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ライトノベルじゃあるまいし  作者: ASK
第一章【テンプレート・ラブコメディ】
21/105

第21話 デート(?)最終日:紗江

久しぶりの更新です。

やはり、一応最初のヒロイン、紗江のお話なので、長くなっております。


「聞いてませんでしたか?」


「聞いてねぇ」


「知りませんでしたか?」


「知らねぇ」


「お兄ちゃん、ふてくされてないでほら、行こう」



 デート3日目、最終日。俺は紗江とのデートでウキウキだったのだが。集合場所に着くと、俺より先に家を出た、瑞樹みずきがいた。おい。なんでやねん。デートじゃなくなっちゃうじゃないか。


 俺の文句は受け入れてもらえず、というか、紗江が誘ったらしいので、帰ってもらうわけにもいかず。なんてことだ。これじゃあ3日連続キスフラグがへし折られる結果になりかねない。俺は何としてでも全ヒロインとキスをするんだ!



「……しかも、デートだったはずなのに。紗江と瑞樹の買い物の荷物持ちなんて。こんなの、こんなの……」


「お兄ちゃん、つべこべ言わないで、ほら、これも」


「ごめんなさい、蘭くん。でも、昨日も、瑞樹ちゃんと2人でお買い物してたんですけど、買いたいものが多くて、さすがに女の子2人じゃ大変かな、と」


「え?2人、昨日も一緒だったの?」


「うん。昨日も一昨日も紗江さんと遊びに行ってたよ?お兄ちゃんが他の女の子に鼻の下伸ばしてる間にね」


「え、お前ら、そんなに仲良かったの?」


「瑞樹ちゃんには、お料理教えてもらったり、色々とお世話になりましたし、私は、気が合うな、と、思っていますよ?」


「私も、紗江さんと一緒にいるときはすごく楽しい」


「……俺の仲間外れ感がすごいぞ!」



 何てことだ。俺の知らぬ間に2人は仲良くなっていたのか。百合は好きだから構わんが、しかし。俺だって男だ。紗江とのデートはそりゃあ盛大に楽しみにしていたのに。ちぇっ。



 そうして。ふてくされた俺は、その後も2人のお買い物に付き合った。女の子しかいないお店にも、初めて入ったが、めっちゃ睨まれたので外で待ってた。


 でもチラチラと、ショーケースを見てた。なになに、最近の女性用下着って、こんなおしゃれなの?すごいね。見られても恥ずかしくないような、そんな細かいディテールまで凝ったような下着を、白いマネキンが着こなしている。


 下着に腐心していると、唐突に横から。



「……お兄ちゃん。女の子の下着に興味を持つのは、男の子として仕方がないのかもしれないけれど、人目もはばからずっていうのは、さすがにどうかな」


「うをぁっ!……なんだ、急に話しかけるなよ、驚いた。てかもう買ってきたのか?」


「はいっ!瑞樹ちゃんに、これが似合うよって言ってもらって、すごい可愛いのを選んでもらいました!」


「ほう。どれどれ見せてみな?」


「はい、こういうのなんですけど……」


「はいストーップ!」



 作戦通り、軽すぎる口車に乗せられて、紗江が買ったばかりのお気に入りの下着を見せてくれるまで、あと少しのところで、袋に手を入れて下着を取り出そうとする紗江の手を瑞樹が掴んだ。



「お兄ちゃん。そんな風に女の子の下着を見ようとしないで。狡猾こうかつというか、もう、卑劣だよ」


「卑劣はやだな」


「じゃあ鬼畜だよ」


「もうあんまり変わらないな」


「まんまと蘭くんに乗せられて、下着を見せてしまうところでした!」


「紗江さんも迂闊うかつだよ?気をつけて。お兄ちゃんは変態だから」



 はぁー、剣呑けんのん、剣呑。と、言いながら歩き出す瑞樹。実際の妹ではなく、さらにはまだ出会ってから日の浅い関係の俺と瑞樹とはいえ、連日絡んでいれば、俺の考えを見通せるくらいには仲が発展している。それは紛れもなく嬉しいが、こういった場合、作戦や企みを阻止されてしまう。


 それにしても、だ。下着を選んであげたのか、紗江の。仲良いなほんと。



 そうして。下着、化粧品、雑貨。本当に色々と、それでいて沢山のものを2人は買って、満足そうに、話して、歩いていた。おいぃ、本当に俺のこと忘れてないよな?お前ら2人でデートしてるみたいになってっぞ。



「よし、帰ろう!満足満足!」


「……おい、瑞樹、紗江。もう一度言うぞ。俺はな、今日は紗江とのデートのはずだったんだ。それなのに、なんだこの仕打ちは」


「……安心してくれて大丈夫です、蘭くん。私なりに、とっておきを用意してますからっ」


「ほう?言ったな?楽しみにしておこう」


「……とりあえず、そろそろお腹も空いてくるし。帰ろう?」




❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 瑞樹に促されて。3人で帰路につく。紗江と別れて、瑞樹と2人で家に着く。

 今からご飯作るから、と。瑞樹が今日買った新しいエプロンを早速装着して、キッチンに立つ。本当に、手馴れてるな、瑞樹。


 今日のご飯は何かなーと、ウキウキで瑞樹の後ろ姿を眺めていると、不意に。


 ピロリロリーン……ピロリロリーン……と。ケータイが鳴り出した。紗江からだ。どうしたこの時間に。



「はいもしもーし」


『あ、蘭くん?あの、もう晩ご飯食べちゃいました?』


「いや、まだだけど。瑞樹が今作ってくれてる」


『そうですか、それはとても申し訳ないのですが、あの、今から私の家に来ませんか?晩ご飯を作ったんですが、蘭くんに食べてもらいたくて』


「おお!そういうことなら、瑞樹に言っておくよ」


『……それで、その。もし、蘭くんさえよければ』


「ん、俺さえよければ?」


『今日は私の家に、泊まりませんか?今日、両親が出かけているんです』


「喜んで」



 無論即答した。おいおい。両親が今いないからって台詞せりふの意味するところをわかって使っているのか?紗江よ。

 千葉くん頑張っちゃうよぉぉ!!



「瑞樹ぃー!」


「何ー?」


「作ってくれてるところ申し訳ないんだが、俺、今から紗江の家で晩飯いただいてくる!」


「えっ、もう卵割っちゃったんだけど……うーん、これは明日にするかなぁ……」


「やっぱり俺の分も作ってくれてたか。ごめん、しかもそのまま泊まってくるわ、紗江の家に」


「……それはダメじゃない?紗江さんのご両親は?」


「……い、いる。」



 嘘をついた。だって、いないって言ったら行かせてくれないんだもん!



「……そう。じゃあ行ってくれば」


「怒ってる?」


「怒ってない」


「怒ってるじゃん」


「……別に。早く行ってあげなよ。晩ご飯作ってくれてるんでしょ」


「……あぁ」



 いや、怒ってますよね。普通に。……いや。怒ってるのとは少し違うな。ふてくされてるっていうか。嫉妬、みたいな。瑞樹も紗江の家に泊まりたかったのかな?


 でも、おそらく紗江のこのお誘いは、デート代わり、みたいな意味合いがあるんだろう。昼間はデートとは言えなかったからな。


 そうはわかっていても、仲が良いからこそ、誘われなかったことに拗ねているのか。瑞樹は。可愛いな。


 とりあえず、明日から学校なので。学校の準備をして、制服に着替えて、紗江の家に向かう。紗江の家に着いたら部屋着に着替えて、明日の朝また制服に着替え直せば、OKだ。

 下着とか部屋着は紗江の家に置かせてもらおう。学校帰りに紗江の家に寄って荷物回収。こんな流れ。



 俺は拗ねている瑞樹の頭を無言でワシャワシャして。そのまま紗江の家に向かう。といっても、場所を知らないので、十字路で紗江と集合してから行く。


 十字路に着くと、紗江がもちろんいて、瑞樹の様子を伝えると。瑞樹ちゃんには、今度お泊まりしましょうと伝えておきましょうかね、と。申し訳なさそうな顔で言っていた。



 十字路から、少し遠い場所に家はあった。俺のこの世界の家より、少し大きな家だった。でも、この場所から毎朝十字路に行くのは大変そうな気がするな。わざわざ来てくれてるのか。


 ……じゃあ入学式の日はなんで遠回りな十字路にいたんだろう?


 訊かないけど、色々考えながら。お邪魔しまーすと、誰もいないらしい紗江宅に入る。いい匂いするな。綺麗にしてある。紗江家の雰囲気や、家族の性格がうかがえる。家族に几帳面な人がいるんだろうな。


 リビングに入り、どうぞどうぞと言われて座る。テーブルには、サラダが置かれていて、他の料理は、もうほとんど出来上がっていて仕上げだけだから、少し待っていてくださいと言われた。どうやら、出来たてを食べてもらいたいらしい。ありがてぇ。


 ただ待っていても暇なので、リビングを見回しているが、これといって女の子の家って感じはしない。まぁ、リビングだしな。両親も使うわけだし。



 少しして。紗江がお盆に料理を乗せてキッチンから出てきた。料理を運んだり並べるのは手伝った。そして、食べる直前に気づいたのだが……。



「……紗江。お前、それ、瑞樹とお揃いなのな」


「それ?……あ、これですか、エプロン!そうなんです!瑞樹ちゃんと同じのを買いに行ったんですよ。えへへ」


「……そうか」



 ……何でそんなに仲良いんだお前ら。主人公は俺だぞ。しかも天下のラノベ主人公だぞ。偉そうにするのは読者様に嫌われるから控えようかなと密かに考えていたが。俺は、ラノベ主人公だぞ!!



 とりあえず。食べる。ぱくり。もぐもぐ。ぱく、ぱくり。もぐもぐもぐもぐ。ごくん。……ぱくり。


「ど、どうでしょう……?まだ瑞樹ちゃんには敵わないんですけど、これでもかなり上達したと自負しているのですが……」


「……美味い。いや、普通に、瑞樹と同じくらい料理上手なんじゃないか?」


「そうですか?えへへ、嬉しいですねぇ。でもでも、蘭くん。お料理したことないかもしれないので、わからないかと思いますけれど、瑞樹ちゃんはすごいんですよ。本当に。このメニューだったら、私は瑞樹ちゃんよりもずっと時間がかかっちゃうんです」


「時間、関係あるのか?」


「ありますよぅ!……まぁ、言うなら、手際ってことです。同じ料理でも、手早くかつ正確に作れてそれでいて美味しい、その違いが私と瑞樹ちゃんの差です。まだまだ上のレベルの師匠です」


「……あいつ、本当にいつそんなスキルを身につけたんだ。まだ中2だろう」


「それもすごいんです。瑞樹ちゃん、中2の実力じゃありませんよ、凄すぎです」



 いやぁ。紗江に瑞樹の話をされる度に誇らしくなるな。『そいつ、俺の妹なんだぜ(ドヤァ)』って気持ちになる。あくまで、この世界では、な。むしろだからこそ。俺からしてみれば明らかに血が繋がっていないからこそ。恋愛対象に入っちゃうんだよ。


 それでいて1つ屋根の下で暮らしてるんだ。好きにったって仕方ないじゃないか。俺が悪いみたいになってるけど。


 だって、妹だけど、妹じゃないじゃん?わかるでしょ?どうですか?読者様、もしあなたに、異性の兄弟(姉妹)ができて、それがイケメン(美少女)だったら、さすがに好きになっちゃいますよね?少なくとも、意識しちゃう、みたいな。


 ……というか。今俺は両親が出かけてる女子高生の家に泊まる無職の成人男性なんだ。この場にいない妹の話をしている場合ではない。真の意味で、大人になれるかもしれないんだ。今夜。というか、大人になるんだ!ふはははははははっ!



 そして。十分に美味しいご飯を食べ終わり、お風呂に入った。一緒に入ろうと誘ったのだが、まだ恥ずかしいとのこと。まだってことはいずれはいいのかな?お?お?


 とりあえず、調子に乗った俺は。ケータイを手に取り、瑞樹に電話した。



「もしもし、瑞樹?あの、お兄ちゃん、大人になってくるから」


『は?何言ってんの?紗江さんに変なことしないでよ、ご両親だっているんだし』


「ああ、ごめん。それ、嘘」


『……は?……ならなおさらダメだよ、お兄ちゃん。そんなことしようとしたら_____』


「それじゃあおやすみ」


『……あんまり調子に乗るなよ、クソが』



 プツッ……。電話が切れた。あれ?最後怒ってなかった?めっちゃ。まぁいいや。俺は大人になるんだ。


 そのあと、風呂上がりの無駄にエロい紗江と、リビングで談笑して──話題はまた瑞樹だったが──、紗江の部屋に入れてもらった。案の定。というか。もはや恒例、というか。



「いい匂いがするな……」


「それはよかったです」


「そういや、瑞樹の部屋もいい匂いするんだよなぁ。……女の子ってみんないい匂いの生き物なのかな。傘音が言ってたんだけど、嗅覚的に好感の持てる相手は相性が良いらしいぞ」


「……紀伊ちゃんも。傘音ちゃんも。いい匂いでしたか?」



 声音が少し暗くなった。……女の子と2人きりで、他の子の名前出すのはさすがにまずかっただろうか。……だろうな。



「……ああ。例に漏れず、紗江もな」


「……今日は、一緒のベッドで寝ましょうか」


「よし、寝よう、早く寝よう」


「え、まだ9時ですけど」


「いいから、ほら、寝よう」



 まさか、俺の家に紗江が泊まりに来たときには叶わなかったイベントが、両親のいない紗江の家で発生するなんて!

 少し悪くなった雰囲気に不安を感じていたが、どうやらいい方向に進みそうだ。


 俺は行き道で買ってきた歯ブラシセットを持って洗面所に直行した。一緒に寝れるのならば、夜更かしなんてしてる場合じゃない。長い時間楽しまなければ。


 ……何を楽しむって?おいおい、そんな野暮なことは訊かないでくださいよ、読者のだんな。決まってるでしょう?


 千葉ちばのい“ちば”んを見せてやるんですわ。がっはっはっ。


 最低なエロオヤジキャラを確立させたところで。諸々の準備が終わり、9時半には紗江のベッドの上にいた。



「ほら、何突っ立ってるんだ。早くしてくれ?ほら、ほら」


「ノリノリですね……もっとこう、雰囲気とか、あるじゃないですか」


「あのなぁ、ムードとかそういうのどうでもいいんだ。早くしてください。たまりません」


「たまらないって……はぁ。もっとこう、互いに照れながらも、みたいな展開に期待したんですけどね……」


「はよぉ!」


「わかってますよ、もう!」



 渋々と紗江がベッドに入る。逆にお前は何故ノリノリじゃないんだ。お前が誘ったんだろう!



「電気はどうする、消すか?明るいのがいいか?」


「消すに決まってるじゃないですか」


「ほう、紗江は暗くする派か……」


「みんな普通暗くするでしょう」


「明るくないとよく見えないだろう」


「目を開けてるわけじゃないんですから」


「え!目、閉じちゃうの?」


「まぁ、目を開けたままの動物もいるらしいんですけどね」


「動物って……変なこと言うなぁ」


「蘭くんこそ、変なこと言いますねぇ」


「じゃあ、そろそろ……」


「寝ましょうか」


「は?」


「え?」


「寝るの?言ったじゃん、一緒にって」


「だから、言いましたよ、一緒に寝ましょうって」



 何てことだ。どおりで、目を開けたままの動物もいるとか言ってたのか。ええ……。そういう展開?嘘でしょう……。ここまできて、寝るだけとか。


 いや、読者様。おい蘭お前(さか)りすぎだろ、って思うかもしれませんが。好きな女の子と両親のいない家で同じベッドで寝るんですよ?よく考えてみてくださいね?


 別に僕が異常に変態的思考回路を、巡らせているわけではないんです。“普通に考えて”、そういうコトだと期待してたんです。



 俺はもはや涙目で電気を消し、ベッドに入った。ううっ。くそぅ。


 しかし。


あれ?近くね?そんなに狭いベッドじゃないのに。やたらくっついてるんだけど。つまりそういうこと!?


 チラッと紗江を見てみると、顔がすっごい赤い。あれ?本当にいけるとこまでいけるんじゃないか?


 俺は。2日連続で女の子のキスをした。しかもどっちも好きな子。しかし、紗江とは1番進めるんじゃないか?キスなんて数え切れないほどできるんじゃないか!?おお!?


 ……今のはちょっと自分でもないな、って。反省してます。


 すると。小さな声で、しかし距離が近いのでしっかりと聞こえた。紗江の声。



「あの、一緒に寝ましょうとは言ったんですけど……さすがにちょっと恥ずかしいので、せめて上を向いてくれませんか?」



 照れてやがる。俺は素直に仰向けになると、腕に温かさを感じた。紗江が腕にくっついている。ピッタリと。おお、胸がすごいじょおお。と、思っていたら。紗江が。



「……こんな、2人きりのときに、訊かれるの、嫌かもしれませんが。……いえ、私が気にしているだけだとは思いますが」



 紗江は続けた。



「一昨日と、昨日、どうでした?」



 ええ……それ、紗江から訊くの?いいの?後悔しない?


 とか色々考えてたが、別に紗江は返事が。答えが。欲しかったわけではないらしく。震えた声で話し始めた。こぼし始めた。心を。弱さを。



「やっぱり、いつも笑顔で明るくて、それでいて素直に好きだと伝えてくれる、紀伊ちゃんが好きですか?


「趣味も合うし、照れたときとか緊張しているときとか、女の子らしくて、思わず守ってあげたくなるような、傘音ちゃんが、好きですか?


「正直私は自信がないです。蘭くんのことは、まぁ気づいているでしょうけど、3人とも好きなんですけど、あの2人といると、やっぱり、自分じゃないのかなって。


「ああ、こういう可愛い子が、蘭くんの隣にいるべきなのかなって。


「私は、実は意地っ張りだし、頑固だし。


「2人みたいに、もっと言えば瑞樹ちゃんみたいに、細くて綺麗じゃないし。


「なんか混乱すると口調とか変わっちゃうし。


「蘭くんは優しくしてくれますけど、それはみんなにも同じで。


「蘭くんの特別にはなれないのかなって。


「不安になるんです。


「紀伊ちゃんだったら、それでも蘭くんに絶対に惚れさせる、みたいにかっこいいこと言うでしょうし。


「傘音ちゃんも、実は奥手じゃないですし。


「この痛みが、蘭くんに出会えた代償なら、それでもいいのかな、なんて。


「でも。


「それでも、やっぱり。


「こんなこと言うのは、性格悪いって、ずるいってわかってるけど。


「私は、1番早く蘭くんに出会っているのに、それでもやっぱり私じゃない。


「とか、思ったり。


「こういうこと言われると、絶対蘭くんは優しくしてくれるっていうのもわかってます。


「だから、そういった蘭くんの優しさに頼らず、等身大の私でぶつかっていきたかったんですけど。


「それでも蘭くんの1番になる子は、もっと、もっと……」


「そんなこと、ないけどな」



 思っていることを、言った。紗江は。



「そう言ってくれるとはわかっていました。やっぱりずるいですね、私。嫌な女です」



 悲しそうな顔で、言う。だから、俺も。思ってること、ちゃんと。全部正直に伝えよう、と。口を開いた。



「俺は、そうやって、胸の内に秘めた、本心を。言いづらいなんてものじゃない、自己嫌悪の塊を。言える紗江は、強くて、綺麗で。


「守ってあげたくなるのは、紗江だってそうだよ。初めて会ったときにも思ったけど、触れたら音を立てて崩れてしまいそうなほど、儚く見えたから。


「触れていいのは俺じゃないのかもしれない、とか。思ってた。


「でも今は、他の誰にも紗江に触れてほしくない。わがままなのもわかってる。


「紀伊ちゃんや傘音を好きだって気持ちも嘘じゃないのに、紗江に、触れたいと思ってるのは、身勝手だって、わかってる。


「それでも、自分の嫌なところが否応にも露呈するのを我慢して、乗り越えてでも、この子に触れたいと、この子なんだと、そう、思えたんだ。俺は。


「こうして、言葉にして、言ったこと、たぶんなかったよな。


「俺、紗江が好きだよ。


「紗江と、出会ったあの日から。あの朝から。あの場所から。ずっと。


「好きだよ。紗江」


 俺は、紗江にキスをした。昨日まではやられっぱなしだったそれも、今日は。俺からした。初めてした。……けど。



 ……や、やべぇ。


 今自分が何言ったのか、覚えていないし、わかっていない。口が勝手に動いて、心をさらけ出していたけど。ずっと、違うこと考えてた。



 ──下半身(股間)に血が集まってきました。


 お、おさまれぇ、収まってくれぇ……。よくわかんないけど、多分、いい雰囲気なんだ、今。俺がかっこいいこと言ってたはずなんだ。……おっ、いてて。ちょ、まじで。収まれぇぇ!!



「蘭くん……」



 やべぇ、紗江が綺麗な涙を流しながら俺の頬に手を添えてきたよぉ!?ちょっと、今だけでいいから縮めよムスコ!邪魔すんな!


 ……一応空気だけでも、読者様に向けてだけでも、戻そう。



 ──2人の吐息が混ざって。熱い吐息が混ざり合って。


 静寂の最中。世界に俺と紗江しかしない。そう感じた。


 少なくともその時間は、俺と紗江だけのものだった。長く感じた。短く感じた。


 愛とは何か、語れるほど人生を。恋愛を。経験してきたわけではないし、そういうものを語るやつほど実はわかってなかったりするのは知っているけれど。


 でも、確かに、そのとき俺たちを繋いでいたのは、紛れもない、愛だった。



「蘭くん……私、蘭くんなら……」



 決して。恥ずかしそうではなく。むしろ決心がついたような顔で。紗江は。俺の耳元で囁く。



「蘭くん……私を──」





 ──すー、すー……。


 ……寝た。……寝た?ネタじゃなくて、寝た。


 え?今の流れ、普通、『私を……めちゃくちゃにして……!』とか言ってそこから俺のターン!の、はずだろう!?なんで寝たの!?


 $ 寝た、というか、何かのスイッチが切れたかのように、意識がなくなった、みたいだった。フザケンナ!


 どゆこと?つまりはそういうプレイ?プレイなの?初めてが睡眠プレイとかけしからんぞ?


 俺が、興奮冷めやらぬまま。それでいて過去にないほど混乱していた、その時。


 近くに置いてある、ケータイが。ピロリロリーン……ピロリロリーン……。と。鳴ったので、とりあえず出た。



『やぁやぁ、お兄ちゃん。こんばんは』



 ご機嫌な瑞樹の声。



『もちろん今から寝るところだよね?うんうん。健全でよろしい。……前にも言ったけれど。寝込みを襲うような変態クソ野郎は、2度とうちの敷居をまたがせないからね?というわけで、おやすみー!』



 明るい瑞樹の声に、反応できないまま。呆然としていると。電話が切れる直前。耳に当てたケータイから、聞こえた。



『……ざまぁみろ』



 プツッ……。切れたらしい。まだ混乱してる。というかむしろさらに混乱が増した。


 俺は、文字通りしょぼくれた、え?元気無さすぎじゃない?と、思うほど萎えたムスコを感じながら。


 真顔で、仰向けにベッドに寝た。……もう、イミワカンナイ。



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