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ライトノベルじゃあるまいし  作者: ASK
第ニ章【ゴブリン・パトリダ】
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第63話 変態おしっこ野郎

こんにちは。


物語の流れ的に、短いです。


 姿勢が低い。あえて緩めた動きに相手が反応したら、一気に加速。常に体の力を抜き、関節の可動域を最大限に。相手の眼前にナイフを振るい、一瞬狭まった視界の中、相手の足を蹴り払う。


 知ってる。知っている。そのフェイントも、その緩急も。死ぬような思いをして、この体で痛みを伴って、何年も見てきた。憧れてきた。


 逸脱した盗賊の戦術。


 レプトスの姿が重なる。自分の姿も。まるで鏡のような違和感と、師匠に酷似した戦術への恐怖。


 ──ただ、少しだけ、足りない?


 レプトスや俺に似た戦い方なのはわかる。が、1ミリも無駄な動きのないレプトスと比べれば、ほんの少しだけ、俺に近い──つまりは、少しだけ未熟だ。


 しかし、その未熟さを、何かが補い、別の歯車が噛み合い、限りなくレプトスと同等の実力を感じる。時折、レプトスのようで、時折、俺のようで。


 知り尽くした動きの数々だが、しかしその裏に隠れた“何か”が、この男の強さを保っている。


 誰だ? なぜ俺を襲う?


 尽きない疑問に、疲労が滲む身体。気を抜けば男のナイフが俺を切り裂くだろう。しかし、強敵と相対する緊張や恐怖とはまた違う感情が、胸の中でぐるぐると回っているようで、ひどく気持ち悪い。



「くっそ……!」



 時折目立つ、男の“未熟さ”に、さらに困惑する。しかしその隙を突くと、不自然なまでに早い反応を見せる。


 息が苦しい。もう休みたい。距離を取るのも一苦労な状況だが、何よりも今はやるべきことがある。この森を抜けて、唯一の希望を掴む。


 出発前にレプトスが背中を押してくれた。南西に進み、森を抜ければいいと。俺が主人公か、試してこい、と。


 紗江さえ紀伊きいちゃん、傘音かさね。アマルティア、ピズマ、レプトス、アグノス、デクシア、アリステラ。


 今も死の影を背負いつつ、彼ら彼女らは戦っている。誰かが悲しむ結末しか待っていないこの戦いを、俺がどうにかしなきゃいけないんだ。こんなところで、わけもわからない男の相手をしている暇はない。


 ──しかし、黒に近い群青色の仮面は、俺を逃してはくれず。ゆらりと外套がいとうの奥からナイフを突き出し続ける。


 何も言葉は発しないが、思い切り踏み込む時や、力を入れる時に聞こえる「ふっ」という声は、男の声か、女の声か、判断がつかなかった。


 というのも、男女の声が混ざったような、不協和音が聞こえたのだ。あの仮面の奥の声の判別はできそうにない。


 まるで機械音のような声音。不自然に混ざった男女の声が、さらに恐怖と疑問を加速させる。


 男か? 女には見えないが……声だけだと女の可能性も……。



「くっ! ……まじかよ!」



 ほぼ互角──否、少しだけ俺が押されていた戦況が、動いた。遂に、敵のナイフが俺の服を切り裂いた。つまりは、敵の攻撃が俺に届いた。


 初手で左肩を刺され、満足に体を使えない俺に対し、敵は決着をつけにきたらしい。動きが早くなったようにも見える。これはかなりまずい。


 常に全力だった俺からすれば、まだ力を出し切っていなかったというのは絶望に近い。


 少しずつ、服が切られ、肌が薄く切られ、そして血が滲む。


 死が体を蝕むようすを体感し、薄ら寒い恐怖が背筋を冷やす。しかし、心には少しだけ余裕がある。1つだけ、まだ希望が。



「頼むぞ──レプトス」



 そう呟いて、俺は敵に切られた服のポケットから、落ちるそれを掴み取り、口元へ。


 ──頭蓋骨を形どった笛。レプトスが俺に渡したこれは、レプトス曰く、吹けばすぐにレプトスが駆けつけてくれるという頼もしいアイテムらしい。


 まさかこんなところで使う羽目になるとは。……いや、レプトスなら予想済みだったのかもしれない。俺にとって予想外の敵が現れることさえ、レプトスには。



「…………」



 群青色の仮面からは、敵の顔は伺えないが、なぜか、一瞬動きを止めた敵の視線が、この笛を捉えたような気がした。


 直後、ピィーーー、と。甲高い音が森を抜け、木々を叩く。枝葉を震わせ鼓膜に響いた笛の音。想像を超えた音の高さに目眩がする。


 敵が、手を止めた。じーっと、笛を見ている。俺はニヤリと笑う。



「残念だったな。悪いけど、俺は人を頼るのが大得意なんだ」


「…………」


「今から俺よりもお前よりも強いやつがくる。俺には他にやることがあるから、お前はその男の相手をしてろ、勝てるとは思えねぇけどな」


「…………」



 相変わらず無反応な仮面だったが、しかし。ゆっくりと、首を傾げ、



「……助かると、思ってる?」


「──は?」



 機械音。男か女かあるいは本当に機械なのか。わからないが、その複雑な声が問うてきたのは、本当に助かると俺が思っているのかということ。


 思わず、は? と気の抜けた返事をしてしまったが、遅れて襲ってきた悪寒に震えた。



「何を……言ってる」


「レプトスは来ない」


「何でレプトスの名前を……!?」


「この世界に、お前はもういらない」



 一瞬の視界の揺れ。刹那を切り裂いて肉薄した敵。咄嗟に左腕を上げる。敵のナイフが左腕を抉り、噴き出した血潮が、群青色の仮面を汚した。


 血に濡れた仮面の奥、なぜか笑っている気がした。こいつが言っていることに耳を貸す必要はない。レプトスは来る。来てくれる。


 確かに笛を鳴らしてから時間が経ってもまだ来ていないが、この森は広い。多少の移動時間くらい不思議なことじゃない。こいつの言うことなんて信じない。


 しかし、このままでは、俺がもたない。こいつ、急に動きが良くなった。俺の動きも、焦りも、恐怖も、不安も。全て手に取るようにわかるとでも、言わんばかりに。


 足がもつれそうになる。崩しかけたバランス。一歩、踏み込んで来た敵。群青色の仮面が迫る。


 俺の顔の真横に、群青色の仮面。耳元で、機械音が囁かれた。



「おい、修行の成果はそんなものか? どうしたんだ──」



 次の言葉に、思考が、身体が、心が、止まる。










「──変態おしっこ野郎」



 目を見開いた。口が塞がらない。思わずナイフを落とす。


 群青色の仮面の奥。見えない顔。感じる笑み。


 その呼び名を知っているということは、千葉ちばらんを知っているということ。


 あの日あの時、初恋の女の子を傷つけた俺への、軽蔑を込めた呼び名。


 この世界で、その名を知っている人なんて、いないはずだ──1人を除けば。


 ぐにゃりと歪んだ視界の中、ナイフが眼前に迫っている。


 刃の冷たさが一瞬、首に触れ──



「──ラン!」


「ティ──」



 視界の端、木々の間から飛び込んで来た大親友。蒼い長髪を揺らし、雨を纏った剣を握った彼が、必死の形相で叫び、俺も彼の名を呼ぼうとした。


 呼び終わる寸前、視界が赤く染まる。


 首が熱い。口の端から何かが垂れた。一瞬、全身が強張り、そして一気に力が抜けた。


 俺の首元から噴き出す赤色の何かの奥で、アマルティアの顔が絶望に歪むのが見えた。


 何でそんな顔するんだ? 俺は別に何ともない。ただ、体に力が入らないだけだ。


 どうして、喉が千切れるほどに叫ぶんだ? ちょっと寒いだけだ、俺は大丈夫。


 ──ゆっくりと進む時の中、背中が地面にぶつかる。不思議と痛くない。


 視界の端で、アマルティアが仮面の敵に剣を振るっている。さすがは龍皇なだけあって、その剣は仮面に届いた。


 俺の角度からでは見えないが、群青色の仮面が少し割れる。破片が落ち、アマルティアと仮面の敵は目を合わせる。


 耳が聞こえにくい。でも、仮面の敵がアマルティアに何か言ったのはわかった。そして仮面の敵が去っていく。すごい速さだ。


 森の闇に消える仮面を追おうとしたアマルティアが足を止め、振り返ってこっちに来た。だから、どうしてそんな泣きそうな顔をしてんだよ。


 似合わないだろ、笑ってくれ。可愛いし、かっこいいから。


 って、言いたいんだけど、口が動かないな。おかしい。体の感覚が薄れて、心臓の脈動に合わせて首から何かが溢れ出ているのだけわかる。


 俺を抱き上げるアマルティア。目の前で何か叫んでいる。顔近いって、照れるなぁ、もう。


 何で泣くんだよ、男だろ? 可愛いとかキスしたいとか言ってきたけど、アマルティアがどれだけ男らしいやつかなんて、とっくに知ってるぜ?


 おい、首を押さえるなよ、手が汚れちゃうだろ。だって、なんか赤いのでてるし。


 でもまぁ、俺が何も言わないから、不安になってるのかもな。口がうまく動かないけど、頑張って一言くらい、言ってあげようかな。


 なんて言おう。ありがとう? ごめんな? 腹減った、でもいいかもな。


 アマルティアが喜ぶこと言ってあげたいけど、思いつかないし、まぁ、今1番思ってることだけ、言うか。


 なぁ、アマルティア。俺さ──




「──死にたく、ねぇよ……」



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