第13話 策士瑞樹の罠
※書式を修正しました。
──シャワー。浴びてこいよ。
キメ顔とドヤ顔を足して2で割った顔(なんだそれは)をして、俺は紗江にそう言った。すると。
「あ、お風呂、沸かしてあるよ。びしょ濡れになると予想してたし。でも、さすがに……」
瑞樹がそう言いかけたところで。
「え?いいんですか?そこまでしてもらっちゃって」
と、急に元気になった紗江がそう返した。どうやら、ことの重大さをわかっていないらしい。これはあのテンプレートへのフラグであることにも。
「無論だ。今日も両親はいないから、安心してくれ」
「は、はぁ。ありがとうございます。それじゃあ失礼して、お先にお風呂お借りしますね」
言うが早いか立ち上がり。お風呂場はどこですかね?なんて言いながら靴を脱ぎ始める。いいぞ。いい流れだ。
しかし。いや、やはり、と言うべきか。我が家にはキュートな常識人がいる。すかさずキューティー少女瑞樹が止めに入る。
「いやいや、待って。あの、あなた!」
「私、ですか?紗江でいいですよ」
「紗江さん。ダメですよ。男の人の家でお風呂に入るなんて。危ないったらありません」
やはりな。一般論で説き伏せにきたか。
しかしながら無駄だ。2人で会話するのなら紗江は瑞樹の持つ正論という手札に抗うことなく、瑞樹の思い通りの方向に進むだろう。が、ここには屁理屈界の奇才(自称)こと、この俺。千葉蘭がいる。
「いいや、安心してもらって構わない。紗江。ここは確かに俺の家だし、仮に俺と2人で帰ってきて、風呂に入ったならば、それは世間一般的に見れば、危ない方向に事が進みかねない。と、思われて然るべきだ。しかしながら、刮目せよ」
俺は瑞樹の両肩を後ろから掴んで、瑞樹の身体を紗江の方に向けて続ける。
「ここにいるのは俺の自慢の妹であり。恐らく、否。確実にこの世界で最も可愛らしく、美しい少女、瑞樹だ。ありがたいことに、瑞樹は俺の身内だ。つまりここは瑞樹の家でもあるわけで、さらには“今ここに”瑞樹がいる。つまり、もしも年頃の男女が2人きりで家にいて、さらにはお風呂に入るなんてこと、危険でならない、とお考えならば」
自信満々、といった表情を浮かべ、言い切る。
「この瑞樹に、身の安全を確保して貰えばいい。なんなら俺の見張りでもやってもらって構わない」
2人とも、ポカーンとしている。が、なんとか理解したようで、紗江は言う。
「な、なるほど。それにしても蘭くんは妹さん、えっと瑞樹ちゃん?のことが本当に大好きですね……」
「当たり前だろう。多分、俺の人生において瑞樹ほど可憐で妖艶な少女は、2人しか出てこない」
すると、何か不満だったのか、瑞樹が。
「2人いるのね」
なんて言うものだから。俺は慌ててフォローしつつ。
「いや、お前が一番だけどな?うん、本当に。もう1人……は、詳しくは教えられないけど。昔、好きになった人がいて。……初めて好きになった人がいて、中3の時に告白したんだけどさ、俺、あの頃ちょっとおかしかったから。うまくできなくて、その子のこと、傷つけちゃったりしてさ」
初恋の話をした。少しだけ。
「最低なことをして。そのせいでその子は、次の日から学校に来なくなっちゃってさ、どう考えても、どこから見ても俺が悪くて。謝りたいんだ、俺。その子に。合わせる顔も、ないんだけどな。……しばらく会ってないからわからないけど、その子も瑞樹と同じくらい可愛いし、いいやつだったよ。でも本当に瑞樹が一番だからね!?」
真剣な顔つきで話を聞いていた紗江とは対象に。瑞樹は。驚いているような、しかしどこか怒りを感じる表情で。俺をまっすぐ見据えていた。
「ほう。なるほど。蘭くんの初恋は見事に大失敗だったわけですね」
出し抜けに紗江にそう言われて。
「うるせぇ!」
思わずムキになった。しかしすぐ冷静になって、提案する。
「そうだな、俺は風邪引いても大丈夫だからさ、2人で一緒に風呂入れば?そしたら瑞樹がボディーガードみたいに、近くで紗江を俺から守ってあげれば、いいわけだろう?」
「なんで、紗江さんと私が一緒じゃなきゃいけないのよ……」
瑞樹はあまり乗り気じゃないらしい。なぜだろう。貧乳だからだろうか。巨乳、いや、爆乳の紗江と裸で相対するのは精神的にキツイのだろうか。
しかしながら、予想外に。良い意味で予想を裏切った。そう、紗江が。
「一緒にお風呂入りましょう!瑞樹ちゃん!」
目をキラキラさせている紗江に合わせていけるところまでいこう。と、思っていたら。
「……でも」
「瑞樹ちゃんとお風呂入りたいです!誰かと一緒にお風呂入るって、憧れだったんです!」
紗江が全部もっていってくれた。てかまだ憧れがあったのか。
「無理矢理でも一緒に入りますよ!さあ!」
紗江は瑞樹を引っ張っていく。そしてまた、あれ?お風呂場はどこですか?とか言っている。学習しろ。
もう無理矢理連れてかれた瑞樹は諦めたようで。下着持ってこさせて!っといって部屋に向かった。
2人がなんやかんやで、紆余曲折ありながら、風呂場に行ったので。俺は部屋に戻る。
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……そう。もうやることは決まっている。読者の皆さんも薄々気づいていただろう。
俺も、一応ラノベ主人公だ。読者の皆さんを楽しませるために色々やらなくてはならない。
どんな展開にすれば楽しんでもらえるか、沈思黙考してまで考える必要もある。
……しかし今の沈思黙考の沈が、ちんちんのちんにしか聞こえない、というアクロバティックな思考回路をお持ちの読者の方を楽しませられるかは不明だ。尽力します。
というわけで、風呂上がり、着替えている2人がいる脱衣所に、たまたま良いタイミングで入ってしまう。これだ。これをやろう。
……しかし、2人が相手だとボコボコにされかねない。瑞樹には、声をかけて、先に出てもらうとしよう。
そうだな、紗江の替えの服とか下着とか出してくれるか?って頼めば風呂を出ざるを得ないだろう。そうしよう。
作戦はこうだ。
まず。瑞樹を先に風呂から出す。
次に。瑞樹が用意した着替えとタオルを俺が持っていく。ここは瑞樹の反対を押し切らねばならないから、鬼門だ。
そして、紗江が風呂を出るちょうどそのタイミングを見計らって脱衣所に入る。
そこからが大変なのはわかっている。だから、プランを、というかパターンに応じた対応を、3つ考えている。
【プラン1】
紗江が、きゃあーー!!と、叫んだ場合。
俺はすかさずタオルを紗江にかける。ここで照れたり、いやらしい目で見てはならない。あくまで冷静にタオルをかけるのだ。
【プラン2】
紗江が思考停止して、固まった場合。
タオルはかけない。そう。このパターンが一番俺にメリットが多い。裸を拝める。
タオルはかけずに、普通に着替えとタオルを置く。「じゃ、これに着替えて」と言って普通に去る。気にしていない、という感じを出すのが大切だ。
【プラン3】
紗江は感情の上下が激しいので、万が一。泣き出す場合。
泣いてしゃがみ込む紗江にそっとタオルをかけて一言。「恥ずかしがることねぇよ。綺麗じゃねぇか」これでイチコロだ。
……完璧すぎる。どのパターンにも柔軟に対応できるこの完全なる計画性。自分が怖い。
ある程度の誤差には対応できる自信がある。いける、いけるぞ!
耳を澄ます。シャワーの音が微かに聞こえる。まだ入浴中だな。よし。それでは。
作戦開始だ。
……おっと、読者の皆さんへ堂々と啖呵切ったのに、大事なことを忘れていた。
裸の紗江に対面するのだ。こちらも裸でなくては失礼というものだ。とはいえ俺の初号機を純粋な女子高生に見せるわけにはいかないのでパンツは履いていこう。勝負パンツをな。
ということで、勢いよくパンツを脱ぎ捨て。フルチンで自分の下着を漁る。さぁて、どれにしようかと。パンツ選びに没頭し始めた、そのとき。
──扉が、開いた。ガチャ、と。
「ありがとうございます、お風呂まで入らせてもらって。本当に感謝で……」
華奢な瑞樹のパジャマを着ているからだろう。パツパツの服が抑えきれない紗江の色香に悲鳴をあげている。主に胸元。首にタオルをかけた、火照った身体のままの紗江が。お礼を言いながら、部屋に入ってきた。
今一度言おう。俺は今、全裸である。フルチンである。初号機丸出しである。
「きゃぁぁぁーー!!!!」
叫ぶ──俺が。
いやーん!とか言いながらとりあえず手で股間を隠す。
「な、なぜここに紗江が……!?ま、まさか……!」
まだシャワーの音が聞こえる。そうか、そういうことか。瑞樹は、俺が何かを企んでいると踏んで、先に紗江を風呂から出したのか……。
「は、嵌めやがったなぁ……瑞樹ぃぃぃ!!!」
俺が大いに取り乱していると、紗江が。
「……何、粗末なモン見せてくれてんのよ……!」
紗江が、っていうか、あれ?これ、もしかして。
「女子を家に招いて部屋で全裸になるとか何考えてんのよ!気持ち悪い!馬鹿なの!?いや、答えなくていいわ!あなたは馬鹿じゃなくて変態よ!変態!」
──黒紗江。再び。
おおう、入学式以来だな、お久しぶり。
……なんで黒紗江に?何か、大きなショックとか受けると人格が変わる、とか?ライトノベルじゃあるまいし……。
でも、やっぱりやばい、怖い。粗末なモンって言われた、泣きそう。
「な、言わせておけばてめぇ!いいだろ!自分の部屋なんだから!」
「瑞樹ちゃんが言ってたもの!お兄ちゃんは何かえっちなこと企んでるから、気をつけてってね!」
「くっ……!やはり瑞樹の策略か!ちくしょおおお!」
「大人しくパンツを履いてその粗末なモノをしまいなさい!」
「あ!?粗末だあ!?てめぇ、どうせ父親のナニしか見たことねぇくせにナニの基準がわかんのかよ!!」
「ええ!確かにお父さんのしか知らないけど!それでもわかるわよ!この、この、粗◯ン!」
「ぶち犯す……!」
俺が冷静さを完全に欠いた状態で紗江に飛びかかろうとした──その瞬間。
部屋に入ってきた瑞樹が。跳躍、そして空中で身体を回転。そのままの勢いで回し蹴りを俺の股間にねじ込む。
着地。同時に肘で俺の顎に一撃。もう片方の拳で腹に一撃。
鮮やかな連撃に指一本動かせないまま、ぐるっと回転した瑞樹の裏拳が俺の側頭部に向かって振るわれた時点で、意識が消失した。
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──起きた。朝じゃないらしい。
「蘭くーん、ほら、起きてくださいよー、本当に風邪ひきますよ?」
……ぶるっとした。やべ、寒い。まだ風呂入ってないじゃん、俺だけ。
「お兄ちゃん、お湯抜いてあるから。シャワーで我慢してね」
瑞樹が冷たい目で俺を見下しながらそう言った。違う意味でぶるっとした。……てか、おい。
「え?え?抜いたの?なんで?え?」
待ってくれ、え?いや、気絶する前のことは漠然と覚えている。俺はラッキースケベハプニング作戦を策士瑞樹によって邪魔された。邪魔というか、失敗させられた。
でも、俺はもしも、仮に、万が一。作戦が失敗した場合の策も考えていた。それは、2人が浸かった後の湯船の残り湯を頂こう。というものだったのだが。
……そんなところまで見透かされてたのか。くそぉ……。湯船に顔を突っ込んで、「デリシャァァス……!」とか言いたかったのにぃぃぃ!!
「お兄ちゃんが何か企んでると思ったから。もう……お兄ちゃんと暮らしてると水道代が無駄に高くなって困るよ」
「瑞樹が俺を信用してくれればいいだけの話じゃないか」
「信用なんてないよ。なにせ、針金を使って妹の部屋の鍵を開けようと躍起になったり。帰宅して一直線に妹のおっぱい揉んできたり。友達と妹がお風呂に入ると決まった途端に部屋で全裸になって何か企んだり」
「お、おやめなさい!」
なんてことだ。瑞樹め、意外と根に持ってやがるな。
「……蘭くん、そんなことしてたんですか?」
紗江が恐る恐る聞いてきた。俺は。
「……してましたが?」
開き直ってみた。すると、呆れた、というように、ため息混じりで瑞樹が。
「反省くらいしてよ……お兄ちゃん……。まぁ、風邪ひかれても困るから、早くシャワー浴びてきて」
……一応俺の体調の心配もしてくれる。飴と鞭の使い分けが華麗過ぎてもう恋に落ちそうだ。
「ああ。……そうだ、紗江はどうすんだ?制服もびしょ濡れだろうし。時間も遅いけど、お父さん厳しいんだったよな?大丈夫なのか?この時間まで帰らなくて」
紗江がまだいることに疑問を覚えたので聞いてみる。瑞樹が答えた。
「それなら大丈夫。さっき、紗江さんのケータイに電話がかかってきてね、私が色々説明したら、なんか許してくれたの。男じゃねぇだろうなぁ、男じゃねぇだろうなって言ってたけど、私が電話代わった途端に態度が変わって」
……お父さん、女の子に対する信頼が厚すぎる。
「じゃあ、紗江、泊まるのか?今日。俺の部屋で」
聞くと、今度は紗江が答える。
「はいっ、泊まりますよ!泊まらせていただきます!……蘭くんの部屋でなのかはわかりませんけど。まぁ別に私は蘭くんの部屋でも良いというか、むしろ大歓迎というか」
また後半が声が小さくて聞こえ……る。大歓迎なのかよ。俺もだよ。気が合うな。
当たり前だが、やはり。瑞樹が割り込んでくる。
「ダメに決まってるじゃない……お兄ちゃんの部屋で無防備に寝てたりしたら、紗江さん危ないよ」
「なんてこと言うんだ瑞樹。俺は寝込みを襲うほど人間として腐ってないぞ!」
「寝込みじゃなかったら襲うの?」
「襲わねぇよ!」
「……本当かなぁ。まぁいいや、早くしないと本当に風邪ひいちゃうから、ほら。行った行った」
信用ゼロだぜ、まったく。いや、もしも俺が過去に、「ぶち犯す……!」とか口走っていたなら、確かにそんなやつは信用ならないけど。そんなことないだろう!
……ないだろう?
──結局、俺が風呂場から出てくると。
「そういうわけで、紗江さんはお兄ちゃんの部屋で寝てください」
と、瑞樹が決定を下していた。……え?
「……いいんですかぁ!?」
思わず声が大きくなってしまった。瑞樹に再度問う。
「さ、紗江が、お、俺の部屋で寝るんですか、俺のベッドで?え?」
「まぁ、そういうことになる。私の部屋には色々あって入れてあげられないから。しょうがないでしょう?お父さんたちの部屋で寝かせるわけにもいかないし」
「そういうことなら早く寝よう。さあ紗江、案内しよう。行くぞ俺の部屋……」
遮られる。
「もちろん」
瑞樹は続ける。
「お兄ちゃんは、リビングのソファーで寝てね?」
……今日はことごとく瑞樹に先読みされて、対策を打たれてるな。
しかし。可愛いから許す。