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ライトノベルじゃあるまいし  作者: ASK
第三章【ミミル・追憶】
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第12話 200年の、ほんの1ページ

 ①この小説を読むための、PCのマウスorタブレット端末から、一度手を離して下さい。

 ②片方の手の力を、完全に抜いて下さい。

 ③もう片方の手で、②の手の、手首のちょっと下を、ギュッと握ってみて下さい。


……勝手に、指が曲がっちゃうよね(謎の笑み)


何でもないです、本編どうぞ、なんかゴメンなさい。




 朝が来た。赤い、紅い、朱い、朝が。それは誰もが、太陽かと疑い、無理やり照らされる夜空を見上げて、無意識に息を飲んだ。


 誰かが言った。あれは何? 誰かが言った。光の球? 誰かが言った。近づいて……いや、落ちて来る。誰かが言った。暑い、熱い、逃げろ。


 ──誰かが、多くの誰かが、死んだ。



「空が……燃えてる」



 立ち竦み、口から零れ落ちた言葉は、塵混じりの熱風に攫われた。肌を焼く焔が、伴う痛みが、すぐ近くの嫌な匂いを消した。燃えて、焼けて、溶ける、人の匂いを。


 乾く喉を酷使して、叫ぶ。声は、崩折れた瓦礫の音に飲み込まれて焦げた。火の粉舞う大通りを走った。耳に刺さる誰かの声が、僕の脚を鈍らせた。


 助けを求める掌も、赤子の嘆く涙声も、焼け死ぬ知り合いの断末魔も。全てを置き去りに、不格好に走った。焦げた肉塊に躓いて転びそうになる。噴き出す冷たい汗がしょっぱくて、吐き気がする。


 階段を駆け上がる。まだ燃え落ちていない建物の二階。灰と煙を大きく吸って、声に変えた。



紗江さえぇええええッ!!」



 返事は──ない。それも仕方がない。割り切って飛び降りる。二階から飛び降りるのが危険……というのは僕には関係ない。守護者ガーディアンの加護を受ける僕には、こんなもの。


 でも、彼女は。紗江は違う。


 僕が守るんだ。守らなきゃ、いけないんだ。


 ──破滅は突然訪れた。夜も深まったころ、僕が紗江を探しに宿屋を飛び出してから、約1時間とちょっと。神が天から舞い降りるように。地獄の門が開くかのように。“それ”は突然現れた。


 視界を埋め尽くす光球。相当の距離があっても感じる微熱と、痛いほどの眩しさ。目を細めてよく見れば、その外縁は禍々しく揺れ、爆発を凝縮したような圧倒的質量の“炎”が、そこにはあった。太陽と見間違うのも仕方がないと、半ば諦めるように思えてしまうほどに、それは人智を超えた輝きに満ちていた。


 やがて、人々がその正体を察するよりも早く。それこそ隕石落下、太陽衝突とも思わせる光景が、眼前を焼き尽くした。


 少し離れた街の中心部にそれは落ちた。距離はあったが、本能が叫んだ。逃げろ、と。全身に神気を溜め、強化し、飛び込むように建物の陰に隠れた。そこまでしても、僕は爆風に吹き飛ばされ、飛来する瓦礫に嬲られ、目を見開くような熱さに悶えた。


 これでも運が良い方だ。近くにいた人たちは、失敗作のステーキみたいに、歪な焼け方と焦げ方で、見ていられないものだった。1人でも多くの人を助けなきゃ、とか、どうしたら生き残れる、とか。一瞬にしては多くのことを考えたものだけれど、しかしながらやはり。


 僕の脳は紗江のために働いたのだ。そのためだけに。


 ──どこにもいない。彼女もまた僕のように、走り回っていればあるいは見つけられるが、もしも万が一、怪我をして座り込んでいたり、横になっていたりしたら、見つける難易度が跳ね上がるだろう。


 考えたくはないが、もしかして、死んで──いや、それはない。それだけはない。たとえどんな絶望的な状況下だろうと、彼女は死なない。彼女を殺す運命なんて存在しない。……そう、言い聞かせるしか、今の僕を保つ方法はない。


 こうさんが、いつ頃、こうなることを予想していたのかは知らないが、これはおそらく彼の予想を裏切る速さだろう。日付が変わってすぐ、なんて予想していたとは思えない。となると彼の身の安全も危うくなってくるが、対策の1つもなしにボーッと突っ立っていたとは考えにくい。


 無事を祈るだけに留め、さらに足を速める。火事場の馬鹿力なんて言葉があるが、その火事の規模がこれほどまでなら、むしろいつもより力が出ないのではなかろうか。恐怖が足に絡まって取れてくれない。



「紗江ッ! いるなら返事をして! 頼むから……返事を……!」



 彼女は生きていると、この世の誰よりも信じているのに。それなのに止まらない涙が、声を遮るように溢れる。限界を超えた体が悲鳴をあげる。知ったことか、そんなの。


 僕の体なんてどうでもいい。どうなったっていい。お願いだから、紗江は。紗江だけは。


 神気で強化していれば、熱くとも火傷はしない。今の僕は熱さにいちいち恐れている場合ではないから、素手で燃える障害物を退かして進む。こんなの痛くもなんともない。今は、掻きむしりたいほど震える心臓のほうが、不愉快だ。


 ──何分経っただろうか。すっかり煙を吸い込んで体が毒されてきた頃。視界の端に、ゆっくりと歩く人影を捉えた。


 もはや無意識に駆ける。火の粉を纏った風が背中を押す。焼け落ちるお気に入りの服が、枯れ葉のように地面に触れる。


 うまく声がでない。紗江、紗江、と。掠れた声が霧散した。まるで炎の中を泳ぐように、火傷しない体を無理に使って、唯一の希望に足を踏み込んだ。


 燃えかけの木材を踏み折る僕の足音に、人影は振り向いた。



「紗──」


「まだ、生きてるのがいるか」



 紗江では、なかった。


 2メートルはあろうかという背丈。炎に照らされる革ジャンの上からでもわかる屈強な肉体。短く、雑に切られた赤い髪。少し日に焼けた、シワの多い顔。


 それこそ、本当に。太陽を思わせる、真っ赤な瞳に、僕が映る。



「今、楽にしてやる」


「──龍……皇……」



 刹那に迫る、それは赫。神気で強化したはずの肌が、少しではあるが、色を変えた。ヒビの入った丸眼鏡の向こう。巨大な手の形をした炎が、命を刈り取りに飛来する。



「防御式極段──『絶界』……!」



 突き出した両手が光を集める。収束した神気の塊はやがて、守護者ガーディアンの身体を鉄よりも硬い“盾”に変える。この2ヶ月でこうさんから教わった防御式の最高形。熱さは誤魔化せないが、これなら──!



「……っぶぁはッ!?」


「あぁ? しぶといな」



 “その盾はもはや障壁となって世界を分断するものである。故に名は絶界。世界を絶する拒絶の厳壁”──この防御式の名の由来を聞いたときは、なんて頼もしいのだと心躍らせたものだけれど。そんな懐かしい期待と安心は虚しく、僕の体と共に瓦礫だらけの地面に叩きつけられた。


 これで防ぎきれないなら打つ手などない。戦士系加護で唯一、防御にのみ重きを置いた守護者ガーディアンの奥の手が、通じない。奥の手どころか、両の手を火傷してしまっている。なんて熱、なんて威力。


 話にならない。比べるまでもない戦力差。格が違う、なにせ、どう考えても先刻の炎の腕が、龍皇フロガの本気だとは思えないのだから。小手先調べですらないのだろう、たった1人の人間を殺すのに、ほんの少し炎を出しただけのことなのだろう。


 その姿を見ていれば自ずとわかる。これは相手にしてはいけない部類の敵だと。恐らくは世界が持て余すほどの圧倒的強さ。理不尽さ。


 これが──龍皇フロガ。



「……ど、どうしてこんな酷いこと──」


「黙れ」



 僕の言葉を遮る、冷酷な一言と横薙ぎの巨炎。一気に噴き出した汗が死の予感を知らせた。再び、『絶界』。しかし、先刻の炎の腕が可愛く思えるほどの熱量。炎しか見えないのだ、逃げ場などない。防ぎきれるわけもない。


 先ほどまでそこにあった全てのものが、焼け焦げ、灰となって炎流に混ざる。間一髪、神気の光が体を包み込んだ直後、次いで炎が体を包み込んだ。


 神気で体を強化し、守ると、熱さは感じるが火傷はしない。──だが、今この時のこの感覚は、違う。自分の体だ、自分が1番わかる。これは、この痛みは。



「ぅあぁがは……」


「灰と会話する趣味はない」



 炎とは対照的に、ひどく冷たい声音は、僕の耳には届かない。素肌が露出されていた部分に重度の火傷を負い、黒い、腐った匂いの煙を立ち上げながら、僕は膝から崩れ落ちる。身体中が痛い、力は入らない。息が上手くできない、喉が熱くて痛くて堪らない。左耳がおかしい、鼓膜が焼き切れたのだろうか。


 指先1つ動かせない僕の右耳に、足音が響く。龍皇が何か言っている? 話す趣味はないのではなかったのか。



「……! ……、……!」



 何て言っている? 聞こえない、わからない。瞼が上がらないので顔も見れない。なぜすぐに殺さないのだ、龍皇は。……無論、早く殺してほしいというわけではない。だが、これで助かろうという方が無茶なものだ。もうすぐ死ぬ。


 ならばこそ最後に、世界最強の男、フロガの言葉でも聞いておこうか。ともすれば貴重な体験だろう。……死ぬ直前くらい、やっぱり紗江の声の方が聞きたいけれど。贅沢は言うものでないだろう。


 何と、言っている?



「──加護神ベータの名の下に」


「……へ?」



 焼け爛れた喉から、空気だけの声が出た。驚きの声が。焦げた瞼越しにも感じる眩しさが、全身を包んだ。暖かい湯船にゆっくりと浸かるような、気持ち良さ。


 数秒もしないうちに、戻った(・・・)。全身の熱さも、痛みも。高熱で変形してしまっていた肌も。服や丸眼鏡を除く、あらゆるものが元に戻っていった。


 それが『天使』の加護を授かった何者かによる『回復神法』だと気がついたのは、急いで瞼を押し上げた直後。



「──紗江!?」


「助けに来ましたよ、傘音かさねちゃん。──親友・・、ですからね」



 乱れた桃色の髪。煤で汚れた紅色の頬。ところどころ破れた服。どんな炎よりも、太陽よりも眩しい、桃色の瞳。そして、悲しげに笑う、僕の、大好きな、笑顔。


 火柱の立ち上る、地獄のような街──ヴァンピールに、本当の意味で、『天使』が舞い降りたのだと、そう、思えた。



ありがとうございました。

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