第6話 盗賊の極意
おはようございます。
こちらも読みに来てくださり、本当にありがとうございます。
幹部ゴブリン唯一、もっと言えば、中央地唯一の“ローゴブリン”、『盗賊』の加護のレプトスに、マンツーマンの稽古をつけてもらうことになった。
今頃、向こうの方で、『剣士』の加護のハイゴブリン、アグノスに、アマルティアがボコボコにされてるだろう。
さて。レプトス曰く。
「体で受けて、覚えろよ、ひゃはは」
だ、そうです。つまりは──
「ひゃはははははっ!ほら、ノロマのラン!どうした、短剣は痛いゾォ、ひゃはは」
「……うっ、……らぁっ、くっ、……ふっ、っかっ!」
──こういうこと。
これまで戦った、ピズマやアマルティアとは根本から違う。レプトスは、ノーモーションから、凄まじいスピードで、予測もつかない方向から攻撃をしてくる。
肉薄したダガーに、本能的に、危機察知的に反応して、ギリギリのところで、なんとか、なんとかダガーにナイフを当てて、全力で体を捻って避ける。どうしても、避けて、防ぐことしか考えられない。しかも、驚くのが。
レプトスは、音がしない。こんなに動き回っているのに、足音はもちろん、ダガーが風を切る音すら聞こえない。時々、ひゃはは。と。レプトスの不気味な笑い声が木霊するだけ。
アマルティアの斬撃か、あるいはそれ以上の速さで襲いかかってくる。
振るって、逆手に持ちかえて、刃を返して、振って。時には持ち手を右から左、左から右と、ダガーを振るう手すら変えてくる。
加えて、真正面からの攻撃はほとんどなく、常に移動しながら、低い位置、上から、横移動しながらすれ違いざまに一閃。
本当に、何が起きているのか、防ぐだけで精一杯だし、そもそもちゃんと防げていない。少しずつ切り傷が増えている。
何より厄介なのが。『盗賊』としての基本的な戦い方なのだろうか。ヒットアンドアウェイを繰り返し、こちらから仕掛けることなど到底できやしない。こうして戦っていると、なんだかんだで1番厄介な敵って盗賊じゃないだろうかと思えてくる。
不規則、不自然の奇怪な攻撃の数々。剣士ではないので、所々に蹴りや足払い、裏拳や掌底打ち、目潰しなど、斬撃、攻撃、攻撃、斬撃、斬撃、と。おり混ざる格闘技が俺を容易く翻弄する。
怖い、強い、痛い、暑い、怖い、怖い。
俺が、始まりの森の、アルファの祠で生まれたからとか、それゆえ身分が上だからとか、そういうのは微塵も関係なく、新鮮な殺気を向けてくるレプトス。
ちゃんと。稽古とは言えど。“殺す気”で戦ってくれている。
雑なようで、所々で力加減や刃の角度を調整したりなど、繊細なテクニックを駆使して殺しにきてる。
……さすがに、そろそろ。無理をしてでも攻めなけれ──
「……あがぁっ!!」
──鮮明な、痛み。利き手である右腕の、肩の下あたりを、今日1番の深さで抉られた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
何故だろう。この世界に来て。1年過ごして。色々と自分の、ゴブリンの、体には慣れてきていた。でも、それだけだった。
この、純粋な殺し合いの世界には、慣れてなんていなかった。ラノベを読んでいたし、アニメでも戦闘シーンは観てた。傷だらけになっても、逆転で強敵を倒す主人公たちを散々見てきた。
でも。現実は優しいほどわかりやすくて。たった1つの切り傷で、計り知れない恐怖が俺を襲った。そう、たった1つの切り傷で。
無理だ。無理無理。勝てるわけない。殺される。痛い痛い。怖い。やばい、やばい。焦るな、無理だ。焦るに決まってる。やばっ、あ!また。斬られた。痛い痛い痛い痛い。
執拗に右腕を付け狙うレプトス。盗賊は、そもそもが戦闘要員ではないため、敵に牽制まがいの攻撃をして、すぐさま撤退して、剣士など他の戦士たちに戦ってもらう。
主な仕事は、名前の通り盗むこと。戦うことではない。しかしながら、盗みはハイリスクハイリターンの所業であるからして、否応にも敵と戦う場面が出てくる。
そんな場面で、いかに早く、効率的に敵を一時的でも戦闘不能にして先に進むのかが大切だ。
だから、目的として、“敵を倒す”のではなく、“敵から確実に逃げる”ことに重きを置くのだ。
したがって、レプトスは、俺の両腕を斬りつけて封じて、そのまま倒す、というわけでは決してなく、利き腕を使えなくされた俺が戦闘不能に陥るのを舌舐めずりしながら待っている。
精神的に倒せればそれだけでいいのだ。あとは逃げればいいのだ。不意打ちや罠なんて挨拶程度だ。卑怯だなんだと言われても褒め言葉でしかない。それが、盗賊だ。
俺が求めた。盗賊の姿だ。
「ひゃはははははっ、ひゃはは。痛ぇよ、痛ぇなぁ!大丈夫かぁ?痛ぇだろ?ほら!ほら!マヌケのラン!ほら!」
「……ぐっ、が……がああああっっ!!」
キン、キンッ……と。次第に、音が聞こえ始めた。俺の喘ぎや叫び以外無音だった戦況に、金属のぶつかる音が加わった。もちろん。
俺のナイフが、レプトスのダガーを弾く音。
もう、開き直るしかない。開き直れば痛みなんてへっちゃら?そんなわけない。痛い。痛すぎて涙が止まらない。怖くて足が、手が、視界が、震える。
それでも。
死に物狂いで、縋りつかなきゃ。ここで、醜くても、愚かでも、無謀でも。
駄々のような、幼稚な程度だとしても。抵抗しなきゃ。抗わなきゃ。絶対、俺は。
高みに……いけない……!
「……うっ、あ、ぎ、……がああらああああああ!!」
振るう、振るう。ダガーに気を取られると、足払いや拳が飛んでくる。尖れよ、全神経。唸れ、底力。迸れ、アドレナリン。
ダガーにナイフを横から当てて受け流す、膝を曲げて頭を下げて、レプトスの裏拳を避ける。裏拳の回転の勢いそのままに放たれるローキックを後ろに飛び下がって避ける。瞬間、レプトスの肉薄。焦るな。狼狽えるな。冷静に……打つ!
レプトスのダガーを持つ手首を力一杯蹴る。ダガーを落としこそしなかったが、体勢が、勢いが、テンポが。崩れたその瞬間を。ただの一度の好機を。凝縮された1秒を、斬り伏せろ。
もう“感覚の無い”手で、ナイフをこれでもかと握りしめ。
「ぁんだりゃああああっっ!!」
「ひゃは?」
奇跡的に生まれた一縷の希望に、死に物狂いで縋りついた結果。
振り抜いた俺のナイフが、レプトスの首に差し込まれ──
「ひゃははははははははっっ!!……やるじゃんか!ひゃはは!」
攻撃は、紙一重のところで当たらなかった。レプトスの首を捉えた筈の俺のナイフが。
──俺の手に、無かった。
“俺のナイフ”をクルクルと回すレプトス。
いつだ?どこで?どうやって?全力で振るったんだ。握る力も全力だった。手から離すわけがない。……何が起きた?
「ひゃはは。盗賊っつーのは元々、“こういうこと”をする輩だからなぁ。いやぁ、ここまで手こずるとはね。本当に、1歳って言われても信じられねぇぜ、ラン。おまえスゲェよ。俺より弱いけどな。ひゃはは」
「どう、……してっ、ナイフ……」
「今の技が気になるか?今の技が使えるようになりたいか?」
頷く。
「……それじゃあだめだ。ひゃはは。あのな、ズル賢いやつなら盗賊になれると思ったか?ちげぇよ。絶対に。ちげぇ」
いつになく、真剣に。ひゃははとも言わず、レプトスは、俺の肩をもって、語りかけた。
「あのな。ラン。盗賊になりてぇなら、学ぶのは技じゃない、心構えだ。
「心構えの延長に、華麗で卑怯で痛快な技が存在する。
「だからな、とりあえず。盗賊の極意ってのを、教えてやるよ。俺流だけどなぁ。
「一度聞いてわかるもんじゃあねぇよ。その心構えのまま、殺し合いを経て、死にそうになってやっとこさわかるんだ。だから、お前が盗賊になるための第一歩として。この極意を胸に刻め。
「1つ。誰よりも臆病であれ。
「死を恐れろ。痛みを恐れろ。戦いを恐れろ。俺たち盗賊は、戦うためにいるわけじゃない。
「戦場の誰よりも、何よりも、臆病でいろ。
「1つ。慢心しろ。油断しろ。
「誰よりも戦場を馬鹿にしろ。殺し合いを軽率に、軽薄に。命のやり取りを軽んじろ。俺たちは誇りをもった戦士じゃない。誰よりも場違いでいろ。
「1つ。戦いを、敵を、自分を、嘲笑え。
「圧倒的なまでの自信をもって、必死に戦うやつらを嘲笑え。俺たちは斜に構えて舌舐めずりして嘲笑う道化師だ。
「まぁ、つまり。簡単に言えば。
「誰より臆病な自信家になれ。
「っーことだ。怖くて、不安で、戦いたくない。今走り出したら絶対殺されてしまう、けれど。俺がこの戦場で誰よりも強い。そんな考え方だ。
「大いに矛盾しろ。都合の良いことばかり考えろ。調子に乗れ。
「そんな、広くて窮屈な。熱くて冷たい矛盾を、内包した盗賊になれ。
「そうして。積極的で消極的な戦い方を、“心で”できるようになれば、もう加護なんか関係なく、お前は立派な盗賊だぁ。
「咆えろ。我こそが卑怯者だと。我こそが臆病者だと。我こそが最高に浅はかで軽薄で愚かで、最強に痛快な盗賊であると、な。
「ひゃはは」
最後には、いつものごとく、ひゃはは。と。おどけてふざけて見せたレプトスは、憎めないニヤけ顔で俺に肩を貸してくれた。
本当に………すげぇよ。凄い、以外に何も言えない。尊敬とか、畏怖とか。そういうのも確かにあるけれど、胸を打った言葉の数々が、彼の。レプトスからの言葉でよかった。
……多分、人生変わったわ。強くなれる、気がする。
レプトスが肩を貸してくれたのはいいものの、なぜだろう、立てない。
確かにかなり疲れたし、斬られた部分はめちゃくちゃ痛い。もう動きたくなくなるほどに。それでも、立てないのはなぜだ?指1つ動かせないのはなぜだ?
「ひゃはは。立てるわけねぇだろ。ここで立てるようなら、俺はもう“死んでる”ぜぇ」
「……は、いいわあんえぇ……ぇ?」
顔の筋肉もうまく動かなくて、ちゃんと喋れない。そんな俺を、今度はおぶって歩き始めるレプトス。ええ。何でそんな普通に歩いてるの。あなたの背中に乗ってるやつ、体が全く動かないんですよ?結構やばくないですか?
あかん、怖くなってきた。このまま一生動けないのかな。それはやだなぁ。
そんな一抹の不安を何とか表に出そうとどんよりした顔をしようと思ったができなかった。
レプトスは、何も言わずに、アグノスとアマルティアのいる方へ向かった。
音が聞こえないどころか、気配なんてツバメの涙ほども存在しないレプトスは盗賊らしく、ススっと柱の陰に俺を座らせ、俺がチラリとアマルティアの方を見た一瞬で、そこにいたはずの姿を消した。
忍者かよ。
そうして、さっきはチラリとしか見てなかったので、頑張って眼球を転がしてアマルティアとアグノスの戦いを見──!!!
戦慄。驚愕。
おい、おいおいおい。あれは、さすがに……。
動かないはずの体が微かに震えるほどに。その光景は恐ろしく、おぞましいものであった。
アマルティアの。
──右腕が、無い。
肩口から先がなく、目を凝らすと、2人の足元に“ソレ”が横たわっているのが見えた。
見えるだけでも、夥しい量の、血液。
右腕はもちろんのこと、全身が赤く、紅く染め上げられたアマルティアは。
未だかつて見たことのない速さで剣を振るっていた。
もう、痛いなんてレベルはとっくに超えて、下がっていく体温や目に沁みる汗を、計り知れない死への恐怖を。感じていることだろう。
足もおぼつかない様子だが、それでも。必要最低限の動きで、現状最高の攻撃を繰り出す。
アグノスの白い、学ランのようにも見える服は、鮮やかな朱に染まっていたが、十中八九、アマルティアの返り血だろう。
アグノスは漆黒の長剣を“しなやかに”振るう。現に、剣が、刃が、“しなっている”。
なぜだ?剣って鉄だから硬いんじゃないのか?あんなにグニャリと曲がって大丈夫なのか?
アマルティアも、しなることによって、刃の到達するタイミングが合わなくて苦戦しているようだ。
そこに。
「ひゃはは。ラン、お前も確かに凄かったけどよぉ。本気じゃなねぇとは言え、あのアグノス相手に、あそこまでやるたぁ、アマルティアもやるなぁ。腕もぶった切られてっし、そろそろ倒れてもおかしくねぇのにな、根性あるぜ」
上から声が聞こえた。果たして上のどこかにレプトスがいるのかは、首が動かせないので確認できないが、レプトスもこの戦いを見ているらしい。
「あれすげぇよなぁ。アグノスの長剣。黒くてカッケェし。グニャグニャしてるよなぁ。おもしれぇ、ひゃはは」
今度は後ろから聞こえた。
「……そろそろ勝負がつくぜ、ひゃはは」
今度は正面から声が聞こえた。視界にレプトスはいないけれど。どういうことだよ。
言われて、視線をアマルティアたちの方に戻すと、確かに。アマルティアが助走を付けて走り出している。アグノスは目を閉じて長剣を構えている。
アグノスの少し手前でアマルティアが跳躍。ありえない高さまで跳んだかと思えば、そのままアグノスの頭上をいく。飛び越えたかたちだ。
勢いもそのままに、アグノスの後方10メートルほど離れたところで振り返ったアマルティアは、剣を。手元を離れた途端戦う手段をなくしてしまう、剣を。
アグノスの背中目がけて、投げた。
それは、弾丸のように回転し、加速し、その鋭さと威力、つまるところ殺傷力を跳ね上げながら空を貫き風を巻き込み進む、進む。
アグノスはまだ振り返ってすらいない。
そのまま刺さるのかと思った、その瞬間。
アマルティアが、走り出す。タイミング的には、剣を投げた直後に走り出した、といった感じだ。
何をするつもりかと見ていると、恐ろしい現実に慄いた。
アマルティアが、自分の投げた剛速の剣に、“追いついた”のだ。
例えばの話。読者の皆及びに一般的な人間は、全力でボールを投げたら、自分がどんなに走っても追いつけません。当たり前ですよね。
しかし、ボールとはまた違ってくるが、それでも、あの速さで進む剣に生身で追いつくなんて、人間業じゃねぇ。人間離れが過ぎるぞ。
あの10メートルを駆け抜けるのに、何秒かかっただろうか。およそ1秒もかかっていない。“右腕がなく”、“大量の血液と体力を失った”人間が、である。
アマルティアは、空を駆ける剣の柄を……握った……!
真っ直ぐ進んでいた剣の刃を、上に向ける。体勢をかなり低くして、アグノスの背中を、下から上へと、剣を振り上げ、切り裂く……!
切り裂く……はずが。
「いやぁ、お見事です。アマルティアくん。頭の上を超えて、着地してからの行動の速さと殺傷への精度が段違いですね」
アグノスは左手を背中に回して、“素手で”アマルティアの剣を、止めた。
正確には、握った。刃を。
先ほどのアマルティアの攻撃。頭の上を越され、後ろに回られて、振り返ると目前に迫る剣。ただ真っ直ぐ進んでくるだけだから、反応が速ければ打ち落したり弾いたりできる。が、ただ真っ直ぐなのは、“剣が剣だけの一瞬”のみである。
打ち落そうと、対応を始めた頃には、既に目の前の剣はアマルティアの手にあるため、“真っ直ぐに対応した体”を、下から斬り上げられる。
普通に考えて、防ぎようのない、まさしく“必殺”。が、しかし、アグノスはそんな“常識的に考えた”結論の枠組みには留まらない。
素手で刃を止めようというのは、真剣白刃取りみたいなのならわかるが、刃を握って止めるなんて、およそありえない。
手が2つに斬られてもおかしくないだろう。……普通なら。
もう、本当に。レプトスといい、アグノスといい。
チートみたいなやつらばっかりじゃねぇか、幹部って……。
誰だよ、ゴブリンは雑魚キャラって言ったやつ……。
ありがとうございました。
やはり、戦闘シーンの描写がまだ、下手くそでして、あんまりカッコよくないかもしれません。
努力します。