第3話 罪の子
おはようございます。
今話も読みに来てくださり、感謝感謝です。
隙をついて勢いよく走り出した俺だったが、裏路地とは得てしてこういうもので、すぐに行き止まりになっていて、壁を背に、ジリジリと迫ってくる4人の不良から、逃げる術を無くした。
こんなわかりやすい“詰み”がかつてあっただろうか。本気でやばい。もし仮にここが王宮の近くだったら、大声でも出して幹部を呼ぶが、結構距離があるのは、裏路地に入るときに確認していた。
「お前ら中央地暮らしはよぉ、毎日毎日、何不自由なく暮らしてぇ俺ら貧民を馬鹿にしてるぅんだろぉぅ?」
「こんなボロボロの服を着て生活してる俺らがぁ、不潔でぇ、貧相だぁって、思ってんだろぅ?」
「ただでさえ他種族から攻められてて、最弱なんて呼ばれる俺たちゴブリンを救うためによぉ、幹部たちを戦わせればいいのによぉ、あんなクソジジイ護るために中央地にいるとかぁ、頭おかしいんじゃあねぇのぉお?」
「そうだ、殺っちまいましょうやぁ!」
4人は、始祖じいを含めた、このパトリダを治める中央地の、政治のやり方が気に入らないのか、それともただ身分の差から生まれた生活水準の差を純粋に嫉ましく思ったのか。どちらにせよ、俺たち中央地の金持ちが気に入らないらしい。
気に入らない=殺すというのは中々に極端な気がするけれど、話し合いでどうにかなるような輩じゃあないだろう。
こんな場面で、主人公が特別な能力に目覚めたりしたならば、カッコよくこいつらを退治できたが。そんな不確定要素は打開策たり得ない。ライトノベルじゃあるまいし。無理だ。
さて、どうしたものか。超絶本気で命乞いとかしようかな。何だこいつ、必死すぎてキモいって思われるくらいの。……それくらいしか、ないな。よし。
「ああああああああああああっっ!!どうかっ!どうか命だけはぁあああ!お助け下さいお願いしますぅぅ!!!服とか全部あげますからぁあああっっ!!お許しをおおおおおおおおっっ!!」
頭を、額を。思いっきり地面に叩きつけて、膝を折り曲げ、振り上げた両手を地面に刺すように勢いよく下ろして。いつかどこかの高校の職員室でやったようなジャパニーズDOGEZAで、無様な命乞いを披露した。すると。
「ははははっ!何だこいつっ!きっもち悪ぃ!じゃあよぉ!豚の真似しろよ!オラッ!」
「……ぶ、ブヒィィィ!ブヒブヒブヒィィィッッ!!」
「ヒャァッハッハッハッ!!おっもしれぇ!」
「み、見逃してくれますか!?」
「……何言ってんだぁてめぇ。金品奪ってから殺すに決まってんだろぉ?」
「……へ?」
なんてことだ。そもそも俺を見逃すというルートは存在しなかったらしい。詰みだ。殺される。俺だって、ゴブリンなんて嫌だとか。主人公なのにゴブリンってどうなのとか。そういう愚痴は心の中に確かにあったけど。それでも。
俺はこの世界での暮らしが楽しかった。始祖じいのお節介だとか、幹部たちと遊んだりもした。まだ1年しかここにいなかったし、わからないことだらけだけれど。それでもやっぱり。
まだ、死にたくねぇよ。
──そう、心から。悔しさを噛み締めるように思った、刹那。
「命乞いや、豚の真似など。そんなことするな、男だろう?」
響いたのは、綺麗な。儚くて、しかし強さを感じる。静寂を突き刺す鋭利な声であった。
時間が止まる。俺は、“上から”落ちてきたその子をただ見ていた。驚愕していた。唖然としていた。
不良4人は目の前に降り立ったその子に驚き、数歩後ずさり、気がついたように、指をさして口を開く。
「お、おお!お前はぁ!“罪の子”じゃねぇかよぉ!」
「……っ!ああ。そうさ、しかし、なめてもらっては困る。腕には自身があるからな。覚悟しろ、悪党ども」
「……君は、一体。……というか──」
「そういうのは後だ。今はこいつらを退治するから、少し待っていてくれ。……いくぞ、歯を食いしばって思い知れっ!」
そう言って、凄まじい速さで。風のような速さで。飛び込んだその子に。ナイフを持った不良の1人が慌ててナイフを突き出す。踏み込んだ足をグンと曲げて、頭を、体を下げてそれを避けたその子は。
一転。横に飛び、狭い裏路地を利用したフットワークで、壁を。地面を蹴って、蹴って、飛ぶ、飛ぶ。重力を無視したような動きに翻弄される4人。
はっ!という声とともに、その子は正面からとてつもない速さの勢いそのままに、拳を振り抜いた。
「喧嘩とはまた、野蛮なことを覚えてしまいましたね」
が、しかし。そんな、力強く低く重い、威厳満載の図太い声と、太く逞しい、筋骨隆々の腕が現れて、その子の拳は不良に届かなかった。
凄まじい勢いだったため、威力も相応の強さであったはずの拳は、いとも簡単に受け止められてしまった。
俺たちの前に現れたのは、筋骨隆々で、意志の強さを感じさせる、頑固そうな顔をした──
「ピズマ!?」
俺はそう叫んだ。溢れ出した驚きと安心に呑まれて、叫ばずにはいられなかった。
なにせ、その、俺にピズマと呼ばれたゴブリンは。その大きなホブゴブリンは。
「……お、お前はぁ、に、“人間殺し”……!!」
「その異名は嬉しくないな」
“人間殺し”と呼ばれる、始祖じいを護る幹部の一角。幹部最強とも謳われる、パトリダ最強のホブゴブリンだった。
俺が先日、脱走しようと、二階の窓から飛び降りたときに、俺をキャッチしたのも。俺が脱走しようとするたびに説教してくるのも。いつも俺のことを心配してくれているのも。このピズマという男であったからして、俺は言いようのない感情に、熱くなる目頭と体を抑えられなかった。
「こ、こいつはさすがにやべぇっ!!に、逃げるぞお前らぁっ!!」
「「「へ、へいっ!」」」
そう言うが早いか、先ほどの子供の速さにも負けず劣らずのスピードで逃げた不良たち。逃げ足は賞賛に値するほどのものだな、と。場違いなことを思った。
「無事ですか、ラン様、アマルティア様」
「「様って言うなっ!」」
「……これはまた。随分と仲良くなられたのですか?息がぴったりで」
「ちげーよ!俺はこの子に今会ったばっかりだ。今さっき助けてもらったばかりだ」
「助けるだなんて、そんな大層なことはしていない。私はただ、悪党を懲らしめようと」
「アマルティア様、それは言い方の問題で、あなたのしたことはただの喧嘩です」
「……なんと!?」
「……なぁ、ピズマ、あのさ。さすがにもう触れていいよな。この大問題について」
「……まぁ、このことに言及するなと言う方が無理があるとは承知しておりますが」
「……この子──人間じゃねぇか」
「な、なんと!バレてしまったか」
「バレないとお考えでしたか、アマルティア様」
「だから様って付けないでくれ。私はそんな偉い存在では決してない」
「なぁ、アマルティア……だっけか?お前、人間にしても、見た目的に……5歳、くらいか?女の子だろうけど、どうしてパトリダに?」
「……私が5歳の女の子に見えるのか?この、ランは」
「ラン様は未だパトリダの外に出たこともないのに何故この方が人間で、ましてや5歳くらいだとお分かりになられるのですか、本当に、ありえないことばかりしでかすお方だ」
「いや、ピズマ、そこじゃない。私が言いたいのは、私は5歳ではないし、まず女の子でもない。ということだ」
そう言いながら、長い髪をバサッと翻して、こちらを向いた少女……じゃないのか、少年、アマルティアは、納得いかない、という顔を隠そうともせずに俺を見ていた。
「男ぉぉ!?まじかよ……でもそれだけ可愛いならこの際男でも……」
「おい、何ブツブツ言ってる。ラン、私は男だし、まだ2歳だ」
「2歳ぃぃ!?ありえん、ありえんぞ!ピズマ!」
「我々も、アマルティア様が生まれた年からずっと一緒にいますが、現在進行形で驚いておりますよ。しかしながらラン様。今はそのことを話している場合ではございません。まずは中央王宮に帰りましょう」
「いやいや、驚くとかそんなレベルじゃねぇよ!説明されてもわからない自信があるぞ!」
「……それらの説明も、今日のことについてのお説教も、王宮に帰ってからです。さぁ、ラン様、アマルティア様。帰りますよ」
「「だから様って言うな!」」
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
王宮(今一度言うが王はいない。けれど翻訳するとき当てはまる言葉がこれしかない)に着いて、さっそく始祖じいと幹部たちにこっぴどく怒られた。
その後、ピズマにも説教されてもうフラフラで部屋に戻った俺だったが、そこで気づく。
「……おい。アマルティア、お前何で付いてくるんだ?」
「その名前は長いから、ティアと呼んでくれ」
「ティア。お前、俺がパトリダで暮らした1年間で、見たことなかったが、ということはここでないどこかで、暮らしてたんだろ?」
「ああ。中央地の端にある教会にいた」
「じゃあなんで王宮に来てんだよ。帰りを待ってるやつとかいるだろう?」
「……いる、のだろうか」
「……?」
俯いて、蒼く、細く輝く長髪の、毛先を指でいじりながら。アマルティアは、寂しそうに、悲しそうに、言った。
「では、帰る。すまん、迷惑をかけた」
「いや、迷惑ってわけじゃなくて、ここにいるんだったら、許可とかもらわないとダメだろうってことだよ」
「……何故だ?」
「だって、教会の人からしたら、1人の人間が行方不明になったわけだから、どうせ探しに来るよ。そこで、王宮にいていいか訊くぐらいなら、今のうちに始祖じい丸め込んで上手いことしてここで暮らそうぜ」
別に、アマルティアは、ここで暮らすとは言っていなかった。ここに、俺の後ろに。付いてきただけだった。それでも俺は。
帰りを待ってるやつがいるだろう、と訊かれたときの、あの顔は。忘れられない。あれは独りのやつの顔だ。無意識に寂しさが顔に出るまで、それほどに苦しい、寂しい、悲しい思いをしてきたんだろう。
だから、ここで暮らせたなら、お節介だけど優しい始祖じいと幹部たちと暮らせたなら。きっと幸せになれる。あんな暗い顔はもったいない。綺麗な顔してんだから。……男なんだけど。
「……いても、いいのか?ここに、私が。こんな、私が」
「それを今から始祖じいに頼みに行くんだ。頑固なジジイだから、覚悟していくぞ」
「頑固なジジイとは、言ってくれるではないか、ラン」
「……えっと、何か聞こえた気がするけど、多分気のせいだ。もう一度言うぞ、優しくて威厳に溢れた至上の存在、始祖様に頼みに行こう」
「ラン、さっきと言ってることが違うぞ?」
「ティア、何を言ってる。やめろ」
「ラン、アマルティア、2人ともそんなくだらんことしてないでよい。どうせその話をしに来たからな、私も」
「なーんだ、始祖じいからその話に入ってくれるってんなら楽ちんだ」
「……まぁいい。その話なんだが、少々長くなる上に、あまり大きな声でする話でもない。一度部屋に入ってから話そう」
そう言って俺の部屋に入っていく始祖じい。顔を見合わせた俺とアマルティアは、互いに頷いて、とりあえず部屋に入った。
部屋の中央の椅子に腰を掛けた始祖じいの正面に、体育座りをする俺と正座するアマルティア。
ふぅーっと、大きく息を吐いた始祖じいは、重々しい口を開き、語り始めた。
「まず、この世界は、我々生命は、創造神アルファ様によって創り出された。
「そもそも創造神アルファというのは何なのかというと、そのあたりは曖昧でわかっておらん。が、この世界の歴史の中で、最も古い歴史となるのが、創造神アルファだ。
「アルファは、最初の生命体だった。そういう事になっているが、あながち間違ってはいないはずだ。
「アルファは人間の姿をしていた。だからまずアルファは人間を創った。それから続いて我々のような、人間以外の種族を創った。
「そのとき、アルファはもう1人、神を創った。
「それが加護神ベータ。加護の神様だな。……え?ティアと関係あるのかって?……いいから聞いておれ。
「様々なものを創り出したアルファは、その後すぐに息を引き取った。能力を使いすぎたのだろう。
「そうして、この世界の神は再び1人となった。加護神ベータも人間だが。
「詳しい話は追々していくが、今はアマルティアに関係のある話だけをするぞ。
「加護神ベータは、名前の通り、加護を司る神だ。我々生命体は、15歳になると加護神ベータの能力で、それぞれに加護が与えられる。与えてくださる。
「それは人間に限らず、我々も15歳になれば加護を受けられる。この話もお前らがもう少し年をとれば話す。
「加護とは、言ってしまえば特殊能力。不思議な力だ。それを使えるようになる。ベータから加護を受け取ればな。
「しかし、加護神ベータの加護を受けずに、特殊能力に目覚めた者がいた。
「それが、お前の父親だ、アマルティア。
「アルファ、ベータも、自分1人で特殊能力に目覚めたため、その男も2柱の神と同じ存在だと思われた。能力も、信じがたいものであった。
「男は『3番目』と呼ばれた。『1番目』、『2番目』と続き、ガンマだ。
「ガンマは。……世界を揺るがす、“大きな罪”を、犯した。
「その、“罪の産物”が。お前だ。……アマルティア。
「お前が村の悪い輩に、“罪の子”と呼ばれる所以はここにある。
「お前が、教会で、ゴミのような扱いを受けたのも、酷い目に遭ってきたのも。全ては、お前の父親、ガンマの罪から始まった」
そう言われたアマルティアの顔は、見れなかった。怖くて。苦しくて。でも、1番怖くて苦しいのはアマルティアだと思うから、俺はただ、その後の始祖じいの、衝撃的な話を、一語一句逃さず、聞いていた。
読んでくださってありがとうございました。