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ライトノベルじゃあるまいし  作者: ASK
第ニ章【ゴブリン・パトリダ】
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第46話 島崎慶次も悪くない

こんにちは。

先週は、学年末考査だったために、更新できなかったので、今日は

【2話投稿】しようかな、と。


頑張ってみます。本編どうぞ。


 矢をつがえ、弓を引く。


 慣れ親しんだ一連の動きに、体が自然とついてくる。


 隊長や、同志──ランの方も気になるし、何よりすぐそこであの伝説の怪物が暴れ狂ってるのが一番恐ろしい。


 キリグマ。俺が生まれるずっと前からミミルだけでなく、世界中で、前龍皇フロガと並べられて語られた男。漆黒のゴブリン。


 そんなのと、三体一とは言えど、今も戦ってるあのゴブリンたちも、下手すりゃ俺より強いな。


 あの、身長より長いかどうかくらいの、黒い刃の長剣を振り回す剣士は、たしか隊長と同じく、香沙薙かさなぎさんの弟子なんだっけ。


 やっぱり、少し似てるな、香沙薙さんとも、隊長とも。


 あとの2人もとんでもない実力者なのはわかるけど……そういえば、前龍皇が殺されたっていう世界新聞の記事に載ってたな。名前は覚えちゃいないが。


 いずれにせよ、ランを始め、これだけの実力を持ったゴブリンという種族に、今は新龍皇アマルティアも加わってるってのに、未だに自警軍のトップや、皇族のアホどもは、“ゴブリンは雑魚”とか、“戦争になったらゴブリンは後回し”とか言ってるんだもんな。


 ここにいるだけでなく、他にも類稀なる実力と才能を持ったゴブリンが、何人も存在するのなら、冗談抜きで、ゴブリンを最弱種族とする風潮は“世界を殺す”だろうな。


 ……おっと。


 ──キンッ。矢の先端と、鋼鉄のぶつかる甲高い金属音。



『まったくー、お兄ちゃん、よそ見し過ぎー!』


「……」



 可愛らしい少女の声が、目の前の巨大な人造人間の中から、響くように聞こえる。


 今しがた俺の放った矢が、『射手アーチャー』のスキルによって力のベクトルを操られ、人造人間の振り下ろす鉄の拳を止めているわけだけれど。


 あいも変わらずに話しかけてくる、この声には、正直イラっとくるな。


 確かに、この人造人間、一見、中に少女が乗って操縦してても無理はないかもしれないが、少女がパイロットのロボットならばもっと可愛い見た目のはずなのに。



『なんで矢一本で私のパンチが止められちゃうのー? さっきからちょームカつく!』


「見た目が完全にフルアーマーのおっさんなんだよなぁ……」



 こんな全身鋼鉄のおっさんの中に、少女がいるなんて、普通信じないぞ。少女の声が聞こえるからって、少女の存在の証拠にはなり得ないだろうに。


 いっそ、機械音混じりの男の声とかなら、まだやる気もでるが、少女の声で話しかけられるとどうにも力が抜ける。


 まぁ確かに?こんなヘンテコなロボットの中に?暑くて蒸れ蒸れの操縦室に?汗だくの少女が?いるのなら?最高の極みではあるけれど?


 希望的観測は、戦場では身を滅ぼす。やめとこう。



「隊長も龍皇と2人で戦ってるし、紗江さえさんもランと一緒。アグノスってやつも3人タッグで戦闘中。……それなのに俺だけ1人で、可愛い声のフルアーマーオヤジと戦ってるとか」



 最悪にもほどがあるぜまったく。


 しかも。



『もうオコだよー!プンプンだよー!どーん!』



 巨大人造人間の胸部が横に開かれる。露わになったのは8つの銃口。


 無論、銃弾が降りしきる雨を弾いて撃ち出される。


 俺は腰に結ばれた数本のうちの1本の矢をつがえ、放つ。



「どう考えても、俺の相手だけ弱いんだよなぁ」



 空中で、放たれた矢の先端が光る。“神法”の輝き。


 矢の先端から、まるで蜘蛛の巣のごとく、電流がほとばしる。


 電磁力で起動がブレた鉄の塊──銃弾が、俺の頭上、真横、足元に飛来。無論そのまま、全ての銃弾が外れる。


 この、『神法を内包した矢』は、瑞樹みずきさんに作ってもらっている。


 『魔法』を操る瑞樹さんにとっては簡単なことかもしれないが、俺たちにとっては大発明と言えるこれは、物体に神法の効果を宿らせ、任意で発動できるという優れもの。


 『神法』はこれまで、無論、神法使いである『神託者ウィザード』のみが使用できるものであったが、瑞樹さんの発明によって、回数に制限があれど、『神託者ウィザード』以外の者でも神法を使えるようになった。


 ちなみに俺の矢には、紗江さんの神法が封印されてる。


 超強力な神法を、矢として飛ばせるのもかっこいいが、俺はあくまで“矢で勝ちたい”ので、補助的な神法の内包された矢しか、作ってもらっていない。


 それに、そんな簡単に作れるものでもないから、神法の宿る矢は、数本しか持ってないんだけどな。



『ええー!? なんで雷の神法が使えるの? お兄ちゃん、弓の使い手じゃないのー!?』


「いい加減その見た目で俺をお兄ちゃんと呼ぶなぶっ殺すぞ」


『ていうか、私、こんな雨の中でずっと戦ってたら錆びちゃうんですけど!』


「……とことんやりがいのない敵だなお前」



 キリグマの降らせた黒い雷の雨で、多くの仲間と、そして監獄囚人ターゲットが死んだ。


 あの雷の雨の中、生き残れるやつは単純に強いって意味で、キリグマ曰く、強いやつだけ残したらしいが、この人造人間が生き残ったのは、あの雷の雨に対処できる実力があるからではなく、単に鉄の装甲が電流を受け付けず、結果的に無傷だっただけだろう。


 現状、敵と呼べるのは、キリグマ、猫耳の瘦せぎすの男。


 そして、隊長たちと戦ってる死神みたいな不気味な男と、紗江さんたちと戦ってる太った男。


 どれと比べても、段違いに弱いだろうな、このフルアーマーのおっさん。



「早めに終わらせて、どっかの戦いに助太刀にいくとするか」


『お兄ちゃん! もう許さない! 可愛い女の子にひどいこというなんて!』


「黙れ鉄くず! いい加減その声やめろ!」


『もういいもん! 変形しちゃうもん! 死んじゃえ!』



 ギギギ、と。いかにも手入れの行き届いていない機械の摩擦音とともに、人造人間は四つん這いになる。


 美少女の四つん這いならば、それだけで大金が動きそうなものだけれど、目の前の光景は反吐が出るほど見苦しい。


 やがて、錆びた大刃ブレードが、手、肘、膝、そして額から飛び出して、気持ちの悪いバッタのような形状に変形した人造人間は言う。



『見よ! これが狼さんモード! 牙を付けるのが難しくて、色んなところに大刃ブレード付けただけで妥協しちゃったけど、このモードはちょー強いんだから!』


「制作秘話なんて聞きたくねぇよ。狼なのに牙ねーのかよ。てか見た目完全にバッタだよ」


『お兄ちゃんはほんとうるさいなー。私が狼さんって言ってるんだからそれでいいの!』



 またも情けなく、錆びた音を鳴らして動き出した『狼さん(笑)』。


 瑞樹さんに作ってもらった魔法の矢をこれ以上、こんな奴に使うのは勿体無いから、普通に倒しますかね。



「いくぞ鉄くず、俺の矢は少しばかり──」



 鉄の爪で地面を蹴り、巨大な鋼鉄の獣が迫る。


 伸ばした背筋。引いた弓矢の揺れが収まり、そして。



「──女性レディ以外には、冷酷だぜ?」



 空を進み、矢は鋼鉄の体に激突。しかし、鉄には刺さってくれない。


 構わず、矢を放ち続ける。


 幾重にも重なるほどに、無数の矢が鋼鉄の獣に襲いかかり、そして弾かれる。


 鉄に弾かれ、雨に打たれ。無様に宙を舞う矢を見て、少女の歓喜の声が響く。



『全然きかないもーん! この鋼鉄の身体(フルアーマー)の前では弓矢なんてデコピン程度だもんねー!』


「そうみたいだな、1本も刺さっちゃくれないらしい」


『やっと認めたねお兄ちゃん! 素直なお兄ちゃんは嫌いじゃないよ! 殺しちゃうけど!』


「そうか、それはよかった」


『じゃあね! お兄ちゃん!』



 巨大な鋼鉄の影。肉薄した大刃ブレードだらけの腕が、横薙ぎに襲い来る。


 近くで見ると、意外と格好のいい鋼鉄の外装が雨を弾きながら、機械仕掛けの殺意を尖らせた。



「ああ。じゃあな」


『死んじゃえお兄ちゃ──』


「──『五芒星ペダルファ』」



 俺の矢は、鉄よりも硬く、強い。


 地面に落ちつつあった無数の矢は、それぞれがまるで、役目を持っているかのように、動き出す。



 ベクトル変化。矢は鉄を切り裂く豪速。その軌道は星形──五芒星を描く。


 一度は鋼鉄の外装に負けたかに見えた矢の群れの、描き出した星の形の輝きが──貫いた。



『……え?』



 たかが鉄に弾かれるほど、やわな矢は引いちゃいない。



「あえて間違った使い方をするが──お前じゃ役不足だぜ、本当に」



 ──爆ぜる。


 無数の矢に貫かれた装甲の穴から、火を噴き出し、鋼鉄の破片が宙を舞う。


 灼熱の爆風。しかし、雨に濡れたこの体には、それすらも心地いい。



「髪乾かす手間が省けてよかった」



 水滴を吹き飛ばされた髪をかきあげる。今日は出発前に隊長に“顔はいい”って言われたから、カッコつけてみる。


 バラバラに砕け散った機械仕掛けの鉄くずバッタの残骸が広がるリム湖を今一度、見渡した。


 隊長と、龍皇。アグノスってやつと、ゴブリン2人。紗江さんと、ラン。


 どこが一番心配かなんて、言う必要もないな。



「手助けすら需要あるのかわからないけど、戦場で暇なのはさすがに嫌だしなぁ……行くか」



 格好良く走り出した俺を、隊長が少しでも見ててくれたらな、なんて思いつつ、地味にキメ顔で俺は地面を蹴るのだった。




❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 少し懐かしい感覚。


 いつだっただろうか、私とアグノスの2人で、師匠──香沙薙かさなぎさんに初めて挑んだときを思い出す。


 お互いが、次に何をするべきか、どう動けばいいのか。


 剣は、何を斬って、何を斬らなければいいのか。


 アグノスの呼吸を聴いて、刃と空気の僅かな摩擦音を肌で感じて、息ぴったりに振るわれた私たちの剣が、師匠に届くことは一度としてなかったけれど。


 その時は、アグノスのことを誰よりも理解できていたと、そんな風にも思えたんだっけ。


 そのアグノスの教え子──アマルティアくん。


 私と、紗江っち、瑞樹みずきっち、傘音かさねっちが、この世界に来たときから、約1年前、世界を裏切った大罪人によって生きながらえた男の子。


 ──罪の子。


 その呼び名が、その忌み名が、この子のこれまでをどれだけ辛く苦しいものにしていたかなんて想像できやしないけれど。


 それでもこの子が握る剣を見て、この子の剣の声を聴いて、ああ、よかった、かけがえのない居場所があって、今は、とうに幸せなんだなって。


 香沙薙流の剣術は、“心を繋ぐ剣術”だから、わかる。


 あの日私たちを助けてくれた師匠の意志が、巡り巡ってこの子に継がれたのかと思うと、運命ってものは青天の霹靂だらけなのだと実感する。


 言うに及ばないけれど、この子も既に、立派な“剣士”だ。やっぱり男の子だからだろうか、成長が早い。


 アグノスがゴブリンの故郷──パトリダに帰る日に、リベンジ戦としてアグノスと2人で師匠に挑んだのを最後に、こうして誰かと香沙薙流の剣を共にして戦っていなかったから、久しく、全身が粟立つような興奮を覚える。



「キイ! 来てるぞ!」



 鼓膜を叩く中性的な声音に、反射的に強張った筋肉たちが剣を握る手に力を込める。


 私の身長ほどの長剣を、雨粒を切り裂くほどの繊細さで振り上げる。対するのは死神のような男──監獄囚人ターゲットの脚。


 全身、黒ずくめの、細長い男のくせして、どういうわけか、その手足は刃を弾く。


 私の剣が、死神男の脚に激突。甲高い鋼の音を聴いて眉をひそめる。


 骨にしたって硬すぎる。それに、無駄に長い手脚の、鞭のようなしなやかな動きに加え、その威力の高さたるやを考えると、謎が多い上に危険も多い。


 ずっと、何かをブツブツと呟く死神男に不気味さを禁じ得ない。


 横にいるアマルティアくんの可愛さでどうにかなっているが、気持ち悪いんだよこの野郎!って叫びたくなるほどだ。


 だって、お母さん……とか、知りませんでした……とか。本当に意味がわからないことばかり、脈絡もなく、呟くものだから、それはもう“引く”。


 そういえば。静かに降り注ぐ雨が、むしろ集中力に拍車をかけてくれるようにも思えたのは、この雨が、アマルティアくんの、“雨の龍皇”の力で降っているものだからだろうか。


 いや、確信しているわけでもないけれど、剣術を通じて、彼の心の色を見て、声を聴いて、様々なことを感じ取って、そこには雨の匂いがするから。


 雨の声がするから。


 多分だけど、こんな晴天の中、不可思議に降り出した雨の原因なんて、アマルティアくんしかいないだろうな、とは、島崎くんも、もしかしたら紗江っちも気がついているかもしれない。


 いや、紗江っちは気づいてないだろうな……、

今の紗江っち(・・・・・・)ならば尚更。


 ──きた。



「アマルティアくん──『蜃気楼』」


「任せろッ……!」



 私の一声を皮切りに、霧のように細やかな雨の闇にアマルティアくんが溶け込んだ。


 入れ替わるように飛び込んできた死神男の右腕を剣で流す。私も消えるように、音もなく駆け出す。相変わらず、俯いて、独り言を垂れ流す死神男が、キョロキョロと見渡す。


 繰り返して言うようだけれど、香沙薙流の剣術は、“心を繋ぐ剣術”。


 私の考えもまた、アマルティアくんには、口で言うよりもずっとわかりやすく伝わる。


 それゆえの、雨粒が落ち葉を貫くような正確さの連携。


 2つの刃でひとつ穿うがつ。



「お人形は、僕1人でぜーんぶつくっちゃえるんだよ。お母さんも褒めてくれた」



 少し大きな声でそう言った死神男の背後。背中に刃を通す。横目に捉えたのは、死神男の胸をアマルティアくんの剣の軌道が煌めく姿。


 香沙薙流の独特な歩法による近接剣術。私とアマルティアくんは、常にそこにいて、しかしどこにもいないような、斬り傷のみを残し消える幻──それこそ蜃気楼の如き連携剣術をみせる。


 どうしてか、血液の香りもしないので、白い刃越しに死神男の傷を見ると。



「あれー、なんで? もしかして効いてない?」


「まるで斬りごたえがないな……キイ、こいつは本当に生きているのか?死体でも斬っているようだ」



 生き物ではなく、“物”を斬るような。ひどく人間に近しい何かを斬っているような。


 見覚え──というより、“斬り覚え”がある。



「鋭いねアマルティアくん……これ、死体だよ、“全部”」


「ぜ、全部死体!?」



 このリム湖に向かう途中、幾度となく現れた死体人形たち。それらは無論、監獄囚人ターゲット内にいる『屍術師ネクロマンサー』のスキルによって生み出された、文字通りの、死体人形。


 そこに命はなく、命を入れる器もない。


 量産型であって、数の暴力をメインとしていたようだけれど、その一つ一つは弱く脆かった。


 今、私たちが相手にしているこの死神男も、剣を弾く手足を除けば、まるっきり死体人形と同じく、中身のない空っぽのハリボテのように、脆いものだ。


 それこそ、斬ればわかる。


 手脚を除き、全身が──頭はわからないが──死体人形と同じ造りというのは、一体どういうことだろう。


 さっきの、人形は全て1人で作れる、という死神男の呟きから察するに、監獄囚人ターゲットの中に複数人の『屍術師ネクロマンサー』がいて、それらが、ここに来る途中の百を超える数の死体人形を生み出していたという予測は、外れていたらしい。


 しかし、まさかあの数の死体人形をたった1人で生み出し、操っていたとは、恐ろしいにもほどがある。


 それに……。



「こいつ自体が『屍術師ネクロマンサー』なんだろうけど……もしかして『屍術師ネクロマンサー』って、自分の体すら“使える”の?」


「この男の体はもう、既に死んでいる(・・・・・)ということか?キイ」


「かも知れない……手脚だけは、別の何かでできているっぽいんだけれど」



 死体人形を生み出す、というのは、あくまで、『屍術師ネクロマンサー』のスキルの一つであって、そもそも、その名の通り、彼らは“屍”を使う者だ。


 死した肉体に仮初めの魂を与え、操る。


 それをよもや、死した自らの体に行ったと言うのなら、『屍術師ネクロマンサー』って、発想を変えれば不死身ってことなのだろうか?


 そのことに気がつき、そしてそれに成功したから、この死神男は、かの名高きスタヴロス監獄に収容されたのだとすれば。


 単純な『屍術師ネクロマンサー』としての素質と、“悪しき思いつき”のみを罪に問われ、伝説の監獄に囚われたというのならば。


 なるほど──随分と(・・・)弱いわけだ(・・・・・)



「アマルティアくん!」


「どうした、キ……うわぁッ!?」



 アマルティアくんに話しかけたその時。突如、吹き荒れる熱風。


 吹いてきた方向を見やると、前髪を搔き上げる島崎くんの姿。チラチラとこちらを見ているが、格好つけているつもりなのだろうか。だとすれば気持ち悪いことこの上ない。


 なるほど、やたらと巨大な人造人間はもう倒したらしい。


 それを見て、今一度声をかける。



「あっちは倒したみたいだし、こっちもさっさと終わらせるよ、アマルティアくん」


「朝ごはんはお母さんの作るのが一番だよぉ」


「わっ、お前に話しかけてないってば!……アマルティアくん!」


「うむ! カタをつけよう!」


「じゃあアマルティアくん、『十字架』いくよッ!」



 話に割り込んできた死神男にドン引きしつつ、剣を握り直して距離を置く。



「ちょ、キイ! それはさすがに難しいと思うのだが!?」


「いっくよー!」


「あぁもうわかった! 怪我しても知らないからな私は!」



 駆け出した私に合わせて、大きなため息まじりのアマルティアくんも地面を蹴る。


 死神男を中心に、円形に、回るように走る。周りを回る2人の剣士に、首を傾げて何かを呟く死神男。



「……ふッ」


「だぁッ!」



 合図はいらない。


 私たちの意志は繋がっているのだから。


 2人同時に立ち止まり、瞬間、円の中心に肉薄。


 全身の殺気を一本の鋭い鋼の輝きに収束させた2人の剣士が、落ちゆく雨粒を置き去りに。


 ──寸分の狂いも許さない、鋼の十字架。



「アマルティアくん……想像以上に上手だね。アグノスの修行の賜物だ」


「たまたまうまくいっただけかもしれないがな……」



 一滴の血も付いていない剣を洗う雨の中、私たちは剣を収める。


 そして──どさり、と。情けない音を立て、崩れ落ちる肉塊。


 腹を真横に、そして、頭から股までを真っ二つに。結果的に、十字に切断された死神男の、とうに死した肉体は、4つに分けられた。


 断末魔さえ響かない静寂の死。この感覚に慣れてしまったのは、この世界に来たことによる“良くないこと”の1つだ。


 アマルティアくんが駆け寄って来る。



「本当に大丈夫だったか? キイ。服を斬ってしまったりしていないか?」


「ありがとう、大丈夫だよ。アマルティアくんのおかげだね」


「な、え、いや、私は! わわっ、そ、そうだ! ラン! ランが心配だな!」


「照れちゃって、かわいいなー」


「か、からかうな! キイ!」



 顔を真っ赤にするアマルティアくんにほっこりする。私ももう20歳だし、このくらいの男の子は可愛くて仕方がない。


 彼がどうしてここまで私を心配してくれているかと言うと、先ほどの連携剣術──『十字架』は、香沙薙流剣術のうちの1つで、2人同時に、わりと近い距離で剣を振るうものだ。


 敵の正面、背後から、それぞれ頭から縦に、腹を横に、切断する技だから、互いの距離感を間違えれば、敵の向こうにいる味方も、敵ごと斬ってしまう可能性もある。


 それこそ、お互いの信頼関係が物を言うけれど、私とアマルティアくんがともに剣を握るのは今日が初めてだったから、彼は失敗する危険を捨てきれなかったのだろう。


 ま、結果的には成功したんだし、いいでしょうということで。


 振り返ると、桃色の髪を揺らして佇む紗江っちと、その横顔を見つめるランくんの姿、そして、その近くに、恐らくは助太刀に向かったであろう島崎くんの姿が雨の向こうに見える。


 伝説のゴブリン、キリグマも気になるが……というか気になって仕方がないけれど、今はこっちを優先しよう。


 というのも、あの猫耳の瘦せぎすの男。


 何か嫌な予感がする。あの男だけ、他の監獄囚人ターゲットとは異質の、何かを感じる。


 アマルティアくんに目配せをして、走り出す。


 ──視線の先、紗江っちを見つめるゴブリンの少年の横顔に、何か大切なものを見落としている気がして、勝利の後の余韻なんて感じられないのが、ちょっと残念なのは、言う必要もないかな。


ありがとうございました!


前書きでも言いましたが、

もう1話更新するつもりです!少し時間は空いてしまいますが……許してください!

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