第18話 炎の男と表裏の双子
こんにちは。今回も読みに来てくださり、感謝千万の極みです!
学期末テストも2つの意味で終わったので、これからまた気兼ねなく続きを執筆できます。
騒がしい中庭を、廊下の窓から見下ろす。
中庭には、戦場から帰還した兵士ゴブリンたちが何十人も集まって、ワイワイと騒いではそれはもう楽しそうにみんなで晩御飯を食べている。
月明かりの下、笑い声が飛び交い、香ばしい肉の香りと煙が立ち昇る。レプトスがまたよく分からない一発芸を披露して場の空気を微妙にしているが、しかし活気に溢れたその中庭の様子は、つい先日の光景が嘘のように思えるほどだった。
そう。人間との戦争が始まってすぐのこと、朝俺がこの中庭を見下ろしたときに見たのは、血にまみれ、全身に火傷を負った兵士たちの姿だった。
イギア姉や、その時たまたま王宮にいたピズマの活躍もあり、死者は出なかったが、戦意喪失とは正にこのこと、といった雰囲気だった。
詳しい話は教えてもらえなかったが、レプトスが言うには、どうやら戦争が本格化した初日。朝一番で戦場に向かった兵士たちの前に現れた人間軍は、“たった1人”だったという。
それはもう“軍”ではない、と思った俺だったが、どうやらそうでもないらしく──
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──約200年前。エルフの少女に抱かれて現れたソレは、赤い光を放っていた。
この世の何よりも生命の息吹を感じさせるそれは、それからの時代を孤独な強者として生きる覚悟を少女に問うた。少女はその残酷で、そして何よりおぞましいその力を、その運命を、受け入れた。
龍皇玉である。
少女が選ばれ、少女が受け入れ、世界を、時代を担うその真紅の輝き。
龍皇という存在が、新たな時代を生きていく瞬間の始まり。
その時は、卑劣な人間たちのやり方にまんまと世界中が嵌まり、結果的にそのエルフの少女は無残に殺され、龍皇となったのは1人の男だった。
──フロガ。
男の名はフロガ。ギリシア語で炎という意味だ。燃え盛る炎のように輝き、何よりも強く生きて欲しいという親の想いがこもった名前だ。
フロガは優しい男だった。とても、とても優しい男だった。
──とても、“自分に”優しい、男だった。
次期龍皇戦争を人間種族が優位に進めるためのスパイとして、彼はエルフ領の小さな村に自分を偽って滞在した。
もともと、自分以外のものに興味がほとんど無かったフロガにとって、住む場所が変わろうと、関わる相手が誰だろうと、自分を偽り、演じることは容易かった。
そうして。炎の名を持つ彼のすぐそばに、それは現れた。
──龍皇玉。
さらには、たまたま自分に懐いていたエルフの少女が、その紅蓮の輝きに選ばれた。
フロガはその玉に魅せられた。
自分の存在の小ささ、大いなる龍への畏怖、感動を、当時17歳だったフロガは心から感じた。
そして何より、“欲しい”と思った。龍皇玉、ではない。龍皇という身分、でもない。
その大いなる存在が、自分となる、その瞬間が。欲しくて欲しくて、堪らなかった。
その日から始まった龍皇戦争中、フロガはただ、自分が神にも近しい存在となったその姿を想像して恍惚と震えていた。
やがて我慢の限界に達したフロガの欲望は、人間種族の作戦通り、そのエルフの少女の命を刈り取った。
彼自身は気づいていなかったが、その少女を殺す瞬間が、フロガが人生で1番の笑顔を見せた瞬間だった。
そして彼は手にした。炎の名を持つ彼の生命と共鳴し、咆哮という産声を上げて生誕したのは、炎を司る1体の龍だった。
男は龍に涙ながらの笑顔で叫んだ。
「今っ!たった今!この瞬間に、“フロガという男が始まるッ”……!!」
──男が真紅の光に包まれるのと、世界がその男の、フロガという時代に変わったのは、同時であった。
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対人間戦争が本格化した初日、前衛軍が敗走したからと言って、なぜ始祖じいやピズマはあそこまで焦っているのだろうか、と。なぜあんなに慌てて、そして困り果てているのだろう、と。
そう思っていた。しかしレプトスから断片的に聞いた話によれば、どうやら、かの伝説が。
今俺が生きるこの時代の頂点を歩き続けた伝説が、戦争に参加してきたという。
無論、龍皇だ。
しかし、それなら人間種族と戦う時点で視野に入れるべき問題だったはずなのに、何故こんなにも王宮の幹部たちが騒然となっているかと言えば。
龍皇の寿命は約200年。
それは龍皇となった生命体に“力”という加護を与える、龍自身が、約200年生きるという理由に尽きるが、始祖じい曰く、歴代の龍皇たちの中でも、200年生きた者は1人か2人しかいなかったらしい。
さらに言えば、そうして人間の域を超えた者たちは、約200歳の時には、戦うことはおろか、動くことさえ困難な身体だったと言う。
つまりは、生きられるのは200年近くだが、龍皇として君臨できるのはそんなに長くはない、ということだ。
それを踏まえれば、現龍皇は、すでに200歳を超えているわけだから、今回の戦争はもちろん、戦いの場にはもう現れない。というのが、世界の見解だった。
しかし、龍皇は現れた。そして、パトリダが誇る兵士たちをたった1人で焼きはらい、撃退した。
殺すまでに至らなかったのは、回復させる『天使』たちが有能すぎたわけだが、それにしたっておじいちゃんなんて年齢じゃないはずなのに。
それなのに未だ現役として戦場に立ったと言うのだから、そりゃあ驚きもするし、何より最大の脅威として警戒する。
初日だけ龍皇が現れた理由は、俺らには分からないが、もしかすれば、元気に戦えるのにも、体力的な時間制限があるのかもしれない。
あるいは、初日でゴブリン側に実力の差を明確に思い知らせて、戦意を喪失させるという目的だったかもしれない。
いずれにせよ、2日目以降、龍皇は戦場に現れていない。
大群を1人で相手にするようなバケモノが、またいつやってくるかわからない。先日から戦線デビューを果たした俺も、無論他人事じゃあない。
この事実一つが、今の戦況が劣勢であることを意味する。龍皇がいるのといないのとでは話にならない差が生まれるから。
……まぁ。だからと言って、じゃあ龍皇怖いんで明日から部屋に篭りますね、なんていうわけでもない。
罠か好機か。どちらかの判断は今の所難しいが、どちらにせよ俺がやることは変わらないし、ゴブリン種族としての方向性もそのままだ。
とりあえず、今は幸いなことに龍皇が現れていないし、その上、前線も押し上げているので、ここで後手に回るのは愚策だろう。
攻めの姿勢は失わず、最大の脅威への警戒だけは怠らずに戦いを続ける。
この戦争が終わるには、どちらかの種族が滅ぶ、ないし負けを認めるか、あるいは始祖じいが話つけてきて仲直りなんて展開もあるかもしれない。
まぁ、十中八九、どちらかが降参するか滅ぶか、だろうけどな。
今現在は、俺の眼下に広がるどんちゃん騒ぎを見て分かる通り、いい調子には乗れている気がする。士気も高いし。
そあいう理由もあってか、作戦班のハイゴブリンが今日下した判断は、確かに勝気な判断だと言えた。
戦場に、幹部ゴブリンを送り込む。
まぁ実際レプトスという死神級の強さを持った幹部が既に戦場を闊歩していたとは誰も知らないので、“初の試み”ということになる。
どういうことかと言うと、これまで何度もあった他種族との争いや、他種族同士の戦争への援軍として戦争に参加してきたゴブリンだが、かつてそれらの戦場に幹部ゴブリンを送り込んだことは一度としてなかった。
無論、その実力を世界から隠すためと、温存のような意味で、だが。
しかし今回は、初めて、幹部ゴブリンが戦場に赴く。
選ばれたのは、2人。いや、もう1人と言ってもいいくらいだが、まぁ。
双子だ。双子の神託者。言ってしまえば魔法使い(この世界に魔法は存在しないが)みたいな。
俺もあんまり話したことないし、というよりその双子はほとんど中央地にいないから接点がそもそも少ない。
いつも2人でいて、話しかけてもほとんど返事はないけど、双子間ではすごくおしゃべり、みたいな噂を聞いたことがある。実際俺が初めて会ったときも2人は終始無表情で無関心だった。
まぁ有名な話だ。“コインの双子は無愛想”ってよく耳にしてる。
2人は双子だが、生まれた時間で言えば、兄と妹だ。
兄のデクシア・コインと、妹のアリステラ・コイン。
コインの双子は無愛想、と、同時に、コインの双子はこう呼ばれている。
──“絶対攻守”
実際に戦っているところは見たことがないので、正直その呼び名の意味は測りかねるが、なんだか強そうなのは俺でも分かる。
そんな2人を戦場に送り込もう、という判断を、作戦立案担当のハイゴブリンが下した。
彼は頭が非常に“きれる”ので、別段この指示は、優勢で調子に乗った結果では、ない。
おそらく、もともと考えていたのだろう。龍皇戦争が始まろうが、今みたいな戦争が始まろうが、いつどのタイミングで幹部ゴブリンを世界に放つべきか、ずっと考えていたのだろう。
今俺たちゴブリンが人間軍に対して優勢であっても劣勢だとしても、どちらにせよコインの双子は戦場に立ったはずだ。
注目すべきは、こちらの切り札である幹部たちがどれほど通用するのか。
レプトスはちょっと参考にならないので省くが、何人かいる幹部たちの実力によっては、戦争の終結は近いかもしれない。
俺はそんな少しの期待と、中庭の光景の微笑ましさに口元を緩めながら、部屋に戻った。
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ギィーー、ー、ー、、ー。
壊れかけのドアを開けて部屋に入った。
腰に携えた革製のナイフケースごと、亜水晶石のナイフを机に置く。
上着を脱いで壁に掛け、窓を開けて風を通した。
すると。またギィー、という音と共に、閉まりかけのドアが開く。
振り返ると、そこには絶世の美少女……じゃなくて、美少年が立っていた。思わず頬が緩み、声が弾む。
「よ、ティア。中庭、騒がしいよなぁ、みんな調子乗っちゃってさ、あんな調子で大丈夫かねぇ?……まぁ、楽しそうだしあとで俺らも行こうぜ?」
「…………」
「……ティア?」
押し黙るアマルティア。その表情はどうにも明るいとは言えないもので、俺はとりあえず話を聞いてあげようと思った。何か悩みでもあるのかな、と。
俺も黙って、アマルティアから話し出すのを促していると、アマルティアは机に置かれた俺のナイフケースを手に取って、ナイフを抜き出した。
無論、血などの汚れは洗い落としてある。
その半透明の白色の刃を見ながら、アマルティアは口をやっと開いた。
「……ラン。何か私に、隠していること、ないか」
「……別にないけど」
「……レプトスから聞いたのだが」
「あぁ、黒歴史のことね、それならもう忘れてくれあんなのは気の迷いだったからもはや俺の意思ですらないというかもしかしたらあの日あの時あの場所でレプトスにくさいセリフを吐いたのは俺ですらなかったかもしれないな?」
思わず早口になる俺。しかし、自分でそう言ってから気がつく。そう言えば、レプトスはアマルティアにはこのことは言っていないと言っていた。
じゃあ何を聞いたんだ?何を言われたんだ?
俺の心の中の質問に答えるようにアマルティアはその声で喉を震わす。
「レプトスが言っていたのだ。『お前、ランから何か聞いてるか?……そうか、聞いてねぇか。お前、大事にされてんなぁ』、と」
「……俺から何か聞いているかって?レプトスが?」
「ああ。そのレプトスの言葉で私は色々と考えたのだが、考えるよりも聞いたほうが早いと思ってな。しかし何より問題なのは」
問題なのは?と目線で聞く。
「悪い予感が、するのだ」
「悪い予感?」
「ああ。最近ランは、めっきり王宮にいなくなった。昼間も、夜も出歩くことが多くなった。それにレプトスが関与しているのは想像に難くないが、その2人で何をしているのか、という疑問と、そしてそれに対する悪い予感があるのだ」
さすがに最近は戦場に行きすぎたかな。俺も調子乗ってたから、バレないで行動するって意識が薄くなっていたのかも。
とはいえここでアマルティアにバレても意味がないので、とりあえずごまかそう。
「いや別に、いつも通り2人で遊んでるだけさ。……その悪い予感ってのも、気のせいじゃないか?」
「いいや、ラン。私の予感は、とてもとても良く当たるのだ」
「そ、そなの?」
うむ、と言って腕を組んだアマルティアは可愛いドヤ顔で話す。
「数年前にも、『どこかの路地裏で子供が不良に囲まれている』という悪い予感がして向かったら案の定そこにはその通りの状況が広がっていた、ということがあったぞ」
「俺との出会いのシーンじゃねぇかっ!もうそれ忘れろよ!」
恥ずかしいわ。あの日な、あの日。
王宮を抜け出して壁外の子供達とサッカーもどきをして帰ろうとした時、不良に絡まれたんだった。
俺はめちゃめちゃ必死に命乞いしたし、最後には豚の真似までしたんだ。その直後に上からアマルティアが落ちてきて、ピズマも後から来てどうにか助かった。
でもあんなの嫌な記憶でしかない。
「てか、何だよその具体的すぎる予感は。子供が不良に囲まれてる予感ってそんなの感じるものなのかよ」
「事実だ。そして、今回も、私は最近のランにまた悪い予感を感じている」
「ぐ、具体的だったりする?」
聞きたくない場面だが、そのアマルティアの予感が今の俺の現状を正確に捉えたものだとしたら、それは俺のピンチに直結する。唾を飲み込み、嫌な汗を背中に感じながら俺はアマルティアを見る。
アマルティアは目を細めて、強い声音で言葉を紡いだ。
「──ラン、お前」
──戦争に参加しているんだろう?
ありがとうございました。
また来てね♡
……ごめんなさい。




