第47話 黒紗江
私は迷っています。
【1話あたり6000文字程度で週1投稿】(現状はコレ)
or【1話あたり3000文字程度で週2投稿】。
読みやすいかなーと思って改行を多くしていますが、それ故の薄っぺらさを文字数で補っていましたが。
アンケート機能欲しい……。
先ほど、『大逆の魔導士』──アストロロギアこと、センチル種族の生き残りの魔法使いによって生み出された、やけにゴツい大剣を持って、太った男が走りこんで来る。
この見た目故に、肉団子と呼んでいたら、何だかお腹が空いてきた。
俺の少し後ろを追いかけて来るのは、夏の風物詩スイカ──ではなく、大きな胸を揺らして走る、紗江。その手には、紗江がミカンちゃんと呼んでいた、ダンベルのような形の魔法の杖が握られている。
感動の再会──といっても、紗江は今の俺を知らないから、俺目線の一方的な感動なわけだが、そんな感動の再会を経て、言いたいこと、伝えたいことが沢山あるけれど。
目の前にこんな気色の悪い肉団子がいたら積もる話も積もらねぇっての。
それに、肉団子は見るからにやられ役というか、噛ませ犬って感じが留まるところを知らないけれど、その奥で薄気味悪く笑う、アストロロギアは、正直勝てるか不安だ。
世界最古にして世界最高。伝説の監獄、スタヴロス監獄の囚人たちを、何らかの方法をもって、自らの手下にしてみせたあの魔法使いが、手応えのない雑魚なわけがない。
まぁ、あんなのと戦うことになったのが俺だというのならば、それはこの俺がこの物語の主人公であるという暗示にも思えるので、悪くはないのだが……。
いや、今回のメインのラスボスはキリグマだから、アレを倒さないと俺は主人公として認められないのか?
ただでさえ、龍皇という主人公ポジションをアマルティアにとられた時点で、主人公は俺じゃないかも、とメンタルダメージを受けていたというのに、ここにきて主人公になりたくばキリグマを倒せってのは酷すぎる。
荷が重い……なんて感じてる時点で、やっぱり主人公は俺じゃないのかも……。(メンタルブレイク)
「ばばらぐぅぬんじっ!いいりぃ!」
「うおっ!?」
筆舌に尽くしがたい気持ち悪さを孕んだ……というか全面に押し出した肉団子の叫びに、俺はネガティブシンキングから解き放たれる。
戦闘中に考え事ができるほどの実力は持ち合わせていないくせに、こんなことしてるから弱いままなんだよなぁ、と、愚かにも再びネガティブになる俺の眼前。
握り方も下手くそな大剣の刃が、頭上に迫る。
一瞬も目を逸らさず、捻った体の真横をギリギリで振り下ろされるそれを避けきる。
力加減すらできない肉団子なので、大剣は地面に突き刺さってしまう。
近接戦闘。俺の出番だ、と言わんばかりに、亜水晶石でできたナイフの半透明の刃がキラリと輝く。
FGEO──フォワードグリップエッジアウト。
言わば、通常のナイフの握り方。往々にして、ナイフはこの持ち方を基本として想定され、作られる。切る、刺す、といったよくある戦闘形態に向く。
大剣を引き抜こうとする肉団子の腕を、手首から肘にかけて切り抜く。
目と鼻の先に、肉団子の大きな腹が広がる。
FGEI──フォワードグリップエッジイン。
刺突に特化した握り方。刃を親指の付け根側、つまりは上向きにして握る。刺突の際、手首を下げるFGEOよりも、力を込めやすい。
内股、脇腹、脇、と、下から上へと、刺しては抜き、FGEOに何度も持ち替えて切り払う。この体勢、この位置で、首を狙いにいくと、空中で捕まる恐れがあるので、ナイフについた血液を振り払いつつ、肉団子の股下をスライディングで通り抜ける。
振り返って跳躍。しがみついた贅肉だらけの背中をよじ登り、その太い首に、巻きつくようにしがみ付く。
RGEO──リバースグリップエッジアウト。
言わば逆手持ち。柄頭を正面に、刃を小指側に位置させる。極端な近接戦闘において、刺突にも力を入れやすい。
後ろから肉団子の首に跨るように足を絡める俺は、紗江が見ているのも気にせず、逆手持ちのナイフを肉団子の右眼に突き刺す。熱い血液が手を濡らす。腹の底が冷えるような、異様な嫌悪感と、アドレナリンによる場違いな興奮。
覚えたてのナイフ技術を駆使して、肉団子を戦闘不能に追いやろうと、吹き出す嫌な汗も構わずに躍起になる。
醜い叫び声をあげて暴れ回る肉団子から飛び降りて、すぐさま大剣のリーチ外に退避。右眼を押さえて大剣を無造作に振り回す肉団子を視界の中心に、かつ、アストロロギアを視界の端に入れて、止めていた息をやっとこさ吐き出した。
吐き気すら催すほどに、手にこびり付いた血液の熱さが酷く恐ろしい。
深くなった呼吸に軽い目眩を覚えつつ、紗江を一瞥する。
嫌われたかな、なんて、色んな事情、現状を忘れて、そんな馬鹿なことを考えた。
「…………」
「まじか……」
無表情。何も言わないし、眉ひとつ動かしていない。
紀伊ちゃん、傘音に続き、そんな気はしていたが、紗江までこの世界の影響で、こんな悍ましい光景に見慣れてしまったのか?
もう紗江がおええって吐いても仕方ないと思ってたくらいなのに。
今までどんな体験をしてきたんだ、まだまだ子供だった女の子が……。
彼女らとあの世界で出会った時の俺が既に、中身は20歳だったからといって、保護者面なんてできないけれど、それでも心配なのは、決して他人とは呼べない間柄だと、少なくとも俺は思っているからだ。
しかし、少なくとも、表情の1つくらい変えてもいいじゃないか。何せ、紗江は特に気持ちが顔に出やすくて、正直で、そこが彼女の良さだったんだから。
「ほら、No.40、どうしました? もうギブアップですか?」
「らだばみぃみ……」
「情けない……もういいです。最後はせめて、役に立ってください、おデブちゃん」
視界の端、若干離れた位置に立つアストロロギアが、呆れたと言わんばかりのため息とともに、No.40と呼ばれた肉団子に手をかざす。
再び現れた円盤状の光──魔法陣。
黄土色の光に包まれ、ブルブルと小刻みに震える肉団子が、ゆっくりと歩き出した。
ナイフを構える。明らかに危ない香りがする。しかし、全身の細胞を総動員して警戒態勢に入った俺に対し、横に立つ紗江は棒立ち。
ただただ冷たい目で肉団子を見ていた。
俺はその目を、知っている気がした。
その時、爆音と、少し遅れて暖かい風が吹いて、思わずその方向を振り向くと、宙に舞い上がる鋼鉄と、鉄臭そうな煙の中を歩く島崎慶次の姿が見えた。
そして、そのせいで、すぐ近くに肉団子が迫っていることに気がつくのに、少し遅れた。
「ぶぃる、じゅじゅじゅ……っ」
「はい、どーん」
俺の目の前で、何か言おうとした肉団子のその巨大な体が、アストロロギアの一言で──爆ぜた。
反応速度や危機に対する生理的反射すら遅すぎるのは、爆発元との距離のせいだが、それがわかっていようと、今の俺にはそれらに対する打つ手が1つもない。
死を覚悟する暇もなかったが、瞬きも許さない刹那の中、微かに耳に聞こえた声だけは鼓膜に焼きつくように残った気がした。
「──加護神ベータの名の下に」
瑞々しさを孕んだ爆裂音。飛び散らかる朱色の肉片。降り注ぐような血の雨はすぐにアマルティアの雨に流された。
濃厚な死の芳香。早くなる脈拍と、呼吸。その度に肺を犯す生暖かく鉄臭い空気。
地獄をも思わせる光景に思わず手放しそうになったナイフが、それでもリム湖の湖底に落ちなかったのは、俺の全身をドーム状に囲んだ淡い光の障壁のおかげあって、それに尽きるのだった。
別段驚いた様子のないアストロロギアから視線を外し、恐る恐る紗江を見やる。
「紗江になんてもの見せようとしてんのよ、クソガキ」
魔法杖を肩に担ぎ上げ、眉間に深い皺をよせてそう言ったのは、紗江であって紗江でないように思えた。
まるで別人のような紗江の姿に、一瞬、口を開いたが、声を出す前に、記憶を司る大脳皮質が叫び声を上げた。
「あぁッ! 黒紗江!」
果たして覚えている方がいるのかどうか。
かつて、俺がラブコメの世界と呼ぶあの世界にて、二度、経験した、紗江の人格異変。
一度目はあの世界での1日目。俺が紗江をお姫様抱っこしたまま、入学式中の体育館に突入した瞬間から、その後当然、担任の教師に職員室で叱られた、ちょうどその後まで。
二度目は雨の日。紗江と瑞樹が2人でシャワーを浴びていると思い込んだ俺が、部屋でフルチンになって勝負パンツ選びに没頭していた時に、突然現れた紗江に俺の聖剣を見られた。
確か、粗末なものを見せるなって罵られたんだっけ。
ラノベの世界観なら、こんなよくわからない設定のキャラもいるかなー、くらいに思っていたのだが、今、黒紗江の表情と声音を見て思い出すまで忘れていた。
この世界に紗江までいるとは……という驚きに重ねて、まさかあの設定まで残っていたとは。
普段の紗江を“白紗江”、ドSっぽいのを“黒紗江”と呼んでいるのだが。
「あのデブの目ん玉抉るのは構わないけど、それを紗江の目の前でやるなんて、次やったらぶっ殺すわよ」
「ひぃ、すんません」
「勘違いしてたら困るから言っておくけれどね、紗江は別にああいうグロテスクな光景に見慣れてるわけじゃないのよ。あまりに衝撃の強い光景を前にすると紗江がおかしくなっちゃうから、黒紗江がわざわざ出てきてるの」
あ、入れ替わりの主導権は黒紗江が握ってるのか。
でも、ひどく純粋で、素直な紗江の良さを、この戦いだらけの世界で汚したくないから、負担のかかる光景は全部、黒紗江が代わって引き受けてるってのも、涙ぐましい話だな。
しかし、それは優しさであるようで、甘やかしや溺愛に過ぎなくて、この世界にいる限り、いつかは紗江自身も体験しなければならない。
受け止めなければならない。
まぁもし、黒紗江が、黒紗江自身の存在意義が、その“負の感情”の負担であると、考えているのなら、部外者の俺が口を出すことではないな。
「せっかく神法で守ってあげたんだから、ちゃんと役に立ってよね、クソガキ」
「はいはい……」
「お話はお終いですか?」
「あぁ、お前がいなければもっとイチャイチャできたってもんだよ、アストロロギア」
なぜか穏やかな笑顔を向けてくるアストロロギアにイラつきながら応答した。
黒紗江の目もまた冷気を帯びる。
「No.40は爆散しましたし、No.31もNo.43もやられてしまったみたいですね」
アストロロギアはふと、足音のする方を振り向いた。
つられるようにそちらを見やると、こちらに走ってくる島崎と、その後ろになぜか手を繋いで走る紀伊ちゃんとアマルティアがいた。
俺たちが合流するのも、別段、邪魔する様子もないアストロロギア。何人相手でも実力が劣ることはないという自負ゆえの態度だろうか。
「おーい!紗江っち……って、あれ? 黒紗江っち!?」
「その呼び方やめてって言ってるでしょ」
「素直じゃないなー、今日も可愛いね黒紗江っちは」
「……はぁ、紀伊。貴女、そういうことは軽率に言わないようにしないと、また変な男に目をつけられるわよ」
「な!? キイ! 変な男とは!? 大丈夫なのか!?」
「隊長は俺が守ります! 副隊長ですから!」
視界の奥、リム湖湖底の中心では、今も伝説のゴブリン、キリグマと、ピズマ、レプトス、アグノスが命を削って戦っているとは思えない力の抜けた会話に、思わず苦笑い。
というか、紀伊ちゃんも、この状態の紗江のことを黒紗江と呼んでるのか。
「で、黒紗江っち、あの猫耳男は誰なの? かなり怪しいけど」
「さぁ? 私は知らないわ。このクソガキに聞けば?」
「クソガキって……ランくん、あれ、誰?」
クソガキ呼ばわりは癪に触るが、覗き込んでくる紀伊ちゃんが死ぬほどエロ可愛いので許そうではないか。
「あいつはアストロロギア。『大逆の魔導士』って言えばもしかしたらわかるかもしれないな」
「え、『大逆の魔導士』って、あの!?」
島崎が声をあげた。こういう事には詳しいらしい。
「あぁ。だから、アストロロギアは“魔法”を使う。神法とは一味も二味も違うから、十分に警戒してくれ」
「魔法使いね……まさかあの子が自分のことを“2人目の”魔法使いって言ってたのはそういうわけだったのね」
「あの子……?」
「クソガキに言ってもわからないわよ」
扱いがあいも変わらずひどいが、今の話を信じるのなら、魔法使いはこの世界にもう1人存在するのか?
「ランくん。でも、そんな凄い人が、どうしてここにいるの?」
「キリグマに、大きな大きな恩があるらしい。……不思議なのは、他の何十人ものスタヴロス監獄の囚人を操っていたことだな。魔法の力っていうなら納得するしかないけれど」
「あの大罪人どもが、誰かの言うことを馬鹿正直に聞くとは思えないもんね、魔法の力で操ってるっていうのはあながち間違ってないとは私も思うよ」
……それにしても。さっきから薄々思っていたし、以前会った傘音もそうだったけど。
「ねぇ、失礼なこと聞くけど……紗江……さんと、紀伊さんは、何歳なの?」
「殺すわよ」
「ランくぅーん? 女の人に歳を聞くのはいただけないぞー?」
「だから失礼も承知で言ってるんですって!」
「まぁまだピチピチだし、そんな気にするほどでもないかな。私たちはね、20歳だよ!」
えっへん、と。その20歳とは思えない平たいお胸を張って、紀伊ちゃんは言った。
そしてなるほど、俺は得心する。
紀伊ちゃんの綺麗な金髪が少し伸びていること、そして、紗江のエロい体に磨きがかかっていたこと、傘音の背がかなり伸びていたこと。
思い返すに、紀伊ちゃんはこの世界にすでに5年いると言っていた。俺がこの世界に、ゴブリンの自然性胎児として生まれたのも5年前。
予測するに、紗江も傘音も、紀伊ちゃんと同じく、5年前にこの世界に来たのだろう。……どうせ、立花ミズキの仕業だろうからな、その辺は気をきかせてるだろう。
俺だけをゴブリンとして生まれさせたのにはやっぱり立花ミズキの個人的な恨みがある気がしてならないけれど。
というか、この世界についてや、俺たちの事情に対する考察は、少なくとも今この場所ですべきではないだろう。
ずっとこっちを見てる男の顔もイラつくしな。
「……あの少年が龍皇ですか。キリグマ様への生贄としては、あの少年だけで十分ですからね。他のは私が処分しておくとしましょう」
まるで品定めでもするようなアストロロギアの視線に、アマルティアは眉をひそめる。
こっからが本番だ。
たとえ相手が『大逆の魔導士』とはいえ、こっちにいるのはスタヴロス監獄の囚人を倒した化け物揃いの戦士たちだ。
「では、戦う前には名乗りましょうか。私はアストロロギア。2つ名は『大逆の魔導士』。世界最高の魔法をもって、あなた方の全てを消し去りましょう」
両手を広げて、まるで舞台俳優のごとく、そう言って笑うアストロロギア。
「私はアマルティア。『雨の龍皇』でも、『罪の子』でもない。私は私しかいない。恩師と龍の加護をもって、お前の“罪”を斬りはらおう」
突然剣を抜いたアマルティアを、俺たちはギョッとした目で見る。驚いた、まぁアマルティアはまだ6歳だからな、恥ずかしさとかないんだろうけど……。
「私は菊里紗江です!『神託者』の誇りにかけて、この魔法杖ちゃんで猫耳ごとぶっ飛ばしちゃいます!」
うわっ、いつの間に白紗江に戻ったんだよ……。
次にその悪ノリに乗っかったのは紗江だったのは、まあ予想外ではなかったけれど。
「ふふん!私は桜坂紀伊!暁隊の隊長にして2つ名は『桜剣』、香沙薙流の真髄をもって、瑞樹ちゃんの下位互換を斬り刻む!」
え?今なんて言った?瑞樹ちゃんって言った?
思わず紀伊ちゃんの方を向いた俺の言葉は、島崎に遮られた。
「同じく、暁隊の副隊長。島崎慶次。空を穿つ弓矢をもって、隊長を死んでも守る」
言うことと顔はかっこいい島崎に紀伊ちゃんがニヤリと笑った。
そして、アストロロギアも含め、みんなが俺を見る。
大きなため息、そして。
「俺はラン。何の変哲もないただのゴブリンだが、そうだな──誰よりも弱く、その弱さを武器にしたクソガキだ」
そう言って、ナイフケースから抜き出した、亜水晶石のナイフの刃が、半透明の白さを、雨の中、鈍く光らせて笑うのだった。
本日も、稚拙な文章で練り上げられた物語を読んでいただき、本当にありがとうございました!
前書きでも言いましたが、【1話3000文字】っていうのは、読み応えに欠けるでしょうか……?
ツイッターで聞いてみようかな。
ともかく!来週もまた来てください!!