ。
「明日は混血獣人の機密軍部を潰す。あそこは軍部と都の街が近いから、襲撃前に都に寄って買い物してきていいぞ」
「ほんと? やった、久しぶりのショッピング。女の子だからね、心踊るぅ」
「いつも通り俺は都の外で待ってるからな」
「顔が有名すぎて買い物も自由にできないなんて、かわいそうなおじいちゃん」
「うるさい」
「何か欲しいものある? 買って帰るけど」
「……美味い肉だな。野生の動物の肉も美味いが、いい餌で飼育されて選りすぐられた肉はまた格別だ」
「わかった。たっぷりの野菜と一緒に買ってくるね」
混血獣人、確か、狼か何かの犬系の獣人と、鳥人の混血だっけ。犬系獣人の血が強い人が多く、基本的に見た目はただの犬系獣人らしいけど。
とにかく街が美しいらしい。『輝石の都』なんて呼ばれてるくらい、宝石産業が盛んで、街も宝石だらけ。ジュエリーより服とか雑貨の方が好きだけど、キラキラしてる何かへの憧れは小さい頃からある。
女の子だからとかじゃなく、輝きというものに魅力は感じる。
「で、金になるもんはちゃんと持ってるか?」
「うん。一昨日、焼き殺す前に剥ぎ取った毛皮とか、尖剣鹿の角とか、朱獅子の牙とか」
「食べ残しなんて売れるのか?」
「食べ残しじゃなくて、おじいちゃんが食べちゃう前に保管しておいた貴重な素材だよ」
私は仕事をしているわけでも、お小遣いをくれる親がいるわけでもない。ただフロガのおじいちゃんについて歩いているだけなので、街で買い物をしようにもお金がない。故に、道中に出会う珍しい動物たちの食べ残し──もとい、貴重素材を取っておき、街で売るのだ。
これが意外と金になる。正直、汗水垂らして働くのがバカらしく思えるほどには。しかしまぁお金はあっても、ゲームなんて売ってないし、化粧品とか美容品なんて持ち歩けない。
結局は食料や必要になったものだけを買う。女の子らしいものは買ったところで旅の邪魔になるだけだ。
「……そういや紀伊」
「どした?」
「世界新聞で顔が知れてるかもしれない、気をつけろよ」
「……うん。ありがとおじいちゃん。まぁ、私の記事なんかより瑞樹っちの記事の方が注目度も重要度も高いし、そんなに有名にはなってないと思うけど」
買い物くらい、無理なくできるだろう。
「……お前の顔と名前が記事になっただけならまだしも……」
「大丈夫だって。心配してくれてありがとうね」
焚き火だけが灯す夜の森。一通り話し終えた私たちは眠りの中へ。
明日は混血獣人の住む『輝石の都』に。
──軍部が独立せず、首都と近い位置に存在する珍しい街。
浮かれていた私は、その意味を考えるのを、忘れていた。
ありがとうございました。
あともう一話投稿します。




