第24話 それなら……俺は。
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今話も、楽しんでいただけたなら、幸いです。
──もう終わらせようか……この世界。
瑞樹は確かにそう言った。口振りからして、というか。いつになく真剣なその表情で、わかる。決してふざけて言っているわけでも、嘘をついて誤魔化しているわけでも、ない。
でも、それじゃあ、まるで。
この世界を“終わらせることができる”みたいな言い方じゃないか。
「この……世界、か。その言い方だとやっぱり。ここは俺のいた世界じゃないんだな」
俺は。血液と同調して暴れ回る心臓の鼓動を耳に捉えつつ。あえて強がってそう言った。実際は、怖い。改めて、ここが現実じゃなかったと知らされたような気分で、というか実際そうで、目が回る。
もしかしたら。いや、もしかしなくても。今俺は、瑞樹は。とてつもなく、恐ろしい話題を取り上げているのかもしれない。俺みたいな一般市民が、触れてはいけない領域の。触れてはいけない世界の。
そんな遠い、俺の介入する余地のない話を。ここで瑞樹とするのが正しいのかはわからないが、それでも、“ここに俺がいること”が、何よりの関係者の証だろう。
今俺の身に起きている非現実。それに触れる権利が、俺には。今の俺には。ある気がする。
そうでなくては、こうして瑞樹も、面と向かってはくれていなかっただろうし。
わざとらしく、少し間を置いて。どこかで聞いたような、こほん、というわざとらしい咳払いの後。瑞樹は。
「うーん、そうだね。詳しく話すのは、結構先の話になると思うけれど、お兄ちゃん。いや、千葉蘭。あなたはまだ“ここでの目的”を果たしていない」
顔も、声も、体も。それは瑞樹のものなのに。目前にいるのは決して瑞樹ではなかった。いや、むしろこれが瑞樹だったのかもしれない。今まで俺とここで暮らしていたのは、瑞樹じゃなかったのかもしれない。
そう思わせるほど、目の前の少女は。俺の知らない“自分の言葉”で話しているように見えたのだった。
そして、彼女の言う“ここ”っていうのは、つまるところ、“この世界”ってこと。……という解釈で間違いないだろうか?
「なぁ、瑞樹。……いや、本当は瑞樹じゃないのかもしれないけど、お前。一体……何を知ってる?」
わかりづらく震えた声で問う。
俺は、別に主人公だからといって、物語の謎を解き明かしたい欲求に駆られているわけでもなく。
今現在、不可思議な事態が身の回りで起こっていることに耐えられなかった正義感をこんな形で発散しているわけでもない。
ただ。怖かった。不安だった。
自分が、今まで暮らしていた、普通の世界から、全く知らない世界の全く知らない日常に放り込まれて。
それでも、可愛いヒロイン達や、瑞樹に元気をもらって、どうにかこうにか目を逸らして。ここまでこれたんだ。ここまで……きてしまったんだ。
改めて直面すると。ただ事ではない。当たり前だ。人生をある点からやり直したようなものだ。20歳の俺が高校生として今こうして生きている……こんなの、ありえない。話の方向次第では、常識が、歴史が、ひっくり返ることになる。
「私はね、何でも知ってるよ。この世界のことなら。この世界“から”のことならば」
訊いておいて1人でに沈思黙考を始めた俺に。わざと含みのある言い方で瑞樹は答えた。
一方で俺は、自分の気づいていたことも含めて、仮説、と言えるほどではないが、前々から考えていた、仮定していた予測を話す。
「……察しのいい方ではないけれど、俺が思うに。お前の部屋にあった書類と、空き部屋にそびえ立つ“何か”を、お前が管理、もとい制作しているのは、この世界に俺がいることと関係があるんだろう?」
「そうだねぇ……あながち間違ってはいないけれど。しかしやはり決定的に違う」
「……何だよ、それ」
「まぁ、現段階で言えるのは。……少なくとも、“あなたじゃなくてもよかった”んだってこと。だからあんまり調子に乗らないでよね」
何を言われても、曖昧に。ぼかした言葉を紡ぐ瑞樹。
あえてわかりづらく話す瑞樹に苛立ちを覚えながら、重ねて訊く。
「……一旦話を戻すが。お前、この世界を、終わらせるって言ったよな」
「言ったよ、言った。確かにね。事実だし」
「……それはどういう意味だ。終わらせるってのは」
「そのまんまのようで、やっぱり決定的に異なる。正確には、終わらせるのはこの世界じゃなくて、この“第一歩”だ」
そう言う瑞樹がソファーに座りながら脚を組んで天井を見上げる。
「第一歩……何かが、始まってるのか。俺の周りで」
「とっくの昔に始まってたよ。でも、気づかれないように努めるのも私の役目で仕事で義務だったわけだから。こんな早い段階で見つかって気付かれるとは、やっぱり私はまだまだ新入社員だ」
「なぁ、おい。話が読めないんだが、とりあえず、簡単に説明してくれよ、現状を。現実を」
急かすような、ともすれば責め立てるような俺の言葉には、瑞樹は一言も返すことなく。組んだ脚を入れ替えて。目頭を押さえて吐き捨てるように。
「説明……?そんなの、できるわけないよ。そもそもあなたにバレないように過ごしてきたこの数日間を自ら水の泡にできるほど、精神面で満たされてはいないの」
「……いや、多分、読者様も、よくわかってないよ。こんな、誤魔化しながらの、曖昧な、ぼやけた会話じゃあ、何も、わかんないよ」
「読者様?」
「……何でもない」
そうか、ライトノベルじゃあるまいし、と。勝手に。1人でに。俺だけが考えていたのかもしれない。
「読者……ねぇ。そんなものは確かに存在するようでしないけれど、少なくとも視聴者はいるね。アニメじゃあないけれど」
「お前ほんとわかりづらいな。……で、結局、話の本筋を掴めてないんだが。もっと俺にもわかるよう、説明してくれ」
「……あなたに説明するのはまだ早いって言ったでしょ。もう二、三歩進んだら、否応にも説明せざるを得なくなるわたしではあるけれど」
「……じゃあ、詳しくは訊かない。けど、さっきの話を聞いて少し考えたんだが」
気の抜けた瑞樹の態度のせいか、先ほどまでの重々しい雰囲気はどこかに霧散して。そこにあったのは必死に強がる俺とそれを小馬鹿にしたような態度の瑞樹の姿だった。
そんな中だったからだろうか、意外にも冷静に考えることが少しずつできるようになった俺は、先ほどの瑞樹の言葉から、あることを思いついた。思いついた、というより、結び付いた。
「話の流れ的には、至極当然の結論だとは思うが。……お前が“この世界”を終わらせたら、俺は。“元の世界”に、帰れるのか?戻れるのか?」
「閃いた、とでも言わんばかりの顔で言った割には当たり前のようなしょぼいその質問に回答するならば。答えはイエスだよ」
またまた俺を馬鹿にするような言い回しで、瑞樹は言った。口調の割にはニヤニヤしている様子もなく、無表情のままで、続けた。
「ただし、さすがに『はい、元に戻ったねおめでとう。これで終わり。』とは、いかない。あなたはまだ一歩踏み出しただけなのだから。その一歩が大いなる“終わりの始まり”であるように。あなたの始まりが、“世界を終わりに連れて行く”」
「……なるほど、全くわか」
「そんなわけだからとりあえず手始めにこの世界を終わらせる」
「言わせろよ!」
「は?何を」
「……もういいよ」
なるほど、全くわからん。って言ってみたかったのに。くそったれ。
……そんなことより。本当に、わからない。話が掴めない。俺の始まりが世界を終わりに連れて行く?なんだよそれ。ちょっとかっこいいとか思っちゃうのは中二病の余韻か。
少なくとも、答えはイエスと、言っていたので、俺は遠からずここから元の世界に、元の日常に、戻れるのだろう。……たぶん。なんか曖昧だったからよくわかんないけど。
「……お前が何者──」
「お前がが何者で。お前の目的は一体何で。俺はこれからどうなるのか。……って訊きたいんだろうけれど、何度も言うようだけれど、答えられない。……今はまだ」
こいつ、見透かしたようなこと言いやがって……花マル大正解だよクソったれ。
──しばしの、沈黙。
現時点では何一つ答えられないと言う瑞樹に、何も言えなくなった俺と。顔と目は俺を向いているが、その目が捉えているのは確かに俺ではない、そんな様子の、考え事真っ最中の瑞樹。
互いに考え事をしているという点では同じでも、俺の場合、考えているというより、混乱しているようなもので、そのせいか、静かに立ち上がり部屋に戻る瑞樹に気づかないまま、ただそこに立ち尽くしていた。
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──夜。
いつもの時間にリビングに降りる。何の時間かと言えば、美味しい美味しい晩ご飯の時間である。しかしながらやはり。リビングに瑞樹の姿はなく、既に完成した晩ご飯がテーブルに並べられていただけであった。
明かりもつけずに。薄暗いリビングで1人。未だ靄のかかった思考を繰り返しながら、食べる。もちろん、味なんて感じない。感じるのは、漠然とした違和感。
自らの身の回りで起きていることが、ハッキリしないことへの嫌悪感が、程なくして不安に変わり、中途半端に残した晩ご飯をそのままに、俺は今一度瑞樹の部屋の前に立った。
ノックする。中からの返事は、当たり前のようにない。が、ヒタヒタと。裸足が部屋の床を踏む音が微かに近づいてきて、程なくドアが開けられた。
半分だけ開けたドアから顔だけ可愛らしく出した瑞樹を見て、やはり部屋の中には入れてもらえないと察し。一歩下がって口を開く。
「……瑞樹。さっきの話を意味もなく蒸し返すようで悪いんだが。お前が言っていた、俺の“目的”って何だ?お前が言うには、俺はまだそれを達成できていないんだろう?」
嫌そうな顔を隠そうともせずに瑞樹は俺に返す。いかにも面倒くさそうに。
「……はぁ。何だ、そんなことか。それはね、嫌でもわかることになるよ、あなたが今置かれた状況ならば、ね。結論から言っちゃうとどのルートでも結果は同じだから、せいぜいこの世界を最後まで楽しめるような道を選びなよ」
「……は?……だからさ、お前もうちょっとわかりやすく物事を伝えられないのかよ。ここまでくると遠回しと言うよりただの話し下手だぞ」
「……うっざ。……はぁ。だーかーら。あなたが今、ハーレムとか言ってアホみたいに調子に乗ってる状況が、近頃崩れそうなんでしょ?決着というか、ハッキリさせるときが来たんでしょ?あの3人と」
「……ああ」
うっざって言ったよ?この子。うっざって言った。俺、うざいんだ。それに、そんなに大きなため息吐かれてもこちらのメンタルが削れるだけなんですけど。 ……何か、正体というか、俺に色々とバレてから、態度が愛しき瑞樹らしさの欠片もなくてお兄ちゃん悲しい。
「そんで、言い方悪いけど、この世界では。今回のシナリオでは。誰を選んでも結果は一緒で、終わりは一緒なの。だからもう早く終わらせて」
「……え、えええ。今度の『ハーレム解消本妻決定イベント』、結果全部同じなの?」
「何そのダサい名前。きもい。……まぁ、そういうことだから。それに、私だってこれ以上あなたと同じ家で住んでいたら、さっき答えなかった色々な事情がまたもやバレちゃうかもだし、それもあるから早く済ませてよね、そのダサいイベント。そしたらこの世界も終わりだから」
どこまでも風当たりの強い瑞樹に気圧されないよう、余裕ぶって訊く。
「……聞いちゃうのもなんだけど、その。結果は、どうなるんです?」
「……どうでもいいでしょ、そんなの、どうせ嫌でも遠からずのうちにわかるんだから」
ネタバレをしてくれるわけではないようで、そう言った瑞樹は、それ以上話すつもりはない、といった表情で、ため息混じりに言った。
「貰うもん貰って、そんで、あなたが少しでも変われたなら、それで終わり。……まぁでも安心していいよ、彼女達3人は、“私側の人間”じゃあないから。それだけ。じゃあ」
いつか、俺の裸を見て照れていた可愛らしい瑞樹の姿を思い出して、悲しくなる。確信する。瑞樹、演技だったんだな、やっぱり。だって今の方が生き生きしてるもの。
そんな生き生きと冷たい瑞樹はドアをわざとらしく強く閉めてしまった。俺は渋々自分の部屋に戻る。色々と考えたい。
──とりあえず、少しまとめよう。
まず確定したのが、俺の今いるこの場所が、この世界が、以前俺が20歳の千葉蘭として生きていた世界ではないということ。そして、この世界に深く、深く関わっているのが、千葉瑞樹……彼女だ。
彼女曰く、俺がこの世界にいるのには、達成すべき目的が存在するかららしい。
そしてその目的のために俺が今とるべき行動が、あのヒロイン3人との本妻決定イベントに臨むこと。(ちなみにヒロイン3人は瑞樹のように裏でこの世界と関与していたわけではないらしい。では、彼女らは何のために?)
結局、その結果は同じらしい。3人のうち誰を選んでも、その後の展開は同じで、目的が達成させる。最後には瑞樹が何らかの方法で、この世界を終わらせる。すると、俺は元の世界に。あの、なんの取り柄も無い、千葉蘭に。戻るんだ。
……正直。今更戻りたくないって気持ちも、ある。元の千葉蘭なんか捨てて、ここにいる、この、千葉蘭として……って思っていないわけじゃない。
そりゃあ、そうだ。あんな、何も刺激もない生活で、親の金だけ使って、非生産的なクソニート生活よりかは、両思いの可愛い子が3人いて、一応、妹……も、いて。
誰が見ても充実しているのは、“こっち”だ。……けれど。
間違っている気がするんだ。こんなの。人類にとっての禁忌だと思うんだ。1人の人間が複数の人生を経験できる……確かに画期的で魅力的で革命的だけれど、そんなの、そんなの。
誰が本当の自分なのか、わからないじゃないか。
愛すべき、紛うことなき“自分自身”を。見失うじゃないか。
現に俺は今、本当の自分を捨てて、この生活を、この世界を望む気持ちが生まれている。
でもやっぱりそれは間違っているんだ。だから。終わらせよう。
終わらせるために、俺ができること。それは、あの3人から、1人。1人を。
選ぶんだ。もう、逃げていられない。この世界が、人為的なものであったのなら。終わらせなければならない。
大いなる可能性は、一歩、間違うだけで、それは大いなる悪意に変わる。いつかこの、人を別の世界に送り込む……?ようなシステムが、悪用されないとは言えないんだ。
選ぼう。そして、終わらせよう。可及的速やかに。
──明日だ。
紗江、紀伊ちゃん、傘音。
──俺は、1人を選ぶんだ。
目に見えてわかるように、そろそろラブコメのこの世界。章でいうなら、テンプレート・ラブコメディは、終わりそうです。
少し気が早いですが、次章からはラブコメじゃないので、その辺はお気をつけください。
こんな駄文を、読みに来てくださり、本当に、本当に、感謝です。