第23話 ブゥーーーン!!
憎き学校のせいで時間が取れず、更新頻度が落ちて……なんて言い訳はしません。
不定期のくせに文字数も安定しないというこんな作品を読みに来てくださり、ありがとうございます。
「選びませーん!」
俺は最悪の展開を回避するため、昼休み、続いて午後の授業が終わった後、そう言っては聞かなかった。もう駄々をこねてると言っても過言ではないが、しかしなぜならばそれは先述の通りであって、どうしても、どうなっても、避けなければならないのだ。最悪を。
“誰か1人を選ぶ”のは。避けなければ、ならないのだ。
それこそ、誰もが知っている通り。自分を好いてくれる異性が複数いて、その内の1人を選ぶことで、否応にも環境が、雰囲気が、変わるのだ。変わってしまう、のである。
当たり前だ。互いに気を遣い合いながら、惰性の友情を演じ続けるしかなくなる。
結局、正解も、逃げ道も、最善策も、ないのだ。有り得ない、のだ。
まぁ、簡単に言うなら。有り体に言うなら。
3人の内、誰かと付き合ったら、これまで通りに仲良くできなくなるので、とにかくそれだけは回避したい。
ということだ。
だから。
「選びませーん!というか、選べませーん!ブゥーーーン!!」
こうして子供のように自分の意見の一点張りで対抗。果てにはブゥーーーンとか言って飛行機の真似事を帰り道にし始める俺ではあるが、そんな滑稽な姿を晒してでも、誤魔化したい事態なのだと、俺は感じている。というのに。
「……別に、今すぐに決めてって言ってるわけじゃないんだよ、らんらん。そして飛行機の真似はやめなよみっともない」
「そうさ、僕たちだって、いきなり『じゃあこの子と付き合う!』って言われたら対応できないし。あと飛行機の真似はさすがにやめなよ、恥ずかしい」
「私たちだって、蘭くんとこれからも仲良くしていきたいのは山々ですが、このままではいけないってことくらいはわかるんですよ?あと、飛行機の真似はもうそろそろやめてください、見苦しいです」
紀伊ちゃん、傘音、紗江はこの通り。彼女らも、土台、俺と同じ意見ではあるらしく、やはりこの関係が、この日常が、そのような形で崩れるのはよく思わないようだ。
しかし、この状況──千葉蘭のハーレム状態──には、さすがに目を瞑るわけにはいかなくなったらしい。いいだろ、これで。みんな幸せだろ、特に俺が。
両思いなんだからもうイイじゃん、とは言ったが、彼女らは口を揃えて“特別になりたい”と言う。もう十分特別なのだけれど。そういうことではないのだろう。
それこそ、本当の1人に。最愛の1人に。
なりたいのだろう。
俺だって、このまま3人とずるずる両思い×3の状態を続けていれば、誰かと大人の階段を上ろうとしても、それが他の2人への裏切りに繋がるため、迂闊に手を出せない。
3人の女の子に好かれている。これで満足できるのならば、現状がベストだ。しかしながらやはり俺は。あれだよ、あれ。うーん……。そうだな、言っちゃおうか。
……キス以上に、進みたいんです。
おい千葉蘭お前最低だなとか思うのは仕方がないのですが、読者様。両思いの女の子がいたら、そりゃあ、男子高校生は、そういうことしたいなぁとは思いますよ。
まぁ俺は実のところ20歳なんですが、20歳だって無論バリバリの現役ですからね。
そりゃあ、言い方悪いですが、誤解を恐れずに言うならば。
本気で頼めばイケる。……んですよね、あの3人。瑞樹だけなんですよ、身持ちが固いのは。
そもそも瑞樹は、俺の片想いでしかないから、その時点で、愛のある行為は難しい。ちくせう。
「お前らな。わかってるとは口で言うけれど、その実やはりわかってねぇんだよ」
「わかってないって、何をさ」
「だから、俺がお前ら3人から1人を、特別を、選べば、この関係が今まで通りにはいかないってことだよ」
「……でも、それでも、僕らは……」
「早過ぎるってことだよ、つまりは。特に傘音なんか、まだ会ってから日が浅いだろう?それに比べて紗江はこの中で1番俺といる時間が長い。そもそも、今、俺がお前らから1人を選ぶ際、傘音や紀伊ちゃんが、紗江と不平等で不公平じゃないか。それはいけないなぁ。よし、じゃあこんなことやめればいいんだ!」
「私が言うのは少し違うかもしれませんが、時間とか関係なく、平等に私たちは蘭くんが好きですよ?いやまぁ、それぞれが『私が1番好き』だとは密かに思ってるのでしょうけれど」
「おおう……あのな。俺だって純粋な男の子なんだから、好きって言われるとこう、ドキッとするんだよ。不用意にドキドキさせないでくれ」
「好きだよー!!らんらーん!!大好きさぁ!!」
「ぼ、僕も好きだよ!蘭が!」
「私は言うまでもありません!」
「わざとらしい愛情表現にはさすがにときめかねぇよ。……そうだな、ありがたいことに、みんな俺のことを好きでいてくれて、俺も3人が。紗江が。紀伊ちゃんが。傘音が。好きなんだよな」
「な、なんですか、急に……」
「だからさ。だからこそさ。俺が1人を選ぶっていうのはよくないと思うんだよ。いやだよ、変に余所余所しくなったり。選ばれなかった残り2人に気を遣ったり。そんなの。いやだ」
「なんかもっともらしいことを言っているようで言い返しづらいけれど。それは、蘭が三股をする言い訳にはならないと思うんだ、僕」
「だから三股って言うのやめろ!」
「……やっぱり、今すぐとは言わないからさ、らんらん。近いうちにキッパリと決めておかないと。早いうちに、決めておかないと。後が辛いよ。苦しくなるよ」
「……ブゥーーーン!!」
駄目だ、説得失敗。みんな、覚悟した上で言ってるんだ。ケジメをつけよう、と。
こうなるとどんなに屁理屈を重ねようと、事実上の正論を突き付けようと、彼女らは意見を変えないだろう。それくらい、気持ちが、想いが、覚悟が、強いんだろうな。
如何ともし難い、と。俺はどうしても思ってしまうけれど。
とりあえず、苦肉の策として飛行機の真似をして空気をリセットすることには成功したが、この件については、近々、熟考すべきだろう。とりあえず今は家に避難しよう。
そんなわけで。3人に別れを告げて走り出す。飛行機の真似を急に止めて、真顔で「それじゃあまた明日」と俺が言ったときには怪訝な表情を浮かべた3人だったが、すぐに踵を返し走り出した俺の背中に呆れたように、「じゃあね」とか「さようなら」と、言ってくれた。
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──帰宅!
走ってきた勢いそのまま、ドアを開ける。が、無論鍵が閉まっているのでただドアに激突しただけに終わった。
ご近所さんに恥ずかしいところを見られていないか、ひとしきりキョロキョロした後。制服のポケットから家の鍵を取り出して、鍵穴に。と、そのとき。
ガチャ、と。ドアが開く。あら。今から開けようと思っていたのに。
開け放たれたドアの向こうには、果たして瑞樹が立っていた。
瑞樹はいつになくご機嫌な様子で腕を組み俺を見つめて言った。
「やぁお兄ちゃん。おかえり」
そんな悪人顔で言うことか、それ。疲れて帰ってきた家族を労わる言葉じゃないのか。
ああ、ただいま、瑞樹。と。あえてそっけなく返して俺は家に入る。玄関で俺が靴を脱いでいる間も、瑞樹は腕を組んだままで俺を見下ろしていた。……本当に、なんだよその顔は。まさしく“してやったり”って顔してやがる。
何があってそんなに上機嫌なのか。今日の瑞樹はおかしな様子だな、なんて思いながら。瑞樹を横切ってリビングに向かう。
すれ違って。後ろから声をかけられる。
「お兄ちゃん。昨夜はどうだった?よく眠れた?」
「……ああ。本当に、残酷なまでに何も起きない平和な夜だったもんで、ぐっすりだよ」
「……ふふっ。そう。それはまた……いい気味ね」
「おいおい、瑞樹。お兄ちゃんはな、大人になれなかったんだ。だからそんな安い挑発に乗るくらいには、まだ子供のままだぞ」
「もう大人でしょうが……」
「何を言う、俺はイケイケの高校生だよ」
「……まぁ、間違いが起きなかったんなら、重畳だよ」
「そのせいで。紗江と一線を越えられなかったせいで。今、愛に飢えた女たちによって俺は窮地に立たされているんだぞ」
「へぇ、どしたの」
「紗江を含めた3人の女の子と両思いの俺なんだが……どうやらそろそろ1人に定めてほしいということらしい」
「ハーレム解消ってことね……。……でも、それと紗江さんに最低なことができなかったのは関係ないでしょ?」
「あるよ。俺が昨夜、紗江と大人になってたら、展開は変わってたんだ。……いやまぁ、他の2人にめちゃめちゃ軽蔑されるような展開だっただろうけれど」
「なんだ。じゃあどっちにしろ、お兄ちゃんにとっていい方向に話は進まなかったんじゃん」
「そのようだ。どこで詰んだのかわからないからセーブ地点に戻るのも躊躇われる」
「セーブ地点なんてないし。あーあ、お兄ちゃん、どうするの?つまりは2人の女の子を振らなくちゃあならないんでしょ?」
「……事実上は、な。しかし、確かに、どうせ詰むくらいなら無理矢理にでも紗江と1発……」
「おい」
「……冗談だよ。怖いなぁ、瑞樹は紗江の話になるとやけに声が大きくなるというか。ムキになるよな」
「……いいでしょ、別に。それより、本当にどうするの?その、1人を決めるってやつ」
「さぁな、ずっととぼけてもいられないだろうし、近頃決断のときがくるのだろうか……!とか思ってるけど、乗り気じゃないよ、やっぱり」
「……ハーレム主人公気取りもいいけれど、妹に手を出したり、その3人ともそれぞれとイチャイチャしたんでしょ?なんか、いろんな女の子に手を出してるみたいで……」
「おい。そこには言及するな。それ以上正論を叩きつけるつもりならば、仲の良い紗江にバラすぞ。お前の黒歴史候補筆頭のアレを」
「……何それ?」
「お前の机の上にあっただろ、なんか中二病特有の変な日記とかかと思ったけど、後から思い返すとやっぱりアレは恥ずかしいぞ。俺の名前まで出してたし」
──俺が何気なくそういった途端。
瑞樹の顔つきが変わる。先ほどまでは、ニヤニヤしながら俺を小馬鹿にしていた瑞樹だったが。今はその影もなく、焦り、驚き、怒り。様々な感情が混ざり合ったような、そんな表情をした。
動揺を隠すように、瑞樹は俺に背を向けて。
「……それ、どこまで見た?」
努めて軽く言おうとしてるのはこちらにも伝わるが、声音は嘘を吐かず。微かに震えた声は、明らかに平静を保てていない瑞樹の心情を露骨に表していた。
……この話題を。俺は。今、わざと言った。あの“紙の束”の話をすれば、瑞樹が動揺するのはわかっていた。
あれは。あの紙は。確かに“何か大切なこと”を示していたはずだ。
例えば。
──この世界に俺がいること。それについて。
ありえなくはない。むしろ有力な情報になり得るだろう。しかし、それを瑞樹が所有していたことには疑問を覚える。
あえて言っていなかったが、俺だってそこまで頭が悪いわけではない。さすがに、家での瑞樹に違和感を覚えていた。
瑞樹の部屋。その机の上に乗っていた例の紙。そして、我が家の空き部屋2つを使った謎の大きな物体。あれは、機械、だろうか。だったら何の機械だ?
本当に、何もわからない。この世界に来た理由も。ここがどこなのかも。
しかし、それらの謎の鍵を。瑞樹が握っていることには、薄々気づいていた。
この話題に手を出すのは、いささか早すぎたかもしれないが。しかし、俺のハーレムをハッキリさせなければならないのなら。
さすがにこの物語の疑問点もハッキリさせるべきだろう。それが主人公の役割だ。
どこまで見た?という瑞樹の言葉に。俺は慎重に口を開く。
「……正直、俺も混乱しててよく覚えていない。けど……」
「『こいつ、この世界のこと知ってるな』って?」
「……っ!……ああ」
瑞樹は俺の言わんとすることは読めるようで、同じく、俺が瑞樹を怪しく思っていることにも気づいているようだ。それでいて誤魔化したり、話をそらして逃げたりしないあたり、やはり瑞樹もケジメをつけるつもりなのだろう。
「……そっかぁ。……そうだねぇ。……それじゃあ」
瑞樹は。見たこともない、表情で。とてもじゃないが中学生には見えない表情で。声音で。低く、重い雰囲気で。言った。
「もう、終わらせようか。──この世界」
次話はだいたい書き終わってますが、仕上げとか込みで考えると、土曜日に投稿することになりそうです。
またお越しいただけたら光栄です。