第17話 『お前だよ』
お久しぶりです。おはようございます!
金曜日が定期考査の1日目でして、爆死したので勉強やめて書きました。この話。
夕方。
随分と低くなった陽が世界を橙色に染め上げる。
食堂には、始祖じいの他、俺とアマルティア、そしてアグノス、ピズマなども含めた大勢の幹部ゴブリンがいた。
別段、特別な会議やら何やらをしているわけではない。普通に晩御飯をみんなで食べているだけだ。
始祖じいの方針なのか、ゴブリンの習性なのか、そこのところ分からないが、少なくとも中央地に住まうゴブリンは、集団意識が強い気がする。
何かと集まるというか、単独行動を避けているような。女子か、お前ら。
まぁ、最弱種と呼ばれるが故、束になってその弱さを補う面があるのかもしれないが、俺は兵士ゴブリン達としか接していないので、今のところゴブリンが弱いという印象がないのだが。
そんなわけでみんなで大テーブルを囲む。
隣で、アマルティアの分の肉をアグノスが凄まじいスピードで食べたが、アマルティアの反応速度が上回り、バレて怒られていた。
ピズマはいつもそうだが、本当に美味しそうに食べる。そしてありがたそうに目を瞑り、よく噛んで飲み込む。ピズマはご飯の時間が1番幸せそうに見える。
始祖じいは食べ方が綺麗だ。魚の骨も普通に食べるから、ほとんど残さない。常に背筋が伸びていて、何に対しても姿勢が良いところは、流石は始祖様と言ったところだ。
アマルティアは食べるのが早い。というかせっかちだから、まだ飲み込んでないのに次の一口を詰め込むからすぐに喉に詰まる。
その小さな口にパクパクと食べ物を運んでいく。アマルティアはそんなに体が大きくない。むしろ女の子のように華奢だ。なのにどうやってあの量の食物を体内に入れてるのか未だ疑問である。
俺の正面で、俺の肉を狙っているのは──
ガタンッ。
席を立つ。
「んぐっ………、どうした、ラン?もう食べないのか?ならば私が」
「悪い、今日食欲ねぇわ」
言ったっきり俺は食堂から出る。出口に向かう途中、視界の端で笑っている気がした。
死神が。
──部屋に戻る。寝床に倒れて、目を瞑り暗闇に意識を預ける。
記憶が蘇る。瞼が作り出した真っ黒なスクリーンに映し出される、死滅する命。
衝撃的だとか、怖かったなどではない。
あれは、紛れもない、嫌悪感。
今日植え付けられた感情は、これからの俺の行動を変えてしまいそうで、変えられてしまいそうで、酷く不安に駆られる。
あの凄惨な死の大量製造を思い出す。
そして何より。
震える俺と、そこに帰ってきた死神との会話を思い出す。
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死神が──レプトスが、帰ってきた。
たった数分だ。レプトスが命を刈り取りながら戦場を闊歩したのは。
しかしその数分で戦況は変わったし、俺の心境も変わった。
返り血ひとつ付いていないレプトスはいつも通りヘラヘラしながら話しかけてくる。
「ひゃはは。よぉ、“どうだった”?」
「ッ……お前、わざとだろ」
「睨むなよ、怖ぇ、怖ぇ、ひゃはは」
俺は、俺の内側から溢れる明確な嫌悪感を態度に、声音に、乗せた。
わざとだろ、と言ったのは。
レプトスの性格的に、殺しを楽しむタイプではないと思っているからで、現に先ほどまでのレプトスは、いつものように笑えてなかった。
レプトスは相手を騙すのが好きだ。欺くのが好きだ。虚をつくのが大好きだ。
でも、殺すのが好きな男ではない。
そんなやつが、わざわざ“あそこまで”やってまで、無残に命が散る瞬間を俺に見せつけた。
明日からでも戦争に参加する、と。意気込む俺に、殺すことの理不尽さを、奪うことの悲しさを。
見せつけたのだ。
わかっている。わかっているんだ。
レプトスは、俺を試してる。レプトスと草むらに隠れて見ていた光景だけで思考を停止させた俺に、そんなものではない、と現実を突きつけて、試している。
「で。どうすんだ?“まだ”やりたいか?」
レプトスは訊いてくる。
ここで即答できないようじゃあ、そのためらいが生んだ隙によって俺は死ぬだろう。
覚悟もないまま戦場に立つのは、互いに命を奪い合う敵にも失礼だ。何より、そんなやつに戦場に立つ資格はない。
だから俺は、声を震わせて、間髪入れずに即答した。
「──やりたく、ないっ」
拳を握りしめた。本心だった。こんなのを見せられて、それでも、命を奪いに血に染まった世界に赴きたいとは、とてもじゃないが言えなかった。
俺ならできるなんて、思えなかった。殺す側の心情にも、耐えられると思えなかった。怖かった。レプトスが。そして、戦争が。
俺の、悲痛な回答を聞いて、レプトスは眉を下げて、優しく小さな声で呟く。
「………そうか、それなら──」
「でも」
レプトスの言葉を待たず、俺は。震える拳と声を押し殺して、強がって、大きな声で叫ぶ。
「ここでやらなきゃっ……俺は、何者にもっ……なれないっ!」
目を見開くレプトス。俺の一挙手一投足を感じ取り、俺が強がっていることに気づいているだろう。噛み締めた下唇が俺を奮い立たせて、無理をしているのが、目に見えてわかるだろう。
それでもレプトスは、また俺に問いかける。
「じゃあ、何者みてぇになりてぇんだ?お前は」
「そんなの、言うまでもないだろうが……」
俺は無理やり口角を上げる。笑えているだろうか。勝気な笑みを作れているだろうか。
それは定かではないが、俺の口からでた心は、確かに──。
「──お前だよ、レプトス」
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「んぐぉあわぁああああっっ!!!」
枕に顔を埋めて叫ぶ。身体中を掻きむしって暴れ回る。
──何だよっ!『お前だよ、レプトス』ってぇええええ!!!!
恥ずかしいいいいいいいっっ!!!!
やばいやばい、俺マジでキモい。厨二病くせぇえええ!!!
うわぁぁぁ!!もうだめだ!レプトスの顔見るだけで俺の醜態を思い出して食欲も湧かねぇえええっ!
……あ、そういうことなんで、読者様。
別に、レプトスが敵をぶっ殺し回る姿に凄まじい恐怖を覚えて、そのレプトスを見るだけで気分が悪くなってるわけでは、ありませんよ。
レプトスに対して俺が放ったくさいセリフが、俺の黒歴史メモリーに新規登録されてその恥ずかしさに悶えて、思わず食堂から逃げ出しただけです。
マジであかん。あの後、満足そうに頷いたレプトスは、王宮に帰ってからもニヤニヤしてて、それで冷静になった俺が自分の発言やら態度を思い出して苦しんでいるのをやたら楽しそうに見てやがった。
さっきも、俺が肉にナイフを入れようとしたらニヤニヤヘラヘラしてたし、『あれ?お前ナイフで肉切ってから食べんの?俺なら一口でいくぜ?“俺なら”』とか言ってきやがった!
みんな不思議そうな顔してたじゃんかぁ!ふざけんな!
いや、お前みたいになりたいっていうのは、レプトスみたいに強くて、いつでも余裕そうな男にって意味で、食べ方やら何やらまでお前と合わせる気は猫の額ほどもねぇよ!
やべぇええ、これ一生からかわれるわ。いいネタを提供しちゃったわー。
「ぐぅうううううっ……」
部屋には、俺の唸り声が木霊した。
──不意に。
ドアの開く音が耳に滑り込んでくる。
この時点で入ってきたのがレプトスではないことが確定する。
レプトスなら、どんなに壊れて音が鳴るドアでも、無音で入ってくるからな。ということは、アマルティアか。
顔を上げる。案の定、アマルティアと目が合う。
虚ろな目をした俺を見て、アマルティアは頬をひくつかせた後、なぜか期待したような声音を紡ぐ。
「なぁ、ラン。レプトスから聞いたんだが──」
「んなぁあにぃい!!??」
「うわっ」
レプトスから聞いたぁぁ!!!???
おい!何をだ!ふざけるな!黒歴史は本人だけが自覚することで十分なはずだ!
まさか!?レプトスはあの後食堂でみんなに話したのかぁ!?
ぶっ殺す!!
んがぁぁぁぁああ、と。叫びながら部屋を飛び出した。
ドアの前にいたアマルティアとすれ違うとき、不思議そうな顔をしていたように見えた。が、今はそんなの関係ない。
王宮内を駆け抜ける。階段を一気に飛び降りる。食堂に駆け込んで、息を切らしたまま叫ぶ。
「レプトスぅぅあああぃっ!!」
血走った目を見開く。視界に捉えたのは。
──ニヤニヤしたレプトスと、温かい目のピズマ。笑いをこらえている始祖じいと、下を向いてクスクス笑う他の幹部達の姿。
「うわぁぁぁあああああ!!!!」
俺は両手で頭を抱えて膝をつく。多分今、耳まで真っ赤だと思う。
「ひゃははははははっ、ひゃははっ、は、腹いてぇっ、ひゃははははっ」
腹を抱えて、笑い転げるレプトス。涙を流しながら俺はそいつを睨む。
「レプトスてめぇぇ!」
「ひゃははははっ……、ふぅ。笑い過ぎて死ぬかと思ったぜぇ、ひゃはは。……あ、でも安心していいぜぇ、ラン。アマルティアには本当のことは言ってない」
「アマルティア“には”ってどういうことだぁ!?他の奴らにはバラしたってことかぁ!?」
必死に叫ぶ俺の姿に、またも吹き出すレプトス。歯ぎしりしながら地団駄を踏む俺とレプトスを見て、始祖じいが咳払いをわざとらしくした。
「ごほんっ……。何があったのかは知らんが、安心しろ、ラン。私たちはレプトスから何も聞いていなぷぷぷっ!」
「おいいいいいいっ!!」
「いいではないですか、ラン様。何もおかしくないではありませんか。かっこいいです」
「お前そういうの好きだもんな!?熱血とか!努力友情勝利とか!」
全く誤魔化せなかった始祖じいと、素で肯定してくるピズマ。どっちもいやだ。
食器の片付けをしている他のゴブリン達も、肩を震わせている。顔見えなくとも笑ってんのわかるからなっ!
「まぁ、いいじゃねぇか。その激情を今度は行動で示してくれよ、ひゃはは」
笑うレプトス。行動で、というのは、戦場での戦いで、ということだろう。
おそらく、というか確実に。レプトスは今日の俺の黒歴史をみんなに暴露したとき、今日2人で戦争の最前線に行ったことは伏せているだろう。
まぁおおよそ、修行してたら俺が恥ずかしいこと言ってきた、みたいなことをみんなに言ったんだろう。
本質が変わらないから恥辱度は同じだがな!ふざけるな!
「不思議なことではありませんよ、ラン様。誰だって憧れる人物が、目標となる師が1人や2人、いるものです」
「……実際、どこまで聞いた?」
「ラン様が、『お前だよ、レプトス』とかっこよく言い放ったというところまでですが?」
「びゃああぁぁああうううっ」
断末魔が喉を震わせた。
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駆け回る。大きなマントが翻る。
乾いた土を思い切り蹴る。砂塵が舞う。
低い体勢で前進。亜水晶石で作られた半透明の白刃が肉を捉える。
振り抜いたナイフに遅れて、血が噴き出る。宙を舞う砂塵が地面に舞い降りる頃には、そこから離脱する。
太陽が真上から“戦場を”照らす。
乾いた土には、血と汗が滴る。
一旦激戦地から離れて、木陰に身を隠す。
直後、声をかけられる。
「ふぅ、よぉ、どうだ、ラン。“初めての戦線”は。ひゃはは」
──そう。今は昼時、場所はパトリダからそう遠くないだだっ広い荒野。
視界の端には、未だ命を削り合う人間とゴブリンの姿が確かにある。
ナイフを強く握りなおす。
「いやぁ、思った以上に雰囲気がピリピリしてんな。当たり前か、殺しあってるわけだし」
少し上がった息を抑えて、勝気な顔でレプトスにそう返した。
「そうか。じゃあお前はそのままのやり方でいいからよ、敵の援軍が来るくらいまでは頑張れ、ひゃはは」
そう言って視界から消えるレプトス。幽霊かお前。
それはさておき。俺は今日、初めて戦場という地で修行の成果を確かめている。今日から戦線デビューの俺は、以前からレプトスに教わったやり方で戦場を駆け回る。
立ち上がる。ドォォンという爆発音が轟いた瞬間、走り出す。
走り出しの足音は、まだ消せないので、こうして他の音に紛れて走り出す。
レプトスのように、誰からも感知されないというチートみたいな技術はないので、俺は敵の背後に回ると、その敵と戦っている味方の兵士ゴブリンに見つかってしまう。
レプトス以外の、ここにいる誰にもバレないように戦争に参加し、そして帰る。そのためには、味方からも隠れつつ、行動しなければならない。
レプトスは今も堂々と歩きながら殺していく。
俺はわざと地面を蹴り上げて、砂煙を上げてそれに紛れたりしながら戦う。
1番近くの戦闘に割り込む。
今回は、味方の兵士ゴブリンの背後に回る。
……成功した。味方にはバレてない。しかし、当たり前だが、敵の人間が俺に気づいた。
俺は亜水晶石のナイフを、その人間の足元に投擲する。右足の甲にナイフが刺さり、悶える男。その隙を見逃さず、兵士ゴブリンがトドメを刺す。すかさずナイフを回収しつつ離脱する。
今回も成功だ。俺に気づいた敵は死んだし、味方にもバレてない。
こんな調子で、俺は味方の援護という形で戦争に参加している。
ファンタジー世界なのに、魔法の一つも使えなければ、伝説の剣とかも持ってない。あるのはレプトスから貰った砂色のマントと、亜水晶石のナイフ1本。
それでも、俺はこの世界で誰かを助け、どこかを救い、何かを変えている。
──ここからだ。
俺がこの多種族ひしめくファンタジー世界に来て約5年が経つが、やっと、スタートラインだ。俺が憧れた主人公らしさを、行動にできる時がきた。
俺という男が、この世界に来て初めて。何かを成し遂げる好機を手にしたんだ。
──またどこかで見てるのか、立花。
主人公ぶって、厨二病くさいことばっかしてる俺を、またどこかで笑ってるのか?
でも、お前に連れてこられたこの世界を、俺は。
俺色に染めてやるから、しっかり見とけよ、立花ミズキ。
ありがとうございました。
新たにブックマークをしてくださった方々、そしてこうして読みに来てくださった方々。
伝え切れない感謝の一部をここに。
また読みに来てください( ´ ▽ ` )ノ