第49話 困窮
こんにちは。
春休みなので、勉強もそこそこに、
文字数が減りますが、更新頻度を上げようと思います。
「……ッ!?」
息を飲む。
思わず見開いた両の目が捉えたのは、滴る鮮血の雨粒。
対して、今の今まで、静かに降り注いでいた本当の雨粒は、その姿を消した。
雨が、止んだのだ。
「アマルティアくんッ……!」
ナイフが抜かれた後の腹部を押さえて、片膝をつくアマルティアくんに、走り寄る。
刺された箇所が悪かったのか──いや、ナイフで刺されたらどこだって同じかもしれないが、苦悶の表情を浮かべるアマルティアくんが今は最優先だ。
先ほどの戦闘で動けない紗江っちを島崎くんに放り投げた。
「……私はいい……、ランを……」
今も溢れ出す鮮血に手を染めながら、首だけこちらを向いてそう言ったアマルティアくんとは、対照的に──
「殺りなさい」
初代魔法使い──アストロロギアは、冷たく言い放つ。
落ちる影。アマルティアくんを抱きかかえる私の背後で、半透明の刃が煌めく。
「隊長ッ!」
……やむを得ない。ごめん、ランくん。
「……ふッ!」
「うぐっ」
感情の無い、ただ、全身を犯す痛みと衝撃に、体が悲鳴をあげただけのような、そんなうめき声を漏らすランくんが、一歩、退いた。
振り返ってランくんに──無論手加減はしたが──剣を振るった私は、今は仲間として共闘していたとはいえども、そうせざるを得ないと判断したことを、若干悔やんだ。
逆光を浴びていても、ランくんの表情はわかってしまう。
「……そんな泣きそうな顔しないでよ、ランくん」
苦笑いもそこそこに、再び無作為の殺意を乗せたナイフが襲い来る。
その全てを避け、受け流して、アマルティアくんを守りつつ、判断を下す。
「島崎くん! 紗江っちは今はいいから! アマルティアくんをおねがい!」
「任せてくださいッ!」
雨上がりのぬかるんだ湖底に寝かされた紗江っちに申し訳なく思いつつ、想像以上の戦闘能力を誇るランくんの動きに汗がにじむ。
ゆっくりとアマルティアくんを抱き上げて離れた島崎くんを確認し、再び剣を抜いた。
戦う? ……いや、それではアストロロギアの思うツボだ。それに、ランくんが裏切ったわけではないことくらい、わかる。
少なくとも寝返るような人はあんな顔はしない。
考えるまでもなく──アストロロギアの魔法に違いない。
スタヴロス監獄の監獄囚人を40人以上引き連れてここまできたアストロロギアのことだから、ランくん1人を操ることはそう難しいことではなかったのだろうけれど。
しかしなぜ、アストロロギアは彼を選んだ? 私や島崎くん、アマルティアくんではなく、なぜランくんを?
打開策を求めるならば、現状の一切を知らなくてはならない。事の好転を望むのなら、それ相応の努力が必要だ。
しかし。
「そうそう。その調子で、あなたの好きなように戦うのです」
「…………」
ランくんの動きを、一挙手一投足、アストロロギアが操っているのではなく、あくまで自我を奪われているだけのようで、ランくんの類稀なる戦闘技術のその全ては失われていない。
考え事をする余裕は与えてくれそうにないほど、恐ろしく“殺しに特化”した戦い方をする上に、こちらは彼をこれ以上傷つけるわけにはいかないというのもあって、打開策とかそれどころではない。
これが『屍術師』の作り出す死体人形ならばまだしも、敵は──否、敵ではなく、彼は、監獄囚人の動きを止める仲間だ。
種族の違いも戦争の事情も関係ない。監獄囚人を、アストロロギアを、キリグマを、止めるという一つの目的の上で私たちは仲間であるがゆえに、やはり私は剣をこれ以上振りぬけない。
峰打ちで戦闘不能に追いやるだけならば、傷つける事なく済むだろうが、残念なことにそんな舐めた戦いにシフトすれば私が殺されてしまう。
理性という躊躇いを失ったランくんの異常な強さには、全力をもって、そしてあくまで仲間だという細心の注意をはらって挑まねばならない。
こういう時くらい、頼りになってもらわないと困るよ、島崎くん。
「ちょ、どうにかして! 島崎くん!」
「なんて雑な命令……!? ……でも了解しました」
紗江っちの隣にアマルティアくんを横たわらせた島崎くんは、迷わず、すぐに立ち上がって、弓を構えた。
放たれ、加速する矢は、アストロロギアに向かう。
間違ってはいないだろう。咄嗟の判断としては100点をあげたくなるほどには。
明らかに、ランくんの異常の原因がアストロロギアだとわかるのだから、アストロロギア本人を狙うのが、当然といえば当然だ。
しかし、島崎くんが──いや、私も、一つ見誤ったとすれば、アストロロギアという男は、魔法使いというそれ以前に、悪人であったということである。
「──うあッ」
「隊長ッ!?」
ランくんが、私から目を離した瞬間にわかった。アストロロギアのことだ、彼は自分への攻撃が来ることくらい当然わかっていた。
そしてそれに対応する上での、彼にとっての最善策も。
それは無論、ランくんがアストロロギアの盾になることに、他ならない。
弾かれるように、豪速の矢の軌道上に走り込んだランくんの背を追い、そして、庇うように飛び込んだ私の背中に、矢が突き刺さる。
「滑稽なこと極まれり、ですね」
笑いをこらえるアストロロギアを睨みつけながら、ランくんの無事を確認し、そして蹴り飛ばされる。
あいも変わらず、一番苦しそうな、辛そうな顔をしたランくんが、その心にもない殺意を向けてくる。
背中が熱く、ひどく痛む。
自警軍の有能な制服のおかげで、多少威力は軽減できたはずではあるものの、私が暁隊創設の際に副隊長として指名しただけあって、その力は尋常ではない。
しかし、この世界の私は──私たちは、身体能力の向上もそうだが、生命力が超自然的な高さを誇っている。
自分でも恐ろしいことだが、ほどなくして、戦える程度には傷が回復するのだろう。
だから、アマルティアくんに比べて、今の私は手負いと言っても一時的なものである。
しかし、たった今、振り下ろされるナイフの刃は、さすがに避けられる気がしない。
「──目を覚ませ、ランッ!」
甲高い鋼の音と共に現れたのはアマルティアくん。
情けないことに、助けに入る人間がいることは半ば確信していたが、島崎くんでなくアマルティアくんだったのは、若干、意外だった。
「離れますよ、隊長。……回復神法は彼に使いましたけど、よかったですかね」
「満点の解答だよ島崎くん……」
一つ訂正、というか、補足すると、島崎くんがアマルティアくんに回復神法を使ったのではなく──というか使えない──回復神法を内包した矢を用いてアマルティアくんの傷を治したということである。
遠く離れた味方を、『天使』がいなくとも、遠距離からでも、回復神法で助けられるよう、瑞樹っちの魔法と技術で、矢に回復神法を内包させたものを、島崎くんはいつも一本、非常用に持ち歩いている。
ここで彼が、思わず傷を負った私にそれを使っていたら、アマルティアくんの戦線復帰は叶わなかっただろうことを、瞬時に理解した島崎くんのナイスプレーである。
女の子の考えることとしては0点だけど、私はすぐに治るし。
なにより──
「おい! ラン! ちゃんと私の目を見ろ!」
ランくんには、アマルティアくんじゃないと、ダメだとも、そのアマルティアくんの背中を見て思う。
無論、感情論で魔法は解けないので、アマルティアくんだけには任せておけないし、早く解決策を見つけないと、最悪の結果を招きかねない。
アマルティアくんが戦ってくれてる間に、考えなければ。
一度操られたら、そのまま、アストロロギアがその魔法を解除するまで、打つ手はない──はずがない。
何かあるはずだ。
「考えるより行動っていうのは嫌いなんだけどなぁ……」
「でも隊長、多分、今隊長が考えてるであろうことが、最善だと思います」
「でも……そんな簡単な答えを、アストロロギアが把握していないとは思えないんだよね」
真っ先に思いつく答えは一つ。
先ほど島崎くんが試みた、アストロロギア本人を倒してしまおう、というもの。
アマルティアくんでも誰でもいいが、ランくんを動けないよう、押さえていてもらって、その間にアストロロギアを倒す。
アストロロギアも、ほぼ魔力が残ってないから、あと魔法を使えたとしても一、二回だろうし、時間をかけずに、かつ、誰も傷つけずに事を収めるには、それが最善だと、島崎くんも言っているけれど……。
「ほらほら、何を手こずっているのですか。もっと頑張ってくださいよ、ゴブリンくん」
あの薄ら笑いを見ているとやはり不安になる。
まだ何かを隠している気がしてならない。何せ200年生きた男だ、悪魔の発想すら尋常であってもおかしくはない。
「でも隊長! もう傍観している余裕だってありませんし……!」
「わかってるけど……」
……“けど”、じゃない。
迷ってる場合じゃない。むしろその迷いが粗を浮き彫りにしかねない。
何もかも完璧に進めようっていうのが、虫のいい話なのだ。犠牲もなく、成し遂げられることなんてたかが知れている。
「アマルティアくん! ランくんをおねがい! 5分でいい、そこから離さないで!」
「…………なるほど、わかった!」
あの歳で、単純に強いだけでなく、察しもよく、頭もキレるとなると、本格的にアマルティアくんは逸材中の逸材だな。
「島崎くん!」
「はい! 援護は任せてください!」
今もチラチラとキリグマを気にしつつ、ランくんを操り続けるアストロロギアを見据え、私は乾き始めた湖底を強く蹴った。
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──くそ!
「ラン! おい! しっかりしろ!」
「…………」
だめだ、いくら叫んだって仕方ない。ランは完全に自我を奪い取られている。
私の言葉は届かない──いや、この顔を見れば、届いているだろうことはわかるが、それでも自由を失ったランを救うことは、言葉のみでは叶わない。
キイの仲間の……確か、シマザキとかいう人間に、腹の傷を治してもらったので、満足に戦える体ではあるけれど、しかし。
この剣はアグノスから貰い、そして守りたいものを守るために振るってきた剣だ。
どんな形であれ、ランを傷つけるわけにはいかない。
「キイたちがアストロロギアを倒すまで、耐えなくては……!」
今の私には何もできない。ただ、耐えることしか。
ランのことだからこそ、人任せにするのにはひどく心が痛いけれど……いや、これも自分勝手な考えだとはわかっているが、しかし、やはりランのことは私の手で助けたい。
そんなわがままを言っているうちは、私もまだまだ子供だということだな。
「……アグノスたちの方も心配だ……。キリグマの目的は私だというのに……!」
結局は迷惑をかけてばかりだ。キリグマの狙いは私の命。それなのに、キリグマをアグノスたちに任せきりにし、加えて、ランのことさえキイとシマザキに頼っている。
一人で何でもかんでもやろうとすることがどれほど愚かしいかは、わかっているつもりだったけれど。
無力というのがここまで心苦しいとは……修行が足りていないな、まったく。
「ぅぅ……ぁえ」
ランのうめき声に思わず眉をひそめる。何か話すことさえできないのか……魔法というものがどれほどの効力を持つのかは想像に難く、どうにもピンとこないけれど、ランの様子が尋常ではないことはわかる。
しかし、なぜアストロロギアはランを狙ったのだ?
キリグマの狙いが私だから、アストロロギアは私を残し、それ以外を排除すると言っていた。
それなら真っ先に私を操り、遠くに離れさせてから大魔法でもなんでもすれば、あるいはここまで追い詰められることもなかっただろうし。
あるいはキイを味方にしてしまえば、それがどれだけ有利に働くかなんてこと、想像できるに違いないだろう。
シマザキでも、あの桃色の髪の女でもそうだ。
ここであえてランを選んだ意味が──選んだ理由が、あるはずで、それはおそらく現状を打開し得る一筋の光かもしれないが……。
──と、不意に。
「ぅぅぅぅぅううッ」
「なッ!? ラン!?」
ランは急に攻撃をやめ、そしてそのナイフを自分の首に突き立てた。
……卑劣にもほどがある!
「キイッ! 攻撃をやめてくれ! このままではランが殺される! 」
なんとかランの腕を押さえ込み、叫ぶ。
それにしたって物凄い力だ。信じられない。私も、龍皇となってからは自覚できないほどに様々な力が跳ね上がったけれど、それでも今のランの動きを止めるのが、精一杯だ。
どこにこんな力が……。
「私を攻撃しようとすると、あのゴブリンの少年が驚いて自殺してしまいますよ? 何せ彼は今、魔力の干渉によって限界を遥かに超えた力を発揮できる、興奮状態ですからね」
「チッ……! アマルティアくん、押さえられそう!?」
「ぐっ、う……いや、思った以上に、難しい……!」
魔力干渉による限界突破。言葉のみではイマイチだが、体感すればわかる。ランの筋肉量では到底なし得ないほどの力が働いている。
ランに引っ張られ、ズルズルと移動する。
腕を押さえるどころか、体ごともっていかれる。
こちらが苦戦している上に、攻撃を中断したキイを見たアストロロギアは残り少ない魔力を使い始めた。
シマザキも引いた矢を放てずにいるし、正直、まずい状況だ。
私はもともとの立ち位置からもズレているし、ここで比較的近い位置にいるシマザキにランを止めるのを手伝ってもらっても、それはキイの危険に直結する。
かと言って、このままキイとシマザキが攻めあぐねていれば、ほどなくして私はランを──アストロロギアの思惑を、止めることができない。
どうする? 何が最善だ。焦るな。
ランの手からナイフだけ奪うか? ……いや、今のランの握力の最中にあるナイフを奪い取れるとは思えない。
ランの腕を切断するか? ……馬鹿か、そんなこと……!
考えろ、考えろ。キイとシマザキも防戦一方なだけに、それほど長くは持たない。
──淀んだ思考の海では、ひどく体が重く、背中や脇を冷やす嫌な汗は、考えるという事のみに夢中で、考えた結果、浮かぶ答えが結局おざなりになっている事に、気がつかない。
泳ぐのに必死で、陸地を探せていない。
そんな私の体を、その海から引き上げたのは、小さな、小さな声──
「──龍皇」
歯を食いしばり、ランの超自然的な力に全力で抗いつつ、ゆっくりと首だけ振り返った。
「紀伊を……」
「お、お前は先ほどの神法で、もう話すのも限界だろう! こんな時にお前まで無理をするな!」
桃色の髪の少女の、消え入りそうな声音を聞いて即座にわかった。この女は今、これ以上脳を使わせるべきではない。十分な休息が必要だ。
それなのに。
「紗江は、眠らせてる……私は、大丈夫だから……」
一体、何を言っている? サエ? 私?誰のことだ。
「……キイを……呼べばいいのか?」
しかし、今の私には、この劣勢を打開する策がどうしたって思い付かない。
ここでこの女に無理をさせ、キイを呼べば、キイにひどく怒られるかもしれない。この女も、これ以上、深刻なダメージを負うかもしれない。
けれど、今、私を見つめる黒い瞳に宿る力強さに、頼らずには、いられなかった。
「ありがと……ぅ、大丈夫よ、その子を……ランを……」
引きつった笑みを無理やり浮かべる女。
「救える方法が、一つだけ──ある」
ありがとうございました。
前書きでもありましたが、更新頻度を上げます。
しかし、文字数がおそらく3000文字ほどにまで落ちてしまう話も多くなると思います。
なるべく物語を進めたいので、ご了承下さい。




