第8話 妹万歳
※書式を修正しました。
妹が晩ご飯を作ってくれているあいだ、部屋で休んでいた俺だが、なんとなく考え事をしているのも、せっかくの新しい自宅にいるのに、勿体ないなぁ、なんて、思い。
今、シャワーを浴びている。いやまぁ、晩ご飯の後に妹と一緒に風呂に入るつもりではあったのだけれど、いろいろ考えても、わからないことだらけで、頭ん中がごちゃごちゃだったので、さっぱりしたかったのだ。
そんなわけで今、心地よい温かさとちょうど良い勢いのシャワーを頭からばっしゃあーしているわけだけれど、ふと。あっ……と。
気づく。
これまた今更なことなのだけれど、今更、というかまぁ確かに気にしないといえば気にしないようなものだけれど。
──この世界の俺って“どんな姿”してるんだ?
さして大きな問題でもないだろうって思うかもだけれど、実際、大きな問題である。
まず、前提として。土台として。礎として。
乙女ゲーム、少女漫画、ギャルゲー、ライトノベル。これらの、これらすべての。
もっともファンタジックな点は、主人公の周りに美男美女が多い、ということではなく。
主人公自身が、男ならイケメン、女なら可愛い。といった、美形、ないし整った顔立ちをしている。という点である。
前提として、整ってなければならない。ましてや、良いやつらばかりだ。
土台、人としてできあがっているのだ。
それを踏まえたうえで、未だ未踏であったこの千葉蘭の容姿についての描写、という領域に踏み込もう。
有り体に言えば。まぁ、普通……である。たぶん。俺的には、普通。
少なくとも、カッコよくはない。それは確かだ。それでいて、ここまでくればそりゃあわかるだろうが、良い人間でもない。何1つできあがっていない。
……これは。この事実は。俺がライトノベルの主人公であることにある種、矛盾を孕ませることになる。ぶっちゃけちゃいますと。
“ラノベ主人公くらいモテるということは、俺ってイケメンなんじゃないか”
ということである。いやだってほら、身体は、高校生のそれに変わっているわけだし。顔も、それなりに、ね?
すぐさま俺は風呂場の曇りきった鏡に手を伸ばす。今は湯気の付着で何も反射していないため、正面に立つ俺の姿は確認できない。
きゅっきゅっきゅきゅきゅっっ。
鏡を手でこする。きゅきゅっとね。
そんで、見える。見えた。見えちゃった。
──ちょっと、かっこいい。えへへ。
あんれぇぇ??俺ってこんな顔だったのかな。現実世界でも。気付かなかっただけだったり?……まぁそんなことないんだけれど、それにしても、だ。
あっちゃー。こりゃあ、モテるな。うん。自画自賛。
つまりこれで、一端のラノベ主人公になれている、って分かったな。
──そして、もう1つ、今更ながら。
俺が、ラノベ主人公であるならば。ライトノベルの登場人物であるならば。当然。いるのだ。数はそりゃあわからないけれど、少なくとも、数人はいる。そう。
──読者。
読者、が。いるはずなんだ。んでもって、俺が語り部だろう。
……おーい、読者さまー、お、俺は。千葉蘭。めっちゃ強いしイケメンの完璧超人だぜぇ!読んでるかー?
……ごめんなさい、話しかけてみたかったのです。うーむ、ラノベのキャラと会話、か。できたらそれはまた素晴らしいな。
そんなわけで、語り部が俺だという以上。物語の見方が、偏ってしまうのは自明の理。
俺の独断と偏見に満ち満ちた、ラノベ実況を読んでいるみたいな、そんな感じになってしまうのだけれど、その辺は容赦してくださいな。
俺はそこまで学が浅いわけではないけれど、人にうまく伝わるような話し方をできているのかは自分ではわからないので。
……なんて、読者に物腰柔らかい人間だと思われたいわけでもないので。俺は俺の話し方で、ペースで、物語を進めてゆこうぞ。
──と。なんか未来への前向きな意思を固めた的な雰囲気を醸し出そうとしたとき。
「お兄ちゃーん!!そろそろご飯できるから、さっさとシャワーすませてー!」
可愛い可愛い妹ちゃんの、瑞樹の。なんか、こう、同棲中の彼女というか、新婚というか、そんな、愛ある家庭を感じさせる呼びかけが聞こえてきた。
いやまじでなんか夫婦みたいでニヤニヤしてしまうぞよ?
……ここで1つ。俺はある作戦を決行しよう。待ってろ、瑞樹!
──がちゃ。ドアを開けて、リビングに入る。
「あ、お兄ちゃん。冷めちゃうから早くはや……」
瑞樹は言葉に詰まる。
「ああ。ありがとうな、瑞樹」
そう言う俺は今。……パンツ一丁である!!
あのね、僕ね。鏡で全身を見たら、その、筋肉がすごいついてて。かっこよかったのですよ。だから妹にもみせてやろう、ってわけさ。作戦っていうか、それだけです。
「え、あの……ちょっ、わわっ」
……ふっ。瑞樹のやつ、耳まで真っ赤だ。男の裸(仮)を見るのは、初めてなのだろうか。そうだとすれば、以前のこの世界の俺は。俺というか、瑞樹の兄、だった人は、風呂上がりはパンツ一丁ではなかったのか。
「安心しろ瑞樹……履いてますよ!!」
「知ってるよ!……もう!いいから、早く服着てよ……」
手で目を隠しながら呆れたように瑞樹は言う。
いやぁ、満足満足。ちゃんと照れてくれたな。さすが、ラノベ世界。
──そうして。とりあえず部屋からてきとうに服を持ってきて、リビングで公開お着替えといこうとしたが。ご飯が冷めてしまうので素早く着替えた。
「……うめぇ。何これ。すごいな、瑞樹」
「そ、そう。……ありがとう」
いやほんとすごい美味しい。隠し味に何を入れているのだろう。愛か。愛だな。
「……お兄ちゃん、今シャワー浴びちゃったけれど、お風呂はどうするの?」
俺が凄まじいスピードでご飯を掻き込んでいると、美味しそうに食べられるのが嬉しいのだろうか、すこしニヤけている瑞樹が、そう聞いてきた。
「………ごくん。……ああ。風呂は入るよ。“湯船に浸かる”って、結構大切なんだぜ。健康面でな」
「わかった。じゃあ後で沸かしておくけれど。お兄ちゃんは何時頃入りたい?」
「お前に合わせるよ」
「……わたし?」
「ああ。勿論」
「……なんで私に合わせるの、お兄ちゃんが」
「そんなの……決まってるだろう」
……いくぜ。『妹』という属性が登場した時点で考えていたんだ。これは、絶対に譲れないぞ!!
「──一緒に、入るんだから」
……決まった!さも、当たり前かのように、当然のごとく。真顔で言ってやった。
「……え」
驚いて何も言えない瑞樹に。畳みかける。
「いやぁ、記憶に混乱がある。とは言ったんだけれどさ、少しずつ思い出してきたんだ。そういえば、俺。お風呂は妹と一緒に入ってたなぁって」
「そ、そんなことないよ!何を思い出してるの!」
「……ん?今度は瑞樹が混乱してるのか?思い出せー」
「思い出せって……いや、私、お兄ちゃんとお風呂なんて、もう何年も前にやめたよ?」
「まぁそんなの関係ない。一緒に入るんだから。これは決定事項だ」
「い、嫌に決まってるじゃん!何が悲しくてこの歳でお兄ちゃんとお風呂に入らなきゃいけないの!」
「なんだよ、今更。恥ずかしいのか?今更だな、ほんと」
「あ、あったりまえじゃん!……私たち、もう。子供じゃあないんだよ……?」
……そんなセリフを。赤面+上目遣いという究極コンボで言い放つ妹。おいおい、もう兵器レベルで危険だよ、お前。思わず抱きしめたくなっちゃったじゃないか。
「……そんなの関係ないだろう。というか、何が恥ずかしいんだ。具体的に言ってみろ」
「そんなの、裸ってだけで、無条件で恥ずかしいよ!」
「そんなことねぇって。お前、綺麗じゃん」
「……な、なななにいってるのお兄ちゃん!」
「いやぁ、俺もお前くらいの歳のときは、恥ずかしかったなぁ」
ちなみに、瑞樹は今、中学2年生らしい。2個下だ。
「……お兄ちゃん。もしかして妹の裸を見たいだけじゃないの?」
……あかん、ばれた。
「……そ、そんなことねぇよ。裸なんて、見慣れてるし……」
ヘッタクソな誤魔化しを披露するも。
「……嘘だ。ふぅん。お兄ちゃん、私の裸が見たかったんだ。……へんたい」
……ゾクゾクするぜぇえ!!!……じゃなくて、まずい、断られる流れだ。
「……いいじゃないか。そりゃあ俺だって男だし。綺麗な女の子の裸くらい見たいよ」
「な!な、なに開き直ってんの!へ、へんたい!」
「でも大丈夫だ。やましい気持ちはない。普通に、ただ普通に妹と風呂に入りたいだけなんだ。」
「いや、普通じゃないし!」
ですよね。知ってた。さて、どうしたものか。俺がどんな御託を並べても、『一般常識』というフィルター越しに会話している時点で、ほぼ詰みだな。
「……そっか。……わかったよ。ごめんな、変なこと言って」
わざとらしく、めちゃめちゃ落ち込んでみる。てか実際に落ち込んでるし。
「……そんな、見るからに落ち込まないでよ。なんか謎の罪悪感が芽生えるじゃん……」
「水着着るってのは……ダメか?」
提案してみる。
「……なんか逆にいかがわしくない?それ」
おい、おいおい。言うに事欠いて、いかがわしいて。やめてよ。
「そっか。……はぁ」
「そんな悲しい目で私を見てもなにも変わらないよ……お兄ちゃん……」
もう押しても引いても動きそうにないなぁ、瑞樹の心は。
「そっかぁ。瑞樹も、恥ずかしがる歳になっちゃったのかぁ。昔はお兄ちゃんお風呂入ろー!って言ってて、可愛かったのになぁ。今も可愛いんだけどさ」
「か、可愛いばっかり言うのやめてよ……!」
「そっかぁ。瑞樹はもう大人なのか。心も体も成長しちゃったのか」
「……当たり前じゃん。そんなの。……そんなに女の子の裸が見たいなら、今日一緒に帰ってた、あの子に頼めばいいじゃん。……おっぱい大きかったし」
「なんだ、胸、小さいの気にしてんのか?」
「……うるさい!悪かったね!貧乳で!!」
「馬鹿!!それがいいんだろう!!!」
「な、なに言ってんの!へんたい!もう絶対一緒にお風呂入ってあげない!!」
あちゃー。胸の話題はタブーだったか。貧乳可愛いのにな。撫でくり回したいのにな。
「……わかったよ。俺と入りたくなったらいつでも言ってくれ」
「入りたくなんてなりません」
妹に先に入らせて、次に俺が入ることで妹で出汁をとった湯船で潜水……これくらいで我慢しよう。
今日の結論!『妹』は、可愛い!!