第19話 守りたいもの
こんにちは!
学生はもうすぐ夏休みですね。
ちなみに、夏休み最終日と夏休み明けの日が、日本の1年で最も自殺の多い日、みたいな話ですよね。
………本編どうぞ。
「──戦争に参加しているんだろう?」
アマルティアの言葉に、明らさまに動揺の色を見せる俺だが、何より驚いたのが、アマルティアの言う“悪い予感”とやらが、本当に的を得ていた、という事実だった。
とりあえずここで素直に首を縦にふるわけにもいかない。しかしここからアマルティアを誤魔化しきれる打開策はない。
「……根拠は?」
とりあえずその具体的過ぎる予感の根拠を。……まぁこんな質問している時点で犯人確定という感じなんだけれど。
「根拠も何も、そもそも誰だってすぐわかる事だったのだ。“あの”ランとレプトスがまた2人で何かを企んでいて、同時に、戦争への参加を却下されたランが次の日にはけろっとしていた。誰でもこの2つを結べば、大方、レプトスに協力してもらって戦争に参加でもしているのだろう、と考えるものだ」
「信用ねぇな、俺とレプトス」
「あると思っていたのか」
ヒドい評価だ、まったく。
とりあえず、現状、俺が取るべき行動は、元々の目的と変わらない。アマルティアにバレないように振舞っていたのも、一重に、“アマルティアを戦争に参加させないため”だ。
バレたとしても、アマルティアさえ説得できれば。
そう思い、どうにかアマルティアを言いくるめようと口を開いたのと、ほぼ同時。
「──どうして、言ってくれなかったのだ」
怒り──いや、悲しみを孕んだその声に、俺は言葉に詰まる。
「どうしてって、そんなの」
そんなの、決まってるじゃないか。始祖じいも言ってただろう。
「アマルティアを、戦争から遠ざけるためだよ、当たり前だ」
「どうしてだ」
「だから、お前を戦争から──」
「それがどうしてなのかと聞いている!」
声を荒げるアマルティアに、思わず後ずさる。俺は口を開閉させながら、言葉にならない思いを掻き集めて“声”を作る。
不満を形にする。何でわかってくれないんだ。どうして、なんで。そんな理由は決まってる。言うまでもないはずだ。
声に出す。
「お前を危険に晒したくないからだよ、わかるだろ!」
「わかるものかっ!……ならばなぜお前は命を危険に晒して戦場に立つのだ!ならばなぜ私はその間安全地でじっとしてなければならないのだ!」
「お前を守りたいからに決まってんだろ!お前が大事だから、俺に限らず、王宮内のみんなはお前を戦場から遠ざけるんだろ!そんくらいわかれよ!」
互いに大声を張る。アマルティアを守るためだと身勝手に言う俺と、守られる理由が見当たらないため、自分も戦争に参加したいと身勝手を主張するアマルティア。
互いの身勝手が、交錯し、衝突し、怒り狂う。
「ふざけるな!なぜ守られるだけでいなければならない!?お互いに守り合えばいいだろうに!なぜ私は傷付き帰る者たちを指を咥えて見ていなければならないのだ!」
「……でもっ、お前が戦いに行って、もしものことがあったら!」
「そんなこと“待つ側”は何時も味わっている!それなのにどうして、そんな思いをさせてまで守りたいからと言って戦地へ赴くのだ!?」
「そのまんまだよ!何が何でも守りたいからに決まってんだろ!」
「……だから。だから、ランは私を守りたいから、私を置いて命を賭けるのか?」
「当たり前──」
「ふざけるなっ!!」
胸ぐらを掴まれ、勢いそのままに押される。背後の壁に背中がぶつかり、思わず肺から空気が漏れる。
声音も息も荒いアマルティアは、張り上げた怒号に劣らない怒りの形相を浮かべ、溢れんばかりの怒りをどうにか嚙み殺して、声で喉を震わせる。
「お前が私を守りたいが為に戦うのなら、なぜ“その逆”は考えない……?」
「……ぐっ」
喉が押されて声が出ない。思考だけが加速し、想いだけが先を行き、どうにもならない感情にただ拳を握り締める。
「私だって!お前を守りたいに決まっているだろう!お前が大事に決まっているだろう!」
ドン、と。再び背中を壁にぶつけられる。震えるアマルティアの手には、悪意や嫌悪の感情ではなく、怒りと、悲しみに満ちた力強さが宿っているのを、今更ながらに感じ取った。
「──“守りたいもの”があるのは、お前だけだと思うなっ……!」
その言葉が、一連のアマルティアの怒りの全てをわかりやすく表していた。
ただそれだけだった。自分も戦場に興味があるとか、俺だけ行ってなぜ自分はだめなのか、とか。“そういう”わがままではなく。
自分だって守りたい、ただそれだけだった。
──でも。
「自分ならっ……“守れる”とでも思ってんのかよっ……」
アマルティアの手を握り、押し返す。
「現に、今では私の方がお前より強いではないか。そのお前が戦えるのなら、普通に考えて私だってそれだけの力はある」
「そんなもんじゃ生きてけるわけねぇだろうが……“万が一”が起こるのが、戦場だ!お前なんかじゃちょっと油断してそれですぐ終わりだ!それじゃ意味ねぇだろ!」
「だから私はお前より強いと言っているだろう!」
「強いやつが生き残るんじゃあ、ねぇんだよ!」
守りたい。それだけじゃ、ダメなんだ。それを結果にする力が必要不可欠なんだ。でも、その力とは、決して強さじゃない。
「戦場では!全員が死に物狂いなんだよ!もれなく全員が必死なんだよ!それは誰かを守るのに、じゃなくて!ただ死なないことに躍起になってんだよ!」
「そんなこと、私だって死にたくて戦場に行くわけでは──」
「誰もが常に全神経を尖らせて、誰もが勝つことより“生きる”ことに重きを置いてんだよ!“守れるだけの強さがある”なんて理由で生き残れんのは本当の実力者だけだ!半端な気持ちで言ってんじゃねぇよ!」
「半端なわけがないだろう!」
「戦場も見たことねぇくせに何言ってんだ!」
「見させなかったのはお前たちだろう!」
互いの胸ぐらを掴み合う。思いっきり額同士をぶつけ合い、睨みつける。
俺は、大して詳しくもないくせに、偉そうに戦争を、殺し合いを、語る。
「“もしも”がありえるんだよ!“万が一”を引き当てるんだよ!“最悪のケース”に辿り着くんだよ!そんな中で誰もが生に執着して動いてんだよ!想いとか、覚悟とか関係ねぇんだよ!“死ぬやつは死ぬ”んだよ!」
「そうならないためにこれまで修行してきたのではないのか!」
「結局は圧倒的な強者と!強運の持ち主と!俺みてぇな卑怯な臆病者しか生き残らねぇんだよ!最後に立ってるのは“誰かを守りたくて戦ったやつ”じゃねぇんだよ!」
自分が可愛くないやつは必ず死ぬ。頭に浮かぶのが、誰かの姿では、ダメなんだ。
そりゃあ勿論。レプトスのように、戦場を舐め腐ってて、そんでもって常に関係ないことばかり考えていても、勝って、生きて、帰れるやつもいる。しかしそんな、一握りにも、一つまみにも満たない強者のようには、なれない。
優先順位を間違えたやつから死んでいくわかりやすいシステムだ。
国を守りたいだとか、恋人や家族、大事な人を守りたいなんてのは、“戦場に立つ理由”でしかなくて、決して、“戦う力”にはなり得ない。そんな感情論で強くなれるなんてバカバカしいにも程がある。
それをわかってないんだ、アマルティアは。こいつみたいな性格ならなおさらだ。誰かのために戦い、誰かのために命を落とす。そんな馬鹿な主人公みたいな性格のアマルティアに、戦場はあまりに相性が悪すぎる。
「……その理論で言えば、私は死んでしまうと?」
「必ずしもそうとは言えない。事実、お前は俺より“戦い”に向いてるからな。でも、確率論でも勘や予感でもなく、お前みたいなタイプは殺される。現に俺も、“お前みたいな”やつを狙ってる」
「戦場の本質をわかっていない、というやつをか?」
「違うさ。“一対一なら得意”ってやつ、だ」
そう。戦争とは、国家や種族間という意味を省けば、個と個の喧嘩ではない。団と団なのだ。時には個々の能力を、時にはミスの許されない連携を。個人と集団の混合による肉弾、白兵戦において、一対一を得意とする者は、往々にして“多対一”の状況で命を落とす。
多対一、あるいは、多勢に無勢の場合、それは戦場に限らず、素直にビビりながら逃げ帰るべきだ。圧倒的な不条理を、絶対的な理不尽を、1人の力で変えるなんて無理だと誰だってわかる。
ライトノベルじゃあるまいし、人は皆、自分の人生の主人公にはなれても、英雄にはなれない。
しかし一対一を好む輩はそうした絶望的状況で冷静に1人で対応しようとする。
1人1人、倒していけばいいと、馬鹿なことを考える。無論、そういうやつから死ぬ。
そして、アマルティアは一対一ならほぼ無敵。父親の『生命』の能力の干渉を、産まれるまで、そして生まれた直後も受けたからだ。その結果、人間の域を超越した運動能力、反応速度、強靭な肉体に凄まじい回復速度。
下手な剣では傷さえ付けられない。肌の作りがそもそも違う。脳の情報処理能力の高さは言うまでもなく、その時その時の最善を選択するスピードが段違いだ。
細身の体に合わない怪力。しなやかな剣技はそこらの達人を余裕で超える。
加護神ベータの加護を受けていない人間では確実に最高位の存在。いや、加護を含めても、トップレベルの生命体。
世界に選ばれたとしか思えない圧倒的な潜在能力。
──しかし。それでも。それでもやはり、“慣れない”戦いではその力も十分に発揮できない。
いくら脳の回転がシャレにならないくらい早くとも、危機察知、即時決断とは、経験とそれによる感覚によって生み出されるものだから、咄嗟の行動がうまくできないであろうアマルティアに、予想外だらけの戦場は危険が過ぎる。
アマルティアは確かに強い。しかし、戦場で活躍できる保証はない。もしかしたら、とんでもない逸材で、対大群戦において非凡さを見せるかもしれない。
しかしながらやはり、“かもしれない”なんて曖昧な希望と期待でアマルティアを危険地に送り込むのは愚かしい。
「……しかし、どんな状況でも対応できるよう、私だってアグノスとこれまで──」
アマルティアのその言葉は、次の瞬間、鳴り響いたドォンという爆音に掻き消される。
俺たちは同時に窓の外に目を向ける。そこには、夜にも関わらずオレンジ色に照らされた雲と、空から降り注ぐ炎の雨が。
まるで地獄を想起させるその光景に、瞬時に理解する。
“敵”の攻撃だ、と。
人間軍が仕掛けてきた先制攻撃。恐らくは、炎の神法を得意とする神託者を集め、一斉詠唱からの一斉発動による炎の流星群。
そして何より厄介なのが、今も視界の端で燃え続けるパトリダ外周の森。
パトリダの最終防衛ラインにして、なんだかんだ我々ゴブリンが有利に戦える場所でもある。そこに雨のごとく炎を降らせようものなら、すぐに燃え広がり、やがてそこは焼け野原へと姿を変える。
まだ一部にしか火の手は回っていない。しかし空には、今も落下してくる炎の星々が。
俺はすぐに部屋を出る。が、しかし。ドアの前でアマルティアとぶつかる。アマルティアも部屋を出ようと駆け出していたのだ。俺は焦りもあって、語調を強めて言った。
「くるなっつったろうがっ!」
「だからと言って、あの光景を見て見過ごせるわけがないだろう!」
「お前も知ってんだろ!あの森はパトリダの最終防衛ラインなんだよ!んでもってそこまでもう人間軍が来てんだよ!今はわがまま言ってる場合じゃねぇんだよ!弁えろ!」
そう言い残して、俺はアマルティアを押しのけドアを開ける。一瞬見えたアマルティアの横顔に、胸の真ん中を抉り取られるような痛みを感じつつ、速度を落とさず王宮を出た。
──王宮のある中央地は、パトリダで1番高い丘の上にある。丘全体は高い塀に囲まれているが、中央地のさらに中央である王宮からは、塀の外の景色が見渡せる。事実上、パトリダで最も高い位置だからだ。
俺は王宮入り口に立ち、そこで足を止めた。勢いそのままに森まで駆けつけようと思っていたのだが、どうにもおかしい事実に気がついて、思わず立ち止まったのだ。
──どうして、まだ最初の爆音の際に着火した部分しか燃えてないんだ?
森ほど燃え広がりやすい場所はないだろうに。というか、そうでなく、今はもう無いが、先ほどまで空を覆い尽くしていたあの炎の雨は一体、どこに行ったんだ?
あの量の炎が降り注げば、簡単に森は灰になるはずだ。おかしい。
そうして思索にふけっているうちに、また森の奥の方からオレンジ色の光が花火のように打ち上がる。再び夜のパトリダが明るく染められる。放物線を描いて、その炎たちは森へと加速し、落下する。
実力的にも、今いる場所的にも、何もできない。ただその光景を見ていることしかできない。瞬きもできず、大きく見開いた俺の視界で、炎の流星群が森を襲った──
──シュボンッ。
という、マヌケな音がした。プシュウ、という情けない音がした。
俺は信じられない現実に目を疑う。
──炎が消えた。森に触れた瞬間に。頼りない音を立てて、次々に炎が消えていく。水系の神法は使われていない。ただ勝手に落ちてきた炎が勝手に消えていく。
ただ森と炎を凝視していると、あることに気がつく。森の色だ。
色がおかしい。何か、黄緑の光を森が放っている……?
いや、違う。森を黄緑の光が“覆っている”……?
一体、何が……。
──再び空が闇を取り戻す。舞い上がったオレンジ色の輝きたちは跡形もなく消えた。騒がしかったパトリダも、落ち着いた空を見上げて、やがてまた静かな夜に溶け込んだ。
立ち尽くしていても何にもならないので、一応森まで走ったが、人間軍の姿はなく、いつも通りの濃霧と静寂に満ちていた。いくらやっても、炎の神法は効果がないと悟ったのだろう。
しかしそれで終わるとも思えない。やり方を変えてくる可能性も十分にある。
──“攻守”ともに、体勢を整えるべきだ。
そう思い一度王宮へ戻った俺だったが、そのとき見上げた丘の上の王宮の屋根に立つ2人の“絶対攻守”の姿には、気づくことはなかった──。
ありがとうございました。
第2章に入ってから、ラブコメ要素が消滅しました。理由としては、ただ一つ。主人公含めて、登場キャラがゴブリンだからですね。
だからラブコメ要素はもう少し先になりそうです。(第1章のヒロイン達もいずれ……?)