第43話 そして──再会
こんにちは!
何も言うことはありません!
本編どうぞ!
「……隊長、さっきのは」
「うん。薄々そんな気はしてたんだけど、やっぱりそうだった」
ヒュール大草原を走る。
先ほど、瑞樹っちの『使い魔』──ピットちゃんが教えてくれた情報。
『──知の妖精と、強き弱者の守る土地。その風を集める水無き湖の黒い影と勇者たち。雨の少年と運命の少年──』
『──黒い影に従う魂たちは、朽ち果てた神の遺跡に在らず。悪しき嘲笑が響くは草原の彼方──』
『──朽ちた人形に惑わされず、水無き湖に進む魂たちを、どうか──』
この言葉はまるで暗号のようだけれど、おそらく意味を理解できた人は私以外にもいたはずだ。
そもそも、この言葉自体、瑞樹っちの伝言をピットちゃんが独自の話し方で伝えてるだけであって。
大して難しい事を言っているわけではない。まぁ、ちゃんと言ってくれないから、わからない箇所もいくつかあったけれど。
「『知の妖精』っていうのは……」
「うん。『エルフ』のことだね」
ピットちゃんの伝言の意味はわからずとも、私に付いてきてくれる宵隊の男性隊員たちの先頭。
私と島崎くんは、先ほどの言葉を振り返りつつ、トップスピードで風を切る。
「『強き弱者』……は、『ゴブリン』でしょうね。それらが守る土地ということは、エルフ領と、ゴブリン領のことを指している」
「その通り。そして、『その風を集める水無き湖』……これがよくわかんなかったんだけど、多分エルフ領と、ゴブリン領、もっと言えば人間領ミミルの、3つの土地に囲まれた位置にある湖、『リム湖』のことだとは思うんだけど」
「しかし、『水無き』とは……?湖ですから、水はあるはずですけれど」
そうなのだ。リム湖は、その美しい景観から、観光名所としても知られる場所。
湖底がはっきり見えるほどに透き通った水には、様々な生物が生息している。
さらに、3つの別種族領土に囲まれているため、不可侵領域とされ、もし他の種族と鉢合わせになってしまっても、襲われる危険性は少ない。
……まぁ、ゴブリンはそんなこともわからない最弱種だから、現れたら倒してもいい、みたいな悪い風潮は未だにあるけれど。
アグノスをはじめ、今のゴブリンは、最弱種どころか、世界でも1、2を争う実力を持っているというのに、固定観念に縛られた世界の住民たちは、未だにゴブリンを最弱だと認識している。
話を戻す。
ともかく、水無き湖というのは、場所から考えて、そこにはリム湖しか、湖はないからリム湖。と考えて間違いなさそうだ。
「『黒い影と勇者たち』っていうのは、見当もつかないね」
「隊長がわからないなら俺もわかりませんけど……『雨の少年と運命の少年』っていうのは、多分アマルティアって名前の、新しい龍皇の子ですよね?」
「それは確実だろうね。雨の龍皇、なんて世界新聞で呼ばれる所以はまだわからないけど、雨といえば彼しかいない。『運命の少年』……か。今のゴブリンには様々な運命を背負ってる奴がいるってアグノスも言ってたし、それはわかんないや」
運命の少年。わからないとはいえ、しかし。アマルティアくんと並べて語られるとなると、やっぱりあの子かな……。
「『黒き影に従う魂たち』っていうのは十中八九、監獄囚人だろうね。現状、集団として示唆されるのが『勇者たち』と『黒き影に従う魂たち』だけっていうのを鑑みると、監獄囚人を指すのは無論、後者のはず」
「ですよね。犯罪者を勇者と呼ぶほどピットちゃんは捻くれていませんし」
「『朽ち果てた神の遺跡に在らず。悪しき嘲笑が響くは草原の彼方』……これはそのまんまだね。神の遺跡は『ヴァミオン遺跡』のことで、悪しき嘲笑もまた監獄囚人のこと」
「俺たちをまんまと騙せて、嘲笑ってるってことですよね。ムカつくなぁ」
黒き影、勇者たち、運命の少年。そして湖に水が無い理由。いくつかわからないこともあるけれど、少しずつ見えてきた事実のピースを合わせれば、自ずと答えは出てきた。
最後の言葉にあった、『朽ちた人形に惑わされず』というのは、監獄囚人の誘導や罠に引っかかるなって意味だろうけど、わざわざ『朽ちた人形』なんて言い方をしている時点で、おおよその予想はできた。
しかしやはり、目的は未だにわからない。人間領ミミルの町を襲うものだと思っていたが、どうやら彼らが目指すのはただの綺麗な湖。
そこに何があるのかはわからないけれど、『黒き影に従う魂たち』っていわれてるくらいだから、恐らくはその黒き影っていうのがキーワードだろう。
状況から判断するに、今回、計45人の監獄囚人が脱獄するきっかけとなった男。
──キリグマのことを指しているとも受け取れる。
実際にこの目で見たことはないけれど、『黒い悪魔』って呼んでる兵士もいた。
キリグマはホブゴブリンだけど、肌の黒いゴブリンなんて見たことも聞いたこともない。
それこそ、行って見なきゃわからない。
「……もう1つ気になるのは、やっぱり定期的に現れた敵、ですよね。奴らは南西からしつこく現れては消え、現れては消えた。生命体を座標移動できる距離は、たかが知れてるからこそ、あの敵がどこから現れどこに逃げたのか……」
「それも、なんとなくわかった気がするんだけど……うーん。私の予想通りなら、かなりマズイかもしれない」
その時。
「──隊長!」
「わかってる!各自隊員、戦闘開始!」
前方から凄まじい速さで走り、突っ込んできたのは、監獄囚人の“集団”。
いや、あれは監獄囚人ではない。なぜかといえば、今、目の前にいる敵の数だけでも、すでに脱獄した人数の45人を超えているからだ。
私の予想は悪い方向で当たった。悪い意味で、予想以上だったらしい。
声を張り上げる。
「見ればわかるだろうけど!どうやら敵には、“『屍術師』”がいるらしい!それも複数人!」
「……最悪じゃないですか……!」
「“こいつら”はただの死体人形だけど、動きが良すぎる……!十分警戒して!」
──『屍術師』。魂は死に、腐りゆく肉体のみとなった屍に、仮初めの魂を与えて、操る。
単純に、死体人形を動かせるだけでなく、『屍術師』特有のスキルで、何もないところから、死体を生み出せる。
そして自由に消失させられる。まるで手品のように、いくつもの死体を出しては消せる。
──私たちが南西に向かっていた際、幾度となく現れた敵は、監獄囚人本人ではなく、『屍術師』によって生み出された人形だった。
そもそも、座標移動の神法すら使われていなかったのだ。まるで最初からそこには何も無かったのように、その死体人形を消失させるスキルがあるのだから。
これはある程度、ピットちゃんの『朽ちた人形』という言葉から予想はできたけれど、世にも珍しい『屍術師』だからこそ、1人……多くとも2人しか敵にはいないだろうと希望的観測をしていた。
しかし、目算でも100人を超える死体人形が、今現在、私たちと交戦中だ。
まさかこの数を1人の『屍術師』が操れるとは思えない。
「……えいッ!」
剣を振るう。
思考の海を泳ぎながら、身体は脳とは別に動かす。何故か戦い方は身体が覚えていて、考え事をしながらでも十分に戦える私は、脳と別離されたかのような動きを見せる剣技で死体人形を切り捨てる。
弱い、いや──軽い。
生身の生命体ではないからだろう。まるで紙切れを斬っているかのような感覚。死体人形は恐ろしく軽くて脆い。
しかし、その動きは人を殺すに十分で、もっといえばある程度訓練された兵士と肩を並べるほどの実力を持っているだろう。
死体人形の実力は、『屍術師』の力量にもよるけれど、この様子だと敵の『屍術師』はかなりの実力者だとわかる。
まぁ、世界最高のスタヴロス監獄に収容されるくらいなのだから、天才の集まりだとはわかっていたけれど。
「……ふッ!……数が多いな」
島崎くんが矢を放つ。『射手』のスキルにより、力のベクトルを操られた矢は、1人の死体人形を貫いて、方向転換。2人、3人、4人、と。次々に死体人形を貫いていく。
他にも島崎くんは、スキルを使わずとも、『矢の先端に神法の効果を内包』した矢を持っているので、氷や風、炎、水、雷。様々な神法を遠距離で使えるようなものだ。
その効果は絶大で、もうすでに1人で半分以上の死体人形を凍らせたりと、大活躍している。
「もしかしたらミミルの近くにも死体人形が現れてるかもしれない!敵の『屍術師』はかなりの実力者だろうから、このままだと思わぬ被害が出るかもしれないし……!急ぐよ!みんな!」
張り上げた私の声に、野太い男たちの雄叫びが返され、草原の風に流された。
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その後も、何度も現れた死体人形に、時間を取られた私たちだったが、しばらくして、リム湖付近の森林が見えてきた。
すると、そこには──
「紗江っち!?」
思わず大きな声が出た。というのも、瑞樹っちに伝言してもらって、自警軍の通常部隊の派遣許可を貰いに行っていたはずの紗江が、今まさに、自らの身長ほどの“杖”を振り回して、敵と戦っていたのだ。
紗江っちは、『神託者』の加護を授かったものの、見た目から入ろうとして購入した魔法の杖を、打撃系の武器として使用している。
神法も使えるのだが、今は魔法の杖で敵をぶん殴っている。
「……よいしょぉ!……あれ?紀伊ちゃん?遅かったですね」
長い杖の両端は丸く、まるで長いダンベルのような形をした魔法の杖で、監獄囚人の頭を殴り飛ばした紗江っちが、私たちに気づいて声をかけてきた。
「いやいや、紗江っちこそなんでここに?」
「瑞樹ちゃんがですね、紀伊ちゃんたちにリム湖に向かうよう伝えたから、紗江ちゃんもそっち向かってあげてーって言ってたので!」
「……で、なんで監獄囚人と戦ってたの?」
「単独行動はマズイかなって思って、ここで待ってたら、森から1人出てきたので、倒しました」
……一応、監獄囚人は全員、かなりの実力者なんだけど、さすがは紗江っちだなぁ……神法を使わないで倒しちゃうとかどういうことなの。
「まぁ瑞樹っちがそう判断したんなら、それで合ってるはずだし」
「とりあえず急ぎましょう!どうやらミミルの近くにも死体人形?っていうのが沢山出てきて、今も傘音ちゃんたちが戦ってるみたいですし!」
「うわ……早く親玉を倒さないとミミルも危ないっぽい?」
「ですかねー。まぁ私のこの魔法杖ちゃんで一撃です!」
今日も今日とてぼんやりした紗江っちは、長いダンベルの形をした魔法杖──何故かミカンと名付けたそれを担ぎ直した。
すると。
「あれ……?これ……」
「雨……ですかね?」
「隊長、しかし、少し離れた場所にいる隊員は濡れてませんよ?どちらかといえば、森にだけ雨が降ってるみたいですし……」
「何が起きてるの……?」
不自然に降り始めた雨。
空は快晴。雲ひとつない。無論、雨雲などない。
冷たいが、どこか暖かい雨粒の音を聞きながら、私たちは森へと入った。
──森の中。木々は生い茂っているものの、朝日の差し込むそこは、十分に明るかった。
その森の中。ポツリと、死んだように立つ男が、4人。
俯いていて、顔は見えない。
警戒しつつ、私が合図を出して、島崎くんに攻撃させた。
「……ふッ!」
島崎くんの放った矢は──
「……危ないなぁ!」
突然顔を上げた男に──へし折られた。
刹那、である。
「一般人はこの舞台に必要ない」
消えるように走り出した男の拳によって、少し離れた場所にいた宵隊の隊員の胸が貫かれた。
枯れた木のように崩れ落ちた男性隊員に続き、次々と血を噴き出して倒れていく隊員たちを目にして、私たちは一気に眉を吊り上げる。
「ふざけんなッ……!」
横にいた隊員に襲いかかる男に刃を突き立てた。
ギリギリで避けた男は、ニヤリと笑う。
「……なんだ、マシなのもいるじゃん」
「うるさい犯罪者!」
紗江っちが魔法杖で、すかさず男をぶん殴る。
後方に飛ばされる男と入れ替わるように、今度は剣を持った男が走りこんできた。
男の剣を弾き、再び振るわれた剣と鍔迫り合いになりつつ、見渡すと。
「ちょ、嘘でしょ……!?」
先ほど、殺された十数人の隊員たちが、動き出し、そして私たちに襲いかかっていた。
「──『屍術師』か……!」
大混戦。余計に焦る。
まずい。今、交戦中の隊員たちからすれば、敵はさっきまで味方だった人間なのだ。
もうすでに死んでいて、かつ敵のスキルで操られた死体人形だとわかっていても、戦えない人もいるかもしれない。
それに、こっちの戦力が減ったぶんだけ、敵の数が増えるとなると、劣勢は免れない。
早く『屍術師』本人を倒さないと……!
「よそ見してんなよ、お嬢ちゃん」
「話しかけるな髭もじゃ野郎!」
おそらく剣士であろう髭男の剣を避ける。この戦いだけに集中するわけにはいかない。
他の隊員のこともあるし……というか今どれだけ味方が残ってる?どうしよう、私だけじゃ対処しきれない……!
「──どっかーん!」
刹那、混乱し始めた私を助けるように、紗江っちの神法──落雷が、私と斬り結んでいた髭男を襲った。
身体中から煙をあげて倒れた男から視線を外して、紗江っちを見る。
「紀伊ちゃん!落ち着いてください。そりゃピンチですけど、司令塔がしっかりしなきゃだめです!」
「あの紗江さんに言われてますよ、隊長」
「ちょ、島崎くーん!」
血の匂いが充満する殺伐としたこの森の中でも、紗江っちはいつも通りだった。
でも、今はそれに助けられた。
「全員!固まって!バラバラに動くと危ない!確実に一人一人倒していけばいいから!」
「了解!」
森の中で待ち構えていた4人の男。その1人はすでに紗江っちの神法で処理したが、後の3人も異常に強く、少しずつ味方が減ってきた。
宵隊の隊員は実力者揃いだが、やはりスタヴロス監獄に収容されてた奴らは桁が違う。
ただ混乱して、敵の好きなようにやられていたさっきよりはマシになったが、それでも実力の差を埋められない。
──今さっきまで味方だった死体人形を斬り払う。
最悪の敵だ。どんなに強い敵よりもやりにくい。
早いとこ終わらせないと……!
「紀伊ちゃん!」
「どうしたの、紗江っち!」
「瑞樹ちゃんから、“アレ”、貰ってるんですよね?勿体無いけど、一個使うべきだと思います!」
「でも、3個しか貰ってないし……」
「ここを突破できるだけで、みんなの士気に繋がります!たぶん!」
「……わかった、やろう」
交戦中、近くにいた紗江っちに言われ、覚悟を決める。
私はポケットから、紫紺色の石を1つ取り出した。
それは、島崎くん用の回復瓶2つと共に、瑞樹っちに渡された3つの石のうちの1つ。
この紫紺色の石には、『魔力』なるものが込められているらしく──
「……いただきますッ!」
私はそれを口に放り込んで──噛み砕いた。
──キイイイイイイイン……!
耳をつんざくような高音が鳴り響く。
直後、紫紺色の光に包まれる私を見て、島崎くんが叫ぶ。
「全員!隊長から離れろ!」
──地面を、蹴る。
「はっや──」
速い、と。監獄囚人の1人が言い終わる前に、その首を斬り飛ばす。
間髪入れず、敵だと認識した全てを斬り伏せていく。
この感覚、久しぶりだ。
──瑞樹っちがくれた紫紺色の石は、一時的に、その魔力によって、石を使用した者の全能力を跳ね上がらせる。
目にも留まらぬ速さで森を駆ける私に、無論、敵は反応できるはずもなく、たったの30秒ほどで、敵を殲滅することに成功した。
「おおー、いつ見ても紀伊ちゃんがソレ使った時の速さは凄いですね!」
パチパチと拍手する紗江っちを横目に、魔力によって上がった感覚が捉えたのは、複数の敵の気配。
7人……いや、10人以上いる。その全てがスタヴロス監獄の囚人だというのだから、恐ろしいものだ──が、しかし。
今の私には、取るに足らない。
「10人以上の監獄囚人が接近中。……私がいく」
言うが速いか、走り出した私を見て、再び島崎くんが声を張る。
「出てきた監獄囚人は軒並み隊長が片付けてくれる!好機は今しかない!急ぐぞ!」
「「「りょ、了解です!」」」
私の遥か後方、走って付いてきた隊員たちを連れて、私たちはもうすぐそこのリム湖に向かった。
そして、次々と現れた監獄囚人を、通り過ぎるように殺し、私は森を抜けた。
──リム湖に飛び込む勢いで森から飛び出た私だったが、そこには水はなく、湖底で戦う黒いゴブリンと、見知ったゴブリンの少年たちがいた。
「き、紀伊ちゃん!?」
声をあげたのは、ゴブリンのランくん。
直後、森から飛び出してきた紗江っちを見て、彼は。
「──紗江!?」
まるで知り合いかのような呼び方だった。
この状況はよくわからないけど、ふと、ゴブリンのランくんの顔を見て、思い出した。
『雨の少年と運命の少年』
ピットちゃんの言葉。
あぁ、やっぱり。『運命の少年』って──
確信にも似た感情で、腑に落ちる。
──彼が私にとって、私たちにとって、どんな存在なのか、なんてことには、まだ考えが及ばなかったけれど──
ありがとうございました!
次回からは、またラン視点で物語は進みます!
紀伊、傘音、そして紗江。3人の少女と再会を果たしたラン。そして瑞樹。
『誰がどうすれば』いいのか、まだランにはわからないようです。




