第59話 解決策
こんにちわ!
最近、新聞を読み始めましたが、やっぱり難しいです。
とりあえず半年くらい読んでれば慣れると思うので、頑張って読みます。
『黒曜団』という、言わば革命軍の存在について、パトリダ中央地に住む兵士長、幹部、そして始祖じいも、知ってはいた。
中央地の外で、力をつけたゴブリンたちが、結束をし、来るべき革命の日のためにその爪を磨いてきたことも。
数年前から尻尾をチラつかせていたその集団だが、しかし、大きな行動に出ることはなく、始祖じいや幹部も、警戒はするものの、対応するまでには至らなかった。
そういう判断を下した始祖じいと幹部たちと違い、俺は『黒曜団』の存在を知らなかったし、何よりも危険なことだと思った。
ゆえに、雑貨屋の一人息子のカンダチ──ダッチーから聞いた“明後日の早朝”という情報を鵜呑みにし、そこばかり強調し、中央地に伝えたのだが。
しかしそれは無意味どころか逆効果。一応、明後日の早朝への準備を、明日のうちにしておけ、程度の結論にしか繋がらず、結果的に、“『黒曜団』が攻めてくる直前”が、もっとも俺たちが油断する時間帯となってしまった。
“明後日に攻めてくるなら今日はまだ大丈夫”という意識が芽生えたのもあるだろう。
それを狙っての作戦だったのか、あるいは本当に明後日のつもりだった革命を前倒しにしたのかは、俺の知るところではないけれど。
それでも、俺が今、ひどく憤りを覚えている、明確な理由は。
「最初からそっち側だったのかよ……ダッチー……!」
俺が、世間話ついでに、こぼした情報。
中央地を囲む背の高い外壁の、西側が、外側からは見えないものの、壊れかけていたということ。
壊そうと思うと時間のかかる外壁ゆえに、反乱軍が攻めてくるなら、入り口である門を突破してくると思っていた。それこそ、鉄壁のような外壁を地道に壊すより手っ取り早い。
しかし、ピンポイントで西側の外壁が破壊され、武器を持った大勢の反乱軍が攻め入ってきた。
俺がその情報をダッチーに与えた、その日の夜に、だ。
絶対に俺のせいだとは言い切れないのかもしれないが、十中八九、俺の情報が練りこまれた作戦だろう。
中央地暮らしのゴブリンへの恨みから、当時1歳の俺を殺そうとした不良グループの1人、ダッチーだが、更生して、今は真面目に生きていると思っていた。
それなりに仲良くしていたし、お互いに信頼できていたと、そう思っていたのだが。
彼は不良でさえなくなったものの、確かに一度として、“中央地への不満はもうない”とは言わなかった。更生したって苦しい生活が変わらなかったからこその、心境の無変化。
それはそうだ。不良として悪い奴らとつるんでいても、逆に真面目に生きていたとしても、中央地の外というだけで、辛く苦しい生活を余儀なくされる。
彼らが抱えた不満と怒り、そして悲しみを、俺たちは“反乱”と呼び、鎮圧してきた。
それが正しいわけもなく、収まらない怒りが徒党を組んで、『黒曜団』を生み出したのだろう。そしてその中に、ダッチーは──カンダチは、所属していた。
いずれは爆発するであろうゴブリンたちの怒りだったとはいえ、俺の判断ミスや余計な言動のせいで、中央地の被害が増えたのは自明の理だ。
反省と後悔をしつつ、しかし心はカンダチへの怒りで熱を帯びている。
恩着せがましい俺に、嫌々付き合っていただけだったなら、言ってくれればよかったのだ。お前は嫌いだから、関わりたくない、と。それなのにカンダチはわざわざ俺から、1ミリでも情報を引き出すために、友達を演じていた。
「一言、文句言わねぇと気がすまねぇ……!」
廊下を走り抜け、王宮西館に到着。荒くなる息と、強張った顔が月光を浴びる。
螺旋階段を駆け下り、王宮西館の裏口の扉を蹴り開けて駆ける。
だいぶ近くなってきた怒号と、パチパチと爆ぜる松明の火の粉の音。
無論、街灯も信号も、ビルもない、闇夜のパトリダを、それでもオレンジ色に染めた怒りの炎の下へ急いだ。
角を曲がり、王宮を囲む庭の西側に飛び出した。
「どうする、にぃ」
「うーん。下手に手を出して激化するくらいなら、ここで無力化するしかないのかな……」
「殺しちゃう?」
淡いオレンジ色の怒りに照らされて、芝生の上に立つのは、2人のハイゴブリン。
“絶対攻守”、“表裏の双子”。
パトリダ幹部唯一の『神託者』。
王宮の塀の外から聞こえる反乱軍の声と足音に、焦ることもなく、肌寒い風に服を揺らす、双子の兄、デクシア・コインと、妹のアリステラ・コイン。
殺すという物騒な言葉が聞こえた俺はすぐに駆け寄った。
「ちょ、殺すのはダメ!」
「ランくん、でも無力化するにしたって、彼らはまた反乱を起こすだけだと思うんだ」
「文句を言わなきゃならないやつもいるし、殺すのはとりあえずダメだ。……再発防止策は、無力化してから考えればいいだろ」
「そうやって先延ばしにしてきた結果がこれだろう? そろそろ中央地も決断を迫られているんだよ」
「んなもん始祖じいが決めればいい、とりあえず今は『黒曜団』を止めることだけでいい」
「……まぁ、確かに殺すっていうのはいきすぎかも」
頷いたデクシアが、終始無言だったアリステラの手を引いて歩き出した。
振り返って言う。
「被害はもう、西側だけじゃない。僕らも今来たばかりだったこともあって、相当数が王宮まで来てる。王宮を囲む塀だって壊され始めたらしい」
気をつけて、と忠告して、デクシアは1番近い松明の群れへと向かった。
中央地を囲む巨大な外壁の西側が壊され、そこから直線的に丘を登って来た『黒曜団』の一部が、王宮の塀を壊し、王宮に侵入して来たらしい、ということは、すでに中央地だけでなく、王宮も巻き込んだ革命が起ころうとしている。
現に、怒号は近くから聞こえるし、もうどこかで戦闘が始まっているのかもしれない。
「あいつがいるとすれば、正面玄関の方か?」
カンダチが、リーダー的な役割を担っているとも思えないが、とりあえず、先行部隊がそろそろ到達するであろう王宮の正面に向かう。
まぁ、王宮の正面から堂々と攻め入ってくるとも思えない部分もあるし、現に西側から攻め入られたわけだから、正面玄関に着いたら一人ぼっちなんてこともあるかもしれないが。
「……お、ピズマ!」
「ラン様」
正面玄関に向かう途中、二階の窓に見えた影は、ピズマだった。見上げて声を張る。
「正面玄関、『黒曜団』が攻めて来てるか?」
「いえ、まだ」
俺の予想がいきなり外れたが、まぁいい。とりあえずカンダチに会ってぶん殴らないと。
「王宮はどれくらい被害受けてる?」
「王宮自体はそれほどの被害はありません、先ほど、王宮を囲む塀の一部が壊されましたが、すぐにアグノスが向かったのでおそらく大丈夫でしょう。どちらかといえば中央地全体の方が被害が大きいです」
「でも中央地に住んでるのなんて、兵士ばっかなんだから、一般人には負けないだろ」
「それが、数の力に押されていまして……今私が、ここから見えるだけでも、1000人は軽く超えています」
「『黒曜団』ってそんな多いのかよ……」
「はい。ここまで大規模な団体を作り出してしまったことのほうが、攻め入られたことよりも深刻な問題です。始祖様の判断に任せはしますが、解決策を見出さないと何度でも反乱は起こりますからね」
「とはいえこれ以上中央地を滅茶苦茶にされても困る。今日のところは帰ってもらおうぜ」
「ですね。それぞれやるべきことがあるでしょうから、それでは」
そう言ったピズマがいなくなった二階の窓から視線を正面に戻し、とりあえずどうしようか考える。
あの窓から見えるだけでも1000人以上。円形の丘の上に栄える中央地だからこそ、360度、反乱軍がいてもおかしくはない。
特に多いのは、彼らにとっての中央地への入り口である、西側だろうが、そこにはコインの双子が向かった時点で大丈夫だ。
あとはすでに中央地に侵入し、王宮まで達した先行部隊や、今も中央地で暴れ回るやつらの処理。力ずくで押さえ込んでも、彼らの怒りは収まらないので、デクシアやピズマの言う通り、抜本的な解決にはなり得ないけれど。
暴れ回る『黒曜団』の制圧はみんなに任せて、俺はカンダチを探すか。
もうすでに殴る理由もよく分からなくなってきたし、ちょっと裏切られただけでそんなに怒らなくてもいい気がしてきたけれど、とりあえず殴りたい気分だ。
「どれだけ騒ごうが、パトリダの格差は埋められないのに。それでも中央地外のやつらは戦うことをやめないんなら、その度に鎮圧してやる」
性格の悪い悪代官のような発言と共に、夜明けに近づく夜の中を俺は歩き出す。
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──結局、『黒曜団』の反乱が本格化したあの夜、俺はカンダチを見つけることができなかった。
中央地内を夜が明けるまで走り回ったが、見当たらなかったのだ。
「で、これで何度目だっけ」
「5日連続……ですね」
「はぁー……」
何よりの問題は、危惧していた反乱の再発。それも、俺たちが『黒曜団』に対し、無力化をしても、殺したり、捕らえたりしないことを察したらしく、あの日から5日連続で反乱軍が攻めてきている。
調子に乗らせてはいけないとわかっているが、しかし。
「うーむ。これでは何度追い返しても無駄になりそうだな。やつらの武器だけを破壊すればいいのか?」
「それじゃまた武器を作って暴動を起こしてくるだけだよ、ティア」
「どうしたものか。西の外壁部分は、壊れた箇所を“雨の壁”で補強しているから大丈夫だが……」
雨の壁。雨の龍皇たるアマルティアの思いつきで、凝固させた水の塊を使って破壊された壁の代わりにするというもの。だから実際は、雨の壁というより、水の壁。
雨の方向を操作できるアマルティアの力で、水の流れを激しくしているため、その水の壁には、手を突っ込むだけで吸い込まれるほどの水流の力がある。
あの壁を作ってみた初日、こんな水なんか濡れてもいいから通り抜ければいいだろ、という男の1人が足を踏み入れ、そして洗濯機も青ざめるほどの激流に吸い込まれた。水の壁の中をぐるぐると回される。
溺れてしまうと危険だということで、激流には最終到達点を設け、1分ほど水の中で苦しませた後、吐き出されるように水の壁から、中央地外側に飛び出る仕組み。
もうちょっとしたアトラクションみたいだが、その激流の中でぶん回されるのが想像を超えて苦しいらしく、西側の外壁には人が寄らなくなった。
とはいえ、当初から危惧していた中央地の門。東西南北に4つ設けられた大門は、外から食料などの大切な物資を運び入れるための門だが、そこに群がった反乱軍のせいで、門を開けることができなくなっている。
中央地内に侵入されて暴れられるよりかはマシだが、このままでは長く持たない。早急に対応しなければ。
「にぃ、あのさ、見せしめに、1人くらい殺しちゃえば、ビビって帰るんじゃない?」
めちゃめちゃ恐ろしい発言をしたアリステラを怯えた目で見る俺とアマルティア。
「それじゃ反乱軍の怒りが増すだけだよ」
「デクシアの言う通りです。私たち中央地に住む者たちも、そろそろパトリダの体制を変える決断に迫られています。多少は『黒曜団』の要求も飲まないと、解決には至りません」
「だが、どうすればいいのだ? お金を配るのか? 中央地を無くしてしまうのか?」
「そうだよなぁ。配るほどのお金はないし、中央地という存在がなくなれば、命がけの仕事だけど中央地で暮らせる兵士に志願する人が少なくなっちゃうだろうし」
「彼らは一体、どうしてほしいというのだろうか」
アマルティアの疑問も、ごもっともだ。
例えば、俺たちが追い出されて、中央地を『黒曜団』が占拠したとする。しかしそれは、今の格差をなくす鍵にはなり得ないだろう。パトリダの全員が貧乏になるだけな気がする。
今や世界から敵対視されて、いつ戦争が始まるかわからないこのパトリダには、始祖じいのようなリーダーが必要だ。そして俺らのような、戦力も。
『黒曜団』がパトリダの政治やらなんやらを担うにしても、いざ戦争が始まれば彼らは単なる一般人。パトリダが滅ぶのも時間の問題だ。
何にせよ、俺たちがここから退くことは、これからのパトリダの未来を考えれば、あり得てはならないことだろう。
「うーむ……」
「ひゃはは、ひでぇ記事だな」
食堂の扉が開き、悩んでいる様子の始祖じいと、世界新聞を読みながら笑うレプトスが入ってきた。
アグノスは中庭で剣の手入れをしているためいない。
「どしたよレプトス」
「見ろよこれ。『対ゴブリン戦争勃発か〜種族絶滅の兆し〜』だってよ、ひゃはは」
「おい! 何だよ! もうゴブリンは絶滅危惧種なのかよ!」
もう世界は、ゴブリンを許す気がないらしい。
今までは、ゴキブリのような目で俺たちを見ていたが、過剰にゴブリンを殺したりはしなかった世界も、歯向かうと分かれば根絶やしにしてやるという路線に変更したのか。
実際に攻めてくるのが遅いのは、ゴブリンにも強い戦士がいることは一部しか知らないからだろう。現に、キリグマを倒したという大ニュースが世界新聞に載ったとき、パトリダに住むゴブリンたちさえ信じてくれなかったから。
「……やつらは、貧困と、窮屈な生活に耐えられないと、そう言っている。しかし人口に対して土地の狭いパトリダで、余裕のある生活というのも難しい……どうしたものか」
椅子に腰掛けた始祖じいが、眉間にしわを寄せて呟く。
彼らの貧困は、土地さえあればどうにかなる。農地が広がり、漁がより遠くの海でもできるようになれば総生産量の増大につながる上に、1人あたりの所有する土地面積が大きくなるはずだ。
食料が多く採れるようになれば、それらの値段も下がる。数の少ない高価な食材を奪い合うような今の生活とは一変する。
パトリダの土地が広くなれば、蜂の巣のように犇きあっていた家々も、もっと広く、大きくできるはずだ。いろんな場所に引っ越しができれば彼らも喜ぶはず。
机上の空論でしかないけれど、しかし。
パトリダの“狭さ”が鍵を握っているのなら──
「──あるぞ」
「どうした、ラン」
「ふふん」
ナイスアイデアだと自分を褒め称えたい気分のまま、俺は始祖じい肩に手を置いて、言った。
「──解決策ならあるぜ、始祖じい」
画期的で革命的な俺の案は、現状を変えうる良策として是認された。
そしてパトリダが、世界を歯車を──狂わせはじめる。
ありがとうございました!
今回、ランが、雑貨屋の一人息子のことを、途中から、あだ名のダッチーではなく、カンダチと呼んでいます。
心の距離が広がってしまったということですが、まぁ仕方ないことですね。