第13話 戦争と戦争
お久しぶりでございます。ASKです。
1週間ぶりの投稿です。
自分の、稚拙な文章を、それでも読んでくださる方が、いてくださるおかげで、本当に、本当に力を貰えています。
いつも、ありがとうございます。
戦争が始まった。
曰く。
先日のリム湖で起きた一件。その際、ピズマに殺されず、何とか逃げ出した生き残りの人間が、その自分たちの状態の悲惨さを語り、見事に俺とアマルティアとピズマは人間たちの怒りを買った。
──“たかがゴブリンごときが”。“最弱種が調子にのるな”。
人間からすればゴブリンは新米冒険者の練習相手にもならなければ、その醜悪な容姿から、忌み嫌われる存在であるのは、もはやゲームやラノベでのゴブリンの扱いを知る者は、想像に難くないはずだ。
例に漏れず俺たちもそんな蔑まれた種族なわけで。そんな最弱種が、この世界で最も繁栄していると言われる人間様に楯突こうものなら、いっそ種族ごと滅ぼしてやろうか。
そんな思考の糸の先は、無論、殺意や悪意に繋がる。
正直な話、いつでもできたのだ。人間がゴブリンを滅ぼすことくらい。しかしそれをしてこなかったのは、ゴブリンが害にならなかったからであって、重ねて、決して“強いゴブリン”が現れなかったからでもある。
人間とゴブリンが相対すれば、言わずもがな戦闘になる。しかし、遊び半分でも勝てるので、人間はゴブリンを危険視することは流石になかった。
ピズマを含めた幹部たちは、人間に遭遇すると、即殺、死体も処理して、情報を抹消する。
強いゴブリンの存在をひた隠す。
その理由はもちろん戦争を防ぐためであり、加えて、戦争になった際の奥の手、切り札。
ゴブリンが最弱種故に無害である、ということ。そして仮に対全種族戦争が勃発しても、ゴブリンには勝てる。
そういった勘違いを敵種族にさせるのが、目的だった。
しかし。俺が、その全てを台無しにした。
温存、及び温めてきた、戦力、戦略を、崩した。
やたらと強いゴブリンが、あの“罪の子”と共に行動していた。そしてそいつらは自分たち人間に刃向かった。そう思われた。
人間という生き物は、無意識だとしても、自分より格下の存在を求める。自分が高みに登れそうにないとき、他人を卑下して、自らを高めた気になる。それは、格差や差別問題に繋がる大きな要因であることは自明の理。
そして、この世界では。多種族ひしめくこの世界では。人間種族のみならず、多くの種族たちが、ゴブリンを卑下して、“あんなに無様な種族もいる”と、心の奥で嘲り笑って。
無意識下で心の不安を解消する。立場を改めて確立する。
つまり。俺たちゴブリンは、他種族のストレスや不満の捌け口であり、唯一、それぞれの心の均衡を守る、ある種の必要悪のような最弱種、なのだ。
しかしそんな役割も今日で終わり。腕の立つやつが、ゴブリンにはいる。その事実は、他種族を脅かすのに十分であった。
なぜか。以前始祖じいも言っていたが。
“この世界の生命の、約4割がゴブリン”
単純に考えても、複雑怪奇に思考を巡らせても、どうしたって、おかしい数である。
全種族が、合計何種類あるのかは、まだ知らないが、それにしても全体の4割は、流石に多すぎる。
それでも圧倒的に弱かったから見逃されてきたが、強いやつが現れれば、無論、“こいつは氷山の一角かもしれない”と考える。
全生命の4割を占める数いれば、もっと多くの腕の立つゴブリンがいても何らおかしくはない。
そうした焦り、仲間をやられた怒り、傷つけられたプライドが、戦争の引き金になった。
聞いた話によれば、あの日。リム湖で俺たちが人間と戦った日に、世界各地で同じような事が起こったらしい。
つまり、そこまで敵対していなかった、もっと言えば、“戦争に発展するほど対立していなかった”種族同士が、世界各地でいざこざを起こし、今日の俺たちのように、戦争に発展しているらしい。
人間とゴブリンだけの戦いだけではないのだ。世界各地で、様々な種族が、今も、争っている。殺しあって奪い合っているのだ。
「──そ、それで。人間たちは俺らゴブリンを滅ぼそうと、攻めてきたって、ことか……?」
自分たちの不注意や後始末の悪さが生んだものは、あまりに大きく、想像を超えた大事だった。どうしようもなく、胸に、喉に、何か詰まっているような不快感に震わされた声で始祖じいに訊くと。
「どうだろうな。当初はそれほどに怒りを燃やしておったそうだが、目的は我らの滅亡より、パトリダの領土の奪取かもしれん」
「人間たちは以前から、気性の荒い種族と対立するたびに、人でありながら非人道的な力で相手をねじ伏せ、そして領土を奪ってきました。事実、我々ゴブリンが最も多い生命ではありますが、最も大きな領土を所有しているのが、他ならない人間です」
領土を奪取される危険もあることを、思い詰めた声音で言った始祖じいに続き、抑揚のない声でピズマが補足を入れた。
「今、我々が最も注意すべきは人間種族。他の地域で今も盛んに行われる小規模な戦争には首を突っ込むわけにもいかん。重きに置くのは、あくまでこのパトリダの安全だ」
「……人間って、そんなに強いのか?」
ふと、感じた疑問を口にする。
先述の通り、ゴブリンの数の多さは、戦争において有利に傾く筈ではあるし、さらにはピズマをはじめとした幹部たちも、恐ろしく強い。
何もそんなに焦る必要も、恐れる理由もないように思えた。
「確かに、言いたい事はわかる。人間は、エルフのように加護神ベータの神力の影響が強いわけでも、コボルトや、キラーウルフのような嗅覚、身体能力に恵まれているわけでもない。技術力はあるが、そうして人の手で作る武器より遥かに神法の方が効率も威力も高い」
始祖じいは舌で乾いた唇を湿らせ、嫌悪感を隠さず話を続ける。
「しかし。約200年前の『龍皇戦争』で、他を圧倒し、頂点に立ったのは、特筆すべき長所のない、人間であった」
──龍皇戦争。
この世界には、龍がいる。つまりはドラゴン。俺はまだ見たことがないが、確かにいるらしい。
そして、その龍の寿命は、200年弱。よくあるファンタジー世界のドラゴンより幾分か短い気もするが、とにかく200年。
そして、龍のその燃え盛る命が尽きると、『龍皇玉』という、真紅の輝きを放つ、スイカサイズの宝玉が出現する。
それをめぐって争うのが、龍皇戦争。
何故その龍皇玉をこぞって手に入れようとするかというと、一重に“力”である。
龍皇玉は、龍の卵のようなもので、それを生命体が手にすると、その者の生命と共鳴し、世界に咆哮という名の龍の産声が立ち昇る。
そうして、言うなれば龍を孵化させた生命体は、加護神ベータとは別の、『龍の加護』を受ける。そしてその加護を受けたものを、世界は“龍皇”と呼ぶ。
1つ明言しておきたいのが、“龍は親を選ぶ”ということ。
龍皇玉は、その大いなる存在と共鳴するに値する生命を、自ら選ぶ。相応しい親を、自ら。
しかし、ここからが何とも言えないのだが、たとえ龍皇玉に選ばれ、龍皇となる運命を授かった生命体が現れても、その者から、“龍皇玉を奪う”ことができる。
普通のファンタジー世界で、そういった、『主を選ぶ伝説の〇〇』というアイテムはその主しか扱えない、というのが定石だが、龍皇玉はどうやらそうではないらしい。
龍皇玉に選ばれし者が現れようと現れまいと、世界中が龍皇玉を奪い合う戦争が始まる。それが龍皇戦争。
始祖じいが言うには、その前回──200年前の龍皇戦争──では、人間が頂点に立った。つまり、龍皇玉を人間が手にした、らしい。
「……ってことは、やっぱり強いんじゃん。人間」
龍皇戦争勝利の実績を聞かされて、不満を露わにそう零した。
「いいえ、彼らは強くなどありません。彼らは……どこまでも、狡猾で、卑怯で、意地の汚いやつらです」
ピズマの、静かな怒りを孕んだ声に、肩をビクリとさせて、思わず振り向く。瞠目し、拳を握り締める姿は、純粋な人間に対する激情を感じさせるものだった。
「強くないんなら、人間はどうして龍皇戦争を制したんだ?」
「およそ200年前。前回の龍皇戦争において、龍皇玉は、しっかりと“親”を決めたのだ。……選ばれたのは、まだ幼いエルフの少女だった。しかし、幼くも、自らの運命を、龍の皇となる現実を、彼女は受け入れた」
「エルフが選ばれたのか。で、その時点で龍皇玉はどこにあるんだ?」
「龍皇玉は、親の下に出現する。後から聞けば、少女が朝起きると、その両手にしっかりと抱きかかえられていたらしい」
「あぁ。選ぶってそういうことね」
「そうして、エルフの少女は龍に選ばれた。……しかし、そこで終わらないのが“欲”の恐ろしさ……悍ましさ……」
「龍皇、戦争……」
「うむ。そうだ。欲に囚われた様々な種族が、その龍皇玉を、否。少女をめぐって殺し合いを始めた」
「どうして、エルフの少女をめぐって争うんだ?龍皇玉さえあれば……」
「いいえ。龍皇玉の親となり得るのは、1つの生命のみ。ですから、その少女が死なない限り、誰がその真紅の宝玉を手に入れようと、共鳴も孵化もしません」
補足するように俺の疑問に答えたピズマ。ピズマは、まるで見てきたかのような、忌まわしい記憶を再び焼き戻しているような、そんな表情で、形相で、続ける。
「ですから、龍皇玉を無視し、殺しに長けた者どもが、エルフの里に集まりました。当然エルフ側も、ただその少女を欲のために殺されるわけにもいかないので、全面的に対抗します」
「つっても、さすがに無理だろ、エルフ対、他全種族は」
「いいえ。全ての種族が龍皇玉をめぐり、争うわけではありません。私たちゴブリンも、そのような物に執着し、生命を獲り合う真似はいたしません」
「じゃあお前らはどうしてたんだ?」
「我々ゴブリンをはじめとした、龍皇玉を手に入れようとしていない種族は、全てエルフの援軍として、人間やオーク、サラマンダーやウンディーネから、少女を守るために戦いました」
「そこで、『センチル』という獰猛な猫人類種族を、種族丸ごと根絶やしにしたのが、ピズマの父親だ」
「…………」
父親の名が出され、押し黙るピズマ。始祖じいはその様子を悲しそうに一瞥して、話を受け継ぐ。
「そういった、ピズマの父親のように。常軌を逸した強さを持つ戦士たちは、他にもコボルト、ハーピィなどからも参戦し、エルフ側は、何とか少女を守りきった……はずだった」
「……結局、守れなかったのか?」
「……うむ。あの時、我々を含むエルフ側は確かに優勢であった。……しかし、人間はどこまでも卑劣であった」
椅子に座りなおす始祖じいは、呆れ果てたようにくぐもった声を出す。
「──200年だ」
「……え?」
「200年。彼らが、人間が。龍皇玉を手にするために費やした時間は」
「……つっても、200年に一度なら、そりゃあ200年費やすんじゃあ……」
「そうではありません」
俺の浅薄な発言に、半ば重なるように声を発したのは他でもない。思い出すことさえ忌々しいと、そんな表情のピズマだ。
「今からおよそ“400年前”……つまりは、前々回の龍皇戦争。その際、龍皇玉に選ばれたのはウンディーネの青年でした。結果、龍皇となったのもその青年です。その前々回の龍皇戦争では、人間はほとんど何もできず、それぞれ長所をもった様々な種族に圧倒されていました」
「前々回では、人間は弱かったってことか」
「はい。しかし、人間はそこから本性を現しました。」
「本性?」
「……腐りきった、性根のことです。彼らは考えました。いかにして龍皇玉を手に入れようかと。いかにすれば戦わずして手に入れられるものか、と。自らを鍛え、高めて、正々堂々と争おうというのならまだしも、彼らは愚かにも、他種族を騙す事ばかりを重きに置きました」
「……まぁ、人間らしいっちゃあ、らしいけどな」
「そうして彼らがたどり着いた答えは、まさしく最悪のものでした。……彼らは、全他種族に、それぞれ1人か2人の人間を送り込みました」
「……なるほど、スパイ、か」
「……スパイとは何か存じませんが、恐らくラン様がご想像しているものと同義でありましょう。……そして、各種族に送り込まれた人間は、『人間たちの卑怯なやり方に反発したら、追い出された』と言って、各地で意図的に同情を買い、そこで暮らし始めました」
「……その言い方で同情を買えたなら、当時から既に人間は卑怯で卑劣な種族、という認識だったんだな」
「はい。そうして、最初は1人か2人の人間を匿っていたそれぞれの種族の土地に、何ヶ月か経つごとに、同じ境遇の人間が、あるいはもっと酷い仕打ちを受けたと言い張る人間が少しずつ集まるようになりました」
「……そうして、各種族の土地に、必ず少人数以上の人間が配置された、ってことか」
「話が早くて助かります。その通りで、彼らは200年の間、少しずつ人間を送りつけていきました。無論、人間にも寿命があるので、それぞれの土地で死ぬ者は、当たり前ですが、いました。しかし、1人死ぬたびに、新たに1人、2人と人間領地から逃げてきたと言う人間が移住してきます。ですが、そのことに不自然さや違和感を感じ始めたころには、もう遅かったのです」
「龍皇戦争が、始まったのか?前回の」
「それもそうですが、彼らは、“確かな信頼”を築いていました。不憫な境遇から、同情を買い、そして必死に、懸命に働き、命尽きるその時まで各種族の繁栄に努めました。その結果、人間領地から逃げてくる人間に限っては、悪い人間ではない、といった共通の認識が──最大の誤認が、広まってしまっていたのです」
悔しそうに歯嚙みするピズマ。他の幹部たちや、集まった戦士ゴブリンたちも、レプトスを除いて、それぞれ怒りや悲しみ、悔しさを顔に貼り付けていた。レプトスは相も変わらずにニヤニヤ、ヘラヘラしている。
「そしてその信頼を勝ち取った人間は、無論、エルフ領にもいました」
「……なるほどな。どの種族の下に龍皇玉が現れようと、それぞれの領地に配置された人間が、勝ち取った信頼を悪用して、対応したってことか」
「はい。……200年前、つまり前回、龍に選ばれたエルフの少女は、仲の良かった人間に……殺され、龍皇玉を奪われてしまいました」
「……卑怯なんてものじゃねぇな、おい。本当に」
「龍皇玉が孵化するには、ある程度の期間がかかります。命を共鳴させ続けて、早い者は1週間、かつては、1年かかった者もいたそうです。……そして、前回、エルフの少女から奪い取られた龍皇玉は、僅か2日で孵化しました。恐らく、それまでの少女との共鳴で、孵化寸前だったのでしょう」
「……ってことは、そんな卑劣なことをしでかした人間に、様々な種族が腹を立て、単純な戦争が始まったとき、既に龍皇がいる人間側が強く、敵わなかった、みたいな?」
「はい。龍皇の持つ力はあまりに強すぎました。龍皇となったものは、孵化した龍と同じく、200年の寿命を手に入れます。ですので、人間種族が圧倒的脅威である時期は、つい最近まで、つまり、200年間ほど続いています」
「そっか、だから未だに人間に誰も勝てないのか。でも、200年ってことは、そろそろ龍の寿命が尽きる頃なんだろ?」
「はい。ですから、先日の一件で始まってしまった人間との争いにおいて、龍皇という存在が加入することはあり得ません。しかし、厄介なのは、新たに始まる龍皇戦争にて、我々は、“人間との戦争、龍皇戦争”の、2つの争いを同時に行うことになります」
「……なるほど、な」
人間と本格的に敵対してしまったこと。もうすぐ龍皇戦争が始まること。最悪の2つが重なって、恐らく、否、確実にパトリダは劣勢に立たされるだろう。
それも、言うなれば俺とアマルティアのせいだ。そう言っても幹部たちや始祖じいは、『いずれ人間とは戦うことになっていた』と言うが、そんなこと関係ない。
此度の戦争の引き金を引いたのは間違いなく、無断でパトリダの外に出た俺のせいだ。アマルティアは俺に連れてかれただけだし、そうすると完全に俺の責任だ。
まだ5歳だからって、許されていい問題じゃない。というか、精神的には25年も生きてて、そんな単純なこと、つまり、領地の外がいかに危険かということを、考えて、弁えて、行動できないなんて、情けないにもほどがある。
こんな言い方はしたくないけれど。俺が責任を取るには、一体どうしたら……。
やっぱり、戦争において、誰もが目を剥く大活躍でもしないと──。
俺が、既に始まった戦争で、自分ができること、しなければならないこと、結果的に高い評価を得られるほどの戦果を挙げるべきだということなど。ただ黙ってそんなことを考えていた。
でも。現実は、土台から、根本から、俺の思考をひっくり返していた。
「──これから始まる戦争には、ランとアマルティアは、参加させない。これが決定事項だ」
少し長かったですかね……。
説明パートが入ると、どうにも長くなるのを、直さないと、です。
それでは、次話からもゴブリン全開でお届けします。
読みに来てくださり、本当にありがとうございました。