第11話 紗江×紀伊ちゃんの薄い本ください。
※書式を修正しました。
昼休みも終わり、各々が自分の席に戻っていく。例に漏れず紀伊ちゃんもそうだ。
去り際。紀伊ちゃんは。
「それじゃあらんらん、今日は一緒に帰ろうね」
にこっ、って音が聞こえてきそうな笑みを浮かべて、言った。すかさず。
「私も一緒ですからね!」
紗江も負けじと言い放つ。勝ち負けじゃないんだけれど。
「紗江っちも、帰り道、同じ方向なの?」
嫌味とかでなく、普通に紀伊ちゃんが聞くと。
「まぁ、そうですね。そんな感じです」
ザ・曖昧というか、てきとう、というか。なんではっきり言わないんだろう。何か理由があるんだろうか?
「ふーん、まぁいいや。紗江っちなら」
そういう紀伊ちゃんはやはり。紗江のことは別に嫌いじゃないらしい。
紗江も紀伊ちゃんも、俺の話になるとやたらとムキになるきらいがあるが。
そこはラノベ主人公である俺にも責任の一端があるとして。それとは別に。
「……まぁ、私だって別に紀伊ちゃんがいてもいいんですどねっ」
紗江も、対抗心は燃やしているが、普通に1人の女子としては紀伊ちゃんと仲良くできそうに見える。
……よく知らないんだけれど。女子って、仲良さそうに見えても、実際そうでもないことが多々あるんだろ?いやほんと良く知らないんだけれどね。
俺の前では普通に仲良くて、俺の知らない、目も手も届かないところでギスギスしてたりしたらそれはなんかいやだなぁ。
それで言うならば、逆に。逆にずっと、めちゃくちゃ仲が良いってパターンもあるかもしれん。
百合百合な感じに。紀伊ちゃんと紗江がくっついて俺が蚊帳の外から見てるみたいな。…悪くねぇな。
しかしながら恋敵同士がくっつくってパターンは、“現実”的じゃないよな。しつこいかもしれないが、ここがまだ“現実じゃない”とは限らないんだけれど。
午後の授業も過ぎ。あっという間に放課後。
教室に残って話してるやつら、我先にと走り去る帰宅部。めんどくせぇとぼやきながら部活に向かう運動部員。懐かしい学校の風景を見送りながら。
「帰るか、紗江」
立ち上がる。すかさず。
「あ、紀伊ちゃん呼びますね」
紗江がそう言った。……なんか、意外というか。むしろどうにか紀伊ちゃんにバレないように2人で抜け出す作戦とかを考えたりするのかな、とか思っていたけれど。やっぱり優しいな、紗江は。
「ありがたいんだけど、それには及ばないぜぇー」
眉をくいっと上げた、いかにも上機嫌、といった具合の紀伊ちゃんがそう言いながら来た。
「それじゃあ、帰りましょうか。蘭くん、紀伊ちゃん」
ニコニコと嬉しそうに紗江は。言うが早いか歩き出す。
「やたら上機嫌だな、紗江」
それとなく言ってみる。実は、紀伊ちゃんが好きなんです!とか言われたらどうしましょう。……さっき初めて会ったばかりだけれど。
「はいっ。憧れてたんですよ。私。友達と一緒に帰るって。……あと、蘭くんみたいな男の子と帰るのも……」
後半は声が小さくて聞こえな──いわけない。聞こえる。まぁそこは今置いておいて。
「……なんだ?友達と帰ったこと、なかったのか?」
憧れてた、なんて言うのだから。経験が無いのだろう、と思って聞いてみる。
「昔から、お父さんが厳しくて」
少し俯いて。紗江は続ける。
「小学校のときから、女の子としか一緒に帰っちゃいけない、って言われてて。でも私、友達があんまり多くなくて。いつも1人で帰ってたんです。中学に上がっても、女の子たちにいじめられたりしてましたから、こうやって友達といるっていうのも嬉しいですし、一緒に帰るっていうのも感激ですっ」
へぇ。しかし先刻もそうだが。わざわざ紀伊ちゃんを呼びに行ったりするような紗江が友達が少なかったり。あまつさえいじめに遭うなんて思えないが……。
訝しげな表情をしていたからだろう。俺の考えに答えを出すように。紀伊ちゃんは。
「……うーん、まぁ。私は気にしないけどさ。紗江っちは天然なところがあるじゃん?天然な女の子って男子に人気あるからさ。そうすると今度は女子が嫉妬とかで仲良くしてくれなかったりするんだよね。可愛い子は意外とそういうこと多いよね。……まぁいじめはひどいけど」
……なるほど。天然というのはある種の武器でもあるが。誰もが好ましく思うわけではないんだな。当たり前だけれど。
しかも紗江は普通に優しいから、男子には特に好かれていて、それでいて一緒に帰ったり遊んだりはしないのだから、一部……ないし、大半の女子から反感を買うのも、仕方がないような。
「……初めてなんです。私に、本心から優しくしてくれた男の子も。あだ名で呼んでくれる女の子も。嬉しいんです。蘭くんと、紀伊ちゃんといるだけで」
少し恥ずかしそうに。紗江は俺と紀伊ちゃんの目をちゃんと見て言った。
途端。顔が熱くなる。ああ、やばい、やばい。恥ずかしい。紗江の顔を見れない。けど、紗江も今は下を向いているのは視界の端で捉えている。
なんか、こう。何も言えなくて。助けを求めるように紀伊ちゃんを一瞥すると。
「そ、……そんな、べ、別に私は。ふ、普通に、……仲良く、し、してあげるし、だから、なんていうか、そんな改まってというか、こう……」
紀伊ちゃんも顔が真っ赤だ。おいおい、百合百合しいぞ。俺をおいていくなよ。いいぞもっとやれ。
……変な空気になってしまった。こういうときこそ。ラノベ主人公だし、なにより1人の男として。俺が引っ張っていこう。
「……そうだな。うん。俺も紀伊ちゃんと同じだよ。紗江も、それに紀伊ちゃんも。仲良くしていこう。2人といるのは、俺も楽しいし、嬉しい」
「……はいっ」
俺が言うと、明るく紗江も返した。
「……じゃあ、帰ろっか」
そう促して。3人で階段を下り、下駄箱へ。
授業どうだったー、とか。あの先生喋り方おかしくない?とか。とりとめもない会話をしながら。
歩くのが少し遅い紀伊ちゃんに合わせて。3人で、歩く、歩く。気がつけば。
いつもの十字路についた。俺はこの十字路をまっすぐ。紗江は右に。紀伊ちゃんは左。おお。なんかちょうどいいな。なんて、思いながら。そろそろじゃあ、また明日、と。言おうかと口を開きかけたとき。
「じゃあ、蘭くん。紀伊ちゃん。明日からここで集合して、一緒に登校しませんか?」
と。紗江が言う。紀伊ちゃんは。
「悪くないねぇ」
悪そうな顔で悪くない、と言った。無論、俺も。
「そうだな、うん。そうしよう」
俺と紀伊ちゃんに賛成されたのが余程嬉しかったのだろう。くるくる回りながら紗江が笑っている。
「えへへ、やった。ふふ。ふふっ……。うへ」
……紗江は笑うのが下手くそなのだろうか?でも、不思議と。紗江が笑っていると、こっちも楽しくなってくる。自然と笑顔になる。
そういうのって大いなる魅力だと思うんだ。人を笑顔にできるのは。
「それじゃあ、また明日。ここで」
と。紀伊ちゃんがキメ顔で言い放ち、くるっと回れ右して歩き出す。
「はいっ。それでは私もドロンしましょう……!また明日、です!」
ドロンて。サラリーマンかよ。そして、流れ的に、俺も。
「おう、また明日」
別段ふざけることなく普通に言った。なんかボケよう、とは思わなかった。多分、嬉しかったんだ。俺だって。
紗江と、それから紀伊ちゃん。2人と友達になれて。さっき紗江がいじめにも遭った、という話をしていたけれど。
俺も、まぁ俺の場合完全に自業自得だが、中3の1年間は友達がいなかったし。……そもそも中1から友達が少なかったんだけれど。
そうして。なんだか胸が暖かい、不思議な、おかしな、優しい気持ちのまま。家に着く。
──そのせいだろう。気持ちがうわずっていた、というか。なんというか。こう、いつもの俺じゃなかったんだ。あの日は。
変なテンションのまま帰宅した俺は。リビングでアイスをぺろぺろしている瑞樹に。
「……んむっ。……おかえり、お兄ちゃん」
と。いつも通りに言われ。そのまま瑞樹に歩み寄る。
「……お兄ちゃん?」
不思議そうに、というよりは、不気味そうに。俺を見上げる瑞樹。今日も可愛い。
そして俺は。瑞樹の正面に立つと。おもむろに。手を伸ばし。
──鳥が空を飛ぶように。魚が海を泳ぐように。獣が大地を駆けるように。王が国を統べるように。大が小を束ねるように。
──言うなれば。当たり前のように。
むにゅ。むにゅにゅ。
──妹の。瑞樹の。おっぱいを揉んだ。
「え」
「あ」
あまりにもスムーズというか。何もおかしいことは起こっていない、といった風に。自然な流れで揉んだからだろうか。互いに最初は何も驚かない。
……もちろん。あっ。と。気づく。気づくというか、感じる。
「……何してんの。お兄ちゃん。……こ、こ…!」
瑞樹の悪のオーラを。どう考えても悪はおれだが。
こ、こ、と。瑞樹が鶏の鳴き真似でもしているのかと思ったら。
「こ、殺す」
……え。殺す?え?慌てて手を離して弁解する。
「待て待て待て瑞樹!違う!本当に!違うって!」
「何が違うの、お兄ちゃん。大人しく死になよ」
「いや、意外と胸あるなぁ、……じゃなくて!別にやましい気持ちとか、悪意とかがあったわけじゃなくて!」
「うん、わかった。わかった。早く殺してくれと。そうかそうか」
「そんなこと言ってねぇ!と、とりあえずその鋭利な何かを置くんだ!てかなんだその鋭いの!本当になんだそれ!」
「刺殺だねぇ、溺死も苦しそうでいいけれど。とりあえず刺殺だねぇ」
「……いやまてよ?瑞樹、お前のおっぱいを揉んだ。確かに俺は揉んだ。そこで、そこでだ。よく考えてみてくれ。……お前は将来、愛し合った男に結局は揉まれるだろ?するとどうだ?遅かれ早かれ揉まれる運命にあった、お前のおっぱいを。俺が今揉んではならない理由は、もしかすると無いんじゃないのか?」
「もしかしても、もしかしなくても……」
瑞樹はやたら鋭い謎の物体を握る手に力を込めて、踏み出す。
「お兄ちゃんは、死ぬんだよ?」
「え、いや、待っ──」
「ふっ……!!!」
──瞬くことも許されない、凝縮された時間の中で。両の足で身体を支え。上半身を捻りながら。
流れる川のような、鮮やかな体重移動の末。斜め下から振り抜かれた瑞樹の拳が。俺の顎の真下に迫っているのが見えたか、見えなかったか。
よく覚えてないが。その辺りで俺は意識が途絶える。
いや、何度も言うけれど、あの時のテンションはなんかおかしかったんだって。本当に。
ウキウキしてたというか、ね?こう、つい。って感じで揉んでしまったわけで。従来のラノベ主人公の枠組みに留まるか否かを悩んだ俺が、挙句の果てに血迷ったわけではないのです。
始めての友達、それも女の子だったんだから、ある種の混乱にも似たテンションだっただけなのです。
読者の皆さん、そんな目で見ないでください。
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……次の日の朝はリビングで起きました。
前日に何があったのかよく覚えてなかったけど、とにかく瑞樹には逆らっちゃいけないなぁと。無意識に理解していた俺がそこにはいました。
ご飯を食べてシャワーを浴びて家を出た。
そう。先ほどの事件の原因ではあるけれど。嬉しい楽しい登校になりそうだから、スキップしながら十字路に向かう。
視界の先に。小さく見える紗江と紀伊ちゃんを捉えて。思わず、破顔してしまった。