第2話 壁の外、裏の路地
おはこんにちばんわ。
今回も、読みに来てくださり、ありがとうございます!
……なるほど。少しだけ掴めてきたぞ。見えてきたぞ。
いつも、石造りの、比較的綺麗で、大きな……王宮?(王なんていないけど)のような建物の中にいるのが、長ゴブリン。
長ゴブリンの王宮の周りに、ぐるっと一周するように並ぶ、これまた石造りの、しかし長ゴブリンの住むそれよりは見た目も規模も劣った建物に住んでいるのが、いわゆるところの、“幹部”。
つまりは、中央の長ゴブリンの護衛も兼ねた右腕たち……みたいな。
そして、中央王宮をぐるっと囲む幹部住宅を、さらにぐるっと一周囲む高い壁。あるいは、塀。
四方向に大きな門が備えられ、そこから、おそらくは商人……人じゃないか。商業ゴブリンらしき連中が出入りしていた。
大きな荷物を毎回持って壁の中(中央地と呼ぼう)に入っていくようだから、中で商売をしているかはともかく。食料やら、なんやらを1日2回の頻度で運びに行っているのだろう。
そして。中央地の周りに、さながら城下町のごとく、石造りですらない、藁と木材、たまーに石を一部使った、まさしく“ボロ小屋”が果てを見通せないほどに広がっている。
ゴブリンの住むこの村…集落?の。その中でも1番高い丘の上に位置する、中央王宮の屋根の上から見渡したんだ。間違ってはいないと思う。
つまりは、当たり前……なのだろうか。ゴブリン社会にも、格差があるのだ。身分格差が。
単純に考えて1番偉いのが長ゴブリン。次に幹部たち……のはずが、次は俺。それは後で説明する。だから、長ゴブリン、俺、そして幹部ゴブリン。次に、中央地外の普通のゴブリン達。
こんな感じだ。見たところ、まぁ俺の狭い視野で見たところ。内戦や紛争。ましてや他国との戦争らしきものは起こっていない。
ゴブリンにも、身分とかではなく、種類があって。
他ゴブリンとは一線を画す、長ゴブリン。長ゴブリンは、肌の色が比較的明るく、体格は普通。しかし、ゴブリンであってゴブリンでないような、しかしながらこれぞゴブリンの代表、というような。ともかく、存在感が違いすぎる。
次に、大きなゴブリン。体格の話だ。あれは、俺の現実世界の知識から言えば、“ホブゴブリン”と言ったところか。
ホブゴブリンは、その大きな体を活かして、兵士として扱われることが多いようだ。
ホブゴブリンは強いけど馬鹿、というイメージを持っていた俺だったが、そんなことは一切ない。脱走しようとした俺に説教までしてくるホブゴブリンもいたくらいだ。
そして、ホブゴブリンよりは小さく、細いが、非常に頭が良く、普通のゴブリンより優秀な体格と頭脳の、“ハイゴブリン”。
彼らは、防具や武器庫の扉の前で門番している者、あるいは中央区を囲む壁の門で門番をしている者が多い。
そういう、門といった、出入りに手続きが必要な場所には、必ずと言っていいほどハイゴブリンがいる。受付のような仕事を担当しているのだろう。頭の良さを活かした役職だと思う。
次に、いわゆるところの、普通のゴブリン。体が小さく、痩せ細り、みすぼらしい格好をしている。上記に倣って呼ぶならば、“ローゴブリン”彼らは大抵、農業や漁業と言った、このゴブリン社会においての重労働を担当している。
その中でも、器用なゴブリンは服を作ったり。調理をしたり。別に、職業は少なくないが、それでも大半が農業、漁業。食料確保に躍起になる。このローゴブリン達が、最下層に位置する身分のゴブリン達だ。
まぁ、もう1つ。これは身分とか関係なく、ゴブリンの村の外にも仕事を頼まれ、出掛けることもあるゴブリン達。“ドワーフ”。
彼らは体は大きくないが、非常に強い力を持った特徴的な太い腕があり、それでいて器用な、職人的な繊細さも兼ね備えているため、ゲームやラノベでは定番の、“鍛治士”として、武器を、防具を、作り出し、直し、売っている。
ゴブリン村では言うまでもなく、その他の地域でも重宝される。
別段、鍛治士が、ドワーフしかいないわけではない。優秀な鍛治士のほとんどがドワーフなだけだ。
……と、まぁ、ここまでゴブリン達を一通り説明したところで。今度は俺のお話。
実は。前話の終わりから、1年経ってます。
つまり、もう俺はこのゴブリン村で1年過ごした、ということです。内緒にしててごめんなさい。
で。晴れて1歳になった俺ですが。1年とは言っても、ほぼ籠の中で過ごしたので、赤ちゃんとして、石造りの王宮の中でほぼ1年経ったわけで。
つまるところ、外に出るようになったのは。王宮の外に、人目を……ゴブリン目を盗んで外に出るようになったのは、ごくごく最近のことです。
ゴブリンの言葉も、ある程度は分かってきたので、これからは俺がゴブリン語を翻訳してから活字にするので、安心して読めますよ、読者の皆様。
ということで、言葉を理解してきた俺が、長ゴブリン(周りから“始祖”と呼ばれているので、これからは始祖と呼ぶ。)から聞いた、俺に関する話、をしてくれた日まで、遡るとしましょう。
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※会話してますが、俺も始祖もゴブリン語です。
「つまり、俺は『始まりの森』って場所で拾われたのか?」
「うむ。それも、『アルファの祠』の前で横たわっておったらしい」
「……何だよそれ」
「それらについては追々話す、とりあえず説明を続けるぞ」
「……ああ」
始祖じい(俺だけが呼ぶ始祖のあだ名)は、まさしく、孫に対する祖父、といった態度で、優しさで、柔らかさで、話してくれた。
「お前は、さっきも言った通り。『始まりの森』と呼ばれる地の、『アルファの祠』という場所に横たわっていたのを、アルファの祠の手入れをしに行った幹部たちが見つけて、この我らがゴブリンの里『パトリダ』に持ち帰ったのだ。
「これは例外も例外。特殊の中の特殊。ありえないことであった。
「そもそもの話。我々ゴブリンは、いや、ゴブリンに限らず、この世に生きる全ての種族は。創造神アルファ様の能力によって生み出された生命体。
「創造神アルファ様は、まず、世界を。次に我々生命体を。続いて様々なモノを創り出してくださった。
「それぞれの種族は、今時分までも続いているように、繁殖を繰り返すことが可能であった。
「しかし、我々ゴブリンのような、貧弱で脆弱な種族は、他種族によって滅ぼされてしまう可能性が、大いに存在した。
「現に、人間達はしばしば我々の仲間を“狩って”腕試しや金稼ぎなどをしていたりする。
「我々は、そうやっていとも簡単に絶滅に追いやられる……のが、普通の流れであったが。
「創造神アルファ様は、我々ゴブリンの数を減らさぬため、生殖による繁殖以外での増殖を可能にしたのだ。
「それが『自然性胎児』。お前もそうだ。
「ゴブリンとゴブリンの間に生まれたわけではなく、ダンジョンの安全地帯や、森の奥地、人気のない渓流など、場所は様々であるが、そのように、“どこからともなく”現れるゴブリンが、少なくない。それらが自然性胎児である。
「そうして、自然発生する自然性胎児達がいるから、我々最弱の種族は、今でもこうしてこの世界で生きているのだ。
「つまるところ、特殊な武器や力も持たず、かと言って人間ほど器用でもない我々ゴブリンの強みは、一重に“数”である。
「この世界に生きとし生けるものの、約4割がゴブリンであると言われている。
「それほどに多い。……毎日のように殺されていても、である。
「自然性胎児のおかげで、我々の種族が途絶えていないからこそ、誰も自然性胎児であるゴブリンのことを、不思議にも、不気味にも思わない。
「お前を含めた、彼らは、立派なゴブリンであるからして、蔑まれたりは決してしない。驚かれるなんてことはもちろんない。
「が。お前は特別だ。誰もが驚いた。私もお前が見つけられたと聞いたときは開いた口が塞がらなかった。
「お前が自然性胎児として生まれた場所は。つまりアルファの祠が存在する森。『始まりの森』は、“生命の誕生しない地”なのだ。
「過去に一度だけ、そこで生まれた者達がおるが、それ以降、何百年、何千年という歴史の中で、『始まりの森』で生まれた生命は存在しなかった。
「それなのにお前はそこで生まれた。ましてやアルファの祠の前で横たわっておったらしい。
「少なくとも、お前は普通のゴブリンではないのだろう。もしかすると、我々ゴブリンの種族の未来を変える存在かも知れん。
「で、あるから、お前はこの中央地の外はもちろんのこと、もっと大きくなるまでは、この私の家の敷地を出ることも許さん。
「先日脱走しようと窓から飛び降りたそうだが、下にちょうどホブゴブリン幹部の者がいなかったら、彼に受け止められていなかったら、死んでいたのかも知れないんだぞ。
「もっと、精神的にも成長してから、村やら、外の地域やらに連れて行ってやるから、今はそう無茶をしないでくれ」
長々と説明したわりに、説教で締めくくる始祖じいの話しを聞いた俺は、わかったわかった、と。適当な返事をして逃げたのだった。
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と、まぁ、こんな感じで、俺が幹部ゴブリンより偉いのは、不自然の産物、奇跡の胎児であったから、というわけだ。
しかし、それだけじゃあない。俺が中央地の、始祖じいの(比較的)豪華な、石造りの王宮に住んでいるのも、身分に直結している。
しかしながら、皆が、ゴブリン達が、驚いたのは。俺が、始まりの森のアルファの祠で生まれた自然性胎児ということに重ねて。
たったの、ほんの、1年足らずで。比べること自体間違っているかも知れないが、人間の1歳児とは比べものにならないほどの成長を遂げだことだ。
ゴブリンは、弱い種族のため、繁殖力に負けず劣らず、成長力も高い。
この世界では、ゴブリンの1歳は、人間の2歳〜3歳くらいの成長度合いだ。
それにしても。
既に“言葉を覚えて”、始祖じいの王宮を“脱走”するほどの成長。
始祖じいを始めに、幹部ゴブリン達が、口を揃えて『ありえない!』と言ってきた。だから、「それがありえてるんだから、受け入れろよ、大人だろ?」と言い返すと、面喰らったようで、ため息を吐いたり笑い転げたり。とにかく俺の存在は常に注目を集めるほどであった。
あ、ちなみに。今俺の台詞の中に、『大人』という言葉が出てきたが、ゴブリン語に『大人』という言葉はない。けれども、そう言ったニュアンスの言葉が、もちろんある。
その辺は、俺が上手く調節、工夫をしながら、翻訳しているので、現実で彼らゴブリンは、例えば『人目も憚らず』のような、『人』という文字の入った言葉は使わないけれど、『ゴブリン目も憚らず』なんて言うわけでもない。
『人目』と、同じような意味の言葉を、読者様にわかりやすいよう、『人目』という言葉に“変換して”お伝えしている。
その辺が複雑で、難しくて、やってて楽しい。
あ、あと。ゴブリンの口、というか、舌の形状からの影響なのか、人間語が喋り辛い。難しい。まぁ話せなくはないけれど。
そんな感じで、パトリダ中の注目を一身に集めるこの俺は、上手いこと暮らしている。
今日も王宮からの脱出を考えていたが、先日チェックしておいた、柵が少し歪んでいて登りやすそうな場所に、幹部が立ってやがる。あいつ、わかってんなぁ。くそ。どこから行こうか。
とりあえず、こんな部屋にいるのもつまらん。出よう。
俺は木製の扉を、なるべく音を立てずに開けて、忍び足で廊下を進む。
ゴブリンの体は、俺個人の感覚では、人間より体が軽くて、動きやすい。しかも、軽い上に柔らかいから、色んな動きができる。筋肉は、鍛えればもちろんつくので、最弱の種族とか言うわりに、中々に便利な体だ。
王宮の食料庫に忍び込み、部屋の左端の扉を開ける。食料庫は、王宮の中から入る扉と、外から食料を運び込む扉、と、2つの扉があるため、正面玄関や裏口を使わなくてもここから外に出られる。
時間的に商業ゴブリンは食料を運び終わった頃だから、今がチャンスだ。
扉を少し開けて頭だけ外に出し、キョロキョロする。見張りは見当たらない。よし。行こう。そろそろ、中央地外の村の様子を見に行きたいんだ。
低い体勢で素早く飛び出した俺は、先ほど食料を運び終わった商業ゴブリンの、馬車の荷台に乗り込む。
大きな布の中に隠れて、このまま外まで連れて行ってもらおう。
順調に進んだ馬車は、作戦通り、“壁”の門をくぐって、外に出た。
門番のハイゴブリンにバレるかと思ったが、ハイゴブリン達は商業ゴブリンと話して盛り上がっていたので、荷台には興味を示していなかった。ラッキー。
外に出られた俺は、ワクワクする心を抑えられず、布から顔を出して、初めて、近くで、中央地外に出た。
ボロ小屋ひしめく廃れたようにも見える村だけれど、川の近くや、広場には子供ゴブリン達が楽しそうに遊んでいたり、それを見て微笑ましいのか、母親ゴブリン達が嬉しそうに眺めていた。
平和だな、と。思った。実際はそんなことない。
このパトリダは、森に囲まれている。大きな、大きな森だ。
道を知っていないと、迷うような樹海のため、人間などの他の種族は、案内なしにはパトリダまで辿り着けない。
が、しかし。我々もずっと森の奥のパトリダにいるわけでもない。当たり前だ。物資が足りなくなってしまうから。農業ゴブリン達は、危険だが、森を抜けた、比較的外の地域に近い場所で農業に勤しんでいる。
漁業ゴブリン達は、裏山を超えた先にある海で魚を捕ってくる。そこにも、たまに他種族が現れるかもしれないから、危険である。
森に入って木の実を取ってきたり、森に遊びに行ったりすることもあるゴブリン達もいる。彼らもたまに襲われる。
なんだかんだで、他種族にも、どこにも悪い影響を及ぼさず、ひっそりと暮らしている我々ゴブリンは、毎日、毎日少なくとも1人2人(1、2ゴブリン)は殺されている。
主に、気性の荒い他種族や、人間によって。特に人間は、遊び半分や腕試しなどと言って仲間を殺すから、たまったものじゃない。
元人間の俺ではあるが、さすがにどうかと思う。始祖じい曰く、他種族から数を減らされない限り、自然性胎児は生まれないらしいので、放っておいてもゴブリンが多すぎて溢れることはない。だから、わざわざ殺しに来なくてもいいのだ。なのに。
森に入って、地図を作って。人間は頭の良さの使いどころを間違ってやがる。
最近では、随分とパトリダに近づいて来ているらしい。森の迷路を把握し始めたのだ。
我々だって、ただやられっぱなしってわけじゃあない。
幹部ゴブリンなんかは、そこらの人間より何倍も強い。先日俺を叱りつけたホブゴブリンなんて、1人で商業地に言って、襲われそうになった商業ゴブリンを助けるため、10人を超える人間を1人で殺して金品を奪って帰ってきた。強過ぎ。
つまり、対抗できる強いゴブリン達も少なからずいる。けれど大体は始祖じいの護衛として中央地にいるので、そこまで活躍はしていない。先ほど例示したホブゴブリンは特別だ。始祖じいに頼んで、しばしば森の外の護衛にも行っている。良い奴だ。
とりあえず、パトリダの現状は見た目とは裏腹に平和ではないが、パトリダ内なら、安全だろう、と。そう考えて俺は荷台から飛び降り、広場でサッカー(っぽいやつ)をしている子供ゴブリン達の元に向かった。
「なぁ、俺も混ぜてくれないか?」
「良いぜー、ちょうど1人足りなかったんだ。あっちのチームな、お前」
「おう!ありがとう!」
と、何だか簡単に入れてもらえた。皆優しい。母親ゴブリン達は、こっちの様子には気づかず話し込んでる。楽しそうに笑っている。
俺は運動が得意ではないが、このゴブリンの体だと、実に運動神経が良くなる。素晴らしい。
それを活かして、サッカーをする。敵陣地の奥に引かれた線を超えて、奥の壁に当てれば1点。
俺は、地味にサッカーが上手かったが、それでもやはり毎日のようにやっている子供ゴブリン達には敵わなくて、苦戦したが、楽しかった。
子供ゴブリン達も、途中できた俺は完全な初心者だと思っていたら、意外と上手いので驚いて、途中から本気で遊んでくれた。
楽しい時間が終わり、子供ゴブリン達にお礼と別れを言って、王宮に戻る。
大通りはゴブリンが沢山いて混み合っているので、路地裏を通って王宮のある中央地の丘に向かう_____その途中。
「おぉい、お前よぉ〜、なぁんか、良い服着てんじゃアァン?」
「中央地からはるばる降りてきたのかぁ?わかってんだろうなぁあ?どうなるかぁ?」
「寄越せよ、その豪華な服をよぉ!」
「ヒャアーハッハッハッ!」
と。明らかに不良っぽいゴブリン4人に囲まれた。やはり、王宮での服のまま中央地外に来るのはまずかったか?
「イライラしてんだよぉ、俺は。中央地ばっかり豪華な生活しやがってぇ。……ぶっ殺してスッキリすっかなぁ!」
「ヒャハハハハッ!良いっすねぇ!殺っちゃいましょうぜぇ!」
ナイフや、槌を取り出した不良がジリジリと寄ってくる。
……やばい、殺される?