第20話 デート2日目:傘音
少し間が空きました、ごめんなさい。
このデート編は、1人1話で書いているので、普段より長くなっています。ご了承ください。
「お、傘音!」
俺は走り寄る。ア二メイツというアニメグッズ店の入り口には、今日はスパッツを履いた美少女がいる。
「あ!蘭!」
傘音は、俺に気づくと。読んでいた本を鞄にしまって、手を後ろに回して体を俺の方に向けた。既に可愛い。
傘音とは、一昨日会ったばかりだ。まだ出会ってからの日は浅いが、時空を超越した愛が。ここにはある。少なくとも、俺にはある。
とりあえず今日の行き先を訊いてみる。
「今日は何するんだ?」
「今日はね、アニメイツで色々とお買い物をしたら、漫画喫茶に行く……つもり」
「ほうほう。それで、漫画喫茶に行くのには、理由があるのか?」
「うん。実はね、好きなラノベが何冊もコミカライズされていたんだけど、僕はすぐに新しいラノベばっかりに目がいっちゃうから、コミック版には手をつけていないんだ。全部買うのはお小遣い的にも厳しいし、なら漫画喫茶で読めばいいかなって」
「素晴らしいな」
「でも、本当に良かったの?僕のやりたい事をやって、行きたい所に行く……これじゃあ蘭が楽しくないんじゃ……?」
「いいや、楽しいさ。趣味が合うからな、俺と傘音は。それにそうして欲しいって言ったのは俺だし、気にしなくていい」
そう、俺は紀伊ちゃんとのデートから帰った後、事前に教えてもらっていた傘音の電話番号を早速活用して、『明日は傘音がやりたい事をしに行こう。場所も、傘音が行きたい場所でいい。それなら俺も楽しめる。』と、伝えておいたのだ。
「そっか。うん。ありがと、蘭。それじゃあ入ろう、見たいものや買いたいものがたくさんあるんだ」
「俺も何かラノベを買おうかな」
そうして。2人でアニメイツに入る。休日なだけあって、人がたくさんいるが、店内は広いので窮屈には感じない。
店内に入ってさっそく。傘音が申し訳なさそうに言う。
「あの……蘭。僕、見たいものや買いたいものがあるって言ったんだけど……」
「うん。だからまずは2人でそれを見に行こう」
「その、それなんだけど……。ちょっと蘭にはアレかなぁって……」
「……?アレって何だ」
「いや、まぁ。うん。言っちゃうと、BLなんだよね。僕が今日、お目当てにしていたのは」
「……なるほど」
「BLコーナーって、女の人ばっかりだし、何より男の人がいるとちょっとやばい目で見られかねないというか」
「まぁ、同性愛に偏見は全くないからBLはいいんだが」
「だから、……なんだったら、先にラノベを見ていてもいいよ、みたいな」
「……俺は1秒でも長く傘音といたいんだが」
「え、あ、うん。ありがと……」
「しかしそれならしっかりとした解決策があるではないか」
「解決策……?」
そんな会話の後、俺と傘音は2人でBLコーナーに向かった。
俺が提示した解決策というのは、手を繋ぐこと。
俺と傘音がカップルとして見られたなら、俺が変な目で見られることも、ない、とは言い切れないが、少なくとも“男が1人でBLコーナーにいる”よりは幾分とマシだろう。
傘音は驚いたように俺を見ていたが、結局手を繋いでくれた。
やがて顔が赤い傘音となぜか堂々とした俺の2人はBLコーナーに着いた。
途端。傘音が早歩きになって目を輝かせる。
驚いたのは、中々過激な本ばかりを手に取ってどれにしようか悩んでいる様子だったことだ。
傘音、こんなエロいの読むのか。っていうか、BL本をエロいと思うのは果たして男としてどうなんだ?やばいのか?もうそっち方面の人間なのか?
……まぁ18禁マークがある本だからな。それゆえに過激だと感じただけだし。
そもそもラノベ主人公がホモじゃどうにもならない。何人ものヒロイン達がいるのに男にときめいているようじゃ……アレだろう、アレ。アレってなんだ。
傘音の後を付いて行く。チラチラと女性客に見られることもあったが、やはり。傘音と手を繋いでいるのを見て、あぁ、その子の彼氏か。と、納得したように品選びに戻る。どうやら俺の策は上手くいっているようだ。
「……中々過激なのを読むんだな。傘音」
さすがに気になっちゃったので訊くと。
「……え?あっ!そ、そっか、蘭がいたんだ……」
おいおい。忘れていたのか俺のことを。そんなに、周りが見えなくなるほどBLとやらは素晴らしいのか?
……別に興味を示したという発言ではないから!誤解はしないでください読者様!
「……蘭は、こういうの読む女の子は、あんまり好きじゃない?」
伏し目がちに訊いてくる傘音。まさか。そんなわけあるか。むしろ、ジャンルはともかく、過激な本を女の子が読む。という事実は、男としてはなんというかイケナイコトを知ってしまった気分になる。
「そんなことないさ。俺だってそういうの読むし」
「蘭もBL読むの!?」
「そっちじゃねぇ!……過激な本ってこと」
「……なんだ。……まぁ、うん。男の子だしね」
すごくガッカリされたが誤解されるよりはマシだ。
「……じゃあ。この後、蘭も、そういう本、買いに行くの?それには僕も同行するんだけれど……」
「いやいや。女の子といるのにそういうの買うのはちょっと。さすがに。変な雰囲気とかになりそうだし」
「ちょっとホッとした……。僕、BLなら全然平気なんだけど、その他でエッチなのはちょっと苦手なんだよね」
「……なんだかおかしな気もするが、そうなのか」
不純なのが好きではない、という意識の表れが、そのスパッツなのだろうか。……ならばそれは人によっては逆効果だと教えてあげたい。例えば俺とか。
その後。普通にヤバイ表紙のBL本達をホクホク顔で購入した傘音と手を繋いだまま、お待ちかねライトノベルコーナーに向かった。
棚に綺麗に並べられたライトノベルの数々に興奮を禁じ得ない。
やはり良いな!アニメイツ!決して、アニ◯イトじゃないぞ!
「なんだかんだで、テンションは上がるものの、何を買おうか、何を読み始めようかと考えると、決められないんだよなぁ……俺」
「わかる!僕も、『たちまち重版!』とか帯に書いてあると、面白いのかな、読んでみようかなって思うけど、でも、まだそんなに有名じゃない面白いラノベを自分で見つけたいとも思ってしまう……」
「ほんとそれ!別にマイナーなのが良いって言いたいわけじゃないけど、誰もが聞いたことのあるラノベ、みたいなのより、まだそれほど売れていないけど、読まないと損って感じのを、他人より先に読んでおきたい、みたいな!」
「そうそう!それでいて、自分が集めていたのがアニメ化とか、コミカライズとか、そういう扱いを受けると、『まぁ僕はもっと前からこの作品に目をつけていたけどね』みたいな謎の性格の悪さが……」
「そうなんだよ!嬉しいんだけどね?確かに好きな作家さんの好きな作品がメディアミックス化されるのはすっごい嬉しいんだけど、でも心のどこかで『この作品が有名になるのは……なんか悔しい!』みたいな!」
「うんうんっ!独占欲みたいな!そんな感じ!」
この手の話になると止まらない俺ではあるが、傘音もそのタイプのようで。それにしても本当に気が合う。
──結局。俺と傘音は、それぞれ普通に『アニメ化決定!』とか『新作部門第1位!』とか帯に書かれたラノベを買った。既に人気でも、面白いのなら読みたいのは仕方ない。
ちなみに、『書店店員大絶賛!!』みたいなのは信用していない。書店店員が皆が皆、作品の良し悪しを正確に判断できるとは思っていないからな!
読者様に愚痴を零している場合でもない。
そうしてそれぞれ買いたかったものは手に入れた。が、しかし。それでもまだ店内をうろついてしまう。グッズコーナーとかね。そんなに買う気はないけど一応一周しておこう、みたいな。
当初、BLコーナーでの誤解対策の為であった、手を繋ぐ、というのはもう既に意識せずとも続けていた。普通にカップルみたいな感じだった。えへへ。
ぶらぶら店内を見て歩いて、事あるごとに『これって、〇〇〇〇だよなぁ。』『そうそう!わかる!』みたいな会話を繰り返して、やたら時間をかけてからアニメイツを出た。アニ◯イトじゃないからな(しつこい)!
「それじゃあ、近くのビルに漫画喫茶があるから、行こっか」
「そうだな」
いかにも上機嫌な傘音が、繋いでいる手をぶんぶん振って進む。
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──受付にて。
「申し訳ありません、只今、お一人様向けの部屋しか空きがないのですが……」
言葉通り、申し訳なさそうな顔で受付の人が言う。あちゃー、と、思ったが、言葉選びが気になったので、訊いてみる。
「“お一人様向け”っていうのは……?」
「はい。その部屋は、言うなれば、お一人様専用部屋よりは広く、しかしながらお二人様以上専用の部屋よりは狭い。といった……」
「なるほど。……別に人2人が入れないことはないわけですね?」
「はい。入れないことは、ありません。が、そうしますと快適性に欠けるかもしれませんが」
「……傘音、少し狭いかもしれないらしいが、いいか?」
「うん。いいよ。全然。読めれば問題なし!」
「……だ、そうなので、その部屋でお願いします」
「承りました。ではご利用時間と追加サービスについて……」
多少狭くとも構わない、との結論に至り、そのまま色々と手続きをして、俺たちは、指定された番号の部屋に向かったのだが……。
「……予想してたのより、案外狭いな」
「……そうだね」
思わずそんな風に言ってしまうほど、ギリギリだった。もっと言葉を尽くして、正確に言うならば、“2人の肩がくっつく”くらいの狭さ、である。
その漫画喫茶には、チェアー部屋(椅子とテーブル、パソコン)とマット部屋(床がマットになっていて、テーブルとパソコン)があり、俺たちは、マット部屋なのだが、部屋は長方形のカタチをしていた。
つまり、横向きに座ると、満足に足が伸ばせないが、横幅が広い。逆に、縦向きに座ると、足は伸ばせるし、寝っころがれたりするが、極端に横幅が狭い。
話し合いの結果、縦向きに座ることにした。
座ってみると。案の定。
「……肩、当たるな」
「……肩、というか、腕丸ごと、だね」
「暑くないのが救いだな」
「うん」
傘音と常に肩が触れている。傘音がさっき言ったが、肩、というより、腕が密着している。
傘音の顔が近い。真横にあるのだから当たり前だか。
……それにしても。どうしてこんなにも。
もう素直に訊いてみた。昨日紀伊ちゃんにも訊いたけど、ちゃんと答えてくれなかったし。
「なぁ、傘音」
「な、なに?」
「なんでそんなにいい匂いすんの?」
「えぇ!?どうしたの急に!」
顔を赤くしながら少し距離を取ろうとする傘音だったが、横移動が不可能な場所にいるので、全然動けていなかった。
「いやぁ、結構前から気になってはいたんだけど。やっぱり、香水とかつけてるの?」
「別につけてないけど……そんなに匂う?僕」
「いや、良い意味でね?……すっげえいい匂いなんだよなぁ……」
「ちょっ、嗅ぐのやめてよ、恥ずかしいってば!」
「クンクン、クンクン」
「……この流れで言うのはなんだかあざといかもしれないけれど。嗅覚的に好感を持てる相手っていうのは、相性が良い、って聞いたことあるよ?」
「おお!確かに。俺と傘音、趣味とか考え方とかすっごい合うもんな」
「うん。……でも嗅ぐのはそろそろやめてよ」
「なんかドキドキしてきた。やばい。変な気持ちになる。いい匂いすぎて」
「え、ちょっと」
「……安心してくれ。ここには漫画を読みに来たんだ。変なことはしない」
「そうだね。……でも、蘭も、いい匂いがするよ?」
「……え?まじ?ほんと?初めて言われたんだけど。ちょっと、というか結構嬉しい」
「一昨日、抱っこしてくれたときも思ったんだけどね。……なんか安心するような、でも、ドキドキするような、いい匂いがするよ」
「……あかん。変な気持ちになってくる……」
「……僕もなんか恥ずかしくなってきた」
2人とも真っ赤な顔で漫画に視線を落とす。が、意識しないよう意識しても、肩が触れているし、ついでに言うならば吐息とか聞こえる距離だから!意識しないとか無理だから!
……どうもこんにちは。一昨日知り合ったばかりの女子高生と狭い部屋で変な雰囲気になっている、ニートの成人男性、千葉蘭、20歳です。通報はしないでください。
その後しばらく、お互い無言で漫画を読み続けた。もちろん、チラチラ見てしまうし、何度か目が合って気まずくなったりもしたが、俺が野獣と化すことなく、時間は過ぎていった。
が、少しして。
「……なぁ、傘音」
「ど、どうしたの、蘭」
「申し訳ないことに……眠くなってきてしまった。漫画喫茶で寝るのは夜だけに許された所業だというのに……」
「暖かいからね、距離が近くて。……ちょうど縦に長いから、横になれば?もちろん、時間がくれば起こしてあげる」
「そっか、うん。じゃあお言葉に甘えて。……失礼します」
モゾモゾと横になり、目を閉じる。眠すぎてやばい。久しぶりの漫画喫茶だというのに、お金を払っておいて漫画を読まずに寝てしまうなんて……。
でも、傘音の匂いとか体温を感じながら寝れるならお金を払う価値はあったかもしれない。なんて、まるで変態みたいな(変態だ)考えも、すぐに消えていった。
──少しして。眠りが浅くなったのか、少し意識が戻った。頭になんだか柔らかい感触がある。……マット……ではないな。暖かい。そしてもう一度言おう、柔らかい。
薄っすらと目を開ける。と、同時に。俺の頭に何かが触れる。そして動く。……これは、手か。頭を撫でられているようだ。
しかもどうやら俺は、傘音に膝枕をされているらしい。わざわざ正座してまで膝枕をしてくれてるのか。天国だな。
「……蘭は優しくて、かっこよくて。僕と同じようなこと考えてて」
……ん?何か喋ってるぞ?褒めてない?俺のこと褒めてるよねこの子。いやん、照れちゃう。
「でも。そろそろ気づいてくれてもいいのにな」
何に?なんてことは言わない。読者様も、今更そんな鈍感ぶってもキモいだけだと言うだろうし。俺は立場上ラノベ主人公ではあるが、心はラノベ読者でしかない。
「……好きだよ。蘭」
そう言って、傘音は俺の顔に唇を近づけ──
「ありがとう!」
「えっ」
あ。やべぇ。普通、ここは寝たふりを続けて、傘音にキスされたのは知らないフリをして、ちょっと時間が経った後に起きるのがテンプレートだというのに……。
思わず声に出てしまった。えへ。テンプレクラッシャー千葉です、どうも。
「……え、え、あの。ら、蘭……お、起きてた……の?」
「……む、ムニャムニャ。もう食べられな──」
「そんなので誤魔化せるわけないじゃん!えぇ!起きてたのぉ!?」
「……起きてたというか。……ある意味ではいい夢を見ていたというか」
傘音は今日1番の真っ赤な顔で俯いている。が、傘音の顔の下にはそれを見上げる俺がいるので、目が合う。……しばし沈黙。とりあえず何か言おう。
「……傘音のスパッツ、いい素材使ってるな」
「今そんなこと言う!?」
「いやほんとスパッツ好きとしてはたまらないけど、やっぱり生の太ももだって捨てがたいな」
「やめてよ!変なこと言うの!」
「そう言いつつも、俺の頭を無理矢理にでもどかそうとしないあたり、やはり傘音も変態の血が流れているのかもしれん」
「そ、そんなことないよ!僕は変態じゃない!」
「そういえば、さっき。他ならぬ傘音が言っていたじゃないか。『僕と同じようなこと考えてて』って。つまりは思考回路が同じってことだろ?」
「うぐっ……!……蘭。今僕が拳を振り下ろしたら蘭はひとたまりもないんだ。発言には気をつけたほうが──」
「傘音はそんなことする子じゃないって、知ってるから。優しくて、可愛くて。そしてちょっぴり変態さんなのも知ってるから」
「うがっ……!そ、そういう恥ずかしいことよく言えるね……。……え?今変態って言っ──」
「これは危険な香りだぁぁ……」
そう言って、俺がスパッツ越しに傘音の太ももに頬ずりし始めると。諦めたように漫画を読む手を再開した傘音。
おいおい、男が自分の太ももに顔を擦り付けてハァハァ言っとるんだぞ?何、普通に漫画読んでるんだ。すごいな、傘音。
普通の女の子なら俺は既に殺されているかもしれないというのに。これがラノベ主人公パワーか。……違うな、傘音は俺のこと好きなんだもんな。だから許してるのか。ありがてぇ……。
俺が鼻息荒く、傘音の太ももを堪能していると、時間がきたらしく。傘音が急に立ち上がったので、転がるように壁にぶつかって、天国ボーナスタイムはあえなく終了した。
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──日も暮れてきた帰り道。周りに人がいないか、キョロキョロ確認し終えた傘音が、俺の手を握って言う。
「……蘭。おそらく聞いていたとは思うけど。改めて」
「お、おう」
「僕は、蘭が好きだよ。大好きだよ。優しいところも。変態さんなところも、全部」
いつになく真剣な顔で。傘音は続ける。
「まぁ、今日1日で改めてそう思ったから。言っておきたかったんだ」
俺が返答に窮していると。傘音が、グイッと俺の手を引っ張り。
傘音は精一杯背伸びして。俺に。キスをした。
「……それじゃあ、ね。おやすみ」
俺の返事も待たずに傘音は早足で行ってしまった。あら、傘音ちゃんったら大胆ねぇ、なんて考える余裕もない俺は。無意識に呟く。
「2日連続で女の子とキスしてしまった……」