第7話 この世界にも、君はいるの?
おはようございますこんにちはこんばんは。
今話も、僕の作品を読みに来てくださり、ありがとうございます。
修行という名の、殺し合いを終えた俺たちはそれぞれ、俺はレプトス、アマルティアはアグノスにおんぶされて王宮に戻った。
部屋には戻らず、医務室に運ばれた俺たち。
アマルティアは、完全に意識を失っていて、切断された右腕と一緒に、綿のベッドの上に寝かされていた。
俺は朦朧とする意識と動かない体の不快感が犇めき合う中、医務室の奥の椅子に座るゴブリンに視線をやる。
「あーらら。また派手にやったのね、2人とも」
えーっと、確か……。あ、そうそう。イギア姉。イギア姉は傷の“回復”ができるんだっけ。
怪我をしたらとりあえずイギアさんの所に行けって、中央地では皆、口を揃えて言うんだよ。
何の加護なんだろう?とりあえず10歳くらいになるまでは加護について詳しくは教えないって始祖じいが頑固ぶりを発揮しやがるから、まだよくわからないんだよな。
「イギア、ごめん。いやはや、本当に、アマルティアくんが強くて、少々ムキになっちゃってさ」
「アグノスがムキになるところなんて見たことないわよ。どうせ、普通にやり過ぎたってだけでしょう?」
「………ミスではないとだけ言っておこうか」
「はいはい、全く、アグノス。あなたね、そろそろその自らの失敗を誤魔化す癖をどうにかしなさいな。……で、レプトスは?」
「ひゃはは。別にぃ?俺はただ“コレ”を使っただけで……」
「はぁ!?あ、あんた、1歳の子にソレ使ったの?……少しでも手元が狂ってたら、ランちゃんの“脳が死んでた”かもしれないじゃない!」
「んおおおぉ!!??」
めっちゃゾワッとしたんだけど。え?イギア姉、とんでもないこと言わなかった?
何?“コレ”とか“ソレ”って一体何!?見えないんだけど!レプトスこっち向けや!
「ひゃはは。俺がミスるわけねぇだろぉ、マヌケのアグノスじゃあるまいしぃ」
「聞き捨てならないな、まるで僕がミスをよくする、みたいな言い方ではないか。心外も甚だしい」
「……あなたは遠征とか行くたびにミスしてピズマに怒られてるでしょう?」
「なっ!?あ、あれはだな、楽しくピズマとお話をしていたような……まぁ怒られているように見えても仕方がないか、うん。少しばかり声が大きかったからな、うん。別にピズマは怒ると怖いとかそんなことはなくてだな、なんというか」
「ひゃはは。アグノスは戸惑うとよく喋る……わかりやすくて好きだぜぇ、騙しやすくてなぁ、ひゃはは」
「………はぁ。もういいわ、わかった。あなた達がやり過ぎてこんなことになったのね。もう家に戻っていいわよ、後は私が“治して”おくから」
「ああ。任せたぞ、イギア」
「ほらアグノス、ピズマが帰ってくる前に自宅に避難だ、ひゃはは」
そう言ってそそくさと医務室を出て行くアグノスとレプトス。反省の意思は感じられなかった。
アマルティアは右腕を切断されて、加えて身体中傷だらけ。血が足りてないだろうから回復に時間がかかりそうだ。
俺はというと。身体中に浅い切り傷があるのと、右腕が何箇所も深く抉られてる。そして何より、体がピクリとも動かない。
ハッキリ言って重体だ。俺ら2人とも。致命傷を受けたと言っても過言じゃないかもしれないぞ。
「じゃあ、ランちゃんは置いておいて、まずはアマルティアちゃんから治療しますかねー」
「うぇえええぇ……!?」
「ランちゃん、さっきから涎がダラダラと垂れてて汚いから、もう口を開かないでくれる?」
「おうんあおおいあえぇ……!」
喋れねぇ……くそ。涎を垂らさぬよう、口を閉じようにも、顔の筋肉も動きやしないんだから無理だ。
「“加護神ベータの名の下に”………『回復』」
イギア姉がそう言ってアマルティアに手をかざすと、淡い光が、朧げな輝きが、アマルティアの全身を包んで……傷が、消えていった。
回復魔法……といったところなのか?それにしたって回復速度が速すぎる。
「さぁて。可愛いアマルティアちゃんの右腕さんをー、くっ付けまーすっ」
何だか嬉しそうにイギア姉は、アマルティアの右肩の切れ口に、正しい形、角度で右腕を添えて、一言。
「“加護神ベータの名の下に”………『上回復』」
先ほどのヒールは青い光だったが、今度のは青と緑が混ざったような煌めきがアマルティアの右肩と右腕の繋ぎ目を覆って……パチパチと、火の粉のように光の粒子が舞って、気がつくと腕が、元どおりに治っていた。すげぇ。
スヤスヤと眠るアマルティアの頬をスリスリとひとしきり撫でた後。イギア姉は俺の方を向いて。
「まぁ、ランちゃんは、“コレ”を抜けば後はヒールだけで大丈夫かなぁ」
「おうんおうあぁ?」
「ねぇ、本当に汚いわよ。顔がぐちゃぐちゃ。涎と鼻水だらけよ」
「………」
もうそれは俺にはどうしようもない。
すると。
「それじゃあ。ちょっとビリッとするかもだけど、すぐ終わるからねぇ。……ほいっ!」
ほいっ!と言って、イギア姉が俺の首から何かを“抜き取った”。瞬間。
「あわがばばばがわぁぁううぅ!?」
電撃が、迸る。全身を駆け抜けた心地よい痛みは全身が勝手に震えしまうほどの電撃を伴っていた。
続けて、イギア姉は、ほい、ほい、ほいほいほーい!と。何かをどんどん抜き取っていった。すると。次第に。
「あわがばばばっ!!お、おい!イギア姉、やめ……あれ?喋れる?」
「うん、後はヒールだけね。ちゃちゃっとやるから、ほらじっとしてて」
もう口はもちろん、体も動かせるようになった俺を青色の光が包み込んで、引けていく痛みに不思議な快感を覚えながら、瞼を閉じた。
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目が覚める。
しかしそこにあったのは見知った天井ではなく、敗者の壁だった。
わかるように言うと、二段ベッドの下の段から見た、上の段の裏側。
つまるところ、俺はどうやら。下の段に寝かされたらしい。ふざけるな!
飛び起きる。が。身体中を駆け回る馬鹿みたいな痛みに再びベッドの上に戻される。
今度はゆっくりと起き上がって、梯子に手をかけて、登る。
ひょこっと顔を出して覗くと。
蒼い長髪を枕に寝かせて。長い睫毛に形のいい鼻と唇。透き通るような、病的とも言える白い肌。ほんのりと赤い頬。
細い首から胸にかけてのラインが異様に艶かしく。痛々しいほどに妖艶な香り。鎖骨に誘われるように胸元に視線をやると。
あ。そうか。こいつ男だったわ。と、改めて気づく。
こんなに綺麗なのに、男とか信じられねぇ。マジ可愛い。がっつりタイプなんだけど、残念なことにアマルティアは男だし、俺はまずゴブリンだし。
こうして寝てるとお姫様みたいで、ずっと見てられる寝顔だな、なんて思ってると。
無意識のうちに握っていたアマルティアの手が、ギュッと握り返してきた。
思わずドキッとしたが、案ずるな、こいつは男。こいつは男。こいつは男。
白く細い綺麗な指が俺の薄緑の骨張った手を握って。視線を寝顔に戻すと。
「やあ、ラン。良い朝だな。なぜかと言えばそれはもちろんこの私が二段ベッドの上の段に寝ているということが喜びの中核となり得るのだが。それにしても昨日の夜あたりから記憶がないことが逆にスッキリしているのもある」
「……そうか。アグノスにコテンパンにされてたもんな、ティア」
「……うーむ。あれはさすがに敵わない。しかしアグノスのやつめ、手を抜いていたようだった」
「アグノスが本気ならお前はもう何回も死んでるよ」
「右腕を斬られたときは、おお、死んだな私。と思ったが、どうやら生きているようだし腕もちゃんとくっ付いている。……イギアさんが治してくれたのか?」
「ああ。すごい速く治ってたぞお前の激戦の証が。あんなにボロボロだったのに」
「そういうお前はどうだったのだ?ラン。レプトスは変なやつではあるが、果たして強いのか?」
「ああ。下手すりゃピズマより強いんじゃねぇのかってくらいやばかった」
「それを言うならばアグノスだってそうだったぞ。ピズマなんて一振りでやられてしまうのではないかと言うほどに」
「やっぱ本場は違かったな。少し考えを改めねぇと。生半可な覚悟でなれるもんじゃねぇや。盗賊」
「そうか。どうやら沢山のことをレプトスから学んだらしいな。私も、剣士とは剣使いであって剣使いに非ず、そう感じた」
「なんだそれ、意味わかんねぇ」
「ははは。剣士を志す者にしか見えてこない極地の話だからな」
「……俺だって、レプトスに盗賊の極意を教えてもらったもんね」
「ここで張り合うのか、ラン。でも、本当に昨日の修行は、人生を変えるほどに充実した1日にしてくれた。私はここからで、これから、だな」
「そうだなぁ。これからだ。加護だって、後10年以上先の話だしなぁ」
「早く加護を受けたいものだな。……大切なのは加護ではなく心だと思うが」
「で、昨日、医務室に運ばれたとき、イギア姉が言ってたんだけどさ、俺たちは無理に一気に治療してもらったから、体への負担が結構あるらしいんだ。今日は1日ゆっくり休めってよ」
「そうか。それでは」
「……寝てやがる」
1秒で寝たぞこいつ。
さて。俺も色々と整理しなきゃな。“この世界”と“現実世界”について。
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俺は。あの日。今から言えば1年以上前の話になってしまうが。
藍蘭高校1年生として、あの世界で過ごした11日間。確かにその時間は存在した。俺を作る要素の1つとして、確かに俺の中に残ってる。
で、瑞樹が何かをして、俺は現実世界に戻された。
しかし。今から考えてみるとおかしなことがいくつかある。
1つ。あのラブコメの世界で俺は11日間過ごしたというのに、現実世界では、“一晩”しか経っていなかった。
時間の進み方がおかしい。俺の見た“夢”がまるで11日もあったような内容だったわけではない。痛みとかも感じたし。ご飯とか普通に食べてたし。夢じゃない。
そして2つ目。青いデジタル時計。あれは、ラブコメの世界から戻る直前に、瑞樹から貰った大切なものだ。しかし、あれは俺の部屋になんて無かった。だって、ラブコメの世界で貰ったものだし、現実にはないはずだ。
なのに、俺はそのデジタル時計の目覚まし機能であの日は起きた。
その次の日からも。なぜあれが俺の部屋に?
さらに3つ目。この世界も例外じゃないだろうけれど。現実世界の俺は、あのラブコメの世界を、覚えていなかった。長い夢を見ていた気がする。それだけだった。
この、いわゆる異世界にいるときには、現実世界の記憶を受け継いでいるのに、対して現実に戻ると、異世界側の記憶を無くしてしまうという現象。何が起きてるんだ?
……あまり考えないようにしていたが。この世界にも。俺の周りにも、また。瑞樹が潜んでいるのだろうか。
前回は妹として俺を監視?とか調査とかしてたらしいけれど、異世界をパソコン1つでコントロールできるようなら、瑞樹は、そうだな。ゲームマスターみたいな立ち位置だろ?
ゲームマスター自ら俺を監視してた前回。それなら同じく次の異世界であるここでも、パトリダでも。瑞樹の目がどこかで光っているはず……誰だ?
アマルティアか?いや、違うだろう。
そう確信できる1つの理由がある。
俺は、千葉瑞樹は………。
“立花ミズキ”だと、思ってる。
瑞樹は、俺に名前を聞かれたとき、油断でもしてたのか、ポロっと本名を言ってしまったのだと思う。ミズキ、と言った後に必死に誤魔化したりしてたからな。
それに。俺がやたらと瑞樹に対してセクハラを繰り返していた理由にも繋がるんだが、瑞樹の顔は、もうほとんど立花ミズキと同じ顔だ。
うわっ、すげー似てる。くらいに思ってて。で、好きな女の子と同じ顔した妹ってことで、セクハラしても、“立花に嫌われるわけじゃない”とか。そんなことを考えてた、かもしれない。
少なくともそうじゃないと言ったら嘘になるだろうし。
まぁ、この仮説が合ってたら、俺は立花にめちゃくちゃ嫌われたことが確定するだろうけれど。
そういや、瑞樹……ミズキも、初めの方は、演技が上手くいってたのか、話し方とか立花っぽく無かったし。でも次第に俺への嫌悪感みたいなのを露骨に出してきてて、俺はツンデレかと思ってたがどうやら違うようだ。
中3の春に俺がしたこと。結果的に立花を不登校に追い込んだ、俺の最低の告白。それについては俺は謝罪以外の言葉はないけれど。おそらくそのときの怒りが、無意識的に出てしまっていたんだろう。
演技とか放ったらかしにして、何より俺との接触を嫌がっていたときもあった。
まぁ、で、話を戻すと。
アマルティアの顔は立花には全くと言っていいほど似てない。
下手すりゃ、立花より可愛い………ことはないな。うん。立花は俺のタイプドストライクだし。世間的に、一般的に見れば、アマルティアと立花は同じくらい可愛いし、綺麗だ。アマルティアは男だけど。
まぁ、顔でバレるだろうから、顔も性別も変えて、演技をしているって線も消せないけど。
それなら、俺と一緒に風呂入ったり、二段ベッド争いのときに揉みくちゃになったりはしないだろう。立花には相当嫌われてる自信があるからな。
女、という条件で言えば、イギア姉。……しかし。ある程度身近にいないと、俺の監視やら調査やらは務まらないんじゃないだろうか。イギア姉とは、怪我したときしか会わないし。
というかそもそも何故俺が調査とかされてるのかがわからない。何故俺が異世界にいるのかもわからない。そこのところ詳しく聞きたいんだけど。アマルティアでもイギア姉でもないだろうし。
ピズマか?いや、アグノスやレプトスも含めて。……それで言ったらアマルティアもそうだな。
幹部ゴブリン達は、“強すぎる”。
確かに、立花も、よくセクハラしてきた俺に対して見事な格闘技を披露していたが。そういうレベルじゃない。単純に格が違う。あんな動き、できやしないだろう。
ゲームマスターの特権で自分強化チート使用しましたとかなら話が変わってくるしイラつくけれど。
始祖じいかなぁ。うーん。あれは、ちょっと……。無理がある気がするな。わざわざ始祖じいに化ける必要はない気がしないでもないけど。
俺がわかるわけないんだよな。どこの誰だろうと、立花の勝手だから。予測なんてつかない。お手上げだ。考えるだけ無駄かもしれん。
正直。こういう異世界に来てしまったんなら、また現実に戻るために努力をしなければならないんだろうけれど。……でも。
1回だけでいいから、『加護』を受けたいんだよね。
せっかくの異世界ファンタジーなんだ。ちょっとくらい主人公補正が入ってるはずだ。てか、現に補正がかかってる。今の俺が1歳とは言えないほど強いこと。でも、それだけじゃないはずだ。
加護でも、主人公らしく、特殊な加護とかを受けられそうなら、受けてみたいじゃん。盗賊がいいんだけどさ。歴代最強の盗賊!とか言われたいし。
だから。そうだな、あと15年か、20年くらいはこの世界にいたいな。
──そんな長い時間が、再び一晩の夢のように、現実では無かったことになるとしても。
正直な話、他の作者さんのいろんな作品を読んでいて、あぁ、やっぱり面白いなぁって思うんですけど、僕の小説でもそう思ってくださる方って果たして数えるほどいるのだろうかというネガティヴな思考にシフトチェンジしてきているのは内緒です。
読んでくださって、感謝感謝です( ´ ▽ ` )ノ