第7話 俺の初恋
※書式を修正しました。
あと、一部セリフの口調を変更しました。
……とても今更なことを言おう。
あーだこーだ仮説とか唱えて色々考えたけれど。
考えてみれば、紗江との出会いの時点で感じていたんだが。
……ここ、ライトノベルの世界観なんだよな?
天然(?)巨乳ヒロインに、美少女妹。今のところ、完全にラノベ展開だ。
しかもラブコメ系。これからこの世界観の中、過ごしていくのだが、しかし。
残念なことに、この千葉蘭、異性交際経験がまったくもって、ない。
いやべつに、恋をしたことがないわけではないのだ。1度だけ、ただの1度だけ。
俺は、告白をしたことがある。俺の、初恋。
これからも数々のラブコメ的展開に遭遇するだろうから、その前に。
俺のなけなしの恋愛経験談を、振り返ることにする。
今現在、ラブコメ系ライトノベルの世界観を生きる俺の。
初恋の話を少しだけ話そう。
(ちなみに、少し前に言った、『ミズキという名前にはトラウマがある』というのも、ここからきている。)
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中学3年、春。
千葉蘭、14歳。
進級したばかりの春の日、1年生の時に同じクラスだった、ある女の子に告白をする。
きっかけとしては、中学最後の1年である、この年に、また同じクラスになれて、しかしまた遠くから見ているだけでは何も変わらない、と、そう感じたからである。
そうして、俺は始業式の日の放課後、彼女を教室に呼び出していた。
彼女の名は、立花ミズキ。
聡明で、可憐で、誰に対しても平等で。
百合の花を思わせるその白い肌と対象に、黒薔薇を想起させるその艶やかな髪と瞳。
誰もが彼女を“ホンモノ”だと感じていた。
──ちょっと待って、今君、立花ミズキって完璧……って思った?……愚か者!!
先ほど言った『誰に対しても平等』というのは、誰に対しても“同じ反応”からこその、『平等』である。
特筆するほどの仲の良い友達はいない。彼女は『特別』を作らない。他人を区別しない。無論、彼氏もいない。
そうやって、自分を囲うボーダーラインを作っている。
『これ以上は私に踏み込まないで』と、言外に告げている。
だから皆、ミズキは完璧で、誰にも嫌われていないとは思うが、同時に誰にも好かれていないのだと、気づいている。
これほど美しい彼女に色恋沙汰の噂が1つも浮上しないのには、そんな彼女自身に近づきづらいという、畏怖や拒絶に似た遠慮のような感情を、皆が抱いていたからだろう。
だからこそ、俺は、狙い目だと思っていた。
……狙い目も何も、狙うことのできる選択肢すらない俺が、ミズキをそんな風に見ること自体が間違っているけれど。
1年生の時、それもかなりの入学当初、ミズキがまだ周りと自分の距離感を決めていなかった頃。
最初で最後のガールズトークなるものにミズキは参加していた。
可愛い女の子達が『どんな人がタイプ?』などと話し合っていた。
その際、ミズキは。
「私は……私の全部を……受け入れてくれる、そんな人が、良いなって……思うよ」
そう、言っていた。盗み聞きのプロ(自称)の俺が聞き間違えることはない。
俺はとても有力で、優れた情報を手に入れた。
そして、放課後、教室。
俺は、思いきって、言った。叫んだ。
「僕は……貴女の全てを受け入れます……!僕は、僕なら──」
「──貴女の“おしっこ”だって、飲むことが……できると、思います……!」
──それ程にあなたが好きなんです。と、伝えた。
ミズキは何も言わない。
不安になって、俺は付け足す。
「君から出たもの、全てを僕は受け入れることができる……!」
……完璧だ。事前に手に入れた情報を元に、誰も超えられない『受け入れる』の究極体、“君から出たもの全てを受け入れる”という必殺奥義。これでイチコロさ。
なんてったって、彼女は2年前、『私の全部を受け入れてくれる人がいい』と言っていたんだ。
つまりはこういうことだったのだろう。……これでやっと、俺にも彼女ができる。
しかし現実はどこまでも現実的だった。(当たり前だけど)
「──るい……」
「え?」
消え入りそうな声で何かを呟いたミズキ。聞こえなかったので聞き返すと。
「──きもちわるい」
……え?きもち、き、え??
「何言ってるんだ、立花……」
「それはこっちの台詞よ……あなた、最低……」
「いや、だって、ほら!お前言ってたじゃないか!『私の全部を受け入れてくれる人がいい』って!」
「そんなこといつ言ったってのよ!」
「2年前!入学式の次の日、朝の教室で、話してたじゃないか!」
「……そんなことあったわね。でも、なぜあなたがそれを知っているの?あれはいわゆるガールズトークって呼ばれる類の会話でしょう?」
「……聞き耳をたてていて、それで」
ぞっ……そんな音が聞こえてきそうなほど、激しい寒気に襲われたミズキは、恐る恐る聞いた。
「じゃあ、あなたは……女子たちの会話を盗み聴きして、それを2年間覚えていたの……?」
「当たり前じゃないか。それも全部、お前の為だ。今日、こうやってお前に告白する為に、覚えていたんだ」
目眩でもするのだろうか、ミズキはこめかみをおさえて、ふらつく足取りでもどうにか立ち、言った。言い放った。
「気持ちがわるいわ。もう2度と、私に話しかけないで。いや、近づかないで……下さい、お願いします……」
お願いされてしまった。
フラれた。気持ちが悪い、と。拒絶された。
正直、この告白では失敗するだろう、という気持ちもないでもなかったのだ。
──しかし。負のスパイラルは、終わらない。
俺はさっき、『貴女のおしっこだって、飲むことができます』と、“叫んだ”のだが。
その際、第三者に聞かれて、さらに見られてしまったらしい。
まぁ確かに、進級して、階も変わった新鮮な教室に放課後、赴く生徒も少なくはないだろう。
新しい教室に遊びに、あるいは見に来た他生徒に、聞かれた。見られたのだ、一部始終を。
──翌日。
俺は席に着くと、思わず。
「……えっ」
口から零れる。驚きが零れる。ぽろぽろ。
俺の机には、大きく、大きく。恐らく油性マジックであろう。
『変態おしっこ野郎』
と、書かれていた。その時はまだ、前日の出来事を、第三者に聞かれていたとは思いもしていなかったため、ただただ、困惑した。
声が出ない。すると、必然的に周りの音が聞こえてきた。
くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。くすくす。
“あいつ昨日立花にフラれたらしい” “おしっこ飲むとかなんとか言ってたよ” “えぇ、変態じゃんか” “きもち悪いわね” “そりゃあ立花も学校休むわけだよ” “学校に連絡も無しに休むなんて” “立花さんらしくないわよね” “それってやっぱり千葉のせい?” “それしかないだろう”
などなど。
盛り上がってるところ悪いんだけれど──。
──どさっ。
倒れてみました。……いや意図的なわけではないけれど。
周りの音が遠くに響いて。俺だけが違う空間にいて。それでいて自分への嫌悪感や罪悪感、後悔だけが思い巡って。
視界がぐにゃりと。歪む。どっちが前でどっちが後ろ?今何時?みんなここでなにしてるの?たちばナハ?オレハ?わルい?だレガ?
──オレノセイ。
そうして、倒れて意識を失った俺は保健室に運ばれて、ゴートゥーホスピタル。
特に身体に異常は無いので、そのまま帰宅。
5日ほど学校を休みはしたけれど、期末テストが近く、テスト当日は休むわけにもいかないので渋々登校。
無論、ヒソヒソ何かを周りが話しているのも聞こえてくる。それだけで、また頭が重く、視界が揺らぐ。
しかし、もう割り切らねばならない。あと1年。この1年間を乗り切ればいい。
……そういえば、この日も立花は休みか。また会った時、どんな顔すればいいのだろう。
──しかしその悩みは、杞憂だった。…いや、杞憂なんてやさしいものじゃなく、無駄、であった。
結局その答えがわかる日は、来なかった。
──1年後。俺は高校に入学することができた。それは嬉しかったけれど、結局、あれから一度も立花は学校に来なかった。
その事実は俺の心に、蟠りとなって、深く、深く。沈んでいた。
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これが、この救いの無い物語が。俺の、初恋。
いい話だろ?(涙目)
というわけで、俺が『人と接するのが嫌い』なのも、『ミズキという名前にトラウマがある』というのも、この話からくるわけだ。
もうミズキには会うことは無いだろうし、合わせる顔もないが。俺は、もう一度、ミズキに会うことを許されるなら、本当に、本当に。
──謝りたいんだ。ミズキに。
普通に蘭が悪いでしょうね。この話。