第5話 聞こえちゃうんだよなぁ……
※書式を修正しました。
結局、職員室に連れて行かれても、紗江は反省する気は無いらしく、必死に土下座を繰り返す俺と、むしろ被害者だ、と主張する紗江の姿が、そこにはあった。
「どちらが悪いなど、今はそういう話では無い。入学式という、大切な行事で遅刻し、あまつさえ騒ぎ立てたことを咎めているんだ、千葉、菊里」
先生の言う通りだ。
今は俺たちが圧倒的に劣勢。ここからの大逆転で、無実判決なんてありえない。
「謝ればいいんですか?」
紗江はそんなことを口走りやがった。なんだその言い草は!ぶっ飛ばされるぞ!もしくは揉まれるぞ!そのトレードマークを!
「こうやって、失敗や罪を冒したとき、大切なのは謝ることではなくてお前たち自身が反省することだろう?なにせ、口だけなら誰だって言えるし、簡単に嘘にできてしまう」
先生に正論で胸をひっぱたかれた紗江は。
「反省をすればいいんですか?」
どう考えてもこれから反省をしようという意思が感じられない返事をして、無表情のまま。
──ゆっくりと、膝をついた。
土下座か?こいつもついに、してしまうのか?
今や俺は普通の土下座からトランスフォーム(簡易版)をしていて、もう1段階上の土下座を披露していた。
額は地面についたまま、手を耳の横に置いて、先ほどまで折り畳んでいた膝を伸ばす。ちょうど、『V』の逆の形をしている。つまり『A』から横棒を取った形だな。
……足を伸ばしただけだ。
尻を高く上げた、ある種、神秘的とも言える(わけがない)その俺の横で、ついに。
「……すみません……でした」
折り畳んだ膝の上に大きすぎる胸を押し付けて、潰して、額を地面に近づけた(地面につけてはいない)紗江が、やっと、形の上では、謝った。
……てか胸がすげぇことになってるな。横から見るともうすごい。手を突っ込みたくなるような、そんな隙間も無いのだが、とりあえずつっつきたくなる横乳だ。
「謝ればいいとは言っていないのだから、そこまでする必要もないだろうに。もういい、止めろお前たち。そう易々とするものじゃないぞ、土下座は」
そんな凄まじい胸には目もくれず、先生は優しく言った。……俺のも土下座だと理解しているのか。やるな、こやつ。
「今すぐに、何かしろだとか、罪を償えだとか、そういうことは言わない。君たちは、これからの新生活での、学校での態度で、誠意を、反省を、示してもらおう」
そう言って、もう帰っていいぞと言いながら先生は職員室から俺たちを出してくれた。
「とりあえず、どうする?今から何をする?」
と、土下座明けの清々しい顔で尋ねると。
紗江は言った。
「……クラス発表されてるみたいですから、それでも見に行きます?」
それは、出会った、あの時のような話し方だった。
「え、なに?キャラ戻したの?」
思わずそう聞くと。
「……???キャラ?キャラってなんですか?わたしはいつもわたしですよ?」
なんてことを言いやがる。しかし『私はいつも私でしかない』ってのは正しい…。
ふざけるなよ、じゃあなんださっきまでのドS委員長みたいな雰囲気のお前は!
「いやいや、お前全然違うぞ?さっきと。もう胸しか変わっていないところはないよ?」
「む、胸って、そればっかり言わないで下さいよー、蘭くん。ちょっと気にしてますし、そもそも女の子にそういうこと言わないで下さいよ。まったくもう」
……背中が痒いな。まぁ、こっちの紗江(白紗江と呼ぼう)の方が好きだから、戻ったことは構わないけれど。
いつまた、さっきの紗江(こちらは黒紗江だ)に豹変するかわかったもんじゃないからな、安心してはいられない。
「うむ、クラス発表か。そうだな、明日からのクラスが分かってないとな。じゃあ行くか、菊里」
「……さ、紗江で……いいです」
ああ。自分の中で白紗江、黒紗江と分けていたから、なんとなくどっちかわからないときは、菊里、と呼べばいいと思っていたけれど。
なるほど、俺に名前で呼んで欲しいのか、紗江は。なんか嬉しいな。ラノベ主人公って素晴らしい。
「……そうか。じゃあ行こう、紗江」
「はいっ!」
嬉しそうに返事する紗江。
こうやって2人の距離が近づいていくのか。
なんなら物理的な距離も近づかせて欲しいのだが。具体的には、胸に顔が埋まるくらいには近づきたい。
──とりあえず、もう一度校門の方へ行った。クラス発表はどこで行われているかわからなかったからだ。
校門につくと、驚いたことに、まだ下校していない新入生が残っていたらしく、下駄箱の方で、何組だったー、とか、そんなことを話していた。
「ふむふむ、どうやら、クラス分けが書かれた何かが、下駄箱の方にあるようですねぇ」
顎に手を当てて探偵風に言う紗江と生徒玄関に向かうと、そこにはクラス分けの結果が掲示されていた。
「さぁて、俺の名前はどこだ……?」
……お、あった。1年……2組か。紗江はどうだろう。
「俺は2組だな。紗江は?」
「私もですよ!2組です!やった!」
なんだ?やけに喜ぶじゃないか。
「そんなに2組で嬉しいのか?」
「い、いえ。2組、ということが別段嬉しいわけではないですけれど……」
「ふーん、じゃあ、どうしてだ?」
「……!ら、蘭くんには内緒です!」
……なんで俺には内緒なんだよ。しかし往々にして、わざわざ、内緒です!なんて言うやつに限って、本当は聞いて欲しかったりするんだよな。
だからこそ、あえて追求しないスタンスでいこうか。逆にな。
「まぁ、紗江が言いたくないってんなら、これ以上は聞かないよ」
「あ、ありがとうございます……」
驚いたような顔をして、紗江はそう言うと。くるりと回って、俺に背中を向けて。
とても小さな声で呟いた。
「蘭くんと同じだから、嬉しいだなんて、言えるわけないじゃないですか」
──『……?今、なんか言ったか?』
とでも言うと思ったかぁぁぁ!!??
聞こえてんだよ!!全部!余すことなく!!
一語一句間違えずに繰り返して言えるわ!!ふざけんな!!この距離なんだから後ろ向いたって聞こえるに決まってるだろう!!台無しじゃねぇかよ!!
てか、これまでのラノベ主人公達は、こんなのも聞こえないような難聴状態でストーリーを進めていたのか!?いい病院を紹介してやろうか!?
……ふぅ。まあこのことは今はいい。とりあえず、聞こえた場合の返答の仕方を、今までのラノベでは紹介されていないからな。正解がわからないのだから。
普通に、主人公らしく、返そうか。
「……。い、今なんか言ったか?」
なんかぎこちない感じになっちゃったよ!くそっ!
「……いえいえ!な、なななんでもないです!!」
あ、すっごいちゃんとヒロインしてるわ。一応テンプレが成立した。
このまま2人で帰っても良いのだが、ここは好機だろう、畳みかけなければ。
「……俺は、紗江と同じクラスで、嬉しいけどな」
小さいが、確実に聞こえる声で言った。
「……え?今、嬉しいって……?」
顔を朱に染め、軽く目を見開いた紗江が、計画通り、聞き返してきた。
「な、なんでもねぇよ。行くぞ、紗江。帰ろう」
俺の名演技が炸裂する!!
「……そ、そうですね。……嬉しい、んだ。うふふ」
さ え に こ う か は ば つ ぐ ん だ !
俺なんかよりずっと嬉しそうに、紗江は小走りで俺の横についてきた。
作戦成功だ。これで帰り道に優しくでもしたなら、おっぱいを揉ませてくれるだろう(白目)。
……そんなサクサクいかないことは重々承知しているさ。少しづつ好感度を上げていこう。目指せパフパフ。
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──そんなわけで、帰り道。
まさか、女の子と2人で下校、なんて、夢みたいだなぁ。おっぱいを揉みたいなぁ。
2人で楽しくおしゃべりをしながら、朝、俺たちが出会った十字路に着いた。
その時。
気がついた。いや、ほんとうはもっと早く、俺みたいな人間ならばむしろ今朝この場所で顔を上げた瞬間に考えるべきことがあったはずだ。パンツよりも重要……だな、たぶん。
──俺の家……どこだ?
そう、この世界はおろか、この町さえ、俺は見たこともないのだ。家の場所なんてもっとわからない。
この世界での目覚めが、脳の覚醒が、ここ、十字路でのことだったため、『どこからこの十字路に来たか』を、俺は知らないのだ。
やっべー、これはもう紗江の家に行って紗江の部屋でお泊まり会しかねぇな……なんて、思っていた時、その子は。その子は、急に現れた。
──はぁ、はぁ。と、小さな口で荒々しい呼吸をしながら。
その子は。言った。
「……はぁ、はぁ。やっと見つけた……」
「──お兄ちゃん」