第16話 死神
こんにちは、今日も、読みに来てくださり、本当にありがとうございます。
先日、急にPVが増えまして、久しく興奮してます。どうでもいいですね、はい。
仲間には内緒で、戦線に参加するため、レプトスと修行を始めて、約6日が経った。
基本的にやることは把握した。それらを一通りこなすことも今ならできる。レプトスは試験形式で、俺の技術の進捗状況を確認し、その度にここが悪い、それは上手い、と、的確なアドバイスをくれるので、上達が早かったように思える。
もうすっかり、濃霧の中でも難なく動けるようになった。夜は中庭で、昼間は中央王宮裏の森で、毎日毎晩霧の中で目を、耳を、凝らしてきた。
レプトスを見つけることはできないが、どこかにいるレプトスが霧の中で俺に向かって投げる石や武器は、対処できるようになった。
加えて、もっと上達したのが、音消し。
修行時間の限られない音消しは、“常に”意識していた。レプトスはもう無意識のうちに音が消えてるっていう謎の領域らしいが、俺は気を抜くとすぐに呼吸音や足音、衣擦れの音がでてしまう。
だから常々、音に気を遣っている。
ナイフも、暇があれば握って、手に慣らした結果、今ではナイフでペン回しみたいに指先でくるくる回せたり、ジャグリングのように、宙で回転するナイフをキャッチできるようにもなった。
そんなわけで、レプトスが想定していたよりも1日早く、戦線に出られるだけの実力は付けられた。……かなりキツかったけれど。
濃霧の中、白い視界から不意に現れる豪速の石や拳を、最低でも3時間は、“休みなし”で対処し続ける。これが本当にキツかった。
ただでさえ、全身の感覚を研ぎ澄ませて、集中しているから疲れが酷いのに、3、4時間のもの間、水を飲む時間もなく、ただ延々と飛来してくるものを避けて流して弾いて砕く。
四方八方から飛んでくる様々な攻撃に、俺は最初、こんな辛いことをあと何時間やれば……みたいに思ってたが、よく考えると、所定の位置から動かず、自分に向かってくるものに対処すればいいだけの俺よりも、俺に対して、“四方八方から攻撃を仕掛けなければならない”レプトスの方が、何倍も何十倍も疲れるはずだ。
そう思うと、音もなく、俺の周囲を上下左右縦横無尽に駆け回り続けたレプトスの体力に感服するし、いくら修行とはいえそこまでしてくれることに感謝も覚える。
予定より早く、目標値には達したので、今日は下見という意味もあって、実際にパトリダ外周の森に赴くことにした。
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レプトスに並んで走る。
走り方も、レプトスの真似をしている。
そういえば以前の世界……ラブコメの世界では、俺は容姿が変わっていただけなので、運動能力が皆無で足が遅かった。
一度、紗江と紀伊ちゃんと傘音と俺の4人で、遅刻しそうになって学校まで走ったことがあった。その時俺は1番遅かった。何せ、走り方を知らなかったからな。
しかし今はどうだ?今の世界は、どうだ。
視界を覆う景色の流れる速さが未体験のそれだ。体を掠める風が気持ちいいなんて知らなかった。
やっぱり。この世界なら、俺は──。
俺たちは音も無く走る。走る。かなりの前傾姿勢で走っている。
レプトスは、ほぼ体を前に倒していると言えるほどに前傾姿勢だ。倒れる前に進んでる、みたいな。一緒に走っているときは俺に合わせてくれるから、そうでもないけど、レプトスが本気で走っているときはマジですごい。
“初速”がズバ抜けて速いのだ、レプトスは。つまりは1歩目からトップスピード。
隙を突かれたら、一瞬で距離を詰められる。
しかも恐ろしいことに、レプトスはその尋常じゃない速さで、砂利の上を走っても音がしないし、砂の上を走っても砂けむり、土けむりが上がらない。
本当に存在を察知する材料を残さないで、目にも留まらぬ速さで移動している。
化け物だ。敵対したくない。
──と、そんなことを考えているうちにパトリダを出た。
見えてきた森の入り口にかかる霧を見て、やっぱり“湯気吐き玉”での擬似濃霧とは違うな、と感じる。しかし、森に入ってみると。
「あれ、意外と大丈夫、なんだけど」
「そりゃあそうだろ、ひゃはは。あんだけ特訓したんだ。俺だったらあんな辛いことするくらいなら戦争なんかでたくねぇよ」
手をひらひらと振ってレプトスは言う。……あの修行はお前の方が大変な作業だったくせに、よく言うよ。
霧の中を走る。所々に立っている、見張り兵ゴブリンに見つからずに森を走り抜けるのが今日の目標。
常に敵を警戒している見張り兵に察知されないくらいでないと、殺気に満ちた戦場では、敏感になった感覚に存在を気取られるかもしれない。
試しに近くを通れ、とレプトスに言われて、トップスピードで見張り兵の真後ろ、真横を通り抜ける。
近くで見てたレプトスが評価を下す。
「見つかってはいねぇけど、一瞬振り向かせしまってたから、20点だな、ひゃはは」
「20点……低い……」
「ひゃはは。お手本だ、見とけ」
言うが速いか瞬く間に姿を消したレプトス。初速が速すぎてどこにいるのかわからんわ、何がお手本だ。
と、思い、とりあえずさっきの見張り兵を一瞥する、と。
見張り兵の“正面で”くるくると回ったりジャンプしているレプトスを見つけた。
何してんだあいつ。バカじゃねぇの……って、えええっ!?
と、浅はかにもレプトスのその行動の意味を遅れながらに理解した俺。
レプトスは、通り抜けずに、見張り兵の目の前にいる。
それなのに関わらず、その見張り兵は“レプトスに気づいていない”。
何が起きてんだ、これ。あの見張り兵だって雑魚じゃない。何せ、パトリダを守る最終防衛ラインであるこの森に見張りとして配属されたのだ。それなりの実力は持ち合わせてる。
現に、さっきの俺は、音は出してなかったし、殺気も出てなかったのに、あの見張り兵は気配を敏感に感じ取った。
それほどの相手の、目と鼻の先で変顔したり踊ったりしてるのに気づかれないってどういうことだ。
幻の6人目とかそういうことかお前。
──で、一通り見張り兵の前で遊んだレプトスは、上機嫌をそのまま体に移したような具合で帰ってきた。
「これくらいにはならなきゃな、ひゃはは」
「じゃあ全然修行足りてねぇじゃねぇか!」
「大丈夫だぁ、ひゃはは。実際の戦場で俺たちが狙うのは、ゴブリンと戦っている最中の敵だぜ。意識を殺し合いに向けてるやつに、いつも通り音も無く忍び寄り、サクッと」
「殺すのか?」
「まぁそれができれば上出来だが、多分お前はまだできねぇだろうから」
そう言って歩き出すレプトスに、小走りで追いついて並んで歩く。話は続く。
「サポート的な役割で十分だと思うぜ、俺だってまだお前に無茶させて死なれたくねぇからな、ひゃはは」
「サポートっつっても、具体的には何すんだ?というか実際に戦場での立ち回りってどうすれば?」
そう問われて、レプトスは一度立ち止まる。俺の方をキラキラした目で振り返って、直後に何かに気づいたようで、ガックリとうなだれた。
「1人で何してんだレプトス」
レプトスは困ったように人差し指で頬をかいている。数秒間、うーん、うーんと悩んだあと、開き直ったように「まぁいいか」と呟いてまっすぐ俺に向いた。
一人芝居を見せられているようで意味がわからず、困惑ぎみの俺にレプトスは勝気な笑みを浮かべた。
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──音が鳴る。
衝撃が響く。叫び声が、飛び交う──戦場で。
鋼の削れる音。熱気に包まれた死の恐怖。めくれ上がった地面。倒れ伏す仲間、そして人間。
そうして見ている間にも、また草の剥がれた土の地面に血の水やりが行われた。
「──な、んだよっ、これ」
俺は立ち尽くす。開いた口が塞がらない。本能的な震えが止まってくれない。とてもじゃないが見てられないのに目をそらせないどころか、瞬きすらできない。
乾いていく口内と眼球。しかし掌と脇と背中にはびっしょりと汗を張り付けている。
「とまぁ、こんな感じだな、どうだ?イメージしてたのと違ったか、ひゃはは」
レプトスの声に、我に戻る。乾いた舌で乾いた唇を舐める。湿らせたつもりが失敗した。2度、深呼吸する。口を開いた。
「……あぁ。だいぶ違うな、想像と。こんなに“酷い”とは思ってなかった」
「そうか。まぁ今はどう思っててもいいけどな、ひゃはは。でもよぉ、実際、お前は明日からでもこの世界で戦うことになってたんだぜぇ?その為に修行したってのに、今更怖気付いたなんてやめてくれよなぁ、ひゃはは」
そう言ってからかうレプトスに、軽口で返せない。それほどに、戦場が恐ろしかった。
あまりにグロテスクな闘争精神が織りなした殺し合いの世界は、フィクションなんかをはるかに超えていた。
──戦争だ。殺し合いだ。目の前で繰り広げられているのは、どちらかの命が途絶えることで終わりを告げる、生と死の奪い合いだ。
俺は先ほど、レプトスに連れられて、戦争の最前線に来た。近くの草むらに2人してしゃがんでいる。
草むらから出した顔を引きつらせる俺の横で、レプトスが立ち上がる。
「まぁビビってんのもここまでだ、切り替えろ。ラン、お前はここにいるだけでいい、見とけ。いいか、動くなよ?」
ひゃはは、とは笑わず、真面目な顔でそう言ったレプトスは音も無く戦場に足を踏み入れた。俺は姿勢を正して、ただレプトスの姿を両の目で追う。
砂塵が舞う。魔法の詠唱が遠くから聞こえる。直後、2つの大きな光がぶつかり合い、互いに消滅した。
様々な魔法と叫びが飛び交う空の下、剣と盾を持ったゴブリンが駆け抜けていくのを視界の端に捉えた。
斧を振り回す血まみれの人間を見た。隠れている草むらの近くで1つの命が消された。風の魔法で血と砂が舞い上がって、横たわる死体も風に転がされた。
とても見てはいられない。しかし、そんな悍ましく恐ろしい光景が視界いっぱいに繰り広げられているのに。全面スクリーンで殺人ショーを見せられているのに。
俺の目は、レプトスからそらすことができなかった。
──死神。
以前、兵士ゴブリンたちと話していた時に聞いた、レプトスの二つ名。
幹部ゴブリンで唯一のローゴブリンのレプトスは、そう呼ばれていた。
そんな記憶が無理やり脳から引っ張り出される。俺はレプトスという男に対する理解を誤っていたのだと、確信する。
ローゴブリンなのに幹部ですごい。盗賊としても、男としても憧れる。“かなり強い”。
──そんなものでは、ない。
まさしく、“死神”。
俺が目をそらせず、ただ目を見開いて呆然と眺めるその視界には、“次々と死体が増えていく”。
レプトスは、ただ歩いている。
広い荒野。魔法が地を滑り空を飛ぶ。鋼のぶつかる音が木霊する。そこにいる誰もが全神経を集中させ、ただ生きる為に命を刈り取ろうと躍起になっている。
そんな死の紅蓮世界を、レプトスはただ歩いている。
そしてまた、レプトスが1人の人間の後ろを通り過ぎる。
直後、その人間が倒れ伏す。
斬り合っていたはずの敵が急に力尽きて混乱する兵士ゴブリン。そんなのは気にせず、レプトスは歩き続ける。
身長、2メートルに届きそうなほどの長身の人間が、長く太い大剣を振り回し、雄叫びを上げている。
レプトスは長身の人間の正面に立つ。人間は気付かない。他のゴブリンも気付かない。俺だけが見ている。
刹那、長身の人間の“四肢が消える”。
四肢を失い、胴体と頭だけになった長身──今は違うな。実質、短身の人間が地面に転がる。噴き出す血液を何が起こったのかわからないというように、不思議そうに眺める。数秒して、残り少ない全身を襲った痛みと恐怖に、断末魔を張り上げて人間は絶命する。
レプトスは、ただ歩いている。
赤く染まる視界の中で、また1人、また1人と、死んでいく。
急に男の首が飛ぶ。杖を持ち、詠唱を唱える女の体が粉微塵に破裂する。筋骨隆々の大男が臓器をばら撒いて死滅する。
その真っ只中を歩く男の背中を見つめて、思う。
──何が死神だ。“そんなものじゃない”じゃないか。
これは。この男は。
紛れもない、“死”だ。
この男が“死”で、この男の存在が“死”だ。
そうして。わけがわからないが、自軍が有利になっていると理解した兵士ゴブリンたちが雄叫びを上げて攻め込む。
戦争の最前線が、移動した。
人間領地側に数十メートル移動した。
たった1人の男が、ただ戦場を歩いた。それだけで。
俺はこの日このとき初めて。
──レプトスが、怖いと、そう思った。
ありがとうございました。
来週の土曜日にも更新したいのですが、もしかしたら試験勉強の進み具合によってはできないかもしれません。