第6話 何ノ為二此処二イル?
※書式を修正し、一部、おかしな部分を変更しました。
「──お兄ちゃん」
……は?
突如現れた女の子は、確かに俺を見ながら、そう言った。
いや、俺、妹なんていないんですけど。しかもこんな可愛い子。
俺が明らさまに困惑していると。
「もう……。今日は入学式だけだから、早く帰るって言ったじゃない、お兄ちゃん」
自称妹に、そう言われた。
「え、いや、あの。お兄ちゃん?お、俺?」
とりあえず聞いてみた。ここにきて俺じゃなかったらそれはそれで激おこだけれど、一応、確認だ。誠に貴様は我が妹であるか?
「……もう、何言ってるのお兄ちゃん。今ここにお兄ちゃんと呼ばれるような人はお兄ちゃんしかいないでしょ?」
なんかごちゃごちゃになってきたな。まぁ、俺なんだろう。
「そ、そうだよな。うん。俺が……お兄ちゃん……だよな」
とりあえず今はこの子に合わせるが、さて、どうしたものか。
疑問は尽きないけれど、妹が現れたんなら、ちょうどいい。まず聞くべきは──
「なぁ、妹よ、俺は今朝ここで転んでから記憶に混乱がみられるんだ。だから家の場所がわからなくて帰ることができない。ということで一緒に帰ろう。連れて行ってくれ」
──これだろう。家に帰るため。妹ならばもちろん家の場所は分かるはずだからな。
まぁこの言い分を信じてくれるとは思わないが……
「……そっか、記憶に混乱……ねぇ。わかった、じゃあ一緒に帰ろう、お兄ちゃん」
……やけにあっさりしてるな、この妹。理解が早い、って感じじゃないが……バカなのかな?
「あの、蘭くん。それじゃあ、私は帰りますね」
居心地悪そうに、紗江はそう言った。……紗江のこと忘れてたわ。
「おう、じゃあな、また明日な、紗江」
「はいっ!」
若干小走りで去っていく紗江を見ながら、思う。あいつ、名前呼ばれる度に喜んでるな。
「なぁにぃ〜?お兄ちゃん、あれ、彼女?」
ニヤニヤしながら妹が聞いてくる。うざっ!なんだこいつ!
妹ってこんな感じなのか?お兄ちゃん大好きでお兄ちゃんと結婚する!って言い張るのが妹じゃないのか?
「……ちげーよ。さ、帰ろう、妹」
そう、自分で言って気付く。そういえば。
「……なぁ、妹。お前、名前なんだっけ」
我輩、妹の名を知らなかった。早いうちに聞いておこう。
「名前?みずき……あ。いやいや、ちがくて」
「みずき?みずきって言ったか?言ったよな、うん。言った」
みずき……その名前には忘れられない記憶があるのだが……。
すると。
「あちゃー……」
妹は、小さな声で、ため息混じりに言った。なにかやらかしたんだろうか。
「……はぁ、もういいや。そう、私は瑞樹。決して、決してカタカナでミズキじゃないからね!!」
「なるほど、瑞樹か」
カタカナでミズキ……だったら、かなりやばい。俺のトラウマが蘇ってしまう。このことについては後で話そう。
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その十字路から家までは、さほど遠くはなかった。十字路まっすぐ進み、2番目の角を曲がる。するとすぐに俺の家……らしいところはあった。
……家、全然違うんだが。リアルの家と。当たり前っちゃあ、当たり前なんだがな。
「さぁさぁ入ろう、お兄ちゃん。ただいまー」
ただいまー、とは言っているものの、家からの返事がないため、家族はいないのだろう。
「お、お邪魔します」
思わず口をついて出てしまう。しょうがない、知らない家だし。
「じゃあお兄ちゃん、家をぐるりと回って、何がどこにあるかとか、確認しておいてね」
「おう。それじゃあ、まずは瑞樹の部屋から──」
「お兄ちゃん」
「俺の部屋はどこかにゃぁあ???」
ふむふむ、妹の部屋には基本的に立ち入り禁止なのかな。とてつもなく低い声だったんだが、怖いなぁ、瑞樹。
──とりあえず、俺は家を一周した。
家の中は、玄関から入って、廊下があって、右手に階段、左手にリビング、正面に洗面所兼脱衣所、奥に風呂場、廊下を右に曲がって、トイレ、親の部屋、空き部屋と、続いている。
2階は、妹の部屋、またもや空き部屋、そして俺の部屋がある。
今、瑞樹は、リビングの奥にあるキッチンで、夕食を作ってくれている。素晴らしいな、妹って。
まずは、自分の部屋に入ろう。がちゃり。
──戦慄。
「なっ──」
なん……だと?
声にならなかった。衝撃すぎて。そしてその衝撃の元である部屋には。
ベッドと、タンスしか、ない。本棚も、パソコンも、ゲーム機も。
これはあまりにも……。無理だ。こんな、娯楽の介入する余地のない部屋で、これから過ごすなんて……。
「……え、エロ本くらいあるだろう」
せめてそれくらいはあってほしい。ひとまず無難にベッドの下を覗き込む。
何もない。タンスの中身をぶちまける。何もない。
手が……震える。娯楽、そして快楽までも存在できないこの部屋に、俺は住むのか……?
これではどうやって暇をつぶすんだ。妹の部屋の音を聞き耳立てて聞こうにも、間に空き部屋があるので聞き取れない。
俺が絶望で膝から崩れ落ちたその時、下の階から。
「おにぃーいちゃーん!」
瑞樹に呼ばれた。とりあえず下に行こう。
リビングにつくと、エプロン姿の瑞樹がいた。非常に可愛い。舐めたい。
「お兄ちゃん、さっき説明したときに言い忘れてたんだけど、お父さんとお母さんは、ほとんど帰ってこないんだ」
「共働きとか?」
「うん。お父さんは今海外にいるし、お母さんは遠出が多いからホテルで泊まることがほとんどなの」
「……へぇ」
良いことを聞いた。つまりいつも瑞樹と2人きりってわけだな。
「まぁ、それだけ。部屋で待ってて、料理できたら呼びに行くから」
「ああ、そのことなんだけれど、俺の部屋、何もないんだ。ゲームとかラノベとかそういう系統」
「……当たり前でしょ」
「何が当たり前なんだよ。娯楽の1つもなかったら、暇つぶしもできないし」
「……当たり前なの。だって、それじゃあ……意味がないもん」
「意味?何言ってんだお前」
「とりあえず、部屋じゃなくてもいいから、料理できるまで待ってて」
「……わかったよ」
むぅ……なんか誤魔化されたような気もするけれど。今は部屋に戻ろう。俺だって考えてることがあるんだ。
2階に上がり、部屋に戻る前、妹の部屋に侵入しようと試みたが、どうやら鍵が掛かっている。ふざけやがって。ドアノブを舐めておこう、トラップだ。
部屋に戻ったがやることもないので色々考えてみよう。うやむやのままにしている問題が山積みだ。
まず、ここは、この世界は、どこだ?
……わからない。
では、ここは、現実か?
……わからない。
うーむ、俺が既に死んでいる、とかは?
……頬をつねってみると、普通に痛い。痛みがあるのは、夢でない証拠であり、何より生きている証拠だ。……生きてはいるらしい。
少なくとも、当面の目標は、『現実世界に戻ること』だな。……可能であれば、だけれど。
現実世界……か。ここは現実じゃないと決めつけるのも早計が過ぎるか?いや、そんなことはないだろう。少なくとも、俺が藍蘭高校とかいう高校に通っている時点でこれは既に現実離れが過ぎている。
色々仮説はある。
仮説1
『あの日、眠りについてからずっと、今も、幻のようなものを見ている』説
夢じゃないなら現実、というわけではない。ありえない話だが、幻……という線も捨てきれない。
仮説2
『あの日、何らかの理由で俺は死に、生まれ変わってから、あの十字路で、前世の記憶として脳内に蘇った』説
俺のこの姿は俺の生まれ変わりで、この前紗江とぶつかった時に俺の記憶だけがこの身体に入り込んだ……みたいな話だ。……突拍子もないな、ほんと。
そして、これは考えたくもないが、一応あり得る仮説、その3。
『人為的で、誰かの意図的な行動の結果、俺がこのような状況に陥っている。方法や動機などは不明』説
……俺がそんなことされる覚えはな……くもないけれど、可能性の1つとして頭の片隅に入れておこう。
まぁ、どの仮説であれ、そのどれも違えど、俺が現実世界と呼ぶ、あの日常に戻るのは、一筋縄ではいかないだろう。そもそも戻り方どころか戻れるのかすらわからんし。
何もかもが不可解で不可思議なこの世界に、俺は“何の為に”来たのか。
なんらかの意味があるんだ、この世のすべての事象には。
おそらく、俺は。
──この世界で、何かを果たすことになるのだろう。