第26話 再びの、しばしの、日常。
おはようございます。読みに来てくださり、感謝千万大喜びです。
今話はかなり短いので、今話投稿直後に、もう2話ほど更新します。
そちらも読んでくださると嬉しいです。
目が覚めた。
別に寝てたわけじゃあない気がするけれど。
これまた形容しがたい事態のため、絶賛混乱中の俺には説明が難しいんだけれど。
とりあえず。
ピリリリリリ……ピリリリリリ……
という、心地よい、小気味よい、音で目覚めた。
──とても、長い夢を見ていた気がした。
俺は、“目覚まし時計の無い部屋で”、その音を聞いて、目を覚ました。
俺は、見覚えの無い“青い長方形のデジタル時計”のてっぺんを軽く叩く。音が止まる。
起き上がる。手に取った時計をまじまじと見る。
……こんなの、俺の部屋にあっただろうか?
デジタル時計の画面には、日付と時間が表示されていた。
『3月25日 AM 9:00』
3月の25日……あぁ。あのラノベの発売日か。
そういえば。昨日は母が遅くまで帰らなくて、雨も降っていたから心配したけれど、結局帰って来て……それで……それで。
寝た……のか?俺は。確かにあの日は、3月の24日だった。覚えてる。
次の日がラノベの新巻発売日だったからな。
……でも。なんだろう。とても長い時間を、過ごした気がするようなしないような。わからない。
この時計も、昨日はあっただろうか?……わからない、けど。
とても、とても。大切なもの……のような気がして。なんだか、大切な人から貰った、大切なもののような気がして。不思議な感覚だ。これを持ってると、安心する。
とても嬉しい気分になる。わからないけれど。
そう、俺が時計を手に、ニコニコしていると。こんこん、と。
ドアがノックされ、程なくして母が入ってくる。
「蘭、……ど、どう?調子は」
「調子は抜群だけれど、母さん。男の部屋に返事も待たずに入ると思わぬトラブルが起こりかねないから気をつけてくれ。俺だってまだまだ思春期だ!」
「そ、それはごめんね。……で、その、身体に、悪いところとか、ない?具合が悪いとか」
やけに心配してくるな、どうしたんだろう。
申し訳なさそうな母の顔に疑問を覚えつつ。答える。
「いやぁ、なんだかとっても長い夢を見ていたような気がするけれど、それくらいだ。異常はないさ。それより朝ご飯をお願いしますっ!」
「……そ、そう。わかった」
そそくさと部屋を出る母。……態度が明らかにおかしいけれど、どうでもいい。今日はラノベの発売日だからな。全ての優先事項を差し置いてトップに重要だ。
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──結局。
その日は。3月25日は。何も起きず、即日配達で購入したラノベを読んで寝た。
次の日。俺はまた。
ピリリリリリ……ピリリリリリ……
という音で目を覚ます。
その次の日も。
ピリリリリリ……ピリリリリリ……
そのまた次の日も。
ピリリリリリ……ピリリリリリ……
俺は、その音で目を覚ます。
以前まで、俺は毎日昼過ぎに起きていた。起きる時間なんて、昼辺り、といった、曖昧な感じで。
それが、あの日から。25日の朝からは、なぜか。あの時計を使わなければならないような気がして。
大切に使うよう、誰かに約束したような気がして。俺は。
起床時間の面においては、生活リズムというか、そういうのは。以前よりも格段に良くなった。
20歳で無職で引きこもり。その点はまだ誇り高きニートのプライドもあり、そのままであるけれど。
起きる時間が、昼から朝に変わり、それでいてその時間に起きる習慣を維持できるようになった。
理由はわからない。とりあえず、時計を、目覚まし時計を、使うことだけには、抵抗がなかった。
不思議だ。俺が少しだけ一般人に近づいた。社会進出に近づいた気がした。
働く気は無いけれど。
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それから、1週間が経った、4月の1日。
その日もまた、いつかのように、母の帰りが遅かった。雨は降っていなかったので、これまたどうしたものだろうと首を傾げたが、明日には帰ってくるだろうと思い至って寝ることにした。
目を。閉じた。…… …あの日の…よう、に?……あの日って、何だ……。
──それは。再び。俺を。世界を。包んだ。
紛れもない、限りない、“白”。
眩しさを感じさせるそれは、いつか見たような、綺麗な白で。
不思議と、自然と、抵抗はなかった。
この光が。この白が。俺にとって悪しき存在ではない気がしていた。
無意識のうちに、待ち焦がれた、光だった。
何が起きているかはわからないけれど。
俺は。
──また会える。と。何故か。
そう、思って。
薄れゆく白の霧の中に手を伸ばし。
霞んだ思考を振り払って。
本能的に、手に力を込めて。
──両の眼を。
──見開いた……!
実はですね、『目覚まし時計のない部屋で』というフレーズは、第1話の冒頭でも使ってるんですが、やっとその言葉が意味を成しました。
どうでもいいですね。
読んでくださり、ありがとうございました。