第33話 暗視スコープ
こんにちは。
えっとですね、約1ヶ月前に、二学期中間考査のため、3週間ほど更新を休みましたが。
なんと、もう、二学期末考査、2週間前です。
1ヶ月しか経ってないじゃん!とは思いますが、そんなわけで。
おそらく来週含め、3週間ほど、またまた投稿をお休みします。申し訳ございません。
息を吸う。肺が痛い。
体内の痛さよりも、わかりやすく体の表面が痛いが、呼吸でさえ痛みを伴うとなると、これはかなりピンチなのだろう。
先ほどの粉塵爆発で、全身をこんがり焼かれた火傷と、爆風で飛ばされ、コンテナに叩きつけられた際のダメージ。
そして、今も肩に刺さり続けている矢。
どう考えても満身創痍の俺。対して、無傷の健康な体のまま、立ち並ぶ巨大コンテナの3段目に立つのは。
人間種族内の、いわば軍隊、警察である『自警軍』直属、暁隊副隊長。
授かった加護は戦士系加護、『射手』。
この俺と同じ性癖を持つ男、島崎慶次。
島崎の弓矢は、俺がこれまでに得た知識からかけ離れたものだった。
矢の先端は、鋭利な刃物ではなく、ペットボトルのキャップくらいの大きさの、“小袋”。
中身は知り得ないが、その小袋が破裂するたびに、炎、氷、電流など、まるで『神託者』の使う神法のような攻撃が俺を襲う。
しかし、当然ながら、今俺の肩に刺さっているのは、普通の矢である。
「痛ぇ……」
思わず呟く。肩からは、黒く焼け焦げた肌を照らすような、輝くほどの鮮血が滴り落ちている。
心臓が跳ねるたび、血管が収縮するたびに、傷口が、その存在を主張するように痛み出す。
熱いような感覚はとうに過ぎ、今はただひたすらに、異物による違和感と痛みのみが肩と脳を支配する。
バラバラの方向で、雑に並べられた巨大コンテナ。さらに、その上にも乱雑に積まれた大量のコンテナ。その中でも、俺の正面にあるコンテナの、3段目。
縁に座って足をぶらぶらさせている、島崎慶次を、睨むように見上げた。
「……これで生きてるってことは、お前もただのゴブリンではないって話だな」
その表情には、無論、慈悲はなく、先ほどまで会話をしていた際の距離感も一切感じられない、冷たい、何よりも“人間的”な色が見えている。
「ラン、同志としてお前を失いたくはないが、これも仕事だ。どうかここで死んでくれって話だ」
「……悪いがまだ死ねないな、童貞だし、何より、ティアと喧嘩したままだ……」
俺は軽く笑う。軋む体に、表情が歪む。鉄の味を噛み締めながら、脳をフル回転で巡らせる。
──反撃、開始だ。
今、俺以上に、島崎の方が、“勝敗は決した”と確信しているはず。
だがその実、俺は追い詰められつつも、1つの正解にたどり着いた。
もう諦めてもいいほどの仕打ちを受けたが、やっぱり。
アマルティアに謝りたいから。というか、もう一度あの笑顔を、あの怒った顔を。
あの、男なのに指が細くて綺麗な手を、2度と離さぬよう、強く握らなくてはならない。
──アマルティアは、この部屋の中にいる。
と、そう考えていた。現に、暁隊とやらの副隊長ともなる男が、ここにはいたのだから。
しかし。先ほどの粉塵爆発で、気がついた。
──大事に扱わねばならないアマルティアがここにいるなら、こんな派手な戦い方ができるのか?
というより、龍皇玉を、いち早く孵化させるために、孵化の予兆が見られるギリギリまで、龍皇玉を、龍に選ばれた者のそばに置いておく、それは、同時に、孵化のギリギリまで、龍皇候補の者を“生かしておく”という意味であるはずなのだ。
それなのに島崎は、あるいは自分さえ巻き込みかねないほどの攻撃方法をとった。
肘で部屋の照明を点けてしまったり、『S=K』と名乗った直後に島崎慶次だと本名を暴露したり。
確かにマヌケな一面を垣間見せていた島崎ではあったが、それでもやつは暁隊とやらの副隊長を務めている男だ。
本当の本当に肝心な場面でミスをするほどの“小物”ではないはずだ。
つまり。この部屋に、アマルティアはいない……はずだ。
……まぁ、この圧倒的窮地から、反撃を仕掛けようと思ったのは、別段、“ここにアマルティアがいないから”というわけではない。
思考回路を辿るとしたら、爆発やばい→→あれ、こんなことしていいのか?→→まさかここにティアはいない!?→→ティア?……そうか!!
こうだ。最後、俺が何にピンときたかと言うと。
思い出したのだ。1歳の時から毎日続けたレプトスとの修行を。
レプトスは言った。盗賊の極意とやらを。
『──1つ。誰よりも臆病であれ』
それは何よりも自己中心的で、弱気で構わないという教えだった。
実力不相応のことは極力しないという、ある種当たり前のことだった。
そして、俺がアマルティアと喧嘩した際にも、俺は俺自身の口で、言葉で、アマルティアにこう言った。
『──戦場では!全員が死に物狂いなんだよ!もれなく全員が必死なんだよ!それは誰かを守るのに、じゃなくて!ただ死なないことに躍起になってんだよ!』
戦う理由に、命をかける理由に、本当の意味で“他人”を介入させてはいけない。
俺がここにきたのも、今、意地でもナイフを離そうとしないのも、“アマルティアを助けるため”であることは、確かに間違いない。
しかし、胸の奥。本当の俺が今感じているのは、単純に。
死にたくない。怖い。
戦いのきっかけが何であれ、本質的には、自分の為だけに戦うこと。これが、戦場で生き残るための心構えだと、レプトスに教わり、受け売りでアマルティアにも言った。
そんなことさえ忘れてしまっていた。
恐怖と痛みに、脳内が支配されていた。そのままだったら、確実に俺はナイフを手放し、諦め、そして死んでいたはずだ。
アマルティアがここにいるか否かを推理し始めたときに、脳裏をよぎったのは、アマルティアとの喧嘩。そして俺の言葉と、恩師の教え。
今ここで反撃に打って出なければ、1番大切な“自分”を守れない。
どんなにカッコ悪くなって構わない。俺はただ自分がひたすらに可愛くて、そんな自分を失うことが何よりも惜しくて、恐ろしくて。
だからこそ、立たなくてはならない。
人生、何度も人は諦める。でも、それは心のどこかに、諦めたとしてもどうにかなると、ある種の納得にも似た安心があるからだ。
しかし、“死”はどうだ?
愛?友情?出会い?運命?夢?……そんなものと比べるに及ばない。
“代え難い”とはこのことを言うのだ。代わりがないのは命だけだ。
「……“俺だけは”殺させねぇよ……!」
今はもう、アマルティア救出など眼中にない。
兎にも角にも、たった1つの命を守り抜くだけだ。それが結果的にアマルティアを助けることに繋がるのなら、何も言わずにナイフを握ろう。
自分のためなら。成功も失敗も、全て自分という範囲内でのみ清算させるのなら。
右手にも力が入るじゃないか。
「……まだ立つか、ラン。どうしたってそんな小さなナイフ一本じゃあ、俺には到底届かないぜ?」
「そうやって慢心していいのは『盗賊』だけだ……戦場で気を抜くようなやつに、戦士系加護は務まらねぇぞ……!」
「盗賊?何言ってる。俺は『射手』だ。そしてお前は、見るからに加護を受けてないな?」
「まだまだ子供だからな。15歳になるのが楽しみで仕方ねぇよ」
加護神ベータから加護を授かることができるのは、15歳を超えてからである。
「なるほどな、まぁ、ラン。その夢は、本当の夢の中で味わってくれ。お前にこの世界での未来はない。………童貞もお前の分も俺が消化してやるから、安心しろ」
「意味わかんねぇな……、はぁ。よし。もう痛くない、痛く……ないっ!!」
みずみずしい音とともに、矢が肩から抜ける。というか、抜いた。
矢を握る左手が血に染まる。栓を無くし、止まり方を忘れた血液が、本能に身を任せて血管から飛び出す。
床を赤く濡らす俺を見て、島崎は巨大コンテナから一段ずつ飛び降りる。
やがて俺と同じく、床に降り立った島崎は、改めて弓を構える。
引き絞られ、ギチギチと音を立てる弦。腕も、重心もブレずに、“美しい”とすら思える綺麗な姿勢で、島崎は。
「……次のは、外さない。……知ってるか、ラン」
俺に問いかけた。
「……何をだよ」
「加護を授かるとな、その加護特有の技術が身につくんだ」
それなら知っている。いわゆる、スキルというやつだ。
俺が今までに見たことあるのは、ピズマやイギア姉といった『天使』の、回復神法や、コインの双子の神法。
まぁ、神法はもともと使えるものでもないので、ああいう超自然的なのは全てスキルだ。
盗賊にも色々あるらしいが、レプトスが見せてくれたのは相手のものを一瞬で盗み取るような技のみ。正直、スキルと呼ぶには派手さに欠ける。
戦士系加護も様々だが、『剣士』や『守護者』のスキルは見たこともない。アグノスは剣士だが、いつも自身が磨いた技術のみで戦っているらしい。
無論、『射手』のスキルなんて知らない。
「まぁ、ランは加護を授かってねぇから知らないと思うが、俺たち射手は、ちょっとおもしろいことができるんだ」
「おもしろい……ねぇ、嫌な予感しかしねぇけど?」
「ふふ……まぁそうだな、相手からしたら脅威なだけだな」
途端、島崎の弓が、淡い光を放つ。
黄緑、だろうか。優しく明るい色で輝く弓に、思わず唾を飲み込む。
「俺たち射手は、矢に力を与えることができる。それは単純な“パワー”なわけだが、おもしろいのは、その“力のベクトル”を操作できるってことだ」
言った、直後。島崎は矢を放つ。咄嗟に横に転がる。
が、しかし。
「ッ!ぅあああっ!!」
再び、肩に痛みがほとばしる。さらに言えば、今度の痛みは先ほどとは比にならないほどである。
矢を抜こうと、すぐさま肩に手を当てる、と。
「……矢が、ない……?」
「貫いたからな、肩を」
振り返ると、俺がいた場所の、後ろのコンテナに、穴が空いている。
どうやら、島崎の放った矢は、俺の肩のみならず、後ろのコンテナまで貫通したらしい。
「さっきまでの矢なら、ランの肩に刺さるくらいだったが、矢の進行方向に力を加えれば、単純な話、速度、威力が跳ね上がる」
「そりゃ避けられないわけだわ……」
「避けたとしても、矢に横から力を加えれば、直角に近い角度でカーブする。追跡機能付きの矢だと思ってくれれば間違いないぜ」
「なんだよそれ……射手ってそんなチート能力持ってんのかよ……」
島崎は首を横に振る。
「そんなことはない。俺は何年も腕を磨き続け、試行錯誤を繰り返し、ようやくたどり着いた形がこれだ。俺が矢に加える力は、単純なパワーだが、神法にも似た力を加えられるやつも見たことがある。人それぞれだが、俺は射手の中でもかなり腕の立つ方らしいけどな」
「マヌケのくせして実力だけあるって、嫌味なやつだな」
いるよな、いつもバカっぽいのにテストで良い点取るやつ。
「まぁ、教えたところで、ここで死ぬんだし、意味ないな」
「ありきたりなセリフ言ってんじゃねぇよ、島崎!」
走り出す。まっすぐ島崎に向かって走る。
「いや、そりゃあ……悪手だろ、ラン」
無論、島崎は矢をつがえて、放つ。
$俺はナイフを振るう。矢は──見ていない。
野球のように、飛んでくる球を見て、判断して、その軌道上の一点に向かってバットを振るうのなら、練習次第でできるようになる。
が、目に見えない速さの球を打てと言われたら、おそらくプロの野球選手でも、球が投げられた瞬間に闇雲にバットを振るだろう。
それは、無茶なように見えて、その実、最善手なのだろう。
自分の力でどうにもならないなら、運に、偶然に、奇跡に賭ける方が勝率は高い。
事実。
──ビシッ!
俺のナイフの、亜水晶石の刃は、矢の中間を捉え、木でできたそれを、へし折った。
無論、偶然である。俺が1番驚いてるに違いない。
「………」
島崎は何も言わない。驚きもしない。今のが偶然の産物だと理解しているから。
俺が最善手をとって、そしてそれが身を結んだだけなのだと、そう割り切っているから。
次々と矢を放つ。
ひたすらにナイフを振るい続ける。
弾く、刺さる。貫く、へし折る。
もう意識を失いかけるほどの痛み。何度も脳内で、「もういい」と思う。やめろ、と。本能が叫ぶのを、すっかり弱った耳が聞き取っては、足の力が抜けそうになる。
幸い、矢が刺さったのは太ももで、矢に貫かれたのは左腕。心臓や頭をやられてはいない。
死にたくないからこそ。どうしても死んではいけないからこその、無謀な特攻。
ただ1つの“可能性”に賭けた俺の右手は。握られたナイフは。
$やがて、この状況をひっくり返すことのできる、唯一の可能性を照らした。
「──だらぁっ!!」
脇腹を、矢に抉られながら、俺は、島崎の首──ではなく。
──首から下げられた、暗視スコープの紐を切る。
これは、最初に島崎が付けていたもの。間違えて照明を点けてしまった時、首にかけていたままなのを、ずっと見ていた。
「……なっ!?」
まさか暗視スコープの紐を切りに来るとは思っていなかった島崎は、俺のやったことに気がついて、目を見開く。
床に落下する暗視スコープをキャッチしつつ、俺はナイフを、“壁”に向かって投げつける。
そう、島崎が照明を点けてしまった時に立っていた、その場所の壁である。
回転しながら加速するナイフ。
体勢を崩す島崎の腹に、全力で拳を打ち込みつつ、なんとか弓を構えようとする島崎に。
「悪いな、島崎。天は俺を選んだらしい」
言葉と同時。──部屋の照明が落ちる。
完全な暗闇。俺は暗視スコープを装着し、レプトス直伝の“音消し”技術を駆使して、足音も呼吸音もなく、素早くその場から離れる。
島崎は、四方八方に矢を放っている。
俺は床を這いずるように進む。
やがて島崎は、一直線に、照明のボタンに向かって走り出した。
やはり、見えなくとも場所くらいわかるか。
俺は足の速さには自信があるので、嬉々として走り出す。
島崎を追い抜いて、ボタンの下へ。
床に転がるナイフを拾って、一直線に走って来る島崎に、刃を向ける。
決着、だな。
俺は、至近距離に迫りつつある島崎に、ナイフを──
「いるんだろ、ラン?」
しかし。島崎の弓が光を放つ。島崎はニヤリとして、矢を引く。
至近距離からの、スキル使用の矢が、俺の心臓を──
「あぁ、いるぜ」
貫く前に。俺はポケットから、“石”を取り出す。
それは、レプトスから貰った石。アマルティアに近づくほどに輝きを増す石。
異常に熱い石を、島崎の顔に向かって投げつけた。
太陽を見上げた時よりも眩しい。そう思うほどの光が、島崎の目を焼く。
一方、暗視スコープを装着している俺は。
目を普通に開けている。
よく、暗視スコープ越しに光を見て、目が眩むシーンを見るが、あれは旧式の暗視スコープのみ。
最近のものは、一定値を超える光量の増幅を遮断する保護回路が取り付けられている。
この暗視スコープが古いタイプか新しいタイプかを判断したのは、島崎がこの部屋の照明を点けた時、やつはすぐに暗視スコープを外さなかったし、外した後も、目が眩んでいる様子もなかったという点からだ。
俺は光る石を見ながら正確に、島崎の眼前へと投げつけた。
「ぁぁぁぁあ!!」
弓を落として、両手で目を覆う島崎。
俺は背後のボタンを押して、照明を点けた。
目を押さえてうずくまる島崎の背中に。
「うぐっ」
白く輝く刃が刺さり、島崎は口元を赤く染めた。
吐血する島崎の耳元で囁くように言った。
「……アマルティアはどこだ」
島崎は、笑った。
「ふふ、ふふふ。なんだよ、ラン。お前そんなに強かったのかよ……ふふ、ふふふふっ」
「いいから、早く答えろ」
島崎の背中に刺さったナイフを抜く。震えるように体を跳ねさせ、血を流す島崎は、1つのため息の後、ゆっくりと口を開いた。
「……ここにはいない。なんなら、桜坂隊長の部屋に行けば、わかるはずだぜ……」
島崎は仰向けに寝転がった。目は閉じている。
「あちゃー、失明したかもな、これ」
「失明だけで済めばいいけどな、島崎」
「お前は俺を殺さないだろ、ラン」
「……どうして」
「同志だから、だよ」
何を言ってんだこいつは。お前は俺を何度も殺そうとしたじゃないか。
まぁ……確かに、殺さないけどな。
この警軍本局に乗り込む直前、ピズマに言われたばっかりじゃないか。
アマルティア救出を目的としてここにきた。人を殺しにきたわけじゃない。
その通りだ。今俺がこいつを殺そうが生かそうが、どちらにせよすぐにアマルティアの下へ向かうんだから、殺す必要もない。
──また、会いたいと、思わなくもないし。
「……そうだな。同志だもんな。……まぁ、次にあった時は、どうなるかわかんねぇけど、今日はここまでだ。ティアは、返してもらうからな」
「好きにしろ、ど変態」
「お前もな」
俺はナイフケースにナイフを戻しつつ、床に転がる石をポケットにしまった。
暗視スコープを島崎の横に置いて、歩き出す。
──まだ、何も成し遂げていない。目標はまだ達成できていない。
やっとスタートラインに立った。
アマルティア救出の歯車は、加速を続ける。
ありがとうございました。
やっとアマルティアの居場所に辿り着けそうですが、前書きにも書いた通り、しばらくお休みします。
楽しみに待っていてくださる方はいないかもですが、どうか気長にお待ちください。




