第15話 死なないために
こんにちは、1週間ぶりです。
そろそろ第3章に入る……とか言っておきながら、その前に期末考査が入るという……。
そんなわけで、またもや更新に間が空きそうです。来週の土曜日にも、頑張って投稿したいと思ってます。
「へ?」
変な声が出た。裏返った声は、俺の心の動揺を実直に表していて、しかしながら、そんな声が出たことに、俺は驚いていた。
「だから、戦争に参加しねぇかって誘ってんだよ、もちろんみんなには内緒に、だけどな、ひゃはは」
レプトスは補足をして言い直す。“戦争に参加しないか”、と。
わかっていた。レプトスなら、そう言うと、そう言ってくれるとわかっていた。わかるというか、そんな気がしていた。
無意識に、俺はレプトスにそうやって誘われたいがために、こうして食堂にいたのかもしれない。待っていたのかもしれない。
そう考えると、どこまでも卑しいクズだな、俺は。
それなのに、へ?とか、驚いたような声を出したんだから、本当に俺は救えない。
そして、レプトスもわかってるんだろう。俺が、始祖じいやピズマに、戦争に参加するなと言われても、レプトスを頼りに、わざと朝から1人で行動していたということを。それを知っててレプトスは、俺に話を持ちかけてきた。
戦争に参加しないか、と。
その意味がわかるだろうか。俺は、わかっている……つもりだ。レプトスはどこまでも計算高い男だ。未来の様々なルートを考慮して、最も効率的で、最も“楽しい”未来を自分で選んでる。
そんな男が、あえて俺を誘ったんだ。あえて俺を戦場に送り込もうとしているんだ。
──それなら。
「へ?なんて、場違いな声が出たのは見逃してくれ。……レプトス、待ってたぜ、そう言ってくれるのを、な」
「ひゃはは」
俺も正直に話すスタンスだ。2人ともとんでもない悪人顔をしている。気が合う2人が、“楽しそうな遊び”を見つけたときの、いつもの顔だ。
「レプトス、わざわざそう言ってくれたってことは、無策じゃねぇんだろ?どうするつもりなんだ?」
考えなしにこんな行動を起こすわけがない。この男に限っては、特に。
レプトスは、ポキポキと指を鳴らしながら楽しそうに返す。
「あったり前だ、ひゃはは。──ちょいとお前に、教えようと思ってな」
「へぇ、いいねぇ。楽しみだ、それで?」
「お前にこれから覚えてもらうのは、戦場での戦い方──じゃあなく、死なない方法、だ」
「……っ!」
鳥肌が全身を貪る。胸が奥の方から、ジンジンと熱くなるのがわかる。
……ああ。本当に、この男は。最高だな。
「……生き残り方、じゃなくて、死なない方法ってのがまた良いな」
「だろ?ひゃはは。いつか話したが、俺たちはどこまでも臆病でなきゃならねぇ」
「ははっ、とても臆病には見えない顔してるけどな」
いつも通りに余裕そうな顔をしたレプトスをからかう。当の本人も、俺の言葉に満足そうに頷いて口を開く。
「ひゃはは。“臆病な自信家”は、最も死なないスタイルだからなぁ」
「もちろん、俺も、今そのスタイルの概要を伝えられて、すぐさま習得さぁ戦場へ!とは、いかないってわかってるからさ、心して訊くぜ、現実的な話、どれくらいの期間の修行が必要だ?」
未熟者だから、この戦争において、死のリスクが高い俺は、未来性を鑑みて、ピズマや始祖じいに戦うことを止められた。
そんな俺を、今のこの状態からすぐに戦えるようにするなんて無理だろう。そんなに短期間で戦場でも生きていけるような力を会得できるようなら、初めから戦争に参加させてもらってるはずだ。
だからある程度の修行が必須なのは理解してる。しかし、それがあまりにも長いようなら、もしも何年もかかるようなら、それは考えものだろう。
そんな俺の懸念を見透かしたように、レプトスはニヤリと笑う。
「……場合によっちゃあ、1週間で戦線デビューできるぜ?ひゃはは」
「1週間っ!?」
短くねぇっ!?嘘でしょ、もっと、こう、1年は滝行して、それから山に篭ったり岩や木にひたすら攻撃したりするもんかと思ってたけど。
というかむしろ、そんな短期間なのが、修行の辛さを表しているようで不安になってくるな。
レプトスのにやけ面はとどまるところを知らず、楽しそうに、その修行がいかなるものか、話し始めた。
「ひゃはは。いい反応だ、そんじゃあ、これから1週間で覚えてもらうのは──」
こうして、俺の戦線デビューまでの、修行尽くしの1週間が始まったのだが。
──この日。否、この日まで。レプトスに教わった数多くの戦略が、数多の心がけが、遠い未来の俺にとって、酷く皮肉な運命を、結末を、生むことになるとは、俺は気付くはずもなく──。
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「私は天を惑わす存在!その姿は神をも唸らす!流れゆく川のような蒼い長髪!黄金比を極限まで追求した輪郭、造形!勝ち気な性格が浮かぶ群青色の瞳!小ぶりながらも弾力は折り紙付きで、形の美しい唇!病的なまでに白い柔肌は処女雪のごとく!雨を思わす不可避の剣撃は、己が美貌の前に霞ゆく!されどなお私の魅了はとどまらず、この世の可愛いと美しいを一身に集めた、この罪な容姿!“パトリダの秘宝”ことアマルティアとは、そう!私のことであるっ!!」
全くもってその通りの美少女………じゃない、美少年が、その透き通る声の“人間語”で喉を震わす。
にこやかに拍手する俺に、訝しげな視線とともに、俺から渡されたメモを返してくるアマルティア。拗ねたように尖らせたピンク色の唇から声が紡がれる。
「……なぁ、ラン。今のを、自己紹介にしろ、というのか?」
「無論だぜ、一晩かけて考えたんだ」
全く嬉しそうじゃないアマルティア。気にせず続ける。
「いやほら、いずれ人間とも戦うことになるだろ?そんでさ、その時、また『罪の子』なんて呼ばれたら、嫌だしさ。だから、違う!罪の子ではない!私の名は!みたいな感じに、自己紹介を用意しておくべきかと」
「……人間語はまだ完璧ではないが、断片的に意味がわかるのだぞ?この紹介はどうかと思うが。というかまるで私が美しいみたいに聞こえてしまうではないか」
眉を寄せ、ジト目で文句を垂れるアマルティアに、ニヤリと笑ってやる。
「いや実際、その自己紹介の通りの見た目だということは本当の話さ。ティアは認めないだろうけど、お前かなり可愛いから」
「……うーむ。男としてはあまり喜ばしくないな」
「そんなことねぇって」
自分が、父親とは関係なく、美しさ的な意味で“罪”だという自覚のないアマルティアを、心配に思う。いつか、悪い男に捕まってイケナイ遊びをされてしまう可能性が大いにある。
というか、こんだけ可愛いなら、多分男とか関係なく痴漢に遭うだろうし何よりモテるはずだ。ああ、なんて恐ろしい。
「……まぁ、いい。コレは検討しておく、が。ときにラン。最近やたらと忙しそうではないか?よく部屋にいないこともある。……何をしているのだ?」
ギクリ、と。そんな効果音が目に見えるほどに肩を跳ねさせ、目をそらした俺を疑わしきは罰せよ的な目で見てくるアマルティアに、何も勘付かれないよう言い訳をする。
「何もしてないし、ナニもしてねぇよ」
「……?なぜ2回言ったのだ?」
「何でもねぇ。……まぁ、本当に、何もしてないから。うん。ちょっと散歩とか。そんなのだ」
泳ぎ回る目を何とか中心に留めて、軽口ついでにポロっと失言してしまわないよう慎重になった。結果的に、途切れ途切れになったためなおさら疑われるような視線に変わったが、ダメだ。絶対にバレてはいけない。
俺がみんなに内緒で戦争に参加しようとしてるなんて知ったらアマルティアは必ず自分もいくと言って聞かないはずだ。それはダメだ。
始祖じいやピズマが懸念した通り、万が一にも命を落としてはならない。アマルティアは、絶対に。いずれ世界を変えるほどの力を持つだろうことは想像に難くない。金の卵どころじゃない。
それゆえ、なるべく修行はバレないように行わなければ。これまでは露骨に部屋を出すぎていた。アマルティアにも疑われ始めてるくらいだ。いずれはピズマの目に引っかかるかもしれない。
しかし、それすらもかい潜り、ずる賢く、卑怯痛快に振る舞うのが盗賊だろう。
今、レプトスから学んでいる戦法に、俺は確かな“生存の可能性”を感じている。
俺が凡ミスをするかもしれない、という点を除けば、穴のない完璧な戦法、心構えだ。
それゆえに、レプトスにも言われたが、最も多く殺さないといけない敵は、戦いの中で現れる“集中を切らした自分”なのだ。
決して、“弱い自分”ではない。弱い自分を倒すとか、己が1番の敵とか、そういうのもわからなくはないけれど、盗賊という名の下に、“死なないための戦法”を実戦で実践するのなら。
尊重すべきは、弱く臆病な自分の意思である。負けられない戦いだとか、可能性が1パーセントでもあるなら挑戦すべきだとか。そんな危険な賭けには絶対にでない。
世界を敵に回してでも1人の女の子を守るのがラノベ主人公だけれど、殺し合いにおいてそんなのはカッコつけにもなり得ない。あくまで一対一。多勢に無勢は絶対に避ける。
加えて、一対一とは言っても、相手は自分を感知していない、完全な不意打ちでの一対一だ。
卑怯でも、確実な戦いをとれないといけない。根性論では実力差は埋まらない。
殺されたくないから殺すだけなんだ。そこに義理や人情は必要ない。殺し方に格好よさも必要ない。必殺技なんてもってのほかだ。必殺技の名前を叫びながら攻撃するなんて論外。誰にも気づかれずに戦場を暗躍するんだ。
常に逃走路を確保しつつ、最悪のケースの想定と、その対処を完璧に記憶しつつ、あくまで戦士ではなく“盗賊として”戦場を駆け回る。
人知れず、数多くの敵を討ち取り、人知れず数多くの仲間を助け、人知れず里に帰って知らん顔をする。
こんなカッコいいことってあるか?最高だろ?
評価とか関係ない。自己満足に浸るだけでいい。誰に殺されたのかわからない敵を。誰に助けられたのかわからない仲間を。生み出せ、臆病な自信家として。
──会話に戻ろう。閑話休題。
「じゃあ逆に聞くけどさ、ティアは俺がいない時間、何をしてるんだ?」
質問の矛先が自分を向いてたアマルティアは、しばし迷った後、やや早口で答えた。
「……まぁ、少なくとも日々の鍛錬は欠かしていないぞ。これ以上腕が落ちるようなら、アグノスに呆れられてしまうからな」
「鍛錬、ねぇ」
「そういうランは、鍛錬していないのか?レプトスと、毎日修行しては遊びに行ってたが、最近は会えないだろう?」
何も知らないアマルティアの質問に、いつボロが出るかわからない俺は汗で背中を冷やしていた。
「……まぁ、そ、それなりに?」
「それなり、ではダメなのだぞ。足りないくらいだと、自分で自分を追い込まなければ、理想には近づけない」
「いやぁ、俺、褒められて伸びるタイプだし。自己満足と自画自賛でできてるから、この体」
俺の軽口に苦笑いでため息をついたアマルティアは。
「相変わらずの減らず口が健在ならもう大丈夫か。昨日、戦争に参加するなと言われてからのランは顔色が酷かったし、何より落ち込んでいたからな。元気が出てよかった」
「ごめんな、心配させちゃって」
「ごめん、ではない。ありがとう、だ」
「……ありがとう、ティア」
「まぁ礼を言われるほどの事はしてないのだがな。少し気になっていただけだ。今日はもう遅い、寝よう」
そう言いながら寝床にもそもそと侵入していくアマルティア。そこは俺の寝床だっちゅーに。
「ああ。……おやすみ」
神力をエネルギーとして点火するランプを消して、暗くなった部屋に、早速アマルティアの寝息が響く。
アマルティアに、掛け布団の役割である布を掛けて、俺は絶賛上達中の“音消し”を駆使して、暗い部屋から音もなく姿を消した。
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深夜。世界が寝静まった暗く静かな空の下。風に流される雲の隙間を狙って、月の光が地面を照らそうと頑張っている。
夜の太陽は私だ、と主張するように白く黄色く俺たちを照らす月明かりのみを光源とし、さほど明るくない、視界の悪い状態で、俺はレプトスと秘密の特訓をしている。
レプトスが市場で買ってきた、“湯気吐き玉”なるものを、5、6個使用して、濃霧を作り出した。
ちなみに湯気吐き玉は、加湿器の用途と同じで、湿気が欲しいときにその玉を割ると、一定時間、水蒸気が出続けるという便利アイテム。
暗い中庭に、白い霧が立ち込めて、それを空から月が照らす。視界が悪すぎてレプトスがどこにいるか、なおさらわからない。ただでさえ音がしなければ気配もないレプトスを、この霧の中で見つけられるとは思えない。
これは訓練だ。霧に慣れる訓練。
パトリダ外周の森は、朝から昼前にかけて、かなり濃い霧が立ち込める。あらかじめ進む道を定めていないと、パトリダ出身者でもあっさりと道に迷ってしまう。
先日リム湖にアマルティアを連れて行ったときも、道順はわかってたのにだいぶ時間がかかってしまった。
さらに、パトリダ外周の森は、葉が多く、空がほぼ見えないため、昼間でも薄暗い。夜なんて本当に何も見えないくらいの闇。
つまり、パトリダを攻めてくる敵からの最終防衛ラインである外周の森では、戦闘時の視界が絶望的に悪いのだ。
そのための、訓練。どんな視界でも、どんな状況でも、やるべきことをできるようにならなければならない。
ちなみに戦士系加護を受けた、パトリダの軍と、パトリダ内の治安を守る警察的な役割を持つゴブリンたちは、既に、濃霧や暗闇での戦闘には慣れている。
その辺は、人間のみならず、数多くの敵に有利に戦いを進められるので、最終防衛ラインとは言ったものの、そこで戦うほうがかえって被害が少ない。
とまあ、そんなわけで、俺もこれから戦争に参加するわけだから、人知れず霧の中で死んでましたなんてことにならぬよう、目を、感覚を、慣らす。
──戦争は3日目に突入。レプトスとの修行も始まった。
一度は、自分の存在価値に疑問を抱き、何がラノベ主人公だフザケンナくらいにグレた俺だったが、今はもう違う。
やるべきことがあるから、頑張れる。頑張り方を知らなかった俺が、俺なりにやるしかないことを死に物狂いでやる。
人は成長する。
俺はやっとそうして、物語に参加できるんだ。
──そうして、物語は、加速していく。
いつも読んでくださる方は、本当にありがとうございます。
気が向いて見てみた方も、その存在があるから頑張ろうって思えます。